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17◆婚約者であることを秘密にしよう作戦

「オディール様、私、旅の侍女として付いて行きますわ」

「何?使命はどうしたんだ?」

「もっと重要な使命ができましたので、服をお届けする使命は父に譲りましたの」

「そんなことせずとも、荷届けの馬車を使えばいい」

「父も快く引き受けてくださったわ」


マリアは父が最上の生地をアルゴンドラ辺境伯へ贈ったのを、ただの気持ちの印などと思ってはいない。恐らく商売人の投資である。ならば仕立てを確認し無事に届けるのは父の役目だと言ったところ「確かにその通り」とすんなり納得したのである。


そんなわけで、アルゴンドラ領へ向かう馬車にはマリアも含めて四人で乗り込むことになった。

ラインハルトは二人の空気が和んだら自分は別の馬車へ引っ込もうと考えていたのだが、初日からのローレンスの態度に不安しかない。二人きりになったときに決定的なことがあって、馬車から降りたときには婚約が解消されていたらと思うと気が気じゃないのである。

今日のローレンスも傷跡は消され、前髪は後ろに流している。


「アルゴンドラ領にいる時、前髪はどうしているんだ?」

「適当に分けたりしていたな」

「では領民はあなたのお顔を存じているわけだ。縁談が来ないのを不思議がっていただろう」

「どうだろうか、ラインハルト」

「いやはや…はい…」


ラインハルトは不思議がっていた一人である。あの長い前髪は気遣いあってのことだし、その下には端正な顔があるのも知っていたし、小さく縮こまったような姿勢でいるのはなるべく威圧感が出ないようにしているのだし。そんなこと領民はみんな知っている。知っているからこそあの姿に疑問がなかった。当の本人は不思議というより、縁談が来ないことに「困ったな」と思っていただけである。


旅はさすがの馬車と馬だけあってぐんぐん進む。行程の半分も過ぎ、アルゴンドラ領までもう少しというところになった。ここでは宿ではなく、とある侯爵家に世話になる。領も近いこともあり代々親しくしているのだ。


「サイモン侯爵には婚約のことを話しておこうかと思う」

「それはよろしいかと」


どうやら知人に婚約の件を話すつもりなのを知り、オディールは腕を組んで唸る。

.

「それは…少しお待ちいただけないか」

「何故だ」


オディールの言葉にローレンスが尋ね、ラインハルトとマリアは目を合わせた。


(オディール様がどう思ってるか聞き出すチャンスでは)

(うむ!)


「まあオディール様、折角のおめでたいお話ですし、親しい方にはすぐにでもお知らせするべきですわ」

「その通りです。さて、オディール様にはお知らせして困ることがおありでしょうか?」


マリアとラインハルトは大げさな身振りと口調でオディールに問う。しかしここで婚約について思うところがあるのがわかったら、何としてでも説得するつもりだ。


「ちゃんとした挨拶ができん。私の喋りは存じているだろう、侯爵相手にこれはまずい。なので今回は私も侍女という役回りで伺いたいのだが」


納得の理由である。が、婚約についての核心にはかすりもしなかった。

オディールの懸念事項にローレンスとラインハルトは思案する。


「私も特段礼儀正しいかと言われたら、そういうこともないと思うが…」

「ですが、サイモン侯爵家のお嬢様たちは、確かに貴族女性としての振る舞いが完璧ですので…オディール様にはいささか驚かれるかもしれませんねぇ」


バーグマン子爵は客商売でどんな相手にも慣れている。そして父も娘も貴族でありながらざっくばらんな人柄だ。しかしこのサイモン家は名門侯爵家である。オディールの物言いは確かに失礼と取られるかもしれない。

婚約発表のパーティーは改めて開く予定である。その時であれば王妃の茶会の時のように「YESとNO以外は言わない」で済む。そしてサイモン侯爵をゲストとして領に招いた際に、オディールの人柄を知ってもらう方がいいのかもしれない…と、そこまで考えてみたのだが。


「必要ない」


ローレンスの答えはこうである。


「ローレンス様、オディール嬢が誤解を受けるのは望まぬ所ですよ」


ラインハルトの言葉にローレンスは眉間に皺を寄せる。道理としては理解できる。貴族社会の中ではオディールに難があるのもわかる。だからってどうして婚約者と同行しているのに隠しておかなくてはならないのだ。


「嫌だ」

「いやしかし…」

「よし、折版案だ」


ローレンスとラインハルトが平行線の問答をするのをオディールが割って入る。


「最初は侍女ということにしよう。そしてアルゴンドラ辺境伯が侯爵へ婚約者のキャラクターを説明し、ご理解いただけるようであれば紹介いただくというのはどうだろう」


ご理解いただける貴族などいない前提の案である。


「…侍女ではなく、私の客人ということであれば」

「仕方ない。YES・NOモードで行くか」


オディールは侍女としてくれた方が口調を改める必要もないので気楽であったが、ここが着地点と思い妥協する。

サイモン侯爵の屋敷は丘の上にあるのだが、そこまでの道はとても走りやすく整備されている。カーブを何度か曲がった先で景色が開けた。美しく重厚な白い屋敷の門番は銅馬車を見つけると礼をした。

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