16◆買い物をしに街へ
シモリーの店は領内の生地ならほとんど揃う。最上の生地は織機を改良し作った滑らかな布だ。まだ採算が合わなく織機を増やせないため、取り扱う店は限られているのだ。
「これは素晴らしいな!」
生地を手に取りオディールは感嘆の声を上げる。
「はい、なかなか王都にも出回らない品でございます」
にこやかな老店主のシモリーは言う。知名度が低く買い付ける王都の店がないだけなのだが、間違ったことは言っていない。
「しかしさすがに高いな。今回は私の小遣いから出すんだ、とりあえずシャツ5枚分の布が欲しい」
「いや、オディール嬢が出す必要はない。私が払おう」
「それではプレゼントにならん」
「しかし…」
押し問答する二人に、バークマン子爵から手紙を受け取っていたシモリーはにこやかに言う。
「アルゴンドラ辺境伯、バークマン子爵よりこの一巻は贈り物としてお渡しするよう仰せつかっております」
予想していなかった言葉にオディールはとても驚いた。だけどこの布が手に入るとなると、あれもこれも作れると気持ちが高ぶる。
「よかったなアルゴンドラ辺境伯、これでシャツを数パターン作ろう」
シャツの生地は決まったので、パンツや上に羽織るものに使うのを、オディールとマリアは大量の生地の中からあれこれ選ぶ。
その間、ローレンスも店内にずらりと並ぶ様々な布を見渡し、手に取って眺めていた。自分の服の生地を選んでいるのかと思えばそうではない。
「活気のある産業はいいな。うちも何か立ち上げたいところだ」
「不毛の土地と言われていたアルゴンドラ領で、まずは寒冷地に強い食物を育てて一次産業を根付かせました。これからですよ」
「そうだ。魔獣から国を守りながら一次産業を根付かせたのはおじい様と父だ。これからのことは私がやっていかねばならん」
国の防衛地帯へ自ら志願し領を賜り、アルゴンドラ辺境伯となった自分の先祖の時代は、魔獣と戦うだけで精一杯だった。それを人が安全に住み開拓できるようになり、先々代からようやく産業だ。そうやって粘り強くアルゴンドラ領は発展をしている。
いつだって真面目なローレンスはアルゴンドラ領をより良くするため、どうするのがいいのか考えている。ラインハルトも力になりたいと思いながらも、なかなかいいアイデアを出せずにいた。
生地が決まり、次は服の仕立てである。子爵家が利用している店なので貴族の扱いも慣れたものだ。
ローレンスが採寸されている間、オディールは店を仕切っている夫人に今回作りたい服について相談をする。
「シャツは公式な場に着ていく用と、気軽な外出の楽な形のと、気張ったおしゃれ着を作りたい」
「デザイン帳がございますわ、セバスチャンお持ちして」
「失礼しますオディール様、襟は大きめがアルゴンドラ辺境伯には映えるかと」
「マリア様、お化粧が随分あか抜けていらっしゃいますわね?でしたらこのタイプが流行最先端ど真ん中でございます」
「よし、ど真ん中を頼む」
異様な盛り上がりを見せる女性陣から離れてソファに座るラインハルトに、店員の一人が「お疲れ様です」とお茶と焼き菓子を出してくれた。
「いやはや…服を仕立てるというのは、大変なことですな…」
アルゴンドラ領で服を仕立てる時は、仕立て屋に「いつもの通り」と言えば終わりである。注文事項がある時は伝えるが「寒くないように」「雪道で滑らないように」なんてことばかりだ。厳しい環境のアルゴンドラ領ではデザインよりも実用重視の傾向がある。それはそれで必要なことだが、ローレンスが先ほど言ったこれからの産業を目指すにも、実用以外のものにも目を向けなくてはいけないかもしれない。そんなことをラインハルトは考えていた。
採寸が終わり、デザインも決定した。オディールの言っていた通り、もう夕暮れである。
「お茶をする時間もございませんでしたわね、良いお店がございましたのに」
「まあいい、この街は気に入った。できるならまた来たい」
「その時は必ずご連絡くださいね、このマリアがお世話いたします」
「すっかり仲良くなったようで。よろしければアルゴンドラ領まで、オディール様の旅の侍女として一緒に行ってはくださらないか?帰りは責任を持ってお送りしますゆえ」
「まあ、もったいないお言葉ですわ。だけど私は仕上がった服をお届けするという使命がございます」
「私の事は大丈夫だ。誰かに手伝いを頼めない所でだってアルゴンドラ辺境伯がコルセットの紐さえ…」
「ゴホッブゴホッ」
唐突にコルセットの件を持ち出されローレンスは咽る。昨日とは違い、前髪で顔が隠されていないローレンスの頬は真っ赤になっている。
これは…照れている…
見ているラインハルトとマリアの方が照れてしまうほど真っ赤になっている。照れたイケメンはぐっとくるなとマリアの方は思ったりもする。
「顔が赤いぞ、採寸で風邪でも引いたか?」
違う違う。どうしてわからないのか。
「さすがにお茶もできなかったからお腹がすいたな、宿の食事は美味かったから楽しみだ」
ああ、食い気の話に行ってしまった…。なのにあからさまにホッとした様子のローレンスである。
ラインハルトとマリアは思わず顔を見合わせる。
――このお二人、ちゃんとくっついていただきたいですわね。
――ご協力いただけると大変心強い。
言葉にはせず、目と目の会話で通じ合う二人であった。




