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15◆すれ違いと、今日の予定

「我らがローレンス様に傷がない!」


兵士たちが宿泊した宿にやってきたローレンスを見て、一同にどよめきが広がる。


「すまないが、今日は一日この街に滞在することになった。皆休暇だと思って好きに過ごしてくれ」


降ってわいた休みに歓声が上がる。いつもはせっせと強行軍で帰るのだ。旅費は領の税金だから無駄にはできないのは承知の上だが、たまにこんなことが起きると嬉しいものだ。


「そうか、ここは服飾の街だからオディール様に服を贈るんだ!」

「そうだな、俺も奮発して娘に髪飾りでも買って帰ろうかな」


兵士の楽し気な雑談が耳に入り、ローレンスもラインハルトもはっとする。


「ラインハルト、私は服を贈られているだけではダメではないか?」

「よくぞお気づきになりましたローレンス様!」


ここはやはり、オディールにもドレスを贈るしかないとバーグマン子爵の宿で待つオディールに言ってみたのだが。


「悪いが今日はそんな暇はないぞ。あなたの服だけでどれだけ時間が掛かると思っているんだ」


にべもなく断られてしまった。


「シャツにパンツ、それに靴だ。上に羽織る物も欲しいし、デザインも打ち合わせしなくてはならない。それだけでもう日が暮れる」

「そうか…」

「私の服はいい。父は装うことに金を掛けるのは結構だと好きにさせてくれていたから、なかなか衣装持ちなんだ」

「そうか……」

「あまり無理はしなくていい。昨日も言ったが、私の事は髪結いの侍女とでも思ってくれ」

「それはどういう意味だろうか」

「言葉の通りだが」


言葉の通り。そう言われて思案してみるが、いくら考えても答えは出ない。


「侍女ではなく、私の婚約者だろう?」

「まあ、そう急ぐな。あなたが顔を晒して身なりを整えれば、良い縁談などいくらでもやってくるはずだ」

「縁談は来たのだが…」

「まあ、そう急ぐな」


そんな二人のやり取りを、マリアは「おや?」と思い、ラインハルトは青くなる。


もしかしたらオディール様は、あわよくばローレンス様を他の令嬢にお渡ししようとしているのでは?


俄然好奇心が沸いたマリアは、今日の買い物にもお供する予定であるので、どこか良いタイミングでオディールの話を聞けやしないかと考える。

一方、ラインハルトはもっと深刻だ。オディールが「急ぐな」と言うのは、どこかでこの婚約を解消しようと思っているのではないか。あのお嬢さんなら、家同士の決め事だろうが王命だろうがお構いなしな気がする。思い返せば昨日からのローレンスの態度は、オディールを拒絶しているとも取られかねない態度が見受けられる。

ラインハルトはいつの日だってローレンスのために動いてきた。ローレンスは実に優れた主人であるため、厳しく意見をするような機会はなかったのだが、今回ばかりはしなくてはならない。


(このラインハルト、ローレンス様のために鬼になりますぞ)


せっかくの良い縁談をなかったことにするわけにはいかないと、忠実な従者は燃えるのだった。


ローレンスが名産である織物を買い上げ仕立てるという話はバーグマン子爵にも耳に入った。

さて、どういう風の吹き回しだろう。アルゴンドラ辺境伯は大変良い領主であり、末永くこの領ともお付き合いをさせていただきたいと思ってはいるが、いかんせん服装に頓着しない方だったように思う。

やはり婚約者ができるとこういう細やかなところに気が付くのであろう。そんなことを考えながら宿を出る辺境伯を見送りに出た。


「おはようございます、アルゴンドラ辺境…伯?」


宿の優美なロビーで寛ぐ人たち中で、一番体格のいいのがアルゴンドラ辺境伯のはずだ。しかし昨日とは打って変わり、精悍な顔立ちの男前がそこにいる。


「滞在を伸ばしてしまったが不都合はないか」

「い、いえっごゆるりと滞在をしていただけますと…して、そのお姿は…ひょっとして奥方が」

「まだ奥方じゃないぞ」

「ああ、オディールが顔の傷を化粧で消してくれたのでな。これで顔を出してもならず者には見えないと思う」


ローレンスとバーグマン子爵の話にオディールが割り込んで訂正するが、どちらも聞いていない。


「ははぁ、さようで…それでマリア、店はどこへお連れする予定だね?」

「うちがいつも使ってる店よ」

「仕立てはそこでいいが、生地は四番街のシモリーの店に行きなさい。この領で最上のものを扱っている」

「最上の生地、それは見てみたい」


最上の生地と聞いてオディールが目を輝かせる。


「はい、是非に。私も奮発する時はそこで生地を見繕っているのです。わが領の仕事をご覧ください」


手配した馬車に乗り、楽し気に出かける一行をバークマン子爵は見送った。

あの辺境伯は、顔立ちも良いが何と言ってもあの体格が惚れ惚れするのだ。背も高ければ足も長く、実用的な筋肉に纏われたあの体は男であっても憧れる。

そんな彼が見栄えに気を遣い、我が領の一押しでありながら売り上げが伸び悩んでいる最上の織物でシャツを作ってくれたら、絶対に有名になるに違いないのだ。

バーグマン子爵は使用人にシモリー宛の手紙を渡し急がせた。


『最上の布の代金は自分が持つので、一巻をアルゴンドラ辺境伯へお渡しするように』

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