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13◆朝の身支度

「頼もう」


約束していた時間きっかりにオディールがマリアを連れてローレンスの部屋へやってきた。

顔を洗って髭も剃り、一応服も着替えたローレンスは、どういうわけか只ならぬオーラを発している。


「朝はお加減がよろしくないタイプでしょうか」


オーラに圧倒されたマリアは少し怯えながら、こっそりオディールに耳打ちする。


「低血圧なのかもしれんな」


オディールの方はオーラなど全く意に介さず、ソファに座ったローレンスに歩み寄った。


「おはよう、オディール嬢」

「おはようございます、アルゴンドラ辺境伯。早速ですが鏡の前へ移動をしてほしい」

「…うむ」


ついにこの時が来てしまった。

身支度をするということは、オディールの手が自分に触れるということなのだが、平常心を保つためにどうしたらいいのかをローレンスは昨夜ずっと考えていた。とりあえず身支度の間、春の魔獣大量発生期に観測史上初となる発生数を記録したと想定し、頭の中でその対策シミュレーションをすることにした。

そんなわけで現在ローレンスは脳内で類に見ないほどの魔獣発生現場にいるので、とても険しい顔をしているのだ。


「失礼する」


そう言ってオディールはローレンスの髪を上げ、鏡越しに顔を見る。ローレンスからもオディールがよく見える。


「傷は隠したいか?」

「アルゴンドラ領に入ってしまえばこのままで構わないが、ここはまだ王都に近い。ならず者だと思われていらぬ心配をさせたくはない」

「傷があろうとならず者には見えんよ。だが承知した、今日はこの傷を隠してしまう」


手伝うマリアもオディールの魔法が始まるのをワクワクと待っていた。ラインハルトはローレンスの緊張しきった様子に冷や汗をかきつつも、じっとその様子を見守る。


「マリア、コンシーラーの強い方を」

「はい、紫の蓋の方でございますね」


昨日、トランクの中にある化粧品を一通り眺め、ローレンス用に使えるものをピックアップしたのだが、それにはマリアも参加した。今バスケットの中に入っている化粧品はマリアも全部把握している。

オディールがコンシーラーを付けた指で傷跡に触れた瞬間、ローレンスがビクリと反応した。


「もしかして痛むのか?」

「いや…全く…」

「ああ、慣れてないんだな、楽にしてくれ」


なんだかその様子が、恥じらう乙女をリードするジェントルマンさながらで、マリアは笑いを堪えるのに真っ赤になっている。


(逆…逆だわ…っ)


堪えきれずに肩が震えているが、それに気づいているのはラインハルトだけである。いつものローレンスは勇猛な騎士で領主で、決してこうじゃないのだと心の中でラインハルトはマリアに叫ぶ。

コンシーラーであらかた傷を隠したが、今はコンシーラーを乗せただけだ。ここからが腕の見せ所だとオディールは不敵に笑う。ローレンスの肌色に丁度いいファンデーションは無いので、混ぜて作る。


「マリア、5と4と1」

「はい」


マリアは蓋を開いて準備する。オディールはパレットの上でファンデーションを混ぜながら色味を調整していく。

ローレンスはどうにか魔獣大発生に意識を持っていこうとしていたのだが、鏡に見えるオディールの真剣な姿が目に入ると、ただじっとそれを見ているだけとなった。


そうか、目だ。瞳が美しいのだ。


初めて出会った時、オディールの目はまっすぐに自分を向いていた。そしてその目は「あなたは誰だ」と問うていた。姿はその場所に合わせて装っているが、彼女の瞳はいつも何を隠すことなく「これが自分だ」と訴えかける。


ローレンスの頭の中で大量発生していた魔獣はいつの間にか姿を消していた。


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