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12◆初めての夕食は肉が美味い

夕食の時間まで世話役のマリアとそんな風に過ごしていればあっという間だ。気が付けば自分の身支度の時間が押してしまっていた。


「申し訳ございません!」

「いや、私が悪い」


比較的簡単に着替えができるドレスを選んでマリアに着せてもらい、その間にオディールは自分の顔を整える。ラフなドレスなので、顔もラフでいいことにした。


「これからお嫁入りされるのですよね?」

「まあ一応そういうことになっている」

「気取りのないドレスもいい雰囲気です。肩ひじ張らない良い関係ですのね」


マリアはまだ婚約者はいないが、そんな相手と食事と考えたら一生懸命に着飾ってしまうと思う。


「肩ひじ張らない…まあそうだな」


オディールは自分が貴族令嬢として残念なのは重々理解しているので、ここで肩ひじ張ったって仕方ないと思っているだけである。

食事はローレンスの部屋に準備されるということだ。食堂から寛ぎの空間、来客対応も可能な貴賓室まで揃っている最上級の部屋である。ベッドルームは4つあったので、オディールはそこの一部屋を使うと言ったのだが、嫁入り前のお嬢さんにそういうわけにはいかないと、ラインハルトが次に良い部屋を取ったのだ。嫁入り前も何も、嫁に入るのはここじゃないのかとオディールは思ったが大人しく従った。

ローレンスが宿泊する部屋へ行くと、宿の主であるバーグマン子爵が挨拶がてら話をしていた。


「遅くなって申し訳ない」


オディールの声に振り向いたバーグマン子爵は、伯爵令嬢の斜め後ろに立つ自分の娘の顔が変わっていることに目を引ん剝く。


「んんん?マリア?」


そんな父親は相手にせず、マリアはオディールを食堂の席まで案内した。

装飾の少ないシンプルなドレスに、先ほどよりも薄い化粧を施したオディールはローレンスの向かいの席に着く。その姿は先ほどより「はぎ取られた感」があって、ローレンスの心臓は本日数度目の悲鳴を上げる。

どうもこの辺境伯、心臓が高鳴ると黙り込んでしまうらしい。

先ほどまでバーグマン子爵とこの領の経済について話していたときは会話に滞りはなかったのに、オディールと向かい合ったとたんむっつりと黙ってしまう始末である。


「さあ、お揃いですので当宿自慢のシェフによる料理をご堪能ください」


妙な空気だと思いつつも、さすがは客商売を長年やっているだけあってバーグマン子爵はささっと空気を変える。


「ローレンス様、オディール様にお声がけを」


しびれを切らしたラインハルトが小声で主人に訴える。オディールを見つめて茫然としていたローレンスはその声にハッとした。


「…肉、美味いな」

「はい、美味いです」


どうして肉の話なのか。ラインハルトは遠い目で主人を見る。

ローレンスは特に女性が苦手であるとか、会話が不得手ということはない。魔獣が出れば兵士たちを鼓舞し勝利に導く素晴らしい指揮官であり、自らも勇猛果敢に剣を取り戦う騎士でもある。そして領主としての顔は、領民たちの提案で金のかかりそうなもの、例えば王家に献上した茶の栽培など何年も収入の見通しが立たずとも、領民のチャレンジを承認し進める良き領主だ。

ラインハルトはこの主人を心から尊敬し仕えることに喜びを見出していたし、こんな主人は貴族女子にモテモテであって然るべきなのにと現状を不思議に思っていたのだが、ふと冷静にローレンスを見る。

前髪を伸ばして表情も見えず、自分の気持ちの高まりに精いっぱいで碌な言葉も言えないでいる。よくよく見ればサイズが合っているだけというシャツもズボンもブーツも進軍仕様である。


(え…うちの主人、野暮ったい…?)


ローレンスを尊敬する気持ちは全く損なうことはない。それはそれとして改めて見ると、とてもじゃないけど貴族女子にモテモテなはずがない。

ラインハルトはこっそり青くなりながら王城での茶会を思い出す。意気揚々と魔獣の毛皮を羽織っていったが、あれはちょっと山に獣を狩りに行く時の恰好に見えなくないか?


「明日の朝だが、朝食までにあなたの身支度をしたいと思う。朝早く押しかけることになると思うが、何時ごろが都合がいい?」

「その件だが、やはり」

「ぜひお願いいたしましょうローレンス様!」


主人の食事中だがラインハルトは割って入る。それくらいの事は許された関係である。

バーグマン子爵の娘の化粧がそれは美しく変わっており父親が驚いていたが、あれはオディールの仕業らしい。なんという腕前だとラインハルトは舌を巻いた。あの腕が広く知られたら王妃付きの化粧係として一生働けるであろう。

オディールの物言いや性格に驚かされていたが、見栄えについては「茶会と違う」以外はラインハルト自身も疎い方なのであまり気にしていなかった。しかし改めてよく見ると、今の服装は気張っていない自然な装いが逆に距離を縮めて感じさせる。茶会の席では王や王妃に受けがよく、結婚相手と会うとの意識した完璧な装いだった。そういうことを自分できちんとできる彼女はいわゆる「おしゃれ上級者」なのではないだろうか。

だったらこの山男のようなローレンスを任せてみたい。どうなるのか見てみたいというのもあるが、何よりオディールといい感じになるには山で獣を捕っていてはダメなのだ。


「しかし…」

「最低限の身支度を整えてお待ちしてますゆえ、最後の装いの部分をお手伝いいただけますか?」

「髭剃りなんかはやったことがないからな。お任せした」


ローレンスも自分のことは自分でできるタイプである。鎧なんかは自分で身に着けられなくては意味がないと、一分も掛からず整えられる。普段からあまり人に手を掛けさせたことがなく、身支度を人に手伝ってもらうと少し緊張するのだが、それが心臓を鷲掴みにしているオディールがやるというのだ。


明日の朝、オディール嬢が自分の身支度をしに部屋に来る…


「私は、明日死ぬかもしれない」

「私がいくら下手でも身支度では人は死なんよ」


おかしなことを言う、とオディールは高々に笑った。

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