11◆オディールとマリア
王都から出てすぐ北の領は通過し、更に北の領まで行った。ここバーグマン領は織物が盛んな土地である。いつも使っている安上がりな宿に花嫁を宿泊させるわけにはいかないと、ローレンス、オディール、ラインハルトは街一番の宿に泊まることにした。
領主であるバーグマン子爵家が自ら経営する行き届いた宿である。ラインハルトがバーグマン子爵にオディールの世話を頼めるかと聞くと快諾し、自分の娘に世話を言いつけた。王族や上位貴族が泊まる宿なので娘も心得たものである。
「オディール様、ようこそいらっしゃいました。お世話をさせていただきますマリアです」
「稼業の手伝いとは感心だ。私は自分のことは大抵できるが親を手伝ったことはないのでな」
部屋に到着したオディールは、マリアと話しながら服に手をかけ脱ぎ始める。
「あの、お着替えならば私が」
「大丈夫だ。夕食用の着替えも自分でできる。ただ明日の朝、コルセットの紐は結んで欲しい」
伯爵家のお嬢様のお世話と聞いていたのだがどうも勝手が違う。マリアが手を出せずにいる間に、オディールは服を脱ぎ終わりそのままベッドに置いた。
「このままにしておいてくれ、後でブラシを掛ける」
「あの、私が…」
「この服はコツがいるんでな、自分でやりたい」
「さようでございますか…ではお化粧直しを」
「そうだな」
オディールは部屋まで運んでもらったトランクを開ける。一体何が入っているのかと一緒に覗き込んだ瞬間、マリアの目が輝いた。
「素晴らしいです!」
トランクの中には王都で流行りの化粧品がいっぱいに詰まっている。この街も栄えている方だが、流行の最先端というわけではない。化粧品の入っている容器も洗練されたものばかりだ。しかし、随分数が多い気がする。
「化粧品は好きか?」
「そりゃあ…女性ですから」
「よし、では化粧台の前に座れ」
「へ?」
オディールはシミーズ姿のまま鏡台の前までマリアの手を引き、強引に座らせる。
マリアはそばかすと茶褐色のカールした癖毛、そして人懐っこい茶色い瞳がチャーミングな女性だ。今もきちんと化粧はしているが、そばかすを消そうと不自然に白浮きしているのが気になっていた。
「そばかすを消すならコンシーラーに金と手間をかけるのがいい。チャームポイントだと思うから消さなくてもいいとは思うがな」
「私もそんなには気にしていないんですが…でもここは身分の高い方がくるでしょう?失礼にならないようにってのもありますが、いじわるを言う人もいるので」
マリアは観念してオディールのペースに任せることにした。最初から少し風変わりなお嬢さんだと思っていたが、一体何が始まるのだろう。
不自然な肌色を一旦取り除き、オディールはそばかすの上にコンシーラーを乗せていく。
「すごいわ、全然目立たなくなってる!」
「あとでメーカーを教えよう。これより上のタイプだと傷跡も消せる。ラフでいいならこれにパウダーだけでもいいが、服に合わせたメイクをさせてくれ」
「お客様なのにいいのかしら」
「客がやりたいと言っているんだ、構わないだろ」
鏡越しに不敵に笑うオディールはとても貴族令嬢らしからぬ姿だが、マリアの目にはかっこいい。
若葉色のドレスに茶褐色の髪、まるで植物のようだとオディールは思った。仕事用でもあるし、茶系統でまとめつつ華を添える。
「ゴールドだな」
「派手にならないでしょうか?」
「使い方次第でどうにでも。上品にまとめよう」
血色のいいオレンジ色のチークは髪にも服にも合っている。瞼は肌なじみのいい茶色をふんわりのせて、明るいゴールドにグラデーションさせる。仕事でおかしな客にナメられないよう眉はキリリと描き、目元もペンシルで意思がある瞳を際立たせるよう仕上げる。
「唇は…あまりに魅力的だと客に言い寄られたら困るな」
つやを抑えた淡い紅を引けば、親しみやすさの中に凛とした美しさが引き立っていた。
「えっ…めちゃくちゃ素敵」
「そうだろう?あなたこんなに素敵なんだ」
「信じられない、化粧品はどこのか全部教えてくださる?あと、やり方も」
「お安い御用だ」




