10◆ローレンスの素顔
「なるほど…確信を得た。アルゴンドラ辺境伯、あなたはご自分を良く見せることは苦手でいらっしゃる。ちょっと失礼」
そう言うとオディールは身を乗り出し、ローレンスの前髪をよける。そこには額から頬まで届く大きな傷跡が残っていた。だが、それだけだ。瞳は厳しい土地での生活で培った鋭さはあるが、優しいな光を讃えている。いつもであれば精悍な顔立ちだろうが、オディールに見つめられているローレンスは呆気に取られてどこか気が抜けた表情だ。
それを確認したオディールは口の端を上げる。
「思った以上だ。アルゴンドラ辺境伯、あなたはこの傷を隠そうと前髪で隠していらっしゃるそうだが、それは誤りだ。このように隠してしまったら、あなたの本当の良さが誰にも伝わらないではないか。傷が気になるのならこの私に任せてくれ」
「いや…傷は別に気にしていないが…そのせいで王都で少女を泣かせてしまったことがあるのだ…」
「なるほど、気遣いであらせられたか。やはりあなたは表現を変えるべきだ」
オディールが不思議な言葉を畳みかけてくる。それも気になるが、ローレンスはそれよりも顔の近さが気になる。近くで見てもやはりオディールはあまりにも美しい。
「あのっオディール様…これは一体…?」
ラインハルトは貴族令嬢であるオディールが自らローレンスに触れてくるなど思いもよらなかった。これは馬車に乗り込んだのはとんだお邪魔だったかと目を回す。
「すまないな。私のことは髪結いの侍女とでも思ってくれればいい」
「何をおっしゃいますか!」
「私は王妃の茶会の時とずいぶん違っているだろう。こっちが私の素で、また私は猫かぶりが下手とくる。だから父上は社交界に私を出さずにいたのだ。本当は妹が嫁入りしたら良かったのだが」
「いや、そんなことはない!」
オディールの話の途中でローレンスが思わず口を挟む。
「ん?」
「いや…続けてくれ」
顔を赤らめて俯くローレンスである。よく分からないが、人好きする表情だとオディールは思う。そして続けろと言われたので話を続ける。
「先ほど言った噂があったからな、父上は冷酷無比で変わり者な辺境伯へ、妹ではなく私の方を嫁入りさせたというわけだ。騙したみたいで悪かったが、それだけではないから安心しろ」
今度はローレンスの方がよくわからない。自分は何に騙されているというのか。国王が可憐な令嬢とご縁を結んでくれて、今正にその婚約者とアルゴンドラ領へ向けて出発したのだが。
「私の腕前は宿から出発するときのアルゴンドラ辺境伯の身支度でお見せしたい」
「…オディール嬢が私の身支度を?」
「騙されたと思って任せてみてくれ」
「騙されるもなにも…その…」
可憐な婚約者の顔が近い。とても近い。
嫁入りしてきた貴族の令嬢に身支度をされるつもりはない。が、目の前のオディールがさすがの目力で訴える。こういうのは視線を外した方が負けである。
「わかった…」
胸がいっぱいになってしまったローレンスは窓の外、遠くの空を見てしまった。満足そうに口の端を上げたオディールは「決まりだ」と言って馬車の背もたれに身を預けた。
アルゴンドラ領では魔獣も慄くと言われているローレンスが貴族の娘を目の前にもじもじしている。どうもローレンスとオディールの意思疎通に多少の行き違いが発生しているようだが、それでもなんでも、いい雰囲気の二人なんじゃないかとラインハルトは思ったのだ。




