お嬢様に執事の俺がご主人様にされかけている件について
「お嬢様‥…本気で仰ってるんですか?」
「いい!その引いた目!ごちそうさまです!!」
俺の前で今気持ちわる……いえ、芸術的に体を捻っていらっしゃる方は、トラビア帝国で一番勢力があると言われているデイジーク 公爵家の第1子リリー・デイジーク様だ。
透き通りそうなほど艶やかな白金色の腰まで届く髪、ガラスのように綺麗な青色の目、それを覆う長く白い睫毛。帝国の妖精と称されるほどに繊細で美しい容姿を持ちながら、教養もあるこの方は淑女の鏡として有名だ。
俺は一年前スラム街でどうしようもなくなってしまって、こんな屈辱を生涯受け続けるぐらいなら死んでしまおうとナイフを振り上げた時、お嬢様に救われた。最初でこそ、反抗心や何もかも持っているお嬢様に対して嫉妬や恨みを抱えていたが、それもこの屋敷で執事教育を受けている間に消え失せた。
心を一転してこれからはお嬢様のために身を粉にして働こうと、お嬢様直々に専任執事の任に課されたことはとても光栄なことだと、全てを捧げてお嬢様をサポートしよう堅い決心をしたのに。
それも数分前までのことだった。俺の非常に堅い決断だったはずのものは塵に消えたのだ。
そう、それはいつも通りにお嬢様に紅茶を入れていた時に発した発言から始まった。
「お嬢様、お嬢様にお仕えできてとても光栄です。ありがとうございます」
あぁ、指先まで綺麗に揃えた美しい所作でお嬢様が紅茶のカップを持ち口に含む。ここが天国かと思うほどに美しい光景。この風景を近くで眺める特権を得られたのは、何よりも喜ばしいことだ。
「そう言ってくれて嬉しいわレイ」
口角を僅かに上げて俺を見て微笑むお嬢様。この方に仕えることができるなんて、とても幸せだ。役不足な俺が専属に選ばれたから、周りから反対の声があがると思ったのにそれがなかったのは意外だったが。
「でも、お嬢様なぜ私を専任執事に指名されたのでしょうか?もちろん、とても光栄なことだとは思っております。ですが、私はこちらに来てからの日が他の方に比べて浅く、技術的な面で飛び出ているわけではないと思うのです。」
「貴方にしかできない事があったからよ」
「私にしかできない事?」
「えぇ」
「差し支えなければ、教えていただいでも?」
お嬢様はカップを置くと、立ち上がり私の目をじっと見つめる。
俺にしかない任務があるというのならば、必ずや遂行してみせよう。
「それはね、レイが私のご主人様になることよ!」
「お嬢様、申し訳ありません。どうも私の耳が悪いようで。よく聞こえませんでした。恐れ入りますが、もう一度言っていただけますか?」
気がついたら俺は早口でお嬢様の言葉をなかったことにしようとしていた。
「あ、私とした事が。少し取り乱してしまったせいで、聞き取りづらかったわよね?ごめんなさい」
「いえ!そんなお嬢様は何も悪くありません」
そうだ。やっぱり勘違いだったんだ。
少し頬を赤らめながら、僅かに微笑んでこちらを見る様子も使用人相手に丁寧に接してくださるこの姿もいつものリリー様だ。
「あのね、レイに私のご主人様になってほしいの」
は?
やっぱりさっきの言葉は聞き間違いじゃなかったのか……。確かに一時期生きていくためにそういうものに手を出した時、一定数ご主人様になってくれやら虐げてくれやら言われた事があったが。いや、でもこの方は帝国随一の憧れの対象。そんなこと言うわけない。きっと、俺には計り知れない何かがあったに違いない。
「えっと、それはつまり政略に必要ということですか?それならば、喜んでやらせていただきます。ターゲットはどちらの方でしょうか?デモンズ侯爵家のエドマンド様ですか?それとも前のパーティの際にお嬢様に対して、身分不相応にも言いがかりをつけてきたパレル子爵家のアマンド様ですか?」
「いえ、そうじゃないわ」
「……それではこの前お嬢様のドレスに赤ワインをこぼした侍従でしょうか?」
「それも違うわ」
お嬢様が困ったように微笑みながら否定する。
それもそうだ。身分関係なく誰に対しても丁寧に接してくださるお嬢様が侍従を罰そうなどするはずない。……まぁ、あの侍従に関しては親の威光にすがるしかできない無能に命令されてやったようだったから、2度とそんなことできないようにしてやったが。
「では、どういう意図で?申し訳ありませんが、私のこの稚拙な頭では理解できないため、ご説明いただけると幸いです」
「意図もなにもないわ」
「……それでは?」
「私の趣味よ」
趣味?趣味っていったか?趣味ってあの?
仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄という意味の?俺が主人になる事が趣味?
「そ、それはどういう」
「簡単にいうと私の息抜きとして、レイには私をメイドとして扱って欲しいの」
「メイドというと、あのメイドですか?屋敷にもたくさんいる?あ、いえ、もちろんメイドの職に対してはとても尊敬していますが」
「わかってる。わかってるわ、レイ。貴方がメイドの職を貶めるつもりがないことは。そして、私もメイドの職に敬意を持っているつもりよ。その上でメイドになりたいと思ってるの」
「……理由があるのですね?」
「えぇ」
「もう一度詳しく理由を聞かせていただいても?」
「私の精神の安定と癒しのためにどうしてもレイに私のご主人様になってほしい!!」
お嬢様がいい笑顔で言い切った。
「だからなんでそうっ!……失礼いたしました。でもなぜ私なのでしょうか?他の方でもいいのでは?」
例えば俺の教育をしていたくそじじ……セバスチャンであれば淡々とお嬢様の『お願い』に従うだろう。お嬢様の思う通りのパフォーマンスを提供して見せるはずだ。
少しは戸惑うかもしれないが、前お嬢様の突飛な行動はとても興味深くて面白いとか言ってたから、もしかしたら嬉々としてするかもしれない。悔しいことにあいつは執事としての立ち居振る舞いだけではなく上級貴族としての振る舞いも完璧にできる。最もセバスチャンは旦那様の専属だからそんなにお嬢様のお願いに時間は割けないかもしれないが。
「レイじゃなきゃだめなの!理由は説明できないけど……」
「……もしや俺を雇い入れたのはそのためで」
だとしたら俺はお嬢様を軽蔑してしまうかもしれない。だって、俺を利用しようとしていた奴らと同じなのだから。
「え?そんなわけないじゃない。それとこれとはまた話が別よ」
「そうなのですか?」
「えぇ!ともかく私の旦那様になってちょうだい!」
お嬢様は目をきらめかせて俺に迫ってくる。この調子で花諦めそうにもない。
「仕方ないですね……。2人の時だけですよ」
「やったー!これからお願いいたしますね?旦那様」
可愛らしく微笑む彼女に不覚にもドキッとする。
このあとも好奇心旺盛なお嬢様に振り回されたり、お嬢様の婚約者である第一王子に因縁をふっかけられたり、なんだかんだで俺が本気で彼女を好きになってしまったり、色々あったけど、それはまぁ別のお話で。
評価、感想よろしくお願いします!
悪役の母になったけど状況が詰んでます
https://ncode.syosetu.com/n6669gy/
上記の小説も書いておりますので、そちらの方ももしよろしければご覧ください。