私が四半世紀の間『萌えキャラ』だった件につきまして
25年もの間、萌えキャラのなりきりアカウントを運営していた私はある重大な決意をする。
これは、とある中高年オタクに起った現実と、ちいさな奇跡のものがたりです。
「家に着くのは7時半くらいか」
心の声で呟く。
仕事を定時で上がった私は、30%オフと書かれたシールが貼り付けられた弁当をぶら下げて家路についていた。
11月に入り、秋も深まってきてスーツだけではやや肌寒く感じるようになっていた。
無言のまま、いつもの通勤路を、いつものスーツ姿で、いつもの弁当をぶら下げ、いつものように帰る。
だが、ただひとつ、
いつもとは違っていることがあった。
私は、ある重大な決意を胸に自宅へ向かっていたのだった。
「ただいま」
自宅のロックを解除し、誰もいない家に向かって声をかける。
廊下と部屋の電気をつけ、スーツを脱ぎハンガーにかけ、洗面所で手洗いうがいをして書斎兼寝室へと向かう。
そして、いつもするように書斎の机にあるアロマポットのスイッチを入れ、パソコンを起動する。
起動から即座にOSのログイン画面が表示される。
この様子を見て私は
「…最近のパソコンは立ち上がるのが早いよなぁ、これじゃ感傷に浸ることもできないじゃないか」
そう独り言を呟いた。
そして、深呼吸をし「ある重大な決意」を実行するべく、私が管理する「とあるSNSアカウント」を開いた。
そこにはユーザー名
「ポエッティ」
プロフィールには
「萌えギミ魔女プリティリリーの使い魔、ポェッティの非公式なりきりアカウントです。」
と書かれていた。
そう。私は萌えアニメキャラクターのなりきりアカウントを運営しているのだ。
…25年もの間。
私は今年で49歳、来年には50となる。リアルな女性には目もくれず、萌えアニメばかりを追いかけ続けてきた人生だった。
そして今日、私の人生の半分を共に過ごしてきたこの『萌えキャラのなりきりアカウント』に別れを告げる。
それが私の「重大な決意」だった。
「なりきりアカウント」とは、作品内に登場するキャラクターになりきってSNSなどで活動する、作品ファンのアカウントの事だ。
私が運営している、なりきりアカウントの「ポエッティ」とは、25年前に放送され、一部でカルト的人気を誇った深夜萌えアニメ「萌えギミ魔女プリティーリリー」に登場するサブキャラクターで、主人公プリティーリリーが連れている使い魔の名前である。
妖精のような風貌をしていて普段はとても無愛想、だが主人公が困難に面したときにはボソッとアドバイスを送ったり、ピンチの時には身を呈して主人公を守る。
そういったツンデレなところ、さらに見た目は幼いが中身は高齢者というロリババァ設定が私の心を撃ち抜き、一気に虜になってしまった。
虜になってからは、アニメはコマ単位で視聴し、ありとあらゆるファンイベントに参加し、イラスト、設定資料集を漁り、見識を深めていった。
そして挙げ句の果てに、
「オレはもはや実質ポエッティなんじゃないか」
と世迷い言を言うようになり、勢いでなりきりアカウントを作成してしまっていた。
あの時の私はいったい何を考えていたのだろう。
若気の至り、で済ましてよいのか分からないが確実にどうかしていた。
純度の高い黒歴史である。
そうやって若気の勢いで誕生したこのアカウントだか、自分で言うのもなんだが、運営はしっかりと行っていた。
『キャラクターの世界観を崩さない』『原作者に近づこうとしない』『フォロー返しはしっかりと』などなど、厳しく自分を律して運営を心がけ、投稿を行う際には、気持ち、口調や語尾も限りなくポエッティと一心同体になるよう努め、アロマを焚き、精神統一を行い、邪念がない状態で投稿にあたっていた。
その様子は「キモい」と言われれば「それはそう」と答えるしかない状態であることは確かだった。
ではなぜ、このキモいおっさんが、なりきりアカウントを25年も続けることになってしまったのか。
これには3つ理由がある。
1つ目は単純に私がこのキャラクターを今でも愛していること。
2つ目は、アニメの中におけるポエッティ、というキャラクターの役回りが大きく関わってくる。
ポエッティは、主人公に助言を与えるという役回りだったせいもあり、なりきりアカウントでも悩み相談やアドバイスを求める返信が届く事があった。
私はその返信に対し、ポエッティのキャラクターを崩さないように丁寧に返信を行っていたのだが、いつしか、このなりきりアカウントは「悩み相談のアカウント」として静かに機能するようになっていた。
私はお世辞にも人生経験が豊富とは言えなかった為、さまざまな本や事例を読み漁り、知識でもって的確に返答できるように努めていた。
ちょっとした対人関係の悩み、トラウマの克服方法、怪我によって将来に悩む青年、私のなりきりアカウントにガチ恋してしまった相談、本当に色んな相談を受け、可能な限り真摯に向き合い、ポエッティとして返答を行ってきた。
この悩み相談に返答する行為は、結婚もせず、出世も望まず、ただひたすらアニメを追いかけていた私の人生において「私でも人の役に立てるかもしれない」という一種の救いになるものでもあった。
そして、今でも月に何通かは悩み相談の投稿が届いている。
この返答の為、なかなか辞める事が出来ずにいた。
3つ目は、同じなりきりアカウントを運営していた友人がいた事だった。
その友人は主人公のリリーのなりきりアカウントを運営しており、私たちはアニメの再現コントをしたり、日常の他愛もないやり取りを、お互いキャラクターになりきって25年間細々と続けていた。
傍目から見れば、どう考えてもいい年のおっさんがすることではない、と考えるだろう。
だが私たちは、このなりきりでやりとりをしている瞬間、若い頃に還ったような気持ちになることができており、私と友人はお互いに、それなりに、この状況を楽しんでいた。
その友人が先週に亡くなった。
持病の発作だった。
直前まで元気で本当に突然のことだった為、私は大変狼狽した。
葬式で彼が棺に寝かされている姿、火葬場で骨になる姿を見た。情報としては十分すぎるほど彼の死を理解できるはずだった。
だが、ただただ悲しく、気持ちが理解に追い付いてこないことに苦悩する1週間だった。
今になってもまだ気持ちの整理がついたわけではない。
だが彼と共に過ごしたこのアカウントは、彼と一緒に終わろう。そう考えるようになっていた。
実は、私がこのアカウントにログインするのは1週間ぶりとなる。
友人の死から今日まで、彼との日常だったこのアカウントに触れる心の整理がつかなかったからだ。
私は覚悟を決めて、このアカウントに終止符をうつべく、管理画面を操作する。
すると、アカウントに未読メッセージがあることに気がついた。
それは先週亡くなった友人から、亡くなる直前に送られたメッセージだった。
メッセージを確認すると
リリたん25年ぶりにリメイク!キタ━(゜∀゜)━!
これは久々に、なりきり業務が捗りますなぁ(゜ω゜)
いつもの彼の口調だ。
そして、リメイク…???
私は、一心不乱にWebブラウザの検索窓を叩き、リリーのリメイク情報を読み漁った。
確かにリメイクされる!
なんてことだ!この一週間全然ネットを見ていなくて知らなかった!!友人はいち早く情報を入手して私に教えてくれていたのだった。
私は小一時間とりつかれたようにアニメの情報を漁っていた。
そして、とある制作者のインタビュー記事にたどり着いた。
その記事を読み終えたとき、私は涙を流していた。
私は、私たちの、この馬鹿げた25年間は、あながち無駄なものではなかったんじゃないか、そう思い、涙が止まらなかった。
そして、また私はいつものようにアロマを炊いて精神統一をし、ポエッティとしてアカウントに届いている悩み相談への返答を始めるのだった。
(終)
※以下、参考資料
新アニメ「萌えギミ魔女プリティーリリー」
制作者インタビュー(抜粋)
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中略
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--では、プロデューサーの石若さんにお伺いします。今のお気持ちを聞かせていただけますでしょうか?
とうとうここまで来た!という思いです。「プリティリリー」のリメイクは僕の悲願でした。
--悲願、すごい思い入れですね!
はい、並々ならぬ思い入れがありまして。
ちょっと自分語りになってしまうのですが(苦笑)
僕は高校生の頃、このアニメの再放送をみてハマりまして、このアニメがきっかけでイラストを描き始めるようにもなっていました。
だだ、放送から10年も経った再放送だったため、僕の盛り上がりに反してどこのファンコミュニティーも開店休業状態で(苦笑)
そんな中、唯一活発に活動されていた、とある「なりきりアカウント」の方々と知り合いまして、とても仲良くさせていただきました。そして、その方々に僕は救われたんです。
--救われた、とは?
当時の僕は、将来アニメーターになって、そして叶うならばリリーのリメイクに携わりたい、と考えるようになっていました。
そこで絵の技術を磨いていましたが、事故で腕に大怪我を負ってしまい‥。医者からは今後、絵を描くことは諦めた方がいいと告げられてしまって。。
--えぇ?そんなことが。
当時の僕は将来に悲観し、どうしてよいかわからなくなっていまして、気持ちを吐き出したくて、なりきりアカウントの方々に相談をしてみたんです。
すると、その方々は真摯に向き合ってくださり、アニメに出てくる重要なシーンになぞられて僕を励ましてくれました。
--それは優しい方ですね!ちなみになんて励ましてくれたんです?
それは内緒です(笑)
ただ、イラスト以外にもアニメーションに関わることはできる、とアニメーションに関わる様々な仕事についても教えてくれました。
今、僕はアニメーションをプロデュースする仕事に就いていますが、絵が描けなくてもアニメに携わることができる、と若い僕に教えてくれた、その「なりきりアカウント」の方々には本当に感謝しています。
そして、このリメイクが、本作品をアニメを長い間愛してくださっている皆様、そしてお世話になった「なりきりアカウント」の方々に少しでも恩返しができれば、と考えています。
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中略
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