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クジラの鳴き声がする。
暗く、寂しく、冷たい虚無の中。
神霊ウルグスと呼ばれている、巨大なフクロウが虚無の中に佇んでいた。
立ち尽くしたまま彫像の様に羽一つ動かさず、その青い眼球は瞬きすらしない。
眼を抉り取られたカラス達は傍に居らず、影を落とす様にウルグスの上空をフカクジラが泳いでいた。
そのフカクジラが長く、呼び掛ける様にも唄う様にも聞こえる声で鳴いている。
幾つも浮遊している小さな島を、フカクジラが岩でも避ける様に不自由なく間を抜けていく。
急いでいる様な様子は無い。当てもなく漂うフカクジラに、ウルグスは眼球さえ動かさず佇んでいるだけだ。
風景画の如く身動ぎすらしないウルグスの上空を、雲の様にフカクジラが揺蕩う。
そのフカクジラの眼窩から、眼球が抉り取られていた。
涙がこびりついた様な黒い跡が、眼窩から下に伸びているだけだ。
フカクジラが長く鳴きながら、島の間を泳いでいく。
風景画の上を魚が泳いでいる様な、奇妙な光景だった。
ウルグスの瞬きすらしない目線の先には、一羽のヨミガラス。
木像か何かの様に、ヨミガラスは動かない。上等な剥製と言われたら直ぐ様信じてしまいそうな程に。
ただ、一つ。
剥製と呼ぶには、余りにも眼が生気に満ちて輝いていた。ウルグスと同じく、蒼白く染まりきった眼が。
ウルグスも、ヨミガラスも動かない。さながら風景画の様だったが、唐突に変化が訪れた。
赤い。
ヨミガラスの黒い羽から、深紅の雫が滴り始めた。羽の間から滲み出した様なその深紅は、少しずつではあるがヨミガラスの羽を赤黒く染めていく。
翼から始まり、胸からも滲み始め、足にも深紅の雫が音を立てて滴っていくのを、ウルグスが眺めていた。
黒一色だったヨミガラスの羽が、赤黒い不気味な色に染まっていく。ヨミガラスの足元から、汚水の様な血溜まりが広がっていく。
少しして、ヨミガラスが蒼白い眼からも深紅の涙を流し始めた。
眼球から溢れていく深紅の涙が血溜まりに滴り落ち、益々赤黒い血溜まりは広がっていく。
ウルグスの蒼白い双眸が、瞬きもしないまま輝き始めた。




