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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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080

 クルーガーの部下が、大きな箱を持ってくるのを怪訝な顔で見つめていた。






 隔壁まで用意された地下特殊試験場の中央で、件の“兵器”とやらの実演をするらしい。


 正直、書類を先に見せて欲しいと思わなくも無いが、まぁ実物を見てどう動くのかを感じるのも大事な事だ。


 事前説明すら無い辺り、クルーガー本人もこの兵器を発表する事を楽しんでいるのは最早言うまでも無いが。


「もう開けますか?」


 箱を置いた部下のそんな言葉に、「お願いします」とクルーガーが楽しそうに返す。


 開ける事を予め想定されていたのか釘も打たれていない箱を部下が静かに開け、藁の様な緩衝材の中から思った以上に小さい、太い筒の様な物を取り出した。


 腕より少し短い程の長さがある金属筒の様な装置、それを包む様に様々な金属部品や機関部が取り付けられている。中には、握り込むであろうグリップの様な物まで取り付けられていた。


 試験場の片隅にある金属製の簡素な机に、クルーガーがその兵器らしき物を丁寧に置く。


 正直、戦闘に使う武器や兵器というよりは、産業等で使う工業機械の様な印象を受ける。


 こいつを振り回してぶん殴れば敵の骨ぐらい折れるだろうが、それならレンチでも振り回せば済む話だ。


 そんな馬鹿な事を考えるが、勿論そんな使い方をする訳が無い。


「炸薬筒は?」


「用意しています。ここで装填しますか?」


 俺がそんな下らない事を考えているとは露知らず、クルーガーが部下と楽しそうに話しながら準備を進めていく。


 炸薬筒?ディロジウム銃砲の金属薬包みたいな物だろうか?


 クルーガーが筒に取り付けられた機関部を操作すると重い音と共に、切り開く様に機関部が大きく解放される。


 其処に、部下から渡された炸薬筒とやらをクルーガーが装填していくが、思わず覗き込んでしまった。


 太い。ディロジウム金属薬包と基本構造は余り変わらない様に見えるが、それでも炸薬筒とやらは銃砲の薬包より、一回りもふた回りも太く大きい。


 あんなものを炸裂させる気か?ディロジウム銃砲でさえ薬包が膨張・変形して排出に苦労すると言うのに、あんな物を炸裂させたら内部に薬包が張り付いて機構ごと使えなくなりかねないぞ。


 そんな俺の心配を余所にクルーガーが炸裂筒を装填し、機関部を閉鎖する。


「さて、お待たせしました」


 何とも上機嫌そうにクルーガーが炸裂筒を装填した兵器を持ってきて、俺の胸の前に持ってくる。


「ゴーレムバンカー。自律駆動兵の装甲に対しても有効打を与えられる、専用近接兵器です」


 ゴーレムバンカーと呼ばれた“それ”は運搬用の様な太いグリップが取り付けられた、工業機械の様にしか見えなかった。改めて見ると、蒸気機関にでも組み込みそうな外見をしている。


 顎に手を当てた。また随分と重厚な装備もあったものだ、これに炸裂筒を装填しているという事はやはり何処かで炸裂させるのか?


「………悪いが、まるで使い方が想像付かん。この兵器は何だ?その……どう扱うんだ?敵に向けて撃つのか?近接武器なんだろう?」


 俺のそんな言葉にもクルーガーは上機嫌そうな顔で、そのゴーレムバンカーと呼ばれている機械に右腕を通した。


 どうやら、ガントレットの様に腕を通して使う物らしい。


 太い筒を外腕の上に乗せるかの如く、右腕に装備したクルーガーが得意気にグリップを握る。何というか、腕に砲でも積んでいるかの様な光景だ。


 よく見れば太い筒の先からは、金属の杭の様な物が僅かに覗いている。


 そしてグリップに備えられたレバーからして、握って操作する事でこの武器は作動するらしい。


 “今からどう動くか見せてあげましょう”


 聞くまでもなく、クルーガーの顔にそう書いてある。


 構造と稼働も、全部実演で説明するつもりらしい。どうやら、クルーガーとしてはこの装備説明と発表を中々に楽しみにしていた様だ。


 サプライズは嫌いじゃないが、あくまでそれは余興で済む程度の物と、笑って済む程度の物に限る。


 笑って済むと、良いのだが。


 何をするのか説明も無しに、意気揚々と歩き始めるクルーガーに言葉も無く付いていく。


 自身の右腕に装備したゴーレムバンカーとやらを上機嫌そうに眺めながら、悠々と歩いていくクルーガーの前に現れた物は試験用らしき合金板。


 話の流れから考えても、これがグレゴリーとやらに想定されている装甲と同じ素材の合金板と見て良いだろう。


 厚い。先程聞いた話では武装戦艦の外装にも使われるそうだが、確かにこんな装甲を装備した奴が走り回っていたら正しく悪夢だな。


 生憎と、今回の悪夢はそうそう覚めそうにないが。


 “よく見ておいてください、それと少し横に移動しておいてくださいね”


 クルーガーが身振りでそう此方に伝えながら合金板に近づいていき、合金板に当たる程ゴーレムバンカーを通した右腕を近付ける。


 僅かに眉間を寄せた。


 想像以上に近い。てっきり自分は至近距離からあの奇妙なガントレットの様な物を、殴る形で叩き付ける物かと思っていたが違うのか?


 クルーガーの右腕に通されたゴーレムバンカーの筒の先は、殆ど合金板に触れるか触れないかという所まで来ている。あんなに近くては満足に殴る事も出来ない筈だが。


 また、これ見よがしにクルーガーが振り返る。


 手振りで“良いからやってくれ”と示す。そんな俺の素振りにクルーガーが合金板に向き直り、興奮した様に息を吸った。





 轟音。





 髪先が煽りを受けてはためくのを肌で感じる。クルーガーの方、加えて言うならゴーレムバンカーとやらの後方に、燃焼したディロジウムの芳香が漂っていた。


 クルーガーが蒼白い煙を上げるゴーレムバンカーとやらを右腕から取り外しながら、満足げに振り返る。


「これが駆動兵専用の近接兵器、ゴーレムバンカーです」


 クルーガーの後ろに見える装甲板は中心から枝を伸ばす様に大きく亀裂が走り、亀裂の中心には腕が入りそうな程に大きな穴が空いていた。


 息を呑んだ。これが、ゴーレムバンカーか。


 自律駆動兵とやらの剣も矢も爆薬も効かない装甲板にも、これほどの大穴を開けられる兵器と言う訳だ。


 グレゴリーとやらが何処まで頑強なのかは知らないが、腕が入るほどの大穴を開けられては流石に無事とは行かないだろう。


「まだ試算ではありますが、中枢を狙えば自律駆動兵も一撃で行動不能、関節部分を破壊すれば行動を阻害する事を可能にしました。今回ミスターブロウズには、この武器で自律駆動兵と真っ向から戦ってもらう事になります」


 そう説明するクルーガーの手元のゴーレムバンカーは先程に比べ、縦に引き延ばしたかの様に全長が伸びていた。


 理由は、杭。太い筒の中から先端に向けて伸びた、余りにシンプルな杭。


 先端に僅かに傾斜が付いただけで、恐らくは研がれてもいないであろう杭は今の轟音によって傷だらけになっており、説明するまでもなく激しい磨耗を物語っている。


 やっと、どういう兵器かが理解出来た気がした。


 当然ながら詳しい構造など分かる筈も無いが、行程と結果から察する事は出来る。


 ゴーレムバンカーと呼ばれるこの兵器は、腕にガントレットの様に装着しグリップの辺りを操作する事によって、予め装填した炸薬筒を撃発して炸裂の勢いと衝撃で筒の内部に備えられていた杭を突出。


 炸薬の勢いを全て杭先端に集中させる事により、突出する杭が装甲を穿つと言う訳だ。


 関係性としては鎚と鑿の関係に近い。鎚がディロジウム炸薬に代わり、鑿の代わりに太い杭が、岩ではなく装甲を穿つ。シンプルに言えばそういう事だろう。


「このゴーレムバンカーは炸薬筒に充填されたディロジウム炸薬により、単発に限り装甲を殆ど貫通する事が可能な白兵武器です。撃発及び炸裂の際の反動は、後方にも炸裂を放出する事により相殺する方式を取りました。放出によるロスは否めませんが、これで負傷の危険なく安全に運用する事が可能となります」


 金属製の簡素な机にゴーレムバンカーを置きながら、意気揚々と説明するクルーガー。


 恐らくは稼働、撃発によって発熱しているのだろう、微かに表面から熱を感じる。


「この装備は完全に単発限定か?再装填は?」


 そんな俺の言葉に、爛々としていたクルーガーの眼が幾ばくか曇る。


「……今回の兵器は充填量からしても、機関部に張り付いた炸薬筒をスムーズに排出する事はほぼ難しいと判断し、機関部ごと廃棄する方式を取りました。鋼材の強度からしても、機関部の構成に炸裂の衝撃で歪みが起きる可能性はゼロではありません。よって、今回は量産した機関部及び本体を、単発使い捨てにする方式を取っています」


 目線と表情から察するに、どうやらクルーガーとしては機関部ごと使い捨てにする方式ではなく、クランクライフルの様に金属筒を排出しては新しく装填して再び撃発出来る構造にしたかったらしい。


 機関部ごと廃棄する方式にしたが故に、再利用に耐えられる様に強度を増すのではなく、逆に単価を抑えて量産する方向性にした。そんな所だろう。


「まぁ完全なワンオフ、今回限りの兵器にするなら特殊鋼材を使い、再装填を可能な強度にする事も出来ますが………レイヴン達に行き渡らせるのは確実に無理な単価になるでしょう。仮に再装填を可能にしても、あれだけの炸裂を起こした金属薬包をスムーズに排出するのもかなり難しいでしょうし……」


 腰に手を当てながら、クルーガーが諦めきれない様に目の前のゴーレムバンカーを見つめる。


 どうやら、クルーガーとしても今回の方向性は中々に苦渋の決断だったらしい。


 まぁ、避けられない事ならば仕方ない。科学者や研究者は魔法の様な装置を作れるが、決して魔法使いではないのだから。


 ここで、クルーガーに文句を言うのはお門違いだろう。


 腕組みしながら、ふとユーリの言っていた武器の事を思い出す。


「クルーガー、“ヴァネル刀”って知ってるか?俺に向いている刀剣だと聞いたんだが」


 そんな言葉に苦い顔をしていたクルーガーの表情が、不思議そうな色に変わる。


「バネル刀?バネル刀………すいません、私にはちょっと分かりかねます。異国の武器でしょうか?」


 発音の不慣れさから見ても、どうやら知らないらしい。なら、頼むのはむしろ迷惑だな。


「リドゴニアの武器だったらしいんだが、知らないなら良いんだ。忘れてくれ」


 クルーガーが知らないとなると仕方無いが、一応ヴァネル刀は何かしらで触れておくべきだろうな。ユーリの言い方からしても、少なくとも無駄足になるとは思えない。


 …………相変わらず気は進まないが、“もう一人”に頼んでみるか。不本意ながら、最近は漸く扱いも分かってきた事だし。


 まぁ、今は一旦置いておこう。今は、それよりも火急の案件がある。


「………この兵器、ゴーレムバンカーで自律駆動兵を倒すんだな?一応聞くが、これは俺が主に扱うと思って良いんだな?」


 静かにそう聞くとクルーガーも、少しの間の後に此方に頷く。


「一応他のメンバーにも兵器を説明しましたが、実際の任務に置いてはミスターブロウズ、貴方が自律駆動兵に肉薄し、至近距離から装甲を撃発、そして貫通する事になると思います」


 長い息を吐いた。分かってはいたが、やはり俺が直接肉薄し、自律駆動兵と対決する役か。


 どうせ幹部達やその他の連中は、“あいつは黒魔術もあるしそう簡単には死なないだろう”程度に考えているのだろうな。


「………恐らくは、あの魔術を使うしか無いかと……」


 意を決した様な小声で、クルーガーが呟く。俺が逆の立場でもそう言うだろう、今回の役割は明らかだ。


 他の帝国兵と装甲兵、そして怪物の様な自律駆動兵。此方にはレイヴン数人、そして“黒魔術を使うしぶとい元帝国兵”。


 パスタにスプーン、スープにフォークを使う訳にも行くまい。適材適所と思うしか無いだろう。


 炸裂し杭が突出した、ゴーレムバンカーを眺める。このサイズを考えると、何本も持っていく訳には行かないな。ある程度は他のレイヴンと分担出来るにしても、それでも。


 考えても無駄だと分かっていても、特殊鋼材を使って張り付いた薬包を排出出来る構造に出来ていれば、という考えが頭を離れない。


 そうすれば、炸裂筒を携行する形でもっと複数回に渡って撃発・炸裂する事が出来た筈だ。


 自律駆動兵に今後も対抗する為に、これからも生産する事を考えればそんな事は到底無理な事は分かっている。


 だが実際に戦場を駆ける者からすれば、単価が高くなっても連発出来る武器で戦いたいのが本音だった。


 “金貨の節約の為に、戦場で命を危険に晒す”か。


 あいつに賛同するのは些か思う所があるが、今ばっかりは正しくその通りだと認めるしかなかった。


 ゼレーニナが演説していたウィスパーの記憶が、脳裏を過る。


 ふと、顔を上げた。


 特殊鋼材を使い、更に高性能にする事も出来るが、技術力や資金等の問題でグレードと単価を抑え、レイヴン達に潤滑に行き渡る様にする。


 何処か、覚えがあった。


 少しずつ考えている内に、一つの事実を思い出す。


 ゼレーニナはクロスボウを自動かつ連発に作る事が出来た。そして、クルーガーが作ったクロスボウの事も知っていた。


 単発クロスボウ、“グレムリン”を見た時の呆れた様な眼。それに、最初にゼレーニナが皮肉ったのは“価格”では無かったか?


 魔女の塔での記憶が、脳内に呼び起こされていく。




 “あぁ、よくもまぁこんな物を作れるもんだ。全く、クルーガーってのは天才だな”


 “ええ、天才でしょうね。団の全員にそれを行き渡らせる程、低コストで製造してるのですから”




 あの時は、ゼレーニナが不機嫌な事にしか意識が行かなかった。


 だが仮にクルーガーが新しく開発したとなれば、あのゼレーニナが構造と発想を差し置いて最初に価格を責めるとは思えない。


 少しばかり心拍が早まり、首筋の辺りが逆立つ。


「クルーガー、一つ聞いて良いか?」


「はい?」


 唐突に呟く俺のそんな言葉に、クルーガーが意外そうに顔を上げる。


 少しの間の後に僅かな機微も見逃さない様、真っ直ぐクルーガーの眼を見ながら静かに呟く。


「この兵器を発案したのは、お前か?」






「……ええ、勿論。苦労しましたとも」


 クルーガーは今までと変わらない、笑顔で答えた。

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