076
どこか夢を見ている様な気分のまま、目の前のハーブティーを眺めていた。
落ち着く香りがする。ハーブティーの種類は生憎と分からないが、少なくとも歓迎はしてくれているらしい。
山小屋の中、俺は想像していた何倍も暖かい歓迎に、不覚にも困惑を隠せなかった。
山小屋の中、木目のテーブルの対面に座っている褐色の巨漢はと言えば、自分用のハーブティーを丁寧に息で吹き冷ましている。
見れば見るほどに、不思議な男だった。
身長7フィートはある、荒ぶるハネワシの様な存在でありながら、手慣れた様子で丁寧にハーブティーを淹れてくれる。それもいきなり現れた、悪名高い客人をもてなす為に。
それに、見栄ではなく本当に日頃からハーブティーや紅茶に親しんでいるのだろう。香りを楽しんでいるのが、表情からも読み取れる。
「俺から、この前の作戦の事を聞きたいのか?」
目の前のラグラス人こと、ユーリ・コラベリシコフからそんな言葉が投げ掛けられ、思わず眼を瞬く。
「……あァ、お前がこの前の作戦で唯一生き残ったレイヴンだと聞いたんでな」
目的を忘れそうになってる事に気付き、気を取り直しつつ、そう返すとユーリと呼ばれている巨漢のレイヴンは、何故か困った顔をする。
「報告書は上げているから、報告書を読んだ方が分かりやすいと思う。俺のマグダラ語は、聞き取りにくいから」
そう返してくるユーリのマグダラ語こと共用語は、確かに随分と訛りが強い。
聞いた事の無い訛りだ。ラグラス人で、他の言語が混ざって幾らか訛った共用語を話す奴も少なくなかったが、ユーリの訛りは聞いた事が無い。その上、確かに他の連中よりも聞き取りにくい訛りだった。
「直接、お前から聞けと幹部から言われているんだ。黒羽の団の、最高幹部から直々に」
ユーリが、片眉を上げる。
「最高幹部から?」
「具体的に言えばヴィタリー、ヴィタリー・メニシコフからだ。本人から、伝令も無しに直々に言い渡されてるんでな。お前に話を聞けと」
意外そうな顔でユーリが考え込む。やはり、黒羽の団からすれば、最高幹部達は相当な影響力を持つらしい。
ユーリが顎に手をやって考え込み、幹部から直々に言い渡された意味、報告済みの話を俺に聞かせる意味を長考している様だった。
「分かった」
此方がハーブティーに手を付けていると、静かにユーリが答える。
「何が知りたいか、教えてくれ。ハーブティーも要るか?」
どうやら、素直に協力してくれるらしい。何というか、拍子抜けしそうな程に話が早い。
何も間違っていないし、不自然な点も無いのだが、今までの経験上、むしろ調子が狂うというか。憎まれ口の一つでも叩いてくれた方が、幾分やりやすいかも知れない。
まぁ、この団に来たばかりの頃、あの訓練場で言い掛かりから剣をぶつけ合った事を考えると、この男に憎まれる事はあまり考えたくないが。
「…じゃあ取り敢えず、ハーブティーを貰っても?」
そう返すと、ユーリが満足そうに頷いてティーポットを手に取る。こう言っては何だが、手がやたら大きいおかげで、取っ手ぐらいなら握り潰してしまいそうだ。
そのまま、またも丁寧にハーブティーが注がれる。
この気遣いといい、丁寧さといい、何というかゼレーニナとこいつは中身を逆にした方が良かったのではないか。
「作戦の、何を聞きたい?」
ハーブティーに漸く手を付けつつ、ユーリがそう聞いてくる。
「自律駆動兵、グレゴリーだったか。そいつの情報が欲しい。主観で良い、どんな兵器だ?」
「……鉄の巨人みたいな、兵器だ。線路も無い所を二本脚で人間みたいに歩くし、腕も二本ある。人間みたいに斧を持っていた」
鉄の巨人、か。どうやら比喩ではなく、本当に機械仕掛けの人形が歩いてると思った方が良さそうだ。しかし、人型か………兵士が、全身に分厚い鎧を着込んでいる、という訳でも無いだろう。それなら新兵器なんて話にはならないだろうし、そもそもそんな程度の兵士なら幾らなんでも、ここまで話が大きくなる事は無い筈だ。
「………その巨人は、身長はどれぐらいあるんだ?お前ぐらいか?」
「12フィート近くあった、と思う」
「12フィート?」
思わず、身を乗り出した。カップが微かに音を立てて揺れる。目の前のユーリの倍近い身長だ。そんなサイズの鉄の人形が、斧を振り回して歩いてるってのか?
「……………12フィート、か…………」
力が抜けた様にそう呟くと、目の前のユーリが「10だったかも知れない」と肩を竦めつつ補足する様に呟いたが、正直殆ど変わらない。何にせよ、とんでもない相手だ。12フィートの人形が歩くだけで大事件なのに、そいつが斧を振るうのか?
「………動きは、どうだった?」
「動き、というのは?」
訛りを気にしてか、ユーリが丁寧に聞く。
「こう、足が遅いとか、バランスが悪いとか。余り悪い話は聞きたくないが、足や動きが早いなら、それも聞かせてくれ。主観で良い」
「あの巨人は、12フィートの身長で俺達と変わらないぐらい自然に動く。まるで、そういう生き物みたいだった。仲間のレイヴンが壁を登ろうとした所を、斧を握っていない方の手で、壁の途中で素早く掴んで地面に叩き付けたりしていた」
苦い顔でそう言うユーリに、顔に手をやりながら溜め息を吐く。
「……つまり、12フィートの身長で俺達レイヴンの様に動く、と」
とんでもない話だ。そこまで滑らかに動く鉄の巨人が、レイヴンを殺しに来るというのか?
にわかには信じがたいが、現にレイヴン達が叩き潰されている。信じるしかないが、信じたくない話である事も確かだった。
「………その、鉄の巨人は、最初から目標の傍に居たのか?どうやって現れた?」
そんな俺の言葉に、覚悟の様に息を吸ってからユーリが話し始める。
「……あの任務の時は、レイヴン4人で夜半に出撃した。自宅の豪邸に居る目標を排除する為に、周りに配置された哨戒を排除しながら、崩落地区の拠点から目標の元へ向かった」
訛りのある話し方のまま、ユーリが丁寧に話し始める。
「目標の豪邸の警護はかなり厳重だったが、俺達は上手くやっていたんだ。夜半と言えども、完全な隠密は無理だろうし、豪邸内で争っていれば、いずれは騒ぎになる事は皆分かっていた。それでも、目標を排除したら何とか脱出出来る計画だった。コールリッジの豪邸に入り込んでからも、レイヴン全員で邪魔な兵士を排除していった。豪邸内に居た装甲兵には手こずったが、それでも頭を叩き割って俺達は目標の元へ向かった」
装甲兵、か。ガルバンの庭園での嫌な思い出が甦る。特殊な軽量合金から造られる装甲兵の鎧は、それ自体が相当な高級品だ。そして、それだけ金のかかった鎧を着込み装甲兵として歩いている兵士は、帝国から認められた剣術や武術の熟練者に限られる。装甲兵の鎧は、武具でもあり、名誉の証でもあるのだ。例に漏れず、今回の目標も大金を払ってか払わずか、その熟練者として装甲兵を配置していたらしい。
「夜半に寝入っている所を狙ったから、兵士の数は普段より減っていたが、それでも多かった。だが、何より夜半なら急な対応はしづらいと踏んだんだが………」
ユーリの顔が苦くなる。話が進むに連れて、訛りが強くなるのは感情が故、だろうか。
「遂にコールリッジまで辿り着いた時、奴は目視出来る程に近くに居た。もう少しで届いたんだ。仲間のレイヴンが目標を確認した途端に、目標に向けてゴロムリン……グレムリン、手からクロスボウを射った」
顎に手をやる。目の前に見えた途端に矢を射つか。確かに矢傷でも与えておくに越した事は無いが………早計か?いや、この場合に限っては正解か。
先を促そうとして、ユーリの眼がこれから話す事を物語っていた。あぁ、成る程。ここから、本題に入る訳か。
「……その瞬間、横から鉄の巨人が飛び込んできて矢を弾いた。最初は何か分からなかった、ただ主人を守るだけの兵器かと思っていた。だが、柱みたいな斧を振り回し始めた辺りから、その巨人がどれだけ危険かすぐ分かった」
「此方の攻撃は通じないのか?」
無駄だと分かっていてもそう聞くと、ユーリは返事もなく、ハーブティーを静かに飲んだ。肯定という事だろう。
「矢も射ったし、剣も斧も斬り付けたが、まるで効かない。相当強い鋼が使われてると見て良い。レイヴンの一人が持ち込んでいたディロジウム手榴弾を投げたが、余り効果が無かった。その後も狂った様に斧を振り回していた………」
「目標……コールリッジは?」
分かっていても、聞くしか無かった。どれだけ辛い話だろうと、今は情報が必要だ。
「鉄の巨人が暴れている後ろで、何人かに庇われながら逃げようとしていた、だからレイヴンの一人が追い掛けようとしたが………そこに気付いた巨人が素早く斧を叩き付けて、二つに千切れて死んだ。意識が逸れた隙を突かれたんだ」
少し間が空き、ユーリが深いため息を吐いた。アキムは、“一人を除いてほぼ全滅”と言っていた。その一人は、目の前に居る。つまり、ユーリ以外全員のレイヴンが戦死したと思って良いだろう。
「二本足の癖に疲れ知らずの犬みたいな速さで駆けてきて、斧を振り回してくる………それで何人もが叩き潰されて死んだ。最終的には、俺がフォグベアーを投げた」
「フォグベアー?」
「………クルーガー、クルーガーが造った、手榴弾だ。爆発するんじゃなく、煙が出るんだ。何も見えなくなる程の煙が。最近完成したと言っていたから、何かの役に立てばと持っていったんだ。結果的に命拾いしたが」
クルーガーはどうやらまた何か兵器を完成させていたらしい。濃密な煙が出る手榴弾か………都合してもらえば、役に立ちそうだな。数日で俺にも用意出来るだろうか?
「あいつら相手には多少目眩ましになる程度だったが、その隙に撤退する事にしたんだ。メニシコフ教官からも、“死に時を間違えるな”と言われていたから」
苦い顔のまま、ユーリが手元のカップを揺らす。
戦場で、自分一人生き残る気持ちは知っている。勝利でさえ虚しくなるのに、敗走なら尚更だ。
傷を抉る様な真似ばかりだが、ユーリの為にも話は聞かなければならない。
「脇の下や膝の裏、間接は狙ってみたか?」
「一度、斧を掻い潜って関節部分を全力で打ち付けてみたが、刃が欠けただけで終わったよ。俺達の使う武器じゃ刃が立たない。何度か打ち付けたら多少は効いたのかも知れないが、そんな余裕は無かった」
長い息を吐きながら頭を掻いた。リッパーでも、何ならアイゼンビークでも殆ど効かないと思って良いだろうな。帝国軍も厄介な代物を作ったものだ、まさか人間が機械に殴り負ける日が来ようとは。
ハーブティーを飲み干し、穏やかな香りの中で頭を捻る。
さて、どうしたものか。ディロジウム手榴弾を使っても効果はどうやら薄いらしい、リッパーやその他の武器は言うまでもない。
「一つ、教えてくれないか」
悩んでいると不意にユーリからそんな声がかかり、意識を対面のユーリに向ける。
「何だ?」
「俺はユーリ。ユーリ・コラベリシコフ。これは知ってるよな」
突然、何を言い出すのだろうか。名前を間違っているのかと思ったが、呼んだ名前は間違っていない。
「あぁ。どうかしたのか?」
「……そっちはダヴィ、デイヴィッド・ブロウズ。合ってるか?」
少し、眉根が寄る。この家に招き入れられた時に、一応は名乗った筈だが。
そんな考えが浮かんだ後、直ぐ様もう一つの考えが水面を破る様に打ち消した。畜生、そういう事か。
ユーリが、神妙な顔で呟く。
「気を悪くしないで欲しいんだが………黒魔術を操れる、というのは本当か?」
意識していても、それでも顔が僅かに渋くなる。
こいつも、その手の輩か。最早、今の俺が噂されるのは宿命と思うしかない。
そんな事を考えている内に、一つの事に気付いた。
澄んでいる。目の前のユーリはとても穏やかな、澄んだ眼をしている。
今までの団員達や幹部を含めた、俺を怪物として見る様な眼では無い。
少し息を吸ってから、静かに吐いた。
「……多少だがな。実際には、まだ分からない事だらけだ。噂になっている騒動も即興でやった事が偶然上手く行っただけで、実際には手探りなのが実情だ。カラスを敵に向かわせる事は確かに出来たが……次も同じぐらい上手く行くかと言われると、確信は持てないな」
そんな俺の言葉に意外そうな顔をした後、ユーリが静かに自分のハーブティーへ手を付ける。
「成る程、分からないのはお互い様か。いや済まない、興味が抑えきれなくてな」
そう呟くその顔に、畏怖や嫌悪、懐疑は見えない。
料理の味付けの話でも聞いているかの様な、穏やかな眼をしている。
「俺を恐れないのか?」
思うより先に、口からそんな言葉が飛び出す。何一つ恐れた様子の無い目の前の男に、思わず聞いてしまった。聞かずには居られなかった。
「最初は奇妙に思ったが、黒羽の団の為にその力を使ったんだろう?なら我々の味方じゃないか」
平然と言うユーリに、何とも妙なものを感じていた。
この団にクルーガーや技術開発班の連中以外に、ここまで好意的に俺を見てくれる奴が居たとは。
……一人、何も気にしない少女は居るが、あれは例外だろうな。
「噂で悪いが、お前が此処に来た経歴も知っている。あの立場を蹴るなんて生半可な覚悟では出来ない事だ、周りには酷く言われただろうが………誇って良い事だと、俺は思う」
鼻の頭を掻いた。何とも、むず痒いものだ。貶されたかった訳ではないが、何というか。
レガリスでも散々な扱いをされていた自分からすると、損得だけを見ている訳でもなく見放されるのでもなく、こんな風に人格を肯定される事は、慣れていない。
「………てっきり、お前も悪魔の使いだの何だのと、俺を忌み嫌うものかと」
戸惑いの中そんな言葉を呟くと、対面のユーリが優しく笑う。
「帝国を相手に戦うなら、誰であろうと同志だ。改心した野盗は誰よりも誠実だと言うだろう?あれだけの立場を蹴って、帝国を倒す為に立ち上がってくれたんだ。頼もしい仲間に決まっている」
そう言って新しくハーブティーを淹れるユーリに、暖かいものを感じていた。
「……そう言ってくれて助かるよ。あの庭園以来、随分な立場だったんでな。任務直後は処刑の話まで出たぐらいだ」
そんな風に答えるとユーリがカップ片手に、苦い顔をする。
「処刑?酷いな。疑わしいのは分かるが、任務を達成して目標も抹殺したのに随分な処遇だ」
以前考えていた事をそのまま代弁する様なユーリに、思わず笑ってしまう。
損得を考えたり不穏分子だの、そんな事ばかり考えて当たり前の様に思っていたが、考えてみればそうだ。
あれだけ頑張って処刑だなんて、そりゃないよな。
そんな事を考えていると、不意にユーリが思い出したという顔で言葉を紡ぐ。
「庭園と言えば、報告書で読んだんだが……ディオニシオ・ガルバンの首を斬り飛ばしたって?」
あぁ、そんな事もあったな。まともに剣も使えない貴族の首を全力で振り抜いて、首を斬り飛ばしたんだっけか。
「あぁ。確実に殺すにはやはり首を落とすのが一番だと思ったんでな」
「実戦で“骨割り”を使う戦士なんて久し振りに見たな。もう、帝国軍にそこまでの戦士は居ないと思っていたが」
“骨割り”か。確か、言われてみればあの斬り落とす技術はそんな名前で呼ばれていたか。
“あの男”は当たり前の様に使っていたが、考えてみれば随分な話だ。
手足を当たり前の様に斬り飛ばし、失血と欠損で直ぐ様死に至らしめる。
剣戟の際にさえ、隙あらば首を斬り落とす。今でこそ自分も扱う技術だが、改めて考えると恐ろしい技術だ。
「“骨割り”、か」
今でこそ戦場で一流の戦士達が使いこなす高等技術となっているが、その起源は古の処刑の一族とされている。
元々は処刑の際、罪人を安らかに逝かせる為の処刑人の技術だった。何度も首を打ち付ける様な苦痛を防ぐ為に、研ぎ澄まされた一撃が必要とされた末に生み出された技術だ。
“速やかに穏やかに”相手を絶命させる事。死を決して残酷にしない。
それが古の処刑の一族の、誇りであった。
そして、その一族の誇りは駆り出された戦場でさえ、速やかに絶命させる“戦闘技術”として受け継がれていく。
“骨割り”は苦痛ではなく穏やかさの為に培われた技術であり、怒号や剣劇の飛び交う実戦であってさえ、即座に首や四肢を切り落とし、抵抗する間も無く“速やかに、穏やかに、安らかに死なせる”技術であった。
処刑の誇りとして“穏やかさ”を追求したその技術は結果的に、皮肉にも“速やかな絶命”を求めた一流の戦士達の間で受け継がれる事となった。
慈悲として穏やかな死を突き詰めた結果、相手を速やかに抹殺する技術として戦場に根付いていってしまうとは、何とも皮肉な話だ。
「昔、師匠から伝授されてね。切り落とせば話が早い、と教え込まれたんだ。体得する為に、血が滲んでも剣を振る羽目になったけどな」
「………その師匠とは戦いたくないな」
そんな風に呟くユーリに、此方まで笑う。
「同感だな。あの男と斬り合いになるなんて考えたくも無い」
今、あの男は何をしているのだろうか。帝国軍に相変わらず居るのだろうか。
何にせよ、ラグラス人を一般的な蔑称の“亜人”どころか更に差別的な蔑称の“獣人”と呼んでいた事を考えると、今の俺とは何があっても話は合わないだろうが。
「報告書によるとリッパーで首を斬り飛ばしたらしいが、実戦でそれだけ“骨割り”を使えるならヴァネル刀を使った方が良い。故郷で“骨割り”を使う戦士は、皆ヴァネル刀か斧を使っていたぞ」
平然とそんな事を言うユーリに、眉を潜める。ヴァネル刀?
少しの間の後、どうやら俺がヴァネル刀とやらをまるで知らない事が伝わったらしい。
ユーリが片眉を上げ、俺が僅かに肩を竦める。
「知らないのか?」
「残念ながらな。“骨割り”に向いてるって事は、斧みたいな物か?斧なら使い方は分かる、剣より骨割りに適している事もな」
実際、勢いと重量から考えても勢いで叩き割る事を考えると、勿論欲を言えば剣よりも斧の方がやりやすいと言わざるを得ない。
動く相手に使う事を考えた結果、斧だけでなく剣も扱う形体に転化したのであって、斧の勢いが生かせるならそれに越した事は無い。
「………レガリスの方では知られていないか。北方のリドガニア、リドゴニアで使われている刀剣だ。斧の重さを持った剣、とでも言おうか。振れば分かるが、斧の次に“骨割り”に向いた武器だ。気に入ると思うぞ、刺突には少し向かない剣だがな」
そんなユーリの言葉を聞きながら顎に手を当てる。どうやら、リドゴニアにはまだ俺の見た事も無い様な刀剣があるらしい。骨割りに向いているという事は、斧の様に先端に重心が集中していると言う事か?
元々、サーベルよりも斧が向いている様な性分だ。少なくとも調べて損はないだろう。
……幸い、聞く相手には事欠かない。俺の数倍は脳味噌が詰まった連中に聞けば、何かしら話が聞けるだろうからな。
そして、漸くユーリの訛りがどこの訛りか分かった。リドゴニアか、成る程。
ユーリのマグダラ語の訛りは、リドゴニアのニヴェリム語から来ているらしい。また何とも、聞きにくい訛りで喋るものだ。
さて、取り敢えずはクルーガー辺りにこの話を持っていくべきだろう。
向こうは向こうで俺よりも事前に情報だけは受け取り、何やら対策を考えているらしいが俺が今ユーリから聞いた話は初耳かも知れないからな。
初耳じゃないにしても、フォグベアーだのヴァネル刀だの、はたまたグレゴリーとやらをどう倒すか、色々と聞かせてもらう必要がある。
正直に言って、もう少しここでハーブティーを楽しんでいたいのが本音だが、何せ数日後には任務に出発しないといけない。
本当に名残惜しいが、そろそろ此処をお暇しないと行けないだろう。
そんな思いを知ってか知らずか、目の前のユーリは天井を見上げる様にしながら随分と考え込んでいる。
「手元にヴァネル刀があれば良かったんだが、生憎と俺は普段使わないんだ。どうしたものか………」
どうやら、真剣に俺にヴァネル刀を融通出来ないか悩んでいるらしい。
随分と親切なユーリに内心苦笑してしまう。この団に来て散々な目に合わされたが、まさかこんなにも自分に友好的なレイヴンが居るなんて思わなかった。
皆、こんな奴なら俺ももう少し穏やかに過ごせていたのかもな。
そんな思いのまま、笑って口を開く。
「心配するな、これでも技術者には縁があるんだ。剣の一本ぐらい、何とかなるさ」




