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1838年
レガリス中央新聞
薪山の月19日
“レガリスに立ち込める暗雲に屈する事なく、受け継がれる愛国者達の未来”
昨日の夕方、イステル氏が正式に医療開発業界から撤退する事が帝国本部から発表された。
イステル氏は記者達の前に終始姿を見せなかったが、イステル氏の部下は撤退の理由として“今回のレイヴン襲撃の際の負傷による、肉体及び精神的な各種の後遺症”と説明している。
改良型テリアカを開発し、レガリスの未来を切り開いたイステル氏が医療開発から撤退すると聞き、各部からは悲しみの声が相次いだが、それでも聖女テネジアは我等を見放してはいなかった。
この度降任するイステル氏の正式な後継者として、リア・エルザ・ランゲンバッハ女史が正式に医療開発主任として新たに任命され、これからの改良型テリアカ及び今後の医療技術研究を担当する事となった。
医療技術研究者として改良型テリアカ開発時代からイステル氏との交流も深く、改良型テリアカ及び医学史の最先端を担うに当たり実力は充分との事。
此度、イステル氏に代わり新たに医学史を切り開く重責を担う事になったランゲンバッハ女史だが、ここに至るまでの経歴はとても軽やかな物とは言い難い。
徐々に秋風が吹き始めた今月、つまり薪山の月の半ばまで、ランゲンバッハ女史が“在籍”していたのは何とよりにもよって下劣な罪人、残酷なギャングがひしめいてる悪名高いアイルガッツ刑務所だったからだ。
最恐最悪の刑務所として名高いウェルデリー刑務所の次に残虐として知られる、アイルガッツ刑務所に収監されていたランゲンバッハ女史の罪状は、よりにもよって冤罪。
そう、他の悪臭漂うギャングや劣等種の亜人と違い、ランゲンバッハ女史は完全に手違いにより収監されてしまったのだ。
刑務所内で何度も死を覚悟した女史だったが、プライベートでも大親友だったイステル氏の必死の訴えにより遂に今月、再調査が進み冤罪を擦り付けた真犯人が逮捕される運びとなった。
正義は為され、悪は裁かれる。聖女テネジアはやはり見ておられるのだと、記者達もこれには思わず嘆息が漏れた程だ。
死と暴力が渦巻くアイルガッツ刑務所で荒事の経験も無い自分が生き残れたのは、ひとえにテネジア教徒としての信仰が支えだったと語るランゲンバッハ女史。
一人の愛国者が日向から離れようとも、必ず愛国者は現れる。信仰は、下劣な罪人や運命の試練さえはね除けるのだ。
血に飢えた抵抗軍が湿った路地裏を這い回っている昨今、筆者には今回の件が聖女テネジアの“信ずる者は救われる”という信託の様に思えてならない。
我々は聖女テネジアを信仰し、また信託を賜った正当人種として未来を享受するだけでなく、道を踏み外した亜人達を邪教や暴走から解き放ち、信仰と教育によって導く義務がある事を忘れてはならない。
亜人及び邪教徒を野放しにしておけば、今回の様な信託も劣等種の血に穢され、腐敗してしまうかも知れない。
我々は、正しい未来を守らなければならないのだから。
怪しい亜人、邪教徒や邪教信仰、帝国への反乱分子を見掛けたら直ぐに近くの憲兵に連絡を。
今レガリスに暗い影を落としている暗雲を払えるかは、貴方の白い手に懸かっている。




