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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 ギャングのうめき声など、とうに聞き慣れてしまっていた。





 今回の患者は裂傷。これまた随分な裂傷を負っていたので、チームで押さえ付けて縫合する。


 相変わらずこのチームは親切に動いてくれる。私と同じ立場どころか、私の方が新入りだと言うのに。


 ギャングの連中というのはもっと排他的で、私など直ぐに切り刻んで農場の土にでも撒かれてしまうものだと思っていた。


 きっと、私が収監されて三日目で“スナークス”のメンバーを大量失血から助けなければ、近い内にそうなっていたのだろうけど。


 どうやら、私が助けたギャングチームは恩義に報いる連中だったらしく、監獄の中でも随分と良い待遇を受ける事が出来た。


 直に私はメンバーの一員として動く様になった。少なくとも、食事には事欠かなかったし、私を食い物にしようとする連中からも守ってくれた。


 私のギャング内での仕事は、医者。前回の抗争で医療に長けたメンバーが複数死去してしまったらしく、欠員が出た医療チームを私が埋める形となったのだ。


 私は本来、医療研究者で薬剤師だ。外科医では無いし、もちろん執刀医を任された様な経験も無い。


 なのに私がここで重宝されているのは、単純に残存しているメンバーの中で私が一番応急処置や治療法に詳しかったからだ。


 きっと、収監される前の私が今の私を見れば卒倒するだろう。薬剤師として働いている筈の私が、外科医でも無いのに筋骨粒々の血まみれのギャングを押さえ付けて、止血どころか異物摘出に縫合までして、命の恩人と祭り上げられているのだから。


 今回の患者はミーガンと呼ばれている、其処らの男なら殴り倒す様な、6フィート近い女ギャング。


 痛み止めが足りない事以外は文句も言わず、時折うめき声を上げるだけで何とか施術にも耐えた逞しい女だ。


 「あんた、医者なの?」


 痛みを紛らわせる為だろうか、ミーガンがベッドに寝かされたままそんな事を聞いてくる。


 「投獄される前はね。しかも本当は薬剤師」


 「薬剤師?」


 痛みに顔を引きつらせながらも、それでもミーガンが笑う。


 「嘘でしょ、あたし薬剤師に縫合されたの?道理で痛い訳だわ」


 「正直に言うわ、生きてる人間を縫合したのはこの監獄が初めてなの。監獄医が見向きもしないから、私がやるしか無かった」


 吊られて私まで笑う。この監獄に来て、ギャングと笑い合うのにも随分慣れた。それも人を2つに引き裂く様なギャング達と。


 「失敗したら死ぬかも知れないのに、よくそんな事出来るわね。自信はあったの?」


 「私が縫わければ、皆が見捨てるからどのみち死ぬわ。どうせなら助かる方に賭けたの」


 体勢を変えたら随分痛かったらしく、ミーガンが顔を引きつらせる。痛み止めは品薄だ、生憎と耐えて貰うしかない。


 「薬剤師サマが何でよりにもよってこんな所に来ちゃったのよ。“違うクスリ”でも売ったの?」


 「私は元々トラバイン地区生まれでね、医療研究者をやっていたの。言っておくけど、扱っていたのは“マトモな方”よ」


 「トラバイン地区?ジャンキーだらけの地区じゃないの、よりによってそんな所から薬剤師になったって言うの?」


 苦笑を漏らす。トラバイン地区と言えば、薬物中毒者“ジャンキー”か、ジャンキー相手の売人が殆どと言われる程に治安の悪い地区だ。


 私は元々そこの生まれだった。そして母親がジャンキーに殺され、父親が売人になった時に家を出た。


 生まれ故郷を離れて病院で下働きを始め、十年近く経ってからツテと努力で医療アカデミーを卒業し、薬剤師となったのだ。


 「苦しんでる人達を助ける薬を作りたくてね。女子供でも無理なく使える、もっと多くの人が使える薬を開発していたんだけど………どうやら、人が助かったら儲からない連中が居るらしくて」


 「当然の話ね。客が居ないと商売にならないもの」


 ミーガンが苦笑する。冷たい訳ではない、ギャングからすれば至極当然の話なのだ。空魚を憐れんでいてはコックは務まらない。卵を割らなければオムレツは作れない。


 金を払う患者が居なくなれば、業者は稼げないのだから。


 「正直に言うわ」


 「ええ、どうぞ」


 ミーガンが時折顔を歪めながらもからかう。まるで、カウンセリングの様だなとぼんやりした思考が脳裏を過った。


 「私、濡れ衣を着せられてここに収監されたの。冤罪って奴よ。私の功績は金になるらしくてね、念入りに準備していた悪どい女にハメられたの。まさかよりによってお前が、って奴よ。……似た様なホラを幾つも聞いてきたから、無理に信じてとは言わないわ」


 少しの間の後、「信じるわ」とミーガンが呟く。


 真剣な顔をしている彼女に、僅かに笑いかける。


 「信じてくれる?私がこの話をしても皆、苦笑いするだけなのに」


 「信じるわよ、だって恩人だもの」


 言われてみればそうか。私は先程、彼女を救ったばかりなのだから。彼女からすれば、それだけで信じる理由には十分なるのだろう。


 久し振りに自分の事を話したお陰で、思い出したくない過去が頭を過る。きっと悪用されるであろう、私の功績の事も。


 私は、もっと多くの人達が助かる様にあの薬を作ったのに。身体の頑強な者だけでなく、小さな子供や虚弱な女性だって助けられる様に万能薬を作ったのに。


 貴族だけじゃなく貧しい家でも同じ命として助けられる様に、価格の吊り上げを断ってきたのに。金貨を溜め込む為にあの薬を作ったんじゃないのに。


 きっとあの女は倍額以上であの薬を売り出すだろう。現に、価値で言えば三倍、五倍でも足りないぐらいだ。


 そうして、あの女の名前が医学史に未来永劫刻まれる事だろう。本当の開発者の私が監獄で消えていく事など、歴史の片隅にも残るまい。


 溜め息を吐いていると、ミーガンが縫合した箇所を抑えながらそれでも口を開いた。









 「元薬剤師ってんなら、痛み止めを処方してくれても良いんじゃない?」


 「処方箋があるならね」


 「クソッタレ、何でそこだけは薬剤師なのよ」

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