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座っている男が居た。
男は座っているだけだったが、ふと左手を抑えた。
濁った鳴き声の後、男が抑えていた左手を翳すとその左手の皮膚を突き破る様にして、黒い羽根が生え始める。
男は呆然とした後に手を抑えるが、手から生え始めた羽根は次々に男の腕に広がり、肩へ、胸へ、背中へと黒い羽根で男の身体を覆い尽くしていく。
男は手当たり次第に羽根を引き抜くが、新たな羽根が更に生えてくるだけだった。
背中と胸を覆い尽くし、男の着ている衣服からも羽根が突き出す様になり、とうとう首から頬へと羽根が生えていく。
男は血が出るのも構わずに頬からも羽根を引き抜くが、それでも羽根は絶える気配が無い。
頬から伝った羽根は片目に達し、男は血の涙を流しながら片目を抑えた。
血塗れのまま幾らか経った。
再び開いた男の眼窩には、鳥類の眼が嵌め込まれていた。