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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 レオノーラ・ハイルヴィッヒ・イステル女史の朝はここ数年、優雅な目覚めが続いていた。







 何に焦るでもなく、イステルは優雅に身体を起こす。


 何一つ時間に急かされない朝。数日、数週間に渡って自分で決められる予定。溢れんばかりに流れ込んでくる資金に投資に名誉。


 イステルの職種は医療研究者、くわえて言うなら製薬開発研究者であったが、イステル個人としては最早研究を続ける理由も意欲も大分無くなってきていた。


 言ってしまえば、研究してきた目的はとうに果たされ、今後の輝く人生は約束された様なものだ。


 万能解毒剤、テリアカ。


 今まで歴史上の様々な医学者達が夢見ては諦め、または嘲笑った“万能解毒剤”。


 半世紀近く前、夢の通りでは無くとも殆どそれに近い物をレガリスの技術と研究者がとうとう完成させた。


 世界で確認されている各種様々な毒物への抗体、耐性を一時的に付与し、一般的な人類なら致命的な量の毒物及び毒性に対しても、中和また代謝する事を可能とする薬剤の発明である。


 現在確認されている中毒症の殆どに絶大な効果があり、根治ならずとも症状の大幅な改善が見込める正に夢の薬が完成したのだ。


 イステル女史が、そんな半世紀近く前の万能薬とも呼べる夢の薬の、改良型の開発に成功したと発表したのが数年前。


 ペンを走らせる音に囲まれる中、困難や障害に対しても諦めなかった姿勢を記者達に語った事も記憶に新しい。


 そうして、改良型万能解毒剤の開発に成功したイステル女史の新聞記事はレガリス中で飛び交う様に売れた。


 改良型テリアカの本格的な販売・普及も計画されており、近々イステル女史の名前は医学史に永遠に刻まれる事になる。


 これからの自身の名誉を思い浮かべ、イステル女史の口角が僅かに緩む。最近は特に珍しい事でもない。


 自室でゆっくり身支度して、朝食ついでに紅茶を淹れ、新聞を広げる。


 新聞記事によると何やら、今更になって抵抗軍が勢いを取り戻して騒いでいるらしい。ラグラス人がナッキービル庭園で黒魔術を使った、なんて下らない記事に嘲笑が溢れた。


 こんなものが新聞の一面記事など取り合うのも馬鹿らしい。兵士も同じく証言しているらしいが、その兵士の懐がどれだけ暖まっているか見てみたいものだ。


 しかし、亜人達の諦めの悪さと来たら最早呆れる他無い。


 災厄とも言える浄化戦争もとうに終結し、身の程を乗り越えようとした奴隷達は、自由の代わりに鞭を貰って再び奴隷となっている。


 戦争が終結した後も、暫くは諦めの悪い抵抗軍が帝国軍に損害を与えたりもしたが、それすらも過去の話でしかない。


 屋根もある。飯もある。服もあるし、眠れるベッドも履く靴もある。作業には手袋を、陽射しには帽子を。他の全てに置いても我々が命じ、統率し、正常に成り立つ様に管理している。


 何が不満なのか。奴隷民族たる亜人が我々に管理され、使役してもらう事の何処に不条理や理不尽があるのか。


 帝王や帝国軍が気に入らず、反乱に加担するキセリア人も数多く居ると聞くが、貧困層が大半だ。イステル女史に言わせれば貧困層になる理由など、血筋の劣悪さと本人の資質の欠陥に他ならない。


 人種と血筋が正当で、優れた能力と資質を持っていれば、貧困層に落ちぶれる事も反乱軍に身を堕とす事も有り得ないのだから。


 一通り劣悪種の騒ぎに呆れた後、新聞を畳んで紅茶に手を付ける。


 どうやら上手に淹れられたらしい。同じく添えたスコーンもプレーンな味でありながら、紅茶とマッチしていた。


 イステル女史は幼少から紅茶と紅茶文化を愛しており、また逆に珈琲や珈琲文化を軽蔑していた。


 苦く、品の無い珈琲に品性や文化を見いだすなど、浅慮で粗野な連中の作法に他ならないと。


 珈琲を啜る紳士などと呼ばれている連中も居るらしいが、真の淑女たるイステル女史に言わせるなら、タールペンキと泥水を啜って品性を誇る紳士など、腐肉を貪る際にナイフとフォークを使って品性を気取るウジクイワシの様なものだ。


 真の淑女たる証の様に歴史ある作法の紅茶を愉しみ、今日の予定を考える。むしろ暫くは休んでも良いぐらいだ。


 こうして、今日もまたレオノーラ・ハイルヴィッヒ・イステル女史の輝かしい日々が紡がれていく。







 畳まれた新聞の記事に描かれた、邪悪な画風のレイヴンがイステル女史を睨んでいた。

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