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「話を整理しよう」
黒羽の団、幹部会議室。
報告書の束が机を覆い尽くしている中、私は努めて冷静に言った。
報告書の一つを手に取る。タイプライターで印字された文字が規則正しく並んでいるが、内容に関しては頭を抱える様な代物だ。
「今回の任務において、デイヴィッド・ブロウズはレイヴンとしてナッキービル地区のディオニシオの所有する庭園に侵入し、暗殺。任務達成だ」
そんな私の言葉に、机に肘をついていたクロヴィスが怪訝な顔で、手元の報告書から顔を上げる。
「……一つ聞かせてくれ、報告によるとデイヴィッドがディオニシオの首を切り落としたとあるが、これは比喩では無いんだな?」
「あぁ、それが?」
そう私が返すと、クロヴィスが怪訝な顔のまま不可思議そうに言葉を紡ぐ。
「人が一振りで相手の首を、切り落とすなんて事が可能なのか?それも抵抗する相手を。古来の処刑人でさえ、一振りで首を切り落とすのはかなりの鍛練と技術を要すると聞いたが。だからこそ、昔は苦痛を与えない処刑人は重宝され、敬意を払われたのだろう?」
あぁ、そういう事か。クロヴィスはレイヴンが居る様な戦場に出た事が無い。勿論荒事の経験も無くは無いだろうが、超一流の剣士が剣を交える光景など見た事も無いだろう。
「ヴィタリー」
そう声を掛けると、ヴィタリーが不機嫌そうな様子で答える。
「確かに脊椎ごと首を刎ねるのはかなり難しい。だが逆に言えば、技量さえあれば可能だ、人体の構造を“中身まで”把握していればな。だが、勿論鍛練が欠かせない。薪割りの何倍も精密に、何倍も強力に剣を振る必要がある。“骨割り”と呼ばれる高等技術だ」
「成る程…………」
どこか感心した様に報告書を見つめるクロヴィスに、ヴィタリーが続ける。
「成功すれば、言うまでも無く確実に絶命させる事が出来る。失血死を待つまでも無く瞬時に、最後の足掻きすらさせずにな。だからこそある意味望ましいとも言える。大体、あいつが首を刎ねたなんぞどうでも良い、問題はその後だろ」
噛み付かんばかりの語気でヴィタリーが報告書を睨み付ける。その報告書には、タイプライターの印字に手書きの注釈が付け加えられていた。それも、勢いの余り文字が踊る様な激しい書き方だ。
「……当初、離脱ルートとして想定されていた裏門はその時点で閉じられていた。此方の工作員が前もって開けていたにも関わらず、だ」
「だから奴等を信用し過ぎるなと言ったんだ、弱味を握った連中に命を任せるなんてよ」
ヴィタリーが忌々しげに悪態を吐く。確かに、元々ヴィタリーは本件の離脱ルートに関しては、肯定的では無かった。黒羽の団じゃない連中は信用出来ないと。
「やめろヴィタリー、門の件は直前のディオニシオの気紛れが原因だと確認が取れている。彼等の落ち度では無い」
そうヴィタリーを諌めるも、「どうだかな」とヴィタリーは不機嫌な調子を崩さない。
「まぁ立案の時点でリスキーなのは彼も承知だった筈だ、何しろ立案者も彼自身だからな」
そう呟きながらクロヴィスが手元の書類を捲る。訝しむ様な目線は書類に向けられたままだ。
「しかし代替案が浮かばなかったのも事実だ、確かに離脱ルートの予備案が不安定だったが……」
実際問題、裏門経由の離脱ルートが使用出来なかった際の予備ルートが、力押しなルートだったのは認めざるを得ない。現実的な脱出口が正門からのルートのみに絞られている以上、単独作戦であるという面から見てもやはり、予備ルート含め作戦が安定しているとは言い難かったのは否定しようの無い事実だ。
「もう十分だろ」
不意にヴィタリーが声を上げた。その声には、弾けそうな苛立ちが見て取れる。
「首がどうだの、門がどうだの、そんな話をしに来たんじゃないだろ」
溜め息と共に、頭を掻いた。やはり、もう避けようが無い。クロヴィスも気まずそうに視線を落とした。
ヴィタリーが牙を剥かんばかりに、吼える。
「あいつは土壇場で妙な光と共に、何もない場所からカラスを生み出したんだぞ。それも、十羽以上の数をだ。手品師がスズメを帽子から出すのとは訳が違う、奴はそのカラスに兵士を襲わせその隙に逃げ出したんだ、これがどういう事か分かるか?言うまでも無いが、勿論言わせてもらうぞ。方法がどうにしろ、奴はそれだけの力を俺達に隠したままで、今まで作戦に混ざっていたって事だ。それも、自分が生きるか死ぬかの作戦でだ!!」
「ヴィタリー、君の言いたい事は分かる。だが、今彼は我等の味方である事には変わり無い」
クロヴィスがそう宥めるも、噛み付かんばかりに睨み付けるヴィタリーの語気は収まらない。
「生きるか死ぬかの話にまで隠し事をする様な奴を信用できるか?それも帝国の装甲兵を圧倒出来る程の秘密を、隠したまま誓う忠誠なんて何の価値があるんだよ言ってみろ!!」
そこまで言い切って、自身を無理矢理落ち着かせようとしているのか、ヴィタリーが眼を閉じ深く深呼吸した。流石に熱くなり過ぎた自覚はあるらしい。
「………何にせよ、だ」
無理矢理に息を落ち着かせるも、未だ睨み付ける様な眼のまま、ヴィタリーが続ける。
「黒羽の団として、奴は現在一番の不安要素だ。こればっかりはアキムもクロヴィスも、否定出来ないだろ」
顔を背ける。そう、ヴィタリーは語気を荒げていたものの、何も間違った事は言っていないのだ。
デイヴィッドは、生きるか死ぬかの状況で信じられない様なおぞましい魔法を使い、危機を逃れた。それも、あれだけ難航した作戦立案時にすら、一言も伝えなかった未知の方法で。
他人事ならまだしも、命を危険に晒すのは彼自身でもある。その彼が、その事実を一言も一言も言わず従来の方法のみを前提に、我々と議論していた。
良く言っても、彼は秘策を我等に伝えなかった愚か者だ。そして、悪く言えば彼は超常的な力を隠したまま黒羽の団に入り込んだ不穏分子だ。
頭を掻く。
結論は、出た。理論と危機のみで寄り合わせ、情を引き剥がした、決して望ましくない結論が。
クロヴィスを見やる。眼を背けるその顔を見れば、自分と同じ結論を出した事は想像に難くなかった。いや、出してしまった、か。
何れにせよ、最早、避けられない。深く重い息を吐き、告げた。
「私個人としては不本意だが、こうなってしまえば黒羽の団として、取る策は一つしかない」
険しい顔を未だに崩さないヴィタリーが、私を睨み付ける。
「デイヴィッド・ブロウズを、団内の最優先危険分子として帰還次第、拘束する」




