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ロニーがカラマック島を離れて、もう3日になる。
あの最後の別れの時、カラマック島を出るロニーに対して後悔の無いよう、俺は色々と気の利いた別れのセリフを言うつもりだった。
だが、実際にカラマック島を離れるであろうロニーを遠巻きに見た時、結局声すら掛けられなかったのを覚えている。
生きるか死ぬかの戦場に赴く事が、顔だけで分かる程に思い詰めたロニーの顔。
何一つ割り切れないまま、割り切って良いのかも分からないまま、これから自分の引く線が正しいかどうか分からないまま、自分の命運を決める戦場へと赴くロニーの顔。
俺の事を考える余裕など何一つ無いであろうロニーの顔に、息が詰まった様に声が出なかった。
もし話しかける事に資格が必要なのだとしたら、今の俺には間違いなくその資格は無い。
この数週間、親友が戦場に行くという事実がどういう事か理解しようと努めたし、“そんなに甘い考えじゃダメだ”と何度も自分を叱咤した。
だが、こうしてロニーが島を離れて初めて分かる。
俺があのままどれだけ考えても、きっとこの現実より甘い考えしか浮かばなかっただろう。
現実を思い知るには、実際に噛み締める以上に正しい方法は無い。
過酷な現実に直面して初めて気付く、なんて正直言ってバカの戯言だと思っていたし自分はいざとなっても、過酷な現実を充分に想定できるとどこかで思っていた。
それがこのザマだ。
賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ、とは誰の言葉だったか。
賢者は賢者と思っておらず、また賢者とも名乗らないので、自身を賢者と思う時点でお前は賢しいだけの愚者である、なんて言葉もあった。
“自分は現実を想定できるだけの賢さがある”と思い込んでいた自分は正しく、賢しい愚者であった訳だ。
親友が、サメとワシが血塗れで争う様な別世界に踏み込むという事実を何一つ俺は分かっていなかった。
勿論、出来る事がある訳では無い。
だが何処かで、俺は親友として理解者として、ロニーを支えられるつもりで居たのも事実だ。
ありがちなセリフだとは分かっている。
それでも俺は、どうか無事に帰ってきてくれと願う事しか出来なかった。
戦場を理解さえしてない俺が言うのも烏滸がましい、と言われたらそこまでだが願わずには居られない。
嗚呼、神様。
そんな言葉と共に祈るべきなのかも知れない。
だが。
どの神に祈ればロニーが無事に帰ってくるのか、まるで分からなかった。




