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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 男が居た。






 運命を信じ、運命に翻弄され、運命に抗い、運命に裏切られ、運命を臓腑の底から憎悪した男が。


 高貴だった地位と名誉は剥ぎ取られ、復讐に身を焦がし、血と内臓の匂いがする力を求め続け、黒い一線を超えてしまった男が。


 蒼白い骨の槍を携えた男が、生まれ持った光と善性を完全に黒く濁らせるまでの間、男は様々な力を求めて無辜の人々や無辜ではない人々が生涯関わらない様な、おぞましい方法を持って超常の力を求めた。


 誰よりも力を求め、誰よりも力に溺れた男。


 ある一人の男の因果と憎悪が、疫病の様に国の全てを赤黒く染めていく最中、国中の人々は畏怖と憎悪、そしてある種の敬意をもってその男の業を語り継いだ。


 後世の人々、歴史家達がこの物語は歴史ではないと言い切る程の、国を喰らう怪物の物語を。


 宮殿の椅子から泥沼と血溜まりの底へと落とされ、それでも憤怒と復讐を胸に立ち上がり、自らが仕えた国の全てを赤黒く染めた上で焼き尽くした、物語を。





 王の末裔たる騎士だった事を人々に忘れ去られたその男は、国を焼き尽くす為に見境無く力を求めた。


 目映い蒼の光と濁った黒い力、神霊に授けられた印によって世界を引き裂く虚無の淀み、自らの手で振るう赤黒い凶刃と蒼白い矛だけでもなく、この世界を取り巻く因果と宿業がもたらす黒魔術でさえも。


 例え相手がどれだけ罪深い者であろうと、どれだけ高潔な人間であろうと引き裂いて噛み砕く為に男は躊躇わなかった。


 騎士の剣を赤黒く染め何人も何十人も、何百人も屠ったその剣をもってしても叶わなければ、人々が畏れ慄く蒼白い骨の槍に躊躇なく手を伸ばし。


 赤黒く染まった刃も赦されない蒼白い矛も届かない敵が現れたならば、人の身には赦されない力を求めて虚無に触れ、重い代償と引き換えに罪深い力で敵を引きずり出しては引き裂いた上で踏み潰し。


 そして。


 同じく虚無に触れた者や魂の濁った者、人の身に赦されない力を振るう者に対しては、その者よりも際限無く虚無へと手を伸ばす事によって男は勝利した。


 狂信者が口々に語る黒魔術や儀式にも男は躊躇無く、邪悪な呪いと噂される供物も聖なる加護と語り継がれる聖なる遺物も、自らの復讐の糧となるならば男は貪欲に求め染まっていく。


 壁の向こうの影を嗅ぎ取れるなら、少しでも自らの死を遠ざけられるなら。


 深い傷が直ぐ様癒えるなら、少しでも素早く駆けられるなら。


 薄明から落陽、再び薄明を迎えるまで走り続けられるなら。


 命が流れ出す程の傷でさえ塞がるのなら、どれほどの傷を負っても魂がこの身に宿り続けるのなら。


 自らに勝利をもたらす為、また障害や宿敵を食い破る助けとなるなら、男はどれほどの代償だろうと躊躇せず支払った。


 たとえその代償が、男の求めていた物や得る物より重かったとしても。


 そして男は自らを陥れた国と宿敵、それ以外の全てを焼き払い自身の刃と同じく赤黒く染まった玉座に着いた。


 彼が玉座に着いた後、その国は自国と他国に様々な利益と悲劇、破滅と因果をもたらし暗黒時代と語り継がれた末に終焉を迎え、世界各地に様々な伝承や逸話を残すのみとなっている。


 男の所業によって自国のみならず、世界各国に語り継がれた伝承や各地に刻まれた深い傷跡に比べ、彼自身がその手で残した物はそう多くは無かった。


 国が滅亡したのだから、当然の帰結ではあるのだが。


 墓標の記録は、現存していない。それが意図的な物か否かは、今も歴史家の間で意見が割れている。


 またそれに伴い葬儀の記録も、遺体をどう葬ったかの記録も現存していなかった。


 当然、充分な信憑性をもって現存している遺品も殆ど残っておらず、殆どの物が伝承や逸話を元に再現した、模造品でしかない。


 蒼白い骨の槍についても、現物は確認されておらず多くの研究家が解釈の変化により様々な“蒼白い槍”を作り出しているのが現状だった。


 だが一つだけ、近年有力になっている説がある。


 その男は、骨を彫刻した不気味な装飾品を本当に身に付けて戦っていたという伝承だ。


 伝承によれば男は、骨を削り込んで製作した骨製のタリスマンやアミュレットを幾つも鎧や服に留める、もしくは提げて戦っていたと言われている。


 元々、黒魔術に関しても躊躇が無いと言われていたその男は骨のアミュレットやタリスマン、骨の様々な彫刻に黒魔術を宿しているとされていた。


 またその骨の彫刻からもたらされる黒魔術によって、自らに数多の呪いをかけて様々な戦場を戦い抜いたとも。


 狂気と献身の末に虚無を覗き、虚無に触れた末に、黒魔術や呪いを帯びた骨の彫刻は数多くあった。


 その中でも特に強力な黒魔術を宿した骨の彫刻、タリスマンやアミュレットについては特に虚無や神霊に造詣が深い教徒達、術師や技師と呼称される者達が様々な儀式と代償を引き換えに授けていたと言われている。


 そして、その男が身につけていたタリスマンやアミュレットは彼自身が彫刻したにも関わらず、その術師や技師達がもたらす強大な黒魔術に匹敵する、または上回る程の絶大な呪いが宿っていると言われていた。


 彼が身に着けていた骨の彫刻は虚無と狂信だけでなく、彼の重い決断と重い代償の末にもたらされた数多の狂気と惨劇、そして因果を喰らい絶大な黒魔術と呪いが宿っている、と。


 彼が身に着けていた、国を滅ぼす程の呪いと黒魔術が宿っていると言われるそのタリスマンやアミュレットは、他の教徒が狂気や魂を込めた彫刻とは一目で見分けられる為、神霊を信仰する教徒達や先述の術師や技師はどれだけの戦火や祭事においても関わる事を避け、生涯恐れたという。


 そのタリスマンやアミュレットは、“一目で分かる”としか記述されていない文献が殆どの為、具体的な判別方において未だ有力な説は出ていない。






 “彼が提げていた骨の彫刻は、全て蒼白く染まって居る為に判別出来た”という説は信憑性に欠けるとして昨年、学会から否定された。

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