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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 レガリスで生を受けてから、こんなにも爽やかな春はいつ振りだろうか。





 人によっては、と言うより大半の人間は今のレガリスを爽やかどころか殺気立っている、血腥いと評するだろうがそれでも俺はこの春を随分と爽やかに感じていた。


 帝国軍へ対抗する為に先月、遂に自警団に入ったが自分としては自警団に入ったと言うよりは、今までの活動に漸く名前が付いたというのが本音だ。


 レガリス、ひいてはバラクシアを支配している現政権は絶対に間違っている。


 浄化戦争が始まった時に抱いた想いは、終戦して数年が経つ今になっても何一つ霞む事は無かった。


 他の連中の様にギャングへ入る様な事こそしなかったが、それでも人々に圧政を強いる帝国兵、ひいては帝国軍には勝てないまでも一泡吹かせようと自分は様々な事をしてきたし、殺しこそしなかったが鼻と歯が折れるまで帝国兵を殴り付けてから、死に物狂いで逃げた事もある。


 幸いにも、そのまま逃げ切れたし今の所は帝国軍に捕まってもいなかった。


 本来なら帝国兵に目を付けられる様なリスクは極力避けたかったのだが、どうしようも無い事態というのはあるものだ。


 ……………泣く子供を殴り付けてまで金を奪おうとするクズだけは、幼い頃の自分を見ている様でどうしても割り込まない訳には行かなかった。


 例え、それが帝国兵に顔を覚えられる危険があったとしてもだ。


 結果から言うと子供には恐らく感謝されただろうし、自分も無事に逃げ切った。


 だが正直に言って顔を覚えられていた場合、街を歩いていただけで帝国兵どもに唐突に取り押さえられる可能性だってある。


 あの決断を後悔こそしないが、面倒な事になったと息を潜めていた時期があるのも事実だ。


 しかし、最近になってそんな心配は露の様に消えてしまった。


 その件の帝国兵が、殺されてしまったからだ。


 今やレガリス全土で燃え盛る、革命の炎によって。


 自警団とは言われているものの、実際には今回の革命において少ないながら帝国軍にも死人が出始めている。それも、市民の手によってだ。


 市民はその数倍、死傷者が出ているのは言うまでも無いが。


 黒羽の団が再び掲げた、革命の光を信じる市民は再び結託し街の人々は遂に、反旗を掲げ始めた。


 勿論帝国軍もこの件には大層ご立腹らしく、街の至る所で色んな理屈を捏ねては圧政を強めている。


 だが、浄化戦争も終戦して数年経つ上に去年まで「黒羽の団ですら先細りか」と諦めかけていた所で息を吹き返した、この状況で。


 再び、反旗を掲げる様な連中が殴られた、殺された程度で諦める訳が無い。


 帝国軍は、“一部の市民が凶暴化して事件を起こしている”程度で何とか事を収めたいらしいが、大半の人間は察していた。


 与太話でも、夢物語でもなく、近い内にレガリスで革命が起きる。


 もしかしたら、今年の夏か秋にでも。


 そんな事を考えながら、油の匂いが染み付いた机の上でクランクライフルを分解していく。


 こうして見ると、俺も随分と銃の整備に慣れたものだ。


 おっかなびっくりとまでは言わないが、最初はネジを外すのも緊張したと言うのに。


 軍人程では無いものの、ディロジウム金属薬包の扱いにおいても最早ペッパーミルでも扱う様に、触る事が出来る。





 以前までのディロジウム式ライフル、クランクライフルが発明されるまでのライフルは、戦場において一度しか発砲されない事が多かった。


 流石にライフルを使い捨てにこそしないが、一度の戦闘中に次弾を装填する者は決して多くない。


 まぁ確かに、装填に手間が掛かるのも一つの理由ではある。


 ディロジウムが充填された専用の金属薬包に通常弾、共通規格の弾頭を捩じ込む形で組み合わせ、もしくは予め組み合わせておいた物を、機構によって開放したライフルの薬室に装填して、同じく機構によって薬室を閉鎖。


 そして薬室外部に取り付けられたギアを指で回転させる形で巻いて、内部の撃鉄を起こしたら引き金を引いて内部のディロジウム金属薬包を撃鉄、ひいてはそれに繋がっている撃針で叩いて銃弾を発砲する。


 この工程は、一秒で生死が左右される戦場において決して無視できる時間では無い。


 加えてディロジウムの爆発という強大なエネルギーから銃砲自体を保護する為にも、ディロジウム銃砲は可動式の強固な防護壁で覆われている事が多く開放する機構は益々複雑になっており、その機構の複雑さが作業と手順の複雑さに拍車をかけていた。


 とは言え、これでもディロジウム銃砲が最初に発明された時の事を考えれば随分と便利で安全になったらしいが。


 この手の話が出ると鼻息が荒くなるほど詳しい友人によると、ディロジウム銃砲の発明自体がディロジウム普及前のホイールロック式だかホイールナット式だかの時代から、飛躍的に銃砲の技術を進化させたそうだ。


 何でもディロジウム銃砲の発明当初は、爆発力と衝撃感度を鈍化させた粘性ディロジウムを滑腔銃身に注入、後方から別の少量の液体ディロジウムを注入して起爆、粘性ディロジウムを爆発させて弾丸を発砲していたのだとか。


 大陸時代、石炭時代の角製の火薬入れよろしく、当時の砲兵は粘性ディロジウムや液体ディロジウムを詰めた専用の容器を、それも装飾付きの洒落た容器を腰から下げて戦場を歩いていたってんだから、現代からすると随分な話だ。


 ディロジウムに弾が直撃すると悲惨な事になるのは、現代においても余り変わらないが。


 まぁ何にせよ、後に液体ディロジウムを筒状の金属容器に充填した、ディロジウム金属薬包による後装式が装填を容易にする事、また装填時間の短縮に繋がる事が判明した為、一気に薬包式が普及した。


 しかし考えたら分かる事だが、発砲した後に先述の複雑な機構の薬室を開放して次弾を装填する為には、当然ながら金属薬包の排出が必要になる。


 ここからが、問題となった。


 ディロジウムの爆発という強大なエネルギーを直に受けた金属薬包は、その殆どが膨張、もしくは変形している為に金属薬包を排出するにはとんでもない力が必要となるのだ。


 勿論、何も無しに指を突っ込んで引っ張り出せる様な物ではない。


 故に金属薬包式のライフルの殆どが、レバーを引いたりバーを押し込んだりして薬室に張り付いた金属薬包を強制的に押し出せる、排出機構を開放した薬室の傍に来る形で備えていた。


 確かにレバーを引く事で機構によって強制的に押し出す事が可能になったとはいえ、それでも強大な力が必要な事に変わりは無い。


 現に、体格や筋力に劣る者では機構を用いて尚、変形したり張り付いたりしている金属薬包を排出する事が難しい事も少なくなかった。


 粘性ディロジウムを注入していた時代の事を考えると、金属薬包式は遥かに高速化したとは言え変形、膨張した金属薬包の排出は決して無視できる問題ではない。


 そこで開発されたのが、クランク式の薬包排出機構が組み込まれたディロジウム式ライフル、通称クランクライフルという訳だ。


 通称じゃなく正式名称だったか?まぁいい。


 このライフルに備えられた、というよりライフルその物に組み込まれた小型かつ画期的な排出機構によって、以前のレバー式等に比べて遥かに小さい力で金属薬包を排出する事が出来る。


 歯車とゼンマイによって一方にしか回転しない小さなクランクを回転させる事により、体格が劣る者や筋力に劣る者でも安定して、しかも安全確実に金属薬包を排出して次弾を装填する事が出来た。


 機構が複雑な為か、今でも手に入れようとすると旧式に比べて随分と値が張るが、それだけ信頼出来る武器である事は間違いない。


 現に一度、自分は敵の目の前でクランクを急いで回して金属薬包を排出し、素早く次弾を装填して撃った事で命拾いした事があった。


 殴ろうにも届かない距離と時間、相手が弾を込めようとしているあの瞬間、後少しでも遅ければ俺は死んでいただろう。


 お互いが同じ事を考えているとはっきり分かったあの瞬間、俺達に優劣の差は無かった。


 ただ、ディロジウム式ライフルの機構に幾分か差があっただけだ。


 はっきり自分が殺したと分かる時だけ数えても、このライフルで何人殺した事か。


 少し前まで兵士を歯が折れるまで殴っては、そのまま逃げていた事が嘘の様だった。


 正直に言えば、今でも殺しが恐ろしい時もある。自分は、赦されない事をしているのではないかと思う事も。


 だが、血と犠牲の無い革命など知れている。


 無血こそ理想の革命だの、報いを受けない者など居ないだの、青臭い事を言う者も時折見掛けた。


 真の革命とは無血でやるものだ、と高らかに言う者も居る。


 血と剣で築いた王座は長続きしない、と語る者も居た。


 だが、血の無い革命など無い。全ての革命には必ず、血が滴る事で始まっている。


 歴史には言論と政治のみで終わった様に記されている革命にも、発端となり犠牲になった者の血が滲んでいるのだ。


 歴史は血で書かなければ、歴史の裏にあった物を忘れてしまう。


 だからこそ、誰かは血を流さねばならない。誰かが手を汚さなければならない。


 物理的に手を汚し、物理的な血を流すだけでなく、自身の名誉と潔白においても。


 自身がいずれ命を奪った罪で裁かれるとしても、それでも人々の革命の為に人を撃たなければならない、人を殺めなければならないとしたら、自分は殺める側の人間になるべきだ。


 自身の名誉と潔白を汚した事で、人々が救われるのなら。


 分解したクランクライフルの部品の清掃が終わり、改めて組み上げていく。


 当たり前ではあるが丁寧に、注意深く。


 人々の為に、手と名誉を汚さなければならないとしたら。如何なる理由があれど赦されない立場に、堕ちなければならないとしたら。


 そんな時に躊躇なく踏み出す者こそが、きっと讃えられるべきだろう。


 俺が、カラスのシンボルが刺繍された腕章を付け始めたのも、正直に言うとそれが理由の一つだ。


 彼等は、綺麗事や理想論、夢物語ではなく、血をもって革命に望んだ。




 黒羽の団。




 レガリス及びバラクシアによる現政権を打倒する為に、血も刃も恐れずに戦い続けている革命軍。


 人々の自由の為に立ち上がり、帝国の有無を言わさぬ圧政と冷酷な奴隷制に対し血をもって堂々と抗い、東方国と共に戦争さえ起こした。


 そして終戦、ひいては敗戦した今も彼等は戦い続けている。


 あれだけ信じられていたにも関わらず誰もが諦めてしまった戦い、誰もが受け入れるしかないと思っていた戦いを、東方国ペラセロトツカでさえ敗北を受け入れたあの戦いを今の今まで続け、遂には息を吹き返しこうしてレガリス全土を革命の炎で炙るまでに至った。


 彼等は歴史において血と刃がどんな意味を持つのかを、大義を為すには手を汚す者が必要な事を、理解している。


 黒羽の団によって修道女及び帝国軍を撃退し、民衆が街の支配を勝ち取ったラクサギア地区では、自分が腕章に付けている様なカラスのシンボルマークが街の至る所に描かれているらしい。


 帝国の打倒と、革命を信じて。


 この辺りでカラスの腕章、ひいてはシンボルマークを付けているのは自分しか居なかったが、それでもこの腕章が仲間から咎められた事は無かった。


 皆、信じている。


 カラスがもたらす自由を。カラスがもたらす勝利を。


 だからこそ自分はこの腕章を気に入っていたし、機会があれば革命の象徴としてもっとこの地区にも広めるつもりだった。


 残念ながら、その件についてはまだ周囲が乗り気では無さそうだが。


 そして。


 自分は知っていた。ラクサギアの連中は、このシンボルマークにもう一つの意味を込めている事を。


 批判を恐れずに言うならば、もう一つの意味こそレガリス中に広まるべきだとも、思っていた。


 ラクサギア地区含め、一部の地区では革命の象徴となっている、カラスのシンボル。


 それは革命の象徴であると同時に。






 帝国を脅かす反逆の怪物、“グロングス”を信じている事になるのだと。

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