271
この辺りも随分と騒がしくなった。
街中だと言うのにそこら中で武器や物資の取引が行われているし、それに煽られた憲兵達が骨を奪われた犬の様に其処らを嗅ぎ回っている。
最も、どんなに血眼になっても労力に見合った成果を上げられていない所を見るに、犬は犬でも駄犬の類いらしいが。
なんでも浄化戦争が終結し5年になる今になって、亜人どもがレガリスの各所で暴れ回り人を殺しているのだとか。
最初、そこかしこで自警団が結成されていると聞いた時は亜人から身を守る為に結成されたのかと思っていたが、驚く事に此度の自警団騒ぎは「俺達も自警団を結成して帝国軍に対抗し、亜人が起こす革命に備えよう」という具合で始まったものだと言う。
正気を疑う、と言うのが正直な所だ。
奴等が掲げている文言は、想像の域を出ないお決まりの文句しかない。
革命だの、奴隷制度の撤廃だの、屋根裏に仕舞われた祖父の靴に負けないぐらい、ありきたりで古臭い言葉だらけ。
奴等が他のマグダラ語を知らないのか、他のマグダラ語を書けないのかは知らないが、自分に言わせれば“だからお前達はいつまでも奴隷にしかなれないのだ”としか言い様が無い。
低賃金と泥水に文句を言うのは、低賃金と泥水しか貰えない貧乏人と物乞いだけだ。
まともに生きられる連中はまともに生きてまともに対価を受け取っているので、そもそも自分の無能さではなく帝国や法を心から憎む程、落ちぶれる事は無い。
それでも憎むのなら、単純にそいつ程度には過ぎた願いがあるのだろう。
身の程を弁えなかったのなら、悲劇も破滅も屈辱も全ての責任はその者にある。
しかし、身の程知らずの世迷い言やそれにすら騙される連中は、歴史も証明している様にどんな時代にも想像の倍は世界に彷徨いており、人々はいつもそんな連中の尻拭いをさせられてきた。
此度に至っては、とうとう国まで抱き込んで戦争まで起こしている。
結果、飽き飽きする程の亜人の死骸と“痛ましい犠牲”を伴って、同じく国としてレガリスが尻拭いをする羽目になった。
それだけの損失を負えば通常の連中、何なら歴史に記されてきた様々な“抵抗軍”達もどちらが正しく、どちらが強いのか、またその強さは正しさと賢さから来ている事に気付き、自分達は愚かな側に付いてしまったと思い知るものなのだが………
今回の連中は、どうやら悪い意味で歴史的な脳をしている様であれだけの目にあったというのに、未だに不相応な願いや野望を捨てられないらしい。
何千何万の亜人が死骸になって、泥の中から探すのに苦労する程に細かく踏み砕かれ、ペラセロトツカの汚い大地に肥料の如く蒔かれたと言うのに未だ自分達が正当人種と同じ席に座る夢を諦めてないとは、一週回って感嘆の意を示さざるを得ない。
愚行と不潔と浅薄でさえ、突き詰めれば才能とはよく言ったものだ。
まぁ、そうは言ったものの此方も帝国軍が気に入らないのは事実だし、俺は手が汚れても金貨が欲しいタイプな事は否定しない。
ギャング連中とのコネもあるし、汚かろうが金は金というのが信条だ。
亜人が俺達と同じ立場で口を聞こうなど笑い話にもならないが、重要なのは武器の取引にしろ薬の取引にしろ、自警団によって少なくない額の金が動く事だ。
だから幾らか探りを入れ、自警団の仕事はどんな物があるのか、自警団とやらがどれだけの金に関われるのかを調べた。
すると、自分の様な人間にはとっては苦労する価値のある額が動く事が判明した為、直ぐ様腕っぷしに自信のある仲間達を呼び集めて、自警団とやらを結成したのが先週の事。
すると革命だの何だのという話に乗せられた、鼻をほじるぐらいしか出来なそうな間抜け達が真面目な顔で武器を売って欲しいだの、喧嘩が起きたら手伝って欲しいだのと頼んできた。
勿論、去年ぐらいの自分なら唾でも吐いて股ぐらと尻を蹴飛ばして終わりだったが、目論見通りその間抜けは中々の額を持ってきたのだから、断る道理は無い。
結果から言えば、この自警団モドキを始めてからは悪くない稼ぎが入ってきていた。
渡す武器は正直に言って粗末な代物だし、恐ろしくなる様な喧嘩も無いが、あんな連中には充分だろう。
睨んだ通りだった。
革命だの奴隷制度の撤廃だの、そんな理想を気取っている、信じている連中が一番金になる。
後は、この“事業”の引き際だけ間違えなければ問題ない。
亜人の革命など絵空事だと気付く前に、取れるだけ金を取っておくとしよう。




