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目立つ事は分かっていた。
だが、正直に言って想定以上の目立ち方なのは否定出来なかった。
技術開発班。あの悪名高い“魔女の塔”へと向かう道すがら、余りにも目を引く隣のユーリに目を向けるが案外慣れているのか気にしていないのか、平然と隣を歩いている。
7フィートはある巨漢のラグラス人、それも岩から掘り出した様な筋骨隆々の男ユーリ・コラベリシコフは、想像通り随分と簡単に俺の提案に応じてくれた。
まぁ、正直に言えば余り断られる想像が付かなかったのも事実だが。
例の人里離れた、可憐な花が咲き乱れる山小屋を尋ねた所、ユーリは思った通り暖かく出迎えてくれた。
春に芽吹いた木の実を食べているシカは、肉の質が良いんだ。また獲りに行こう、何なら自分が2人分獲っても良い。
また、クロスボウを貸すよ。
楽しそうにそう言ってくれるユーリに心休まるものを感じながらも、静かに提案した。
急な話だが、近い内に技術開発班に来て貰えないか。訳あって、どうしても会って欲しい人が居るんだ。
会って欲しい?俺にか?
あぁ。戸惑うのは分かるが、お前が必要なんだ。
そんな会話をしたのを覚えている。
流石に1日で塔から山小屋へ、そしてその逆を、と言う訳には行かないので双方に説明をして日を改める事にした。
まぁ流石にゼレーニナに関しては当人から遣わされたグリムに説明した訳だが、相変わらず考えれば考える程に俺の仕事じゃないと思うのだが。
人の首をはね飛ばすとか関節や骨を蹴り砕くとか、厳重警戒の施設に入り込むとか俺の仕事は本来そちらの分野の筈だろうに、何故こんな事になってしまったのやら。
今更と言えば、今更ではあるが。
そして当日、技術開発班。
当たり前ではあるがユーリは約束通りの時間、約束通りの場所に現れた。
7フィートはある巨漢のユーリ・コラベリシコフが立っているというだけで、技術開発班の連中は随分と興味深そうな顔をしていたが。
待ち合わせていたのがあの“グロングス”となれば、尚更だ。
技術開発班からゼレーニナの“魔女の塔”に向かう道すがら、何となく話を振る。
「誘っておいて何だが、あの塔については知ってるのか?」
「………自分も、あの塔については聞いた事がある。何でも魔女が住んでいるとか」
感情の読みきれない声色で、前を向いたままユーリが言葉を返してきた。
あの偏屈、人里離れたユーリでも知っている程には有名らしい。
しかしユーリから聞く“魔女”という単語は、何とも言えない深みがあるな。
少し神妙な顔をしているユーリに、やや慎重に問い掛けた。
「魔女は怖いか?」
「母はしきりに言っていた。魔女を敵に回すな、魔女に目を付けられるな、と」
母、か。
確かユーリの祖父と母は、敬虔なザルファ教徒だったな。
そうなると“魔女”という言葉もかなり意味合いが変わってくる筈だ。
「心配するな、少し…………いや大分、偏屈だが一応は味方だ。ある程度は話も出来る、頭の回転は保証するよ」
“ある程度”は誇張した表現だったかも知れない。
そんな事を考えていると塔への道を歩いていたユーリが、何気無い動きで振り返った。
「そう言えば、お前は何故そんな……“魔女”と知り合ったんだ?俺も噂しか聞いていないが、それでも余り良い噂は聞かなかったぞ」
何とも不思議そうな、加えて何処か心配そうな顔。
まぁ、言いたい事は分かる。逆の立場なら俺も同じ事を聞いただろう。
少し頭を掻いた。
「………カラスのせいで関わる事になったんだ。改めて言うと、冗談みたいな話だけどな」
「カラス?」
「あぁ、カラスだ。俺が左手の、あー“グロングス”になる前の話なんだが、何故かカラスが切っ掛けで塔に行く羽目になってな。そんな所だ」
喋るカラスを森で助けたら塔に案内されたんだ、なんて言うのは流石に憚られた。
いや、別に取り立ててグリムの事を隠す必要は無かったし、それ以上に信じられない事を幾つもしてきただろうと言われたら、返す言葉も無いのだが。
そんな俺の説明に、ユーリが片眉を上げた。
「……成る程な」
ユーリの目に、微かに納得した様な光が混じる。
「お前は、どうあってもカラスと離れられない宿命にあるらしいな」
皮肉とも感嘆とも取れる言葉だったが、ユーリの表情からそれがどちらなのかは、読み取れなかった。
どちらにせよ、否定出来る気もしなかったが。
“魔女の塔”と呼ばれているゼレーニナの塔は、目の前まで来ると相変わらず随分な威圧感があった。
主同様、来客を歓迎しないという意志が建物自体にも滲み出ているかの様だ。
塔を目の前にしたユーリの顔が、分かりやすく強張る。
武骨な両扉を押し開くと、ユーリが「勝手に入って良いのか」と言うものの、「あいつは良いんだ」と答えた。
そのまま2人で踏み込む様にして塔の中に入ったが、どうやらユーリはもっと魔術的な物や儀式的な場所を想像していたのか、見当外れと怪訝が入り交じった様な複雑な表情を見せる。
「これらは全部、その、“魔女”の所有物なのか?」
「ほぼ、間違いなくな。大丈夫とは思うが、下手に触るなよ」
ユーリなら、その辺りは大丈夫だろうけどな。
勿論、俺の想像通りユーリは下手に手を出す様な事は無く、不思議そうな目線を向けるだけだった。
まぁ魔女と言われて、一般的に想像する光景じゃない事は確かだ。
「期待外れだったか?」
そう呟くと、意外にもユーリから興味深そうな声音が返ってくる。
「そうでもない。考えてみれば、こういった機械や技術が現代では、“魔術”の1つに含まれるのかも知れない、と思っただけだ」
「魔術?この、機械がか?」
正直に言って左手の痣で色々と不可解な出来事に巻き込まれてる、または不可解な出来事を起こしている身としては、工作機械など魔術の対極にあると思うのだが。
そんな俺をまるで意に介さず、ユーリが続ける。
「キロレンの学者か作家の言葉を思い出してな。確かマグダラ語の、技術は魔術と大差ない、みたいな言葉だ」
ユーリが手こそ触れないものの、興味深そうに辺りの工作機械等を見回しながらそんな言葉を溢す。
最初は気に入らない場所かと勝手に思っていたが、案外そこまでユーリはこの場所を悪く思っていないらしい。
キロレンの学者か作家………あぁ、あれか。
「十分に発達した科学技術は魔法と区別が付かない、だったか。確か、キロレンの作家だ。現代では、きっとこれが魔女の“魔法”なんだろ」
そう適当に返すと、昇降機を前にした辺りでユーリが不意に幾らか笑いを堪える様な素振りを見せた。
何だ?どうした?
そんな俺の素振りを察したのか、話し掛けようとする俺を手で制しつつそれでも、幾らかユーリが笑みを溢す。
「いや、何。どうという訳では無いが」
少し間を開けてユーリが呟いた。
「本当に魔術を使えるお前がそれを言うとは、随分な皮肉だな」
「まぁな」
そんな会話をしつつ昇降機の呼び出しレバーを引き、轟音と共に上層階から昇降機が降りてくるのを待っていると不意にある事を思い出す。
気になった、と言い換えても良い。
「………そう言えばお前はその“魔女”の名前は知ってるのか?」
「名前を呼んで良いのか?」
何気無く聞いただけだったが、ユーリは想像以上に驚いている様だった。
名前ぐらい何処かで聞いてそうなものだが、と思ったが考えてみれば“魔女の本名”と言うのは確か一部で、随分な意味があると伝承されているんだったか。
いや、本名を呼ばれるとまずいのは悪魔だったか?
「あいつは大丈夫な方の魔女だ。現に技術開発班の殆どが呼んでいる、俺も含めてな」
ラシェルに至ってはあのちんちくりん、等と呼んでいたぐらいだ。
呪いがあるのか所業がバレるのかは知らないが、本当に何か不都合があるのならとうに俺が被害に合っているだろう。
「ゼレーニナ。塔の魔女に関しては、ニーナ・ゼレーニナが奴の名前だ」
「………分かった」
俺に教えられた上でも口にするのは憚られると思ったのか、何やら少し口を動かしただけでユーリは納得した様に黙ってしまった。
まぁ俺も人の事は言えないが、何というか。
轟音と共に到着した昇降リフトに手招きし、ユーリと共に乗り込んで稼働レバーを引く。
再び轟音を上げて上昇していくリフトの上で随分と険しい、いや警戒している表情のユーリを見て幾らか肩を回した。
何気無くやっているが、あの偏屈に仲間を紹介するなんて随分な事だ。
余り考えたくないが今回の件でユーリが気分を害する可能性は、充分すぎる程にある。
ゼレーニナは今更にしてもユーリは良い奴だ、もし何かあれば取り敢えず出来る事はしよう。
そんな事を考えていると昇降機が上層階に到着し、轟音が止んだ。
目線と仕草で先を促し、あのシャッターの前に来るとユーリが無言で赤いボタンを指差す。
これを押せば良いのか?
顔と目がそう言っているのが、はっきりと伝わってくる。
……………幾らか面白くないものを感じながら頷くと、ユーリがそのボタンを押し込んでシャッターを上げた。
頭をぶつけこそしないものの、幾らか頭上に気を払う仕草を見せながらユーリがシャッター部を潜る。
挨拶も無しに悠々と踏み込んで行く俺に対して、少し辺りを見回した後何とも言えない顔でユーリが後に続いた。
相変わらず、武骨な工房と品格のある貴族の部屋を混ぜ込んだ様な室内だったが、ユーリとしては相当に興味深かったらしく、幾つかの装飾や家具に時折目を取られている。
呼ばなければやはりあの偏屈は見つからないか。だが、奴も今日ユーリが来る事は分かっている筈なんだがな。
それも、会うのを希望したのはゼレーニナ自身なのに。
そんな思いと共に扉を潜ると、幸いにも来客の意識はあったらしく、ゼレーニナはいつもの机に着いていた。
読んでいた本を閉じて脇に置く様子から見て、どうやら直前までまた何か小難しい本を読んでいたらしい。
寒がりなのかもうすぐ春だと言うのに、部屋の中心ではディロジウム式の大型暖房が室内を快適な温度に暖めている。
銀の長髪を幾らか揺らして、ゼレーニナが顔を上げた。
その長髪の間から、ヤギの様な巻き角が目を引く。
大きな眼をわざわざ細め、不機嫌と無愛想のオムレツみたいな顔で此方を見ているのは相変わらずだ。
流石に今回は自分から呼び出しただけあって、“何しに来たんだ”という様ないつもの態度を取るつもりは無いらしい。
隣に立ったユーリがゼレーニナを一瞥した後、此方を振り返るので目の前のゼレーニナを顎で指した。
ほら、件の“魔女”とのご対面だ。
7フィートはあるユーリと、5フィート余りしか無いゼレーニナがこうして対峙すると、何とも言えないな。
暫くゼレーニナの仏頂面に目をやっていたユーリが、再び此方を振り返る。
「この子は?ゼレーニナの娘か?」
おっと。
悪気は無いであろう発言を、思わず手で制した。
…………不思議そうな顔のユーリを手で制したまま、静かにゼレーニナの方を振り返る。
今の発言が聞こえたかどうか、なんて事はゼレーニナの表情を見れば明らかだった。




