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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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「ディロジウムの成分についてはどれぐらい理解していますか?」





 格調高い木目調の机の上で、ディロジウムが入った小瓶を回しながらゼレーニナが言う。


 小瓶の中では、照明の光を受けて緑がかった青色に煌めくディロジウムが揺れていた。


 ディロジウム。


 生物の血液成分を分離、精製して製造される革新的な揮発性燃料。


 照明に暖房、原動機による小型機構、飛行船を含む航空機、ひいては空中都市に至るまで現代文明の殆どを支えている燃料だ。


 石炭から始まった蒸気機関の時代を更に飛躍させたと言われる、ディロジウムは最早都市を生きる現代人に無くてはならない物となっている。


 現代でもディロジウム駆動機関やディロジウム原動機が一切無く、蒸気機関だけで成り立っている区画や町も無くは無かったが、それらの殆どは“刷新前”と捉えられる事が殆どだった。


 個人的には、蒸気機関のみで形成された機構や機関も大いに気に入ってはいたが。現代の技術や技法で効率化、最新化された蒸気機関なら、尚更。


「一応は。お前程じゃないだろうがな」


 椅子に座ったゼレーニナの前で、椅子に座る事も無く立ち尽くす様にしてそう返す。


 家主同様、相変わらず来客を歓迎しない部屋だ。


 俺について何か言いたげな顔をしたが、すぐに諦めた様な顔でゼレーニナが冷めた目を向けてくる。


「………では、血中のマナに付いては理解していますか?」


 もう少し話してやらないと分からないか。そんな顔をしたゼレーニナの言葉に、良いから要点を言えと言う言葉を飲み込んだ。


「ディロジウムの元になるらしい、という認識でしか無いな」


「…………マナの基底と励起の状態においては?」


 何でわざわざこんな事を説明しなければならないのか、という表情を隠そうともしないままゼレーニナが確かめる様に尋ねてくる。


 向こうは算数問題でもやってるつもりなのだろうが、生憎と俺に進級は難しそうだ。


 此方が肩を竦めると察したらしく、呆れた様子を隠そうともせずにゼレーニナが長々と溜め息を吐いた。


「私がこれから説明しようとする事を理解するには、マナが励起するとどうなるか程度は知っていて貰わないと困るのですが」


 そんな事を言われても、励起と基底の時点で此方はお手上げだ。


 少なくとも、軍で習った知識にそんなものは無い。


「脳味噌がお前の半分以下の人間にも、分かりやすく話してくれ。その励起やら基底やらでさえ此方にはさっぱりなんだ」


 俺の発言にゼレーニナが非常に不服そうに何かを言おうとして、堪えて、それでも口を開こうとして、また堪えた。


 “こんな事も分からない奴が、何でよりにもよって私の所に来るんだ”


 そんな顔に見えるのは俺の個人的な印象の影響、とは決して言い切れないだろう。


「…………基底状態と言うのは、量子力学における固有状態の内、最もエネルギー値が低い状態を言います」


 タイプライターで始末書を打っている様な顔で、ゼレーニナが説明し始める。


 自分でも分かる程に、顔が苦くなった。


 あぁ、まずいぞ。


 魔女の呪文が始まってしまう。


「基底状態よりも、エネルギー値が高い状態は一方で励起状態と呼ばれます」


 こんなにも嫌な顔で頭と口の駆動機関が始動する女が居るなんて、普通は信じないよな。


 しかもこれで俺の数倍、数十倍は頭が詰まってると来たもんだ。


 更に喋ろうとしているらしくゼレーニナが少し伸びをした。


 面倒だが考えなければならない。こいつはきっと、俺が止めようと努力しなければいつまでも呪文を唱え続けるだろう。


 呪文で錆び付きそうな頭を、何とか回転させる。


 ええと、基底状態のエネルギーが最低値で?


 エネルギー値が高い状態が励起状態って事は?


「要するに、稼働しているか停止しているかの違いって事か?」


「………非常に簡略化して、二極化すればその様な表現が当てはまる場合もあるかも知れませんが、厳密には多体系の励起状態は素励起の複合体と考えられています。素励起の代表的な例をあげるとすれば、調和振動子系の運動ですかね」


 少しでも呪文を緩和しようと、理解している事を示すべく発言したのだが、どうやら非常に良くない所をつついたらしい。


 不機嫌と不満と呆れを刻んで煮詰めた様な顔のまま、ゼレーニナの口は油を差した様に饒舌になっていく。


「多数の質点が相互作用している時、個々の質点の運動は互いに独立な調和振動子の集合として書かれる、集団励起型が代表的な励起状態の一つです」 


 よくもまぁ、そこまで小難しい言葉ばかり出るものだ。


 励起と基底だけで此方は頭の中が絡まった毛糸玉の様になっていると言うのに、質点だの、振動子だの、素励起だのと相変わらず訳の分からない呪文ばかり唱えやがる。


「そうですね、もう一つ素励起の形式としては粒子系全体の運動ではなく個々の粒子運動からなる、個別励起型があります」


 前回、こういう時はどうしたんだったか。あぁ、そうだった。


 話し続けるゼレーニナに、片手を上げる。


「あー、ちょっと良いか」


「素励起の説明の途中ですが」


 随分と不機嫌そうな目線が返ってくるが、このまま話を続けさせていたらどうなるかは、ウィスパーの説明の時に経験済みだ。


 少し息を吸った。


「サイフォンを貸してくれ」





 コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。


 今回は以前より上手く淹れられた様だ、やはり香りが良い。


 俺も自室に、サイフォンぐらい仕入れても良いかも知れないな。


 たまには1人でコーヒーを淹れても良いだろう。


 対面になっていない机に、わざわざ椅子を持ってきて座ったが対面のゼレーニナは特に気にした様子は無かった。


 未だに不機嫌の色は抜けきらないものの、随分と怪訝な表情が薄くなったゼレーニナが、それでもコーヒーを片手に咎める様な視線を向けてくる。


「それで?」


 此方も幾らかコーヒーを楽しみつつ、ゼレーニナに言葉を返す。


「言った通りだ、シンプルなやり方で行こう」


 最初は何故、こんな偏屈がわざわざ来客用のコーヒーカップとソーサーを用意しているのか、と不思議に思ったが何て事は無い。


「質問は俺がする。お前は俺に聞かれた事に答えてくれ」


 このカップとソーサーは全て、ゼレーニナが個人で扱う前提で用意されているだけだ。


 来客用どころか、俺は今ゼレーニナのカップコレクションの一つを借りているだけに過ぎない。


「励起と基底について理解出来たとは、到底思えませんが」


 随分と冷ややかな眼でそう言いつつ、ゼレーニナがコーヒーを飲んだ。


 来客にわざわざ自分のコーヒーを淹れさせているとは、到底思えない図太さだ。


「分からなければ、その都度聞くさ」


「断片的な情報だけでは全体像の理解に齟齬が起きるのでは?」


 コーヒーカップを持っていない方の手を振る。


 こいつと上手く話すコツは我を通す事だ。


「基本的な、それも凄く簡単な、あー…………非常に簡略化した上で最低限、必要な概要だけが理解出来たらそれで良い」


 表情を上塗りするかの様に、ゼレーニナがやや眉根を寄せた。


「理解の齟齬についての答えになっていませんが」


「なってるよ」


 そう言いながらもう一口、コーヒーを飲むとゼレーニナは更に眉根を寄せたが少し溜め息を吐いてから、椅子を軋ませる。


「何が聞きたいんです?」


 よし。


「ディロジウムの成分、マナが今回の任務にどう絡んでくる?」


 まだ不満げな色は残っていたが、それでも先程よりは歩み寄った目でゼレーニナが口を開く。


「………血中のマナの励起によって起きる現象が、今回の貴方に頼みたい“無茶”に大きく関わってくるからです」


 目を細めた。


 無茶、か。ディロジウムを1パイントも飲み干してくれ、という訳では無さそうだ。


 当たり前だが。


「血中のマナの励起、ね」


 ディロジウムの原料となるマナを励起………要するに始動だか駆動だかさせるとなると、文字通り穏やかな話にはならなそうだ。


 巨大な駆動機関さえ轟音と共に稼働させるディロジウム、その原料となるマナが励起するとなれば、話の方向性の検討は付く。


「具体的には血中のマナを、あー、励起状態にする事がどう任務に関わってくるんだ?」


「………端的に言えば、貴方自身の血中のマナを、貴方自身の意思で任意的に、励起状態にしてもらいます」


 少し目を見開いた。


 俺に流れてる血中のマナを励起状態にする?


 自分の身体に流れてる血を、ディロジウムみたいに稼働させるという事か?


「俺の血中のマナを、励起?」


「はい。厳密に言うと長くなりますが、認識としてはそれで構いません」


「その、何だ。爆発したりしないのか?」


 ………………苦い顔、とはまた違う、信じられないバカを見る様な目で、ゼレーニナが此方を眺める。


 まぁ、そうなるよな。


「ディロジウムが可燃性揮発性燃料として有用なのは、血中のマナを精製したからであってマナ自体が可燃性な訳ではありませんよ」


「………精製しない限り、血中のマナは燃える事は無いって事か?」


「少なくとも、励起しただけで弾け飛ぶ様な事はありませんよ」


 グラスの氷が溶けても、何故水はグラスから溢れないのか。


 そう子供から尋ねられている、教授の様な語気で話すゼレーニナにまた一口、コーヒーを飲む。


 具体的な話に移ろう。


「……それで、俺の血中のマナを励起するとどうなるんだ?」


 血色が良くなるのか、なんて冗談は控えておいた。


 ゼレーニナが少し顔を上げたのですかさず「砕いて言えよ、砕いて」と忠告する。


 出鼻を挫かれたのか“砕こう”として考え込んでいるのか、唇に指を当てて少し考えたゼレーニナが口を開いた。


「非常に端的に、簡潔に説明するなら………心肺機能、筋力、筋持久力に代表される全体的な運動能力が非常に向上します」


「全体的な運動能力の向上、か」


 そう繰り返すと、ゼレーニナが「“非常に”、ですよ」とすかさず訂正する。


 少し顎に手をやった。


 運動能力が非常に向上する、か。俺の数十倍は頭が詰まったゼレーニナが、しかも真剣な任務の話の際に話すぐらいだ。


 今日は随分と身体の調子が良い、なんて程度の話じゃないのは確かだろう。


 戦術的な、それこそ戦況を覆す程の効果があるのは間違いない。


 しかし俺1人がやたらと調子が良くなった所で、とまで考えた辺りで一つ思い出した。


 こいつは俺に、「無茶をしてもらう」と言った筈だ。


 なら、俺の“無茶”の部分はどこにある?


 椅子を軋ませながら、頭を掻いた。


「………俺がそのマナを励起させた状態じゃないと使えない武器や戦法がある、加えてマナの励起は俺に何か、相当な負荷が掛かる。そんな所か?」


 考えてみれば俺1人にわざわざマナの励起を提案するには、相当な理由がある筈だ。


 単純な戦力向上ならば、他のレイヴン皆にマナの励起を提案しているだろう。


 少なくとも、もっと普及している戦法や技術なら、俺でも聞いた事ぐらいはある筈だ。


 しかし俺は今までそんな事を一切聞いた事は無かったし、勿論レイヴンの連中がそんな事をしている話は聞いた事も聞かされた事も無かった。


 便利な物が普及しない事には必ず理由がある。


 そんな事を考えながらふとゼレーニナを見ると、ゼレーニナは珍しく感心した様な顔をしていた。


「……………まぁ、そこまで理解しているなら話が早いですね」


 本心なのだろう。そんな言葉を呟きつつゼレーニナが俺の目を真っ直ぐに見据える。


「意識的な、自発的なマナの励起を体得するには条件が幾つかあります。1つは充分な筋肉の発達と運動能力。先程、全体的な運動能力が非常に向上すると言いましたが、向上する項目に上げた能力全てが充分に発達、練磨されている事が絶対条件です。良いですか、“絶対”条件です」


 芯が入った眼でそういうゼレーニナにもう一口、コーヒーを飲もうとしてカップが空である事に気付き、ソーサーに置いた。


 俺だってゼレーニナやクルーガー程じゃないにしろ、頭は詰まっている。


 それだけの条件、しかも“絶対”条件と言われる時点でマナの励起が、肉体その物に相当な、常人では耐えられないかもしれない程の負荷が掛かるのは間違いないだろう。


「それで?その他の条件としてはどうなるんだ?」


「もう1つの条件としては、そもそも貴方に適性があるかどうか、が問題になってきます」


 俺の言葉に淡々とそう返したゼレーニナに、またもや俺の眉根が寄った。


 適性とはどういう意味だろうか、とまで少し考えた辺りで一つ納得が行く。


 先程の絶対条件に加え個人にマナを励起する事に肉体が耐えられる、もしくはマナを励起出来るかどうか、という事に才覚が求められるのだろう。


 と、なると。


「………意識的に血中のマナを励起するには、そもそも精神的な才覚が必要になるって事か?」


「話が早くて助かります」


 皮肉気にも聞こえる、いや実際に幾らかは皮肉っているのだろう。そんな声色でゼレーニナが言葉を続ける。


 空になったコーヒーカップに目線をやった。


 この話に区切りが付いたら、もう一杯コーヒーを淹れるか。


 そんな事を考えながら言葉を返す。


「まぁ、適性どうこうは分からんがそれで自律駆動兵を倒せる様になるなら、そのマナの励起とやらをやってみよう。具体的にはどうしたら良いんだ?ここで出来る物なのか?」


「そうですね、マナの励起は発現状況が難しい代わりに、1度でも“任意で”マナを励起させる事が出来れば意識的に操作出来る様になる筈なのですが…………生憎、私は誰かの講師になるには不向きですので」


 全くだな。そんな言葉を飲み込む。


 ゼレーニナの様な線の細い、まともな殺し合いも経験していなさそうな上に5フィート余りしかない、小柄な女がその“マナの励起”とやらをやれば文字通り、弾け飛んでしまいかねない。


 いや、マナの励起で“弾け飛ぶ”のは語弊があるんだったか。またバカ扱いは勘弁だ。


「貴方の戦歴からして、何回もとは言わずとも、数回はマナの励起を経験している筈です。恐らくは決死の覚悟を固めた時、とかに」


「もう経験がある?俺にか?」


 思わずそう呟く。


 血中のマナを励起させる、なんてとんでもない事を既に経験している?俺が?


 そんな俺の胸中をそのまま汲み取った様にゼレーニナが口を開く。


「レイヴンとしての任務、もとい報告書からはそう言った報告は見られませんでしたが…………何か、経験はありませんか?恐らくは帝国軍の、浄化戦争の任務に当たっている時に死を覚悟した時や、とんでもなく過酷な戦況になった時などに、自分でも信じられない程の力が出た経験は?」


 コーヒーを淹れる事も忘れて椅子を軋ませ、頭を掻いた。


 死を覚悟した状況など幾らでもある、それに決死の覚悟など隠密部隊では日常だった。


 そう返す所だったが、こいつがそんな心構え程度の事をこの話題で今更聞いてくる訳が無い。


 それだけは、断言出来る。


 ゼレーニナの大きな眼を正面から見返した。


 となると、だ。


 本当に死を覚悟した瞬間、目の前にまで迫ってきた死の匂いを嗅いだ刹那。


 経験は、ある。


 ゼレーニナの言う通り何度もと言う訳では無いが、確かに俺はかつての帝国軍の隠密部隊に居た頃、浄化戦争の最中に信じられない程の強敵と対峙した時や、1人で数えきれない程の敵を相手にする事になった時に、比喩や想定ではない本当の意味で死を覚悟した事はあった。


 あの時は、確かに覚えている。


 手が血塗れになろうとも煉瓦を細かく割り砕く程の力、投げられたナイフの柄を掴み取って投げ返す程の眼、幾夜も走り続ける程の無尽蔵な気力、戦況の何もかもを覆す程の力が腹の底、目玉の奥から溢れる程に湧き出したあの時。


 振り返ってみれば我ながらよくも、と思える程の力が自分の内に吹き荒れた事があった。


「………………幾度かは、あるな」


「それならば話が早いですね」


 俺がそんな経験など無い、と言い出したらどうしようもなかったのだろう。幾ばくか安堵した様子のゼレーニナがそう言葉を続ける。


 しかし、それがマナの励起を指すとなると、だ。


「端的に言えばその時の感覚を、任意的に引き出せる様にして欲しいのですが………まぁ、まず難しいでしょう」


「同感だな」


 死に物狂いの、それこそ鼻先で死を嗅いだ者の力など簡単に出せる訳が無い。


 まさか力が必要な度に、意図的に窮地に陥る訳にも行かないだろう。


 そんな事を何度もしていればその内、頭か心臓がどうにかなってしまう。


「なのでマナの励起を任意的、意識的に使いこなしているレイヴンに協力を仰ぎたいと思います」


 コーヒーを飲む途中でなくて良かった、と心から思った。


 まず間違いなく吹き出していただろうから。


「協力を仰ぐ?」


「はい」


 事も無げにゼレーニナが返す。


 書類でも書いている様な落ち着きようだが、流石に今回ばかりは俺の驚きの方が正当だろう。


「レイヴンに協力を仰ぐ?本気か?」


「疎通に齟齬が生じる程、多くの解釈は無い筈ですが」


 ゼレーニナが落ち着き払った態度で続けるが、それでも意味が分からない。


 解釈を間違えていた方がよっぽど良かっただろう。


「忘れているかも知れないが、俺達2人はこの団でも選りすぐりの嫌われ者だぞ。このカラマック島じゃ、ブロウズかゼレーニナの名前を出して嫌な顔をしない奴を数えた方が早い。そんな俺達が、レイヴンに協力を仰ぐってのか?」


「ええ」


 そう言ったゼレーニナがカップのコーヒーを飲み干し、分かりやすく一息ついた。


 頭を掻く。


 こいつが俺なんか比べ物にならないぐらいの頭を持ってる事は分かってるが、それはそれとして流石に意味が分からなかった。


「まぁ良い。聞かせてくれ」


 そんな俺の言葉にゼレーニナが応じる様に小さく頷いてから、話し始める。


「この団に数人居るマナの励起を自在に使いこなせる程の実力者の1人であり、相当な場数を踏んだレイヴンであり、かつ私達に協力してくれる方に心当たりがあります」


 平然とそんな言葉を紡ぎ続けるゼレーニナに、自分でも分かる程に目が丸くなった。


 心当たり?こいつにか?


「……お前、レイヴンに知り合いなんて居たんだな。てっきり、カラスの知り合いはグリム以外には居ないもんだと」


「貴方以外にレイヴンの知り合いなんて居ませんよ。名前と活躍こそ知っていますが、別に個人的な交遊がある訳じゃありませんから」


 ゼレーニナが平然と切り捨てる。


 考えてみれば、こいつが心当たりと言った所で知り合いとは限らない訳か。


 それこそゼレーニナの感覚で言えば名簿を指でなぞっているに過ぎないのだから。


 またもや顔が苦くなる。


 じゃあ結局、協力させるのも説得するのも俺の仕事かよ。


「浄化戦争の最中もレイヴンとして相当数の任務に出撃している上に、仲間からの評価及び上層部からの評価も非常に高い。その上、任務の報告と証言からすればマナの励起を任意的に引き出せ無ければ説明の付かない事象、そして生き残れない筈の戦局を生き延びています。浄化戦争終結後も、相当数の任務に出撃しているそうです」


 どうやら、俺が説得しなければならない相手は相当な手練れらしい。


 なら少なくとも実力としては問題ないだろう。


 しかしそうなるとレガリス、ひいては帝国に対する敵意と憎悪も相当な筈だ。


 そんな奴を魔女の命を受けたグロングス程度で説得出来るだろうか、こう言っては何だが俺では到底説得出来る気がしない。


 どうしたものか、と1人で考えていると不意にゼレーニナが鼻を鳴らした。


「心配せずとも貴方が言えば、そのレイヴンは私達に協力してくれると思いますよ。言ったでしょう、“協力してくれる方”に心当たりがあると」


 少し、悩んでいた顔を上げる。


 そう言われてみれば、こいつは先程“協力してくれる方に心当たりがあります”と言った。


 確かにゼレーニナ個人として交友は無い事は決して、頼めば協力してくれる、と言う言葉を否定する事には繋がらない。


 厳密に言えば、だが。


 しかし、浄化戦争の終戦前からレガリスと戦い続け、かつそのマナの励起とやらを使いこなせる程の手練れで、その上ゼレーニナの友人では無いが俺達2人に協力してくれるレイヴン?


 正直に言ってまるで想像が付かないがいい加減、本題に入った方が良いか。


「誰なんだ?そいつは」





「ユーリ・コラベリシコフ。ランバージャックで敵を両断した事もある、手練れのレイヴンです」

次回更新日は4月2日になります。

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― 新着の感想 ―
最初から読み返してました! やっぱりものすごく面白かったです。 お忙しいとは思いますが、続きを楽しみにお待ちしております!
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