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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 色々と、慣れない役目をやってきた自覚はある。





 去年の夏前にこの島、カラマック島に来てからというもの、俺は潜入や抹殺、脱出や拷問以外にも随分と似合わない事をしてきた。


 説得に要請、仲裁に相談、助言。献花に礼拝、挙げ句の果てには看病まで。


 よりによって俺じゃなくても良かろうに、と思う様な役目でも俺は従ってきたし出来る事をしていたつもりだ。


 だが今回の役目だけは幾ら何でも、お門違いという奴だと思うのだが。


 春先の爽やかな風が頬を撫でる中、風とは対照的に自分でも分かる程に怪訝な顔をしながら道を歩いていた。


 何度目か分からない溜め息が漏れる。


 何でよりにもよって、この役目が俺なんだ?


 爪先にぶつかった路面の石が、小さな硬い音を伴って転がっていく。


 技術開発班に向かう道を覆っていた筈の雪はしっかり溶けており、また今年も春が来た事、この黒羽の団本部があるカラマック島にも平等に四季が訪れる事を、如実に物語っていた。


 まぁ今回の役目に俺が選ばれた理由、また俺でないとならない理由も説明はされている。納得の是非は置いておくにしても、だ。


 奴等の言い分からしても、話し合いの末に俺が最適だと言う答えに辿り着いたのだろうが………


 それにしたって、随分な役目だった。


 幾らか春の匂いがする路面を、靴底で踏み締める。


 考えてみれば、もう数ヶ月も過ごせばこの島に来て1年になるのか。


 最早見慣れた技術開発班への道を辿っていると、遠目に塔の見えるいつもの風景が眼に飛び込んできた。


 正直に言わせてもらうなら、このままクルーガーの所にでも寄ってそのまま帰りたい所だ。


 協力の要請、か。


 怪訝な顔のまま、頭を掻いた。


 今朝、自分の部屋の前にクロヴィスが来た時は正直に言って何の冗談かと思ったものだ。


 用事を申し付けるなら、手紙でも良いだろうに。どのみち、幹部達の要望は基本的に断れない立場なんだから。


 方便か事実かは知らないがクロヴィス曰く、近くに用事があったから直接来ただけだとは言っていたが。


 まぁ幹部直々に俺の元に来る程の理由と言われたら、それはそれで納得出来る理由ではあったが。




 自律駆動兵。




 12フィート近い体躯を誇り、内蔵された有機性階差機関により判断・駆動するあの鋼鉄のバケモノは、矢も剣も銃弾も跳ね返す上にレイヴン数人掛かりでも容易く叩き潰す凶悪な兵器に他ならなかった。


 有機性階差機関に組み込まれた、特殊な調教を終えた鳥類によって操作無しでも自律で判断、駆動、追跡が出来るあのバケモノを紆余曲折あったとは言え、真正面から打ち破れたのは今でも僥倖だと思っている。


 そんな、レイヴンには悪夢の様な存在の自律駆動兵が、数体以上が蒸気を吹き出しながら彷徨いている様な場所に、まとめて相手にするにしろそうでないにしろ任務で赴く事になってしまったのだから、クロヴィスの様な幹部が直接動く理由としては充分とも言えた。


 そんな訳は無いと分かっていても、胸中で下らない文句が幾つも浮かんでくる。


 あいつら俺にどれだけの無茶をさせたらくたばるか、賭けてるんじゃないだろうな。


 もし賭けられているなら少なくとも、今の所は大勢に大損をさせているのだろうが。


 道を踏みしめる様に歩きながら、通りすがりの整備員らしき人々の視線を浴びながらも技術開発班の敷地へと入っていく。


 せめて説得する相手がクルーガーならな。いや、クルーガーならわざわざこの俺が説得するまでもなく、協力してくれるに決まっているか。


 何も自分の様な曰く付きの人間を説得に寄越す事もあるまい。


 そもそも、自律駆動兵の対策には前からクルーガー率いる技術班員達が注力していた筈だ。


 クルーガーの能力の高さは今更言うまでも無い、正直に言ってクルーガー達だけでも充分な自律駆動兵対策が練られているだろう。


 加えて、言い方は悪いが前回の余りにも急な任務と違い、不意に連絡が来たとはいえ今回は早熟ながらも対策の基盤は出来ている。


 どのみち、ダメならダメで構わない。それで少しでもあの偏屈な天才から協力が得られるなら、デイヴィッド・ブロウズを使った甲斐があった。


 概ね、そんな所だろうな。


 しかし不本意ながら、この技術開発班の大半よりあの偏屈と接点がある事、また共通の話題がある事は認めざるを得ない。


 関わった理由、関わり続ける理由も色々問題ではあるが、幹部達から見れば“使える物は何でも使う”の一環なんだろう。


 悲鳴。


 余りにも唐突な、悲鳴とも怒号とも言えない大声が、そんな事を考えていた俺の耳朶を不意に打った。


 偶然、直ぐ傍に居た整備員らしき男も物珍しそうに悲鳴の聞こえた方面に振り返る。



 何だ?







「あぁ、ミスターブロウズ。これは良い所に」


 そんな言葉と共に、笑顔を見せるクルーガーに「何処がですか」と呆れた様な言葉を部下が投げ付ける。


 悲鳴だか怒号だかを聞き付けてやってきたつもりだったが、この空気を見る限りどうやら杞憂だったらしい。


 技術開発班の一画、実験場の様な施設において、何ともにこやかなクルーガーが部下に些か呆れられつつ、駆け付けた俺を出迎える。


 その後ろには奇怪な色の、俺の丈ほどもありそうな綿の様な物が湯気を上げつつ、床から盛り上がっているのが見えた。


「今回のお話は伺っていますよ。いやはや、正直に言ってこんなにも早く“これ”の試験段階に移る予定は無かったんですがね」


 ………今のクルーガーの格好は何というか、指示を出す側と言うよりは指示を受けて、命令通りに作業を行う部下の様に見える。


 様々な環境を想定したのか影響を想定したのか、随分と着膨れして見える防護服を着込んでいた。


 上の命令なんていつも急ですよ、とぼやく部下らしき男の発言を流しつつ笑うクルーガーに、言葉を投げる。


「随分と取り込んでるみたいだが」


 そんな俺の言葉に、俺が何を言いたいのかを察したらしく「あぁ」とクルーガーが後ろを振り返りつつ、楽しそうな笑みを溢した。


「自律駆動兵に対抗する為の新装備です。以前貴方に使ってもらった武装の様な、火力がある訳ではありませんが効果は期待出来ると思いますよ」


 クルーガーの口ぶりから察するに後ろに見える、湯気を上げている綿の様な物が“新兵器”らしい。


 頭を掻いた。


 後ろに見える、綿の様な物はどう扱うのか検討も付かなかったがその綿から湯気が上がっている事、また綿の様な物と同じ奇怪な色が塗料の扱いを誤ったかの様に、クルーガーの防護服の節々に付着している事からも、どうやら安全とは言いきれない代物である事は間違いない様だ。


「後ろの綿みたいなのが、その新装備とやらか?」


「ええ、勿論。正しく今その試験をしていた所で!!」


 ………まぁ、何というか。先程の悲鳴や怒号は、防護服を着込んだクルーガーが実際に自身で開発を指揮した“新装備”とやらをクルーガー自身で試験した所、少しばかり想定以上の効果が出た事によるものだったらしい。


 危うく、クルーガー本人も巻き込まれかけた事から部下達の悲鳴が上がったとか。


 それに引き換え当の本人は、防護服で無事だったからか威力が期待以上だったからか、大分上機嫌の様だったが。


「折角です、ご覧になっていって下さい。こう言っては何ですが、どのみち貴方も使う事になるでしょうから」


 楽しそうにそう言い切ったかと思えば、防護服を着たまま部下らしき人間に指示を飛ばす始末だ。


 クルーガーが案外無鉄砲なのか、それとも部下の方が過保護なのか。


 周りの表情を見る限り、前者の様だが。


 何とも言えない部下に新しく“装備”とやらを用意する様に指示し、何故か俺の分まで簡易的な防護服を用意させるクルーガー。


 一応、協力の要請を幹部から直々に言い付けられているんだがな。まぁ、少しぐらいは良いか。


 劇の開演を待っている様な顔のクルーガーと共に少しばかり待った後、漸く持ってこられた簡易的な防護服に上着を脱いでから改めて袖を通す。


 上下合わせて重ね着を前提にしているだけあって、余り分厚いとは言えないが境遇と状況から見れば、充分なのだろう。


 そもそも、クルーガーが充分だと判断したのだからその辺りは疑ってないが。


 そして部下が思った以上に慎重な様子で手渡してきた、特殊な金属製の筒。


 内部で圧力を掛けるのか既に掛かっているのか、筒には作動させる為と思われるピンやレバーが備わっている。


 完全に密封されているらしく、筒の内部は見えないが手に取った重心からして何やら液体か薬剤が入っている様な気がした。


 音こそしないが、重量と重心からして結構な量が入っている様だ。


「さぁミスターブロウズ、それを此方に。くれぐれも落とさないでくださいね」


 レイヴンに使わせる事を考えると、落とした程度で作動するとはとても思えないが、周りの部下の表情や空気から察するに落とすと相当叱られると思った方が良さそうだ。


 ピンやレバーを操作しない様にしながら金属製の筒をクルーガーに手渡すと、クルーガーが心底楽しそうに手の中で金属製の筒を回転させる。


 クルーガーが不敵に微笑んだ。


「では、よく見ていてくださいね」


「ちゃんと遠くに投げるんですよ!!遠くに!!」


 心配そうな部下のそんな言葉に、クルーガーが楽しそうに「分かってますよ」と返しつつ、ピンとレバーを確かめる。


 一度、不敵に此方を振り返った後にクルーガーが何か操作したかと思うと傍目からもはっきり分かる形でピンを引き抜き、少し大袈裟に振りかぶってから筒を投げた。


 回転しながら宙を舞う金属製の筒に、以前の対自律駆動兵用近接兵器“ゴーレムバンカー”の轟音を思いだし、反射的に両耳を塞ぐも筒は予想に反して破裂する様な事は無く、甲高い音と共に実験場の床で跳ねた。


 その瞬間。


 金属が歪む様な音と、煙が噴き出す様な音が入り交じりながらも鳴り始め、急に奇怪な色の濃密な煙の様な物が筒から膨れ上がる。


 兵器ではなく装備と呼んでいた事から考えると、爆発物では無いのか。


 咄嗟にそこまで考えた辺りで、噴き出している煙が明確な実体を持った綿の様な物だという事に気が付いた。


 一切膨れ上がる勢いを落とす事なく、綿の様な物は瞬く間に俺達の背丈以上にまで膨れ上がり、奇怪な色と共に湯気の様な物を漂わせ始める。


 いや、此処からでも感じ取れる熱気からして実際に湯気なのだろう。


「スプーキーケトル、と言います」


 此方が湯気と熱気、奇怪な光景に目を細める中、クルーガーが興奮しつつも満足した様子で振り返りつつ言い放った。


「スプーキー、ケトル?」


 俺が勘違いで両耳を塞ごうとしていた事に気付いたらしく、遠目に俺を見ていたクルーガーの部下が含み笑いを堪えているのが視界の隅に映り込む。


 仕方無いだろ。


 胸中でそんな言葉を溢しつつも、クルーガーに向き直ると俺が尋ねるまでもなく、クルーガーが語り始めた。


「空気中の水蒸気と化合し、爆発的に発泡しながらも瞬時に硬化する特殊薬剤を詰め合わせています。一応言っておきますが、発泡手前にまで化合させた上で薬剤を発泡させずに安定化させ、そのまま不活性化も防いでいるのでかなりの安全性も確保していますよ」


 何とも上機嫌そうにそう語り始めるクルーガーを尻目に、後ろでそのスプーキーケトルとやらが作動した結果の、立ち上る様な綿の塊に目を向けた。


 最初は綿の様な印象だったが、少し時間が経つと空気が抜けたのか乾燥したのか、硬化していく様な印象を受ける。


「まぁ、細かい理屈は良い。これはその、何だ。その発泡だか気泡だかはもう固まったのか?」


 そんな言葉と共に俺が綿に歩み寄って行こうとすると、少し慌てた様子でクルーガーが割って入ってきた。


「気を付けてください、硬化で幾分かは冷めているでしょうが………」


「どうかしたのか?」


 クルーガーが綿の塊から手で俺を牽制しつつ、言葉を紡ぐ。


「………化合と発泡による発熱で、相当な高熱を発している筈です。近付く事はオススメしませんね、防護服を着ていても万全とは言えません」


 直ぐ様、身を引いた。


 とんでもない代物じゃねぇか。あの湯気は本当に湯気だった訳だ。それも、薬剤の化学反応による恐ろしい発熱によるものと来た。


 何か言おうかとも一瞬思ったが、クルーガーには非も失点も無い。


 勝手に勘違いしたのも不用意な行動をしようとしたのも、俺の責任だろう。


 一つ、咳払いをしてからクルーガーが悠々と語り始めた。


「ここから更に調整する予定ではありますが、現段階においても自律駆動兵の出力を相手にした上で充分に行動を阻害出来る、という試算結果が出ています」


 未だ湯気を漂わせているスプーキーケトル、その硬化した泡を眺めながらクルーガーが説明を続ける。


「大気中の水蒸気と化合し、表面から硬化していく構造ではありますが硬化する前には粘性を備える成分も添加していますので、万が一硬化した部分が亀裂や粉砕によって失われたとしても、内部の粘性部分が大気と水蒸気に触れて急速に硬化しつつ、粘性と可塑性によってかなりの強度を持ちつつ自律駆動兵の行動を阻害、もしくは遅延させられる筈です」


 意気揚々、という言葉にそのまま服を着せたかの様に語り続けるクルーガーを尻目に、頭の中で想像する。


 あの自律駆動兵に、このスプーキーケトルがどれだけの効果があるか。


 投げ付けた所であの金属のバケモノが、どれだけ行動を鈍らせるか。


 こいつの泡がどこまで膨れ上がるかは知らないが、こいつで脚を封じたとしても上半身が問題なく稼働するなら、暴れまわる分逆に危険性が増すかも知れないな。


 逆に上半身にこの泡を纏わり付かせる事が出来るなら、攻撃は阻害する事が出来るかも知れないがあの機動性で普通に動き回るとなると、どうしたものか。そもそも、自律駆動兵はあの体重で突進するだけでも、レイヴンを叩き潰せるだけの威力がある。


 そうでなくても、蹴飛ばされたらどうなるかは言うまでもない。


 複数投げる必要があるか?まずは1つ目で動きを止めて、2つ目を上半身に命中させるか。


 いや、上半身に命中させた所で床に落ちてから薬剤が作動するかも知れないな。そうなれば、ただ床の泡が増えるだけだ。


 現に先程のスプーキーケトルは、高く投げたにも関わらず床で跳ねてから泡だか綿だかが噴き出していた。


 ならば、そもそもの発泡量が問題になってくるかも知れない。


「それから充填されている圧力によって、ミスターブロウズ?聞こえていますか?」


 不意にクルーガーに呼び掛けられ、「あぁ」と我に帰る。


 俺が話を余り聞いていなかった事に少しばかり興醒めした様だったが、それでも気を取り直した様に再び語り始めようとするクルーガーを手で制し、呟く。


「ゼレーニナには見せたか?この、スプーキーケトルを」


 突然の俺のそんな発言にクルーガーは何故そんな事を、と言った顔をしていたが少しして、クルーガーが肩を竦める。


「ええ、まぁ、何故か急に開発中の私達の所に来て、スプーキーケトルの作動実験を見学しに来まして」


 何でわざわざ、と言わんばかりの口調と共にそう語るクルーガーに、胸中で少しばかり苦笑した。


 あの無愛想の事だ。グリムから今回の件で報告を受けた際に、クルーガーが新兵器を開発していると聞いてその足で見学に来たんだろうな。


「ただ一言、“泡は足りるのですか”とだけ言われましたね。薬剤の量と成分は今も調整中ですと答えたら、溜め息だけで帰っていきましたが」


 何でそんな事を聞いたのでしょう、と言わんばかりのクルーガーに対し、幾らか皮肉気な笑みが口角の辺りに浮かぶ。


「成る程な」





「幹部が協力させたがる訳だ」

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