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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 濁った鳴き声が、反響する。





 砂でも石でも無い、様々な骨が形を残した物から砕けた物まで、砂利の様に足元へ幅広く敷き詰められていた。


 そんな地面に、石とも木とも金属とも言える黒い結晶の様な物が崩れた建物や瓦礫の様に点在し、加えて幾つもの槍や剣が道標の様に地面へ突き刺さっている。


 その突き刺さっている槍や剣、ひいては地面に食い込んでいる斧や転がっている武具までもが、全て削り込んだ骨で構成されていた。


 朽ちている朽ちていないの差はあれど、骨の砂利に転がっている物に突き刺さっている物、その中に一つも骨以外で造られた物は見あたらない。


 骨の砂利に骨の武具、地面から生えた上で砕けた瓦礫の様に転がっている黒い結晶、その上で雨後の泥の様に淀んだ冷たい水が砂利を浸していた。


 散らばった骨を踏み締める度に、砂利の隙間から泥濘の様に冷たい淀みが滲み出る場所。


 そんな戦場跡の様な場所へ、双眸が蒼白く染まった不気味なフクロウが足元の砂利を踏み砕く様にして、現れる。


 石と骨に置き換えた戦場跡の様な虚無についても、何一つ感情を見せる事なくそのフクロウ、ウルグスは静かに歩みを進めていく。


 そんなウルグスに称賛の様にも畏怖の様にも聞こえる濁った声が、四方八方から響き渡った。


 結晶の瓦礫や砂利に突き立てられた骨の剣や槍に留まり、異様な数のカラス達が鳴き続ける。


 ウルグスへ四方八方から感情の読めない鳴き声を浴びせ続けるのは、眼窩を抉り取られた不気味なカラス達だった。


 しかしそんなカラス達を何一つ意に介さず、ウルグスは足元の湿った骨を踏み砕きながら前に進む。


 そうして血の一滴すら無い、もしくは全て乾いてしまったかの様な戦場跡を歩いていたウルグスが、不意に足を止めた。


 目の前には、骨の砂利の中で横たわる1羽のヨミガラス。


 削り込んだ骨の武具に囲まれる様にして、讃えられる様にして横たわっていたそのヨミガラスは、骸の様に動かなかった。


 だが、その眼窩は他のカラスと違い抉り取られておらず、無事な双眸は静かに伏せられている。


 その時。


 ヨミガラスの傍に突き立てられていた不気味な骨の剣と斧が、炙られた鉄が赤熱するが如く蒼白く発光し、その光に暖められたかの様にヨミガラスがその双眸を見開いた。


 そのまま咳とも悲鳴とも、嗚咽とも付かない声で黒い血の様な物を吐いたかと思えば、ヨミガラスがふらつきながらも立ち上がる。


 抉られていない眼球が蒼白く染まっている事、それが以前より濃くなっている事。


 そして右目の色が左目よりも濃く、かつ淀み始めている事を見て取ったウルグスが、静かに話し掛ける。


「人々は、聖なる信仰とそうでない信仰をどう区別する?」


 ウルグスの嘴から漏れる声は老人の様に嗄れており、囁いているにも関わらず不気味な程に声が通っていた。


 カラスの黒い羽の節々から、深紅の色合いが滲み出る。


 そのカラスはウルグスにとって騎士であり、従者であり。


 猟犬であり、猛獣であり。


 加えて奴隷であり、愚者でもあり。


 そして何より、供物だった。


 再びウルグスの嘴から嗄れ声が紡がれる。


「聖なる奇跡と、邪悪な黒魔術が同じだけの奇跡と結果を成し遂げた場合、人々は自身の都合でしか奇跡と黒魔術を判別出来ない」


 ヨミガラスは何も言わなかったが、周りの不気味なカラス達が賛同する様に次々と鳴いた。


 ウルグスの嘴から嗄れた言葉が淡々と、だが不気味な色を持って紡がれる。


「信仰に殉ずる者が世界の全てを救う奇跡を起こす時、それが異教の怪物でないと誰に言い切れる?血塗れの怪物が黒魔術で世界を焼き尽くす時、それが無辜の民の祈りを叶えた敬虔な教徒でないと誰が言い切れる?」


 老人の様な嗄れた声でウルグスが囁く度に、周りのカラス達が囃し立てる様に鳴いた。


 蒼白い双眸に見つめられたヨミガラスが同じく蒼白い双眸で、ウルグスを見つめ返す。


「目の前の日差しが朝焼けと夕焼けのどちらなのかさえ、結果でしか人々は語れない」


 ヨミガラスはその言葉を、従順と言える程に大人しく聞いていた。


 その黒い羽から滲み出ていた深紅は、徐々に淀んだ暗い色へと変わりながらもヨミガラスの全身を染めていく。


 不気味なカラス達が次々にヨミガラスの近くへと舞い降りては鳴いたが、当のヨミガラスは気にも留めなかった。


「お前はどうする?どんな力に、どんな代償を払い、何を成し遂げるつもりだ?」


 憐れむ様にも蔑む様にも聞こえる鳴き声が、ヨミガラスを取り囲む。


 取り囲まれていたヨミガラスが、一声鳴いた。


「これまで国を滅ぼしてきた者達の大半は、その国の為に戦った者達だ。落陽を薄明だと信じて、国が腐り落ちる最後の一押しをしてしまった者も少なくない」


 その光景を想起したのか、そのウルグスの声には微かとも言える程度の色合いだが上機嫌な色が滲んでいる。


 ヨミガラスの声に応じたのかウルグスの声に応じたのか、辺りに散らばる骨の武具や瓦礫の様にも連なり散らばる結晶を留まり木にしていた、不気味なカラス達が追い立てられたかの如く飛び立ち、濁った輪唱と共にその周囲を飛び回り始める。


 そんなカラス達の輪唱に更に重ねるが如く、何処からかフカクジラが鳴いているのが遠く聞こえてきた。





「お前がもたらそうとしているのは薄明か?それとも黄昏か?」


 ヨミガラスが、再び鳴いた。

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