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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 紙巻き煙草に火を付ける。





 自室の窓から差し込む朝日を眺めながら、ラシェル・フロランス・スペルヴィエルが紫煙を吐いた。


 トルセドールとなり、随分と経つ。


 最近はレガリスが率いる帝国軍がラグラス人率いるペラセロトツカを打ち破る形で浄化戦争が終結したり、英雄を気取ってた奴が実は虚栄で真の英雄は別に居た事が判明したりと、色々な事があったがラシェルとしては余り大した事では無かった。


 精々、今回の戦争の勝利において修道院や修道会が“やはり神の愛と加護は我々の元に”と偉そうに歩き出した事、そして帝国軍の連中が殊更に横暴になり始めた事ぐらいだ。


 東方国ペラセロトツカが敗戦しただの、奴隷の扱いがより過酷になっただのはどうでも良い。


 ラシェルが何をするでもなく、長く長く煙を吐く。


 ここまで随分と色んな事をこなしてきた。


 ラクサギア地区は有数の宗教地区という前評判からは想像も出来ない程、荒事に事欠かない。


 修道院側に付いている帝国兵の抹殺、ラクサギア地区の抗争への加勢、加担。


 そして何より、武装した修道女達の抹殺。

 ラシェルが再び紫煙を燻らせる。


 トルセドール、もしくはロドリグ・ユングランに言われるがまま、ラシェルはこの数年間、様々な帝国軍及び修道女を切り捨ててきた。


 自身がこの業火の道を歩む事になった、あの3人の帝国兵を含めて。


 結論から言うと、ロドリグ・ユングランは約束を違えなかった。


 確かにラシェルには本来縁の無い筈の抗争、ラクサギア地区の苛烈で血腥い抗争において、ラシェルは名も知らぬ帝国兵や修道女を相手に数多の殺し合いをする羽目になったが、そこに異論は無い。


 組織の一員となるのだから、組織の方針に従う事に異論がある筈も無かった。


 それが、仁義だろう。


 ラシェルはそう考えていたし、納得していた。


 そしてトルセドールは自分が組織の為に血を浴びて手を汚した事を、絶対に忘れない。


 忠誠心や信頼にも似た、確かなものがトルセドール内には脈打っておりラシェルはそれを内心では気に入っていた。


 自身が本来関係ない筈の構成員の揉め事や事情を解決すれば、必ず構成員達は自分の力になってくれる。


 現に、ロドリグはラシェルの為にあの3人の帝国兵を、名前と少ない情報を頼りに居場所を割り出してくれていた。


 苦労したらしいが、それでも恩に着せる事なくラシェルへ宿敵の居場所、普段何をしているかまで割り出して伝えてくれたのだ。


 準備や調達こそ幾らか手を借りたが、その“仕事”は1人でやった。


 確かにトルセドールの連中に言えば、もっと入念な火力や人員がそれこそ幾らでも用意出来ただろう。


 それこそ真っ昼間から堂々と行進しながら殴りに行っても、帝国兵の3人程度なら押し勝てる程の人員と火力を回して貰えただろう。


 だがラシェルは、どうしても1人で実行したかった。


 あの、魂の底から奮起し立ち上がる切っ掛けとなったあの信念。


 この業火の様な復讐心と憤怒の全ては、自分1人の物だったからだ。


 当日。


 3人の予定と人間関係を入念に調べ上げ、非番の日の夜に恒例として自室に集まったその3人が、事前に仕込んでおいた薬入りの酒瓶で乾杯する様に調整し、3人が普段より随分早く寝静まった辺りでラシェルはその部屋へと、獲物を前にして息を潜める猛獣の様に入り込んだ。





 結論から言えば、3人は部屋で腸と内臓の大部分を吊り下げたフックに引きずり出される姿で、死体となって発見された。


 現場の確認に来た憲兵がその惨状に嘔吐し、トルセドールをひたすらに罵りながら暫く周囲で嘔吐していた記憶は、未だに関係者の脳裏に酷く焼き付いている。


 腕は後ろ手で一部が鬱血する程にきつく縛られ、口を開かせない為か唇は念入りに革細工用の太い糸で縫い付けられていた。


 そして、わざわざ室内に持ち込んだ業務用の吊り下げ式フックが3人を、腸の一部を吊り上げる形で強引に立たせていた、と帝国本部は見解を述べている。


 立ち続けていないと、自身の腸が引きずり出される仕組みだ。


 現場の状況と医学的見解によると、3人は恐らく長時間に渡って自身や他人の生きた内臓を眺めながら夜の間、強引に立たされた体勢のまま声も出せず、感染症に掛かって死んだとの事だった。それもゆっくりと時間を掛けて、だ。


 あくまでも、帝国軍の推測ではあるが。


 当然ながらラクサギア地区の帝国軍、及び修道院はトルセドールに心底恐怖したが、心底恐怖しているのはトルセドールも同じだった。


 その身の毛もよだつ様な残虐極まりない処刑を、ラシェルが誰にも相談せず1人で思い付いて実行した、とトルセドールの構成員達は知っていたからだ。


 以前からラシェルも構成員から敬意は払われており、その残虐な復讐を達成した事についても咎められる事こそなかったが、その一件以来トルセドールの構成員達はラシェルに対し一層、畏怖にも似た敬意を払う様になった。


 復讐の為なら一切の行為に躊躇しない残虐性もさる事ながら、ラシェルにはラシェル本人が思っている以上に猛獣の牙こと鋭い爪、“闘争”の才があったらしい。


 何一つ分からないまま囚人の様に鍛練し、壁を殴っては鍛え粗末なカカシに蹴りを入れていた頃。


 その頃に教本無しで培った感性と、トルセドール内で流通していた様々な武術が入り雑じり、実践によって磨かれた結果ラシェルは才能も相まって超実践的な武術を体得していた。


 自身より身長体重筋肉量、全てが上回っている相手を前に武器無しの素手で圧倒する。


 争いについては殊更に誤魔化しが通じず、虚勢はすぐ暴かれるこのラクサギア地区において尚、このラシェルの実績は大いに人々を驚かせ、また恐怖させた。


 剣を持たせれば敵を引き裂き、槍を持たせれば敵を穿ち、素手でさえ大の男を踏み砕く。


 畏怖を伴ったラシェルの評判は瞬く間にトルセドール内を駆け巡り、ラクサギア地区の熾烈な抗争においてラシェル・フロランス・スペルヴィエルという存在は、大いに重宝された。


 だが、それも少し前までの事。


 双方に多数の死傷者を出しつつ、ラクサギア地区の大きな通りを二つもトルセドールが占領した先月辺りから、状況は些か変わった。


 浄化戦争とこのラクサギア地区の抗争は大きな関係は無い筈だが、明らかにあれ以来ラシェルが来たばかりの頃の様な血腥い殺し合いは減り、牙を剥き合い牽制し合う睨み合いが続いている。


 トルセドール側に充分とも言える土地と住民、生産力が手に入った事に加え、互いに大きな損失を被った事が今回の抗争の停滞を招いた、と言えた。


 要は、落ち着いてしまったのだ。


 勿論気が抜ける状況とはお世辞にも言えないが、大きなリスクを犯して更なる都市部を取り返す様な、火急の必要も無い。


 そして遂に凄惨な復讐を終えた事を鑑みれば、ラシェルはこのままトルセドールとして生きていく未来も充分に有り得た未来の筈だった。


 だが。


 相手の内臓を引きずり出した上で時間を掛けて腐らせる形で苦悶と後悔で煮詰めて殺し、自身の憤怒と業火を全て燃やし尽くした筈のラシェルの中では、まるで胸の内の業火は癒えていなかったし燻りこそすれ火が絶える気配は微塵も無かった。


 むしろ行き場を無くし燻り続けている残滓が、依然より更に身を焦がしている様な気さえする。


 復讐の末にここまで来て、復讐を果たした末に、漸くラシェルは気付いた。


 あの雨の夜、粉々に壊れてしまった末にそれでも復讐の憤怒と業火を支えに再び立ち上がった自身は最早、どうしようもない程に業火で焼かれてしまっていたのだ、と。


 芯まで焼き焦げた薪が業火から拾い上げても煙を上げ続ける様に、自分は復讐を終えて尚元には戻らない程に燃え上がり焼き焦げてしまったのだと。


 復讐は果たされ、ラクサギア地区の抗争も沈静化の兆しを見せ、仮初めとはいえいよいよ“平和”が訪れようとしているのに、業火で焼き焦げたままの私は戦い続ける事しか出来ない。


 紫煙を燻らせていたラシェルが、ゆっくりと煙草の先から灰を落とした。


 おかげで、殺し合いが減った今でも文字通り敵の内臓を抉り出し、必要とあらばその遺体を晒し者にしているラシェルは、ロドリグから重宝こそされているものの他の構成員からは、血に飢えた猛獣の様に恐れられている。


 復讐に燃え、その副産物による戦闘力と残虐性を重宝されてきたラシェルは今や、同じ理由で狂ったサメかタカの如く疎まれつつあった。


 もうトルセドールに、いやラクサギア地区に、私の居場所は無い。


 そんな事を考えながらラシェルが何をするでもなく、再び喉を炙る様に紫煙を燻らせた。


 こうして憤怒と業火を炉として遂に復讐を終え、それでも尚自身の内側で燠の様に燻り続けているモノに意識と焦点を合わせられる様になって、漸く分かった事がある。


 確かにラシェル・フロランス・スペルヴィエルは聖レンゼル修道会、及び聖母テネジアを信仰するテネジア教徒を心から憎んでいたし嫌悪していた。


 その事実は否定しようが無い。


 だがそれは、あくまでもテネジア教徒が憎いのであって聖なる信仰自体が憎い訳では無かった。


 勿論、ラシェル自身はテネジア教とテネジア教徒を時折、不意に血が沸く程に憎く思っているがそれとは別に、信仰自体には罪が無い事や信仰に生きる事は本来素晴らしい道だという事も、心の何処かで分かっている。


 それこそラシェルも、聖職者としての道の素晴らしさと誇り高さに惹かれたからこそ、このラクサギア地区で聖職者の道を志したのだから。


 腐った教徒や信仰や宗教を盾にする者、また大衆的な宗教信仰によって圧政を正当化する連中、そして半端な理由で無条件に肯定する連中こそが憎いのだ。


 テネジア教を理由に腐敗や圧政を正当化する教徒へ出会ったが故、テネジア教徒に業火の様な憎しみと憤怒を抱く事になってしまったラシェル。


 余りにも理不尽で不条理な惨劇と復讐の業火に焼き焦がされた末、今やラシェルは聖職と祈りの尊さを分かっていながらも、巷に溢れている腐った聖職者を業火の如く憎む、矛盾の体現者となっていた。


 聖母テネジアに祈る気は無く、また祈る資格も祈るつもりも無いと自らを嘲り。また、聖母テネジアの名を高らかに掲げて街を練り歩く連中を激しく嫌悪しながらも、テネジア教に対する信仰自体に罪は無い、と理解する信仰者。


 焼き焦げた自分が祈らない事で誠意と敬虔さを示し、腐敗し圧政を繰り返す教徒を憎む事で本来の道の誇り高さを説く、真逆の教徒。


 同じ神に全く違う形で祈る、歪な信仰者と成り果てていた。


 ラシェル自身も、気付かない内に。


 そんな、憤怒と業火に焼き焦がされた末にその身へ備わった牙によって、戦い続ける以外の人生を考えられなくなっていたラシェルに、偶然ではあるが目を付けた者達が居た。


 紙巻き煙草を咥えたまま、ラシェルがポケットからメモを取り出す。


 そこには日時と場所が手書きで記されていた。


 終結した浄化戦争において全面降伏する事となった東方国、ペラセロトツカ国有軍及び義勇軍。


 それらを通じ、開戦前から現政権の打倒を目的に裏で後押しし続けていた武闘派の革命軍、及び抵抗軍。


 バラクシア都市連邦の中央国、レガリスの帝王帝国軍が時にはペラセロトツカの国有軍以上に恐れた、黒革の防護服とマスクで素性を隠した不気味な戦闘員兼工作員、“レイヴン”を帝国軍に差し向ける事で有名になり、レガリスが勝利した今も影で戦い続けている組織。


 黒羽の団からの、招待状だった。


 メモを片手に持ったまま、粗雑な仕草でラシェルが紙巻き煙草の灰を落とす。


 元々目は付けられていたらしく、数日前に空虚な休日を過ごしていた所にレイヴン達は現れた。


 達、と言っても2人組だったが。


 ラシェルとしては当初、待遇の話をされると思っていたし現在のトルセドールに置ける待遇に不満は無い、他を当たってくれと言うつもりだった。


 ところが意外にもそのレイヴン2人組は待遇の話は一切せず、如何に戦況が激化しているか、如何に優秀な戦闘員が求められているのかを話し出したのだ。


 給料の話も待遇の話もせず、レイヴンとして戦う過酷さやレイヴンとしての選抜試験が如何に厳しいかを話し、その上でラシェルを勧誘した。


 今思えば、ラクサギア地区での戦果と評判からラシェルが燻っている事を、見抜いていたのだろう。


 結果から言えば、その後に少し会話をしてからラシェルはその話を受けた。


 数日後にこの場所に来い、という日時を書き記したメモを手渡されたのが、数日前。


 もう、今日の深夜には待ち合わせの時間だった。


 ラシェルも、流石に分かっている。


 今夜がこの地区との、トルセドールの連中との別れになる事を。


 最近はラシェルが狂ったタカの様に恐れられている事もあって、トルセドールの連中とは正直上手く行っていなかったので別れはそれほど辛く無い。


 だが、ロドリグ・ユングランにさえ何も言わずにラクサギア地区から姿を消す、というのは少しばかり気が引けていた。


 彼はラクサギア地区が落ち着いてラシェルが恐れられる様になってからも変わらずに接してくれた、ある意味では恩人でもある。


 構成員からは意外に思われるが、ラシェルとしてはロドリグの事は嫌いでは無かった。


 皆がラシェルを狂ったサメやタカの様に畏怖し始めている最近においても、ロドリグだけはその様子が無く「相変わらずお前は頼りになるな」と信頼してくれていたし、もしラシェルが今命を預ける相手を選ばなければならないとしたら、真っ先に名前が出た事だろう。


 どう説明したものか、そもそも説明出来るのか。


 ロドリグは自分がこの土地を離れ、黒羽の団でこのラクサギア地区以上の戦場でラシェルが戦う事を、ロドリグはどう思うのか。


 レイヴン達は、この土地に戻ってくる事はまず無いだろう、と言っていた。


 今生の別れ、もしくはそれに近い物になるのは明らかだ。


 そんな事を考えながらも、ラシェルがゆっくりと紫煙を燻らせる。


 遂に、このラクサギア地区ともお別れか。


 紫煙を吐きながら灰皿で煙草の火を揉み消していると、黒羽の団の話を受ける前にレイヴンと交わしていた会話が、ラシェルの脳裏に甦る。





「…………キセリア人を殺そうがラグラス人を殺そうが構わないし、殺し合いにも戦争にも異論は無いけど、一応聞くわ」


「何だ?」


「こんな事をしている時点で分かるだろうけど、私テネジア教の連中がクソ程嫌いなんだけどそれは構わない訳?」


「別に構わないさ、黒羽の団において宗教は自由だ。無宗教の奴も多く居るし、何ならザルファ教に改宗しても良い」


「ザルファ教?」


「……やはりレガリスには馴染みが薄いな、東方や北方で信仰されている宗教だ。いっておくが、多神教だからテネジア教とは系列から違う事になる。レガリスで言う“異教”だよ」


「随分と語るわね、あんたもザルファ教?」


「信心深い訳じゃないが、一応な。因みに言うとこいつはテネジア教だ。お前には遥かに及ばないだろうが」


「クソみたいな口利かないでよ、ヘドが出るわ。聖職者なんて懲り懲り、暫くは神なんて顔も見たくないんだから」


「俺は拝んでみたいがな。それで?」


「でもまぁ、そうね、テネジア教を盾にしてるクソ共を切り刻んで擂り潰したいってんなら、手伝ってやっても良いわよ」


「決まりだな。別れは済ませておけよ」





 別れは済ませておけ。その言葉が、今になってラシェルの中でゆっくりと反響していた。


 当初は何も言わずに消えるつもりだったのだが、今となっては心残りになる様な気がする。


 ラシェルはトルセドールから託されていた、それなりに広い自室を見回した。


 荷物は言う程多くは無いし、今部屋にある物はこのまま部屋に置いていっても惜しくない物が殆どだ。


 深夜まで、まだ時間はある。


 少し考えてから不意にラシェルは上着を手に取り、不意にラクサギア地区の街へと歩き出した。


 トルセドールが主導権を握り、面倒を見ている都市部という事もあるがそれを差し引いても、ラシェルの名は広く知られている。


 道行く人々の中には何人か振り返る者、首を伸ばして覗き込む者も居たが他のトルセドールの構成員と同じく、ラシェルは気にも止めなかった。


 そのまま安い雑貨店に入ると、店員は随分と驚いた顔をしたがラシェルは特に反応もせず、手頃なガラス瓶と塩の袋を注文する。


 不思議そうな顔の店員が他にも何か買うか訊ねたが、ラシェルは平然とそれを断って商品を手に取り帰路についた。


 そして部屋に戻ると、ラシェルは傷だらけの机に買ってきたガラス瓶を置き、同じく買ってきた塩をガラス瓶の中へと詰める。


 他の誰にも分からなくても、ロドリグには伝わる筈だ。


 机の上の、塩の詰まったガラス瓶の上に部屋の鍵を置いたラシェルは、同じく机にある灰皿を一瞥してから紙巻き煙草を取り出し、咥えて火を付けた。


 椅子には座らず、寄りかかった机が軋む。


 こうして何をするでもなく煙草を吸っていると、自分がとんでもなく馬鹿馬鹿しい事をしている様な気分になったが、それぐらいしか出来る事が思い付かなかった。


 少なくとも、下手な手紙を残すよりは後悔しない筈だ。


 そう思いながら煙草を吸い、長く長く煙を吐いてから瓶の隣に置いていた灰皿で煙草の火を揉み消す。


 そうしてラシェルは最後に部屋を見回した後、予め纏めていた荷物を背負い、部屋を後にした。


 ラクサギア地区の街は、トルセドールが支配している地域において尚、他の地区より店を閉めるのが早い。


 夜も更けて、昼間から開いていた店や先程立ち寄った雑貨店が店を閉める中、ラシェルは荷物片手に街を歩いていった。


 ラシェルが歩きながら、不意に夜空へと想いを馳せる。


 あの雨の夜以来、自分は戦い続けるしか出来ない、戦い続ける事でしか生きていけなくなってしまった。


 ならば、血肉を引き裂きながら倒れるまで戦場を駆け回るのも自分には相応しい生き方だろう。


 憤怒の業火に芯まで焼き焦げてしまった自分には最早、燠の様に燻るか天災の様に激しく燃え盛るか、その二つの生き方しか無い。末路、と言い換えても良いかも知れない。


 夜空に想いを馳せるラシェルの胸の内で、声がした。


 ならば、走り続けろ。


 いつか炭と灰になり、朽ちる事が分かっていたとしても。


 自分の全ての肉と骨と魂が燃え尽きるまで、どこまでも業火となって走れ。





 最後の、瞬間まで。

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