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「あれが例の子ですか?」
「はい、あの木箱を運んでいる子です」
「新入りの筈ですが、それにしては随分と馴染んでいる様ですね」
「元から聖書を嗜んでいた、と本人は言っていました。恐らくは環境さえ違えば、もっと幼い頃から聖職者として育っていた筈です」
「素質は申し分ない様ですね。他の地区から聖レンゼル修道会に入るべく、この修道院に来たと聞きましたが」
「えぇ、はい、そうなります」
「彼女は何処の地区の出身ですか?随分と若い様ですが、親も聖職者で?」
「いえ、彼女は親が居ないそうで。この修道院にも、荷物だけを持って1人で来たとか。本人曰く顔も知らないそうで」
「………そうですか。今起きている、亜人との戦争の件もありますので深くは追及しないでおきましょう。ですが何故、彼女の出身には答えないのです?」
「いえ、答えられない訳では無いのですが、余りにも彼女には不釣り合いと言うか」
「何処の、出身なのですか?」
「………………彼女は、ニンバラー地区の孤児院出身だそうです」
「ニンバラー地区?あの、有名な歓楽街ですか?あんな猥雑で粗暴な街から、何故あの様な清廉な子が?」
「親が居ない上にあの容姿です、恐らくは娼館にでも売られそうになったのを逃げ出してきたんでしょう。ですが、それにしては随分と素質があります。先日も、修道院長から敬虔さを褒められていたとか」
「氏より育ち、という事でしょう。彼女はあの歳でもう聖書を暗唱出来るのでしょう?それも、全ての章を。やはり報告に移るとしましょう、恩寵者様………ゼナイド様に、彼女の“素質”を見てもらいます」
「はい。では、話を通しておきます。きっと彼女も名誉に思う事でしょう」
「お願いします。あぁ、それともう一つ」
「はい?」
「関係ない事ですが、彼女の名前があんなに珍しい綴りなのも、親が居ない事と関係が?」
「いえ、名は名付けられたものですが姓は本人が頭を捻って考えたのだとか。書きにくいし読みにくいので、私は余り良い名前とは思いませんが。ニーデクラ出身でもあるまいし」
「それで、あの綴りは結局何て読むんです?毎回どう読むか迷ってしまうのですが」
「スペルヴィエルと読むそうです。ラシェル・フロランス・スペルヴィエル、と言うのが彼女の名前だそうで」




