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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
246/294

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「頭にエビの蒸し焼きでも詰まってんのか?」





 エールのグラスを掲げていた目の前のターラの顔が、分かりやすく強張る。


 自分の考えが上手く行っている、と先程まで確信していたのが手に取る様に伝わってきた。


「一応、聞くけど」


「わざわざ聞き返す辺り、本当に詰まってるみたいだな。全く、笑い話にもならん」


 掲げられていたエールのグラスが下がっていく。


 目の前のターラの顔から、押し込めた様に表情が消えた。


 意図的に感情を、主に怒りや悲しみ等の衝動を無理矢理押さえ込んだ時、こんな顔になる。


 敢えて俺に言わせるなら、もう少し自然にやれと言いたい所だった。


「説明は、必要無いでしょうね。言っておくけど、私はやると言ったら本当にやる女よ。貴方が串刺しにされて焙られて処刑されるべきだという署名も、明日から益々集まる事になるわ。それも、迅速にね」


「2度説明されたら、震えて意見を変えるとでも思ったか?そんな奴を口説きたいんなら、わざわざ俺じゃなくてもお前の周りに腐る程居るだろ」


 此方を睨み付ける目が細く、険しくなった。


 生憎と、本人の意に反してまるで威嚇になっていない。


 このエールが相手の注いだもので無ければ、怒りを堪えながら此方を精一杯威嚇するその滑稽さを眺めながら呑んでいた所だ。


「残念ね」


 ターラがグラスを置くと、内心を表すかの様にテーブルへ僅かなエールが零れた。


 そのままゆっくりと椅子が軋む。


「貴方は、選択を誤ったわ。もう少し賢く物事を見極められたら、まだ生き延びる道もあっただろうに」


「選択を誤ったのは、お前に付いていこうと決めた連中だろうに。もしくは、落ちぶれた後も尻拭いを続ける、と決めた連中か」


 不本意でこそあったものの、この手の連中を相手にするのは初めてでは無かった。


 こいつの事情を細かく聞いた訳ではないが、大方の予想は付く。


 こいつは先程、“面倒な連中が居る”と言った。


 俺に、その“面倒な連中”を説得するのを手伝ってもらう、とも。


 ならば余程の、こいつ以下の愚鈍でも無い限り予想は付く。


 もう穏便に事を収められる頃合いは過ぎている、面倒だろうとはっきり追い払うしかないだろう。


 例え揉め事になっても、奴が来てこいつの鼻と歯をへし折るよりはマシな筈だ。


「お前より頭の回る連中や、お前よりは鼻の利く連中から見限られたんだろう。そうして手駒が無くなったお前は考えに考えた挙げ句、散々人を殺して回っている俺、グロングスに目を付けた」


「自分の功績を少々、過大評価してるんじゃないかしら」


 直ぐ様ターラがそんな言葉を吐くが、先程までと違いその顔にはあからさまに虚勢の色が滲んでいた。


 もう、こいつに主導権は回ってこない。


「疫病みたいに嫌われている俺を暇潰しで自分の仲間に誘い込む程、お前が物好きかつ暇人なら、尚更に俺には受ける理由が無いな」


 何かを言おうとして、理論の破綻に気付いた様に噤む相手を見て、確信にも似た思いが胸の奥を過った。


 島の大多数から処刑を願われている俺をわざわざ勧誘する為に、寒空の中を歩いて酒場まで来る理由などそう多くは無い。


「予想は付くさ。仲間に見限られた理由を分からないまま、違う手下を引き入れて同じ事を繰り返そうとしたんだろう。もしくは、本人は新しいつもりでも同じ過ちを繰り返そうとしているか、だ」


「……随分と饒舌ね。貴方の立場は先程説明した筈だけど、それを踏まえて強気で出られているのなら、それはもう強気じゃないわ。“自暴自棄”よ」


 一瞬の間が開いて、鼻で笑った。


「何だ、さっきの俺の言葉は否定出来ないのか。それとも処刑に署名する、以外に俺を脅す手札は持ち合わせてないのか?」


 睨み付ける眼が一層強くなったが、この状況においては肯定に他ならない。


 目の前の女に、俺の処刑への署名を匂わせる以外、具体的な手札が残っていないのは明らかだった。


「お前ら真の民衆に、“噂される様な害鳥でも狂犬でもなく従順な猟犬だと証明する”、だったか。お前に始まった話じゃないが、随分と高慢な事だ」


 そんな俺の言葉に、ターラが不意に余裕を取り戻した様な表情を見せる。


 手元のグラスに新しくエールを注ぎながら、あくまで余裕な表情を作りつつ再び相手が口を開いた。


「あら、害鳥呼ばわりはご不満だったかしら?貴方がどう思っていようと、失礼、“どう思い込もうとしても”貴方は害鳥や狂犬に過ぎないわよ」


 ほんの少しだけエールを飲んでから、喉の滑りが良くなったかの様にターラが言葉を紡いでいく。


「貴方が幹部達から注目され、こうして手元に引っ張り込んでまでレイヴンと同じく任務に使われている理由は、貴方の取り柄が“危険で厄介な事”だからよ。ただ始末するより、その厄介さと面倒さを利用して敵に噛み付かせた方が有用だから、飼われているだけ。分かる?」


 またもや椅子を幾らか軋ませ、ターラが言葉を続けた。


 目線で先を促すまでもなく調子良い言葉が続く。


「貴方みたいな、帝国にも居場所が無くなった狂犬を利用して敵に噛み付かせるか、それとも迷惑な害鳥として駆除するか。あくまで決定するのは私達。もし貴方が自身の“ご活躍”を寓話か何かの様に思っているなら、笑い話にもならないわね」


 そこまで言いきった後、またほんの少しだけエールを飲んだターラが満足そうに間を置いた。


 弁明があるなら聞いてやる。


 そんな感情が、如実に顔へ現れていた。


 何か別の手札がある、という訳では無いらしい。


 僅かに口角を上げてから口を開いた。


「叫んで暴れて、人の裾や脚に噛み付いては引っ張る様な害鳥や狂犬と、人を喰い殺して首を引き千切る様な怪物の見分けが付かないのか?」


 そう言い切ると、何とも言えない間が広がっていく。


 ターラが小馬鹿にする様な笑みを溢したが、長くは続かなかったのかすぐに笑みが消えた。


 相手のグラスを握る手に、幾らか力が入る。


 そんな様子を見て、相手から見えない様に身構えた。


 想像以上に限界は近いらしい。


「そう。なら私から言う事は何も無いわ。自分から“飼い犬すら務まらない”、なんて言い出すとは夢にも思わなかったから」


 何とか余裕を装いつつそう答えるターラに、此方も返す。


「お前らの間では、群れに馴染めないヤギを“飼い主”って呼ぶのか?」


 此方に思い切り掛けようとした相手のエールをグラスごと押さえ、もう片手で殆ど同時にターラの顔面に自分のエールを浴びせた。


 動揺した隙に相手の手からグラスをもぎ取って、そのエールも相手に浴びせる。


「ターラ!!いい加減にしろってんだ!!暴れるなら倍額払って出ていきな!!」


 顔も髪も服も濡れて呻いているターラに、リージャと呼ばれていた店主がそう怒鳴った瞬間、扉が軋む音と共にドアベルが鳴った。


 安堵にも似た感情が息と共に、口から漏れる。


 漸くか。


 そんな思いと共にドアベルの音に顔を向けると、まるで開店したばかりの様に店の入り口から悠々と歩いてくるラシェルが目に入った。


「盛り上がってるみたいね、外まで聞こえてたわよ」


 そんなラシェルを見て、店主ことリージャがカウンターに手をつきながら呆れた様な溜め息を吐く。


「うちの店を変なのを呼び出す店にしないで欲しいね、全く。只でさえウチは面倒な奴等が(たむろ)してるのに、黒魔術なんて使うクソッタレのグロングスなんて面倒どころの話じゃないよ」


 そんな店主の言葉を適当に流しつつ、ラシェルが首を伸ばして此方を捉えるといつもの不敵な笑みを溢した。


「居た居た。閉店後にも、ちゃんと残ってたみたいね」


 飄々としたラシェルの言葉に顔をしかめる。


 相変わらずと言うか何と言うか。


 まぁ、殴り合いにならずに話が出来るだけ、マシな付き合いになったのだろうが。


 濡れた髪が逆立つのでは無いか、と思う程に憤怒の表情に染まったターラが椅子を蹴飛ばさんばかりに席から離れ、怒りの籠った足音と共に出ていく。


 不意に、通路の中央辺りでラシェルとターラが向き合う形になった。


 濡れた髪と顔のまま、ターラが歩きながら吠える。


「見境無しとは聞いてたけど、まさかカラスでも平気とはね」


 ラシェルの返答は速かった。


 歩み寄りつつ顎を素早く打ち上げたターラの髪を掴み、そのままカウンターの端に鼻から叩き付ける。


 遅れて漏れる呻き声と共に、鼻血を滴らせながらバーカウンターにもたれ掛かるターラに、ラシェルが退屈そうな眼を向けた。


「失せな」


 そのまま誰とも出会っていない様な足取りで、ラシェルが俺の向かいの席に着く。


 バーカウンターにもたれながら身体を引き摺る様にして、何とか店から出ようとしているターラにはまるで興味が無い様だった。


 まぁ、予想出来た結果だ。


「リージャ、ラムとテキーラ頂戴。いつもの奴ね」


「はいはい分かったよ。でもそれで最後にしとくれよ、私はもう帰るから。後は頼んだからね」


 手を振って適当に注文するラシェルに、それに呆れつつも応える店主の関係性から見て、本当に今晩はこの店をラシェルに預けるつもりらしい。それも、閉店後の店を。


 普段からどんな関係なのかは当然ながら知る由も無いが、ラシェルはここの店主から随分と信頼されているらしい。


「さっきの女にも言ったが、飲みに来た訳じゃないんだ」


「それがどうかしたの?」


 脚を組みながら、紙箱から口で紙巻き煙草を取り出して火を付けるラシェルを見て嘆息する。


 まぁ、先程の女より話しやすいのは確かだ。


 そんな事を考えていると、店主が思ったよりは仲の良さそうな仕草と共に、テーブルへ注文された酒を置いていく。


「あら、気が利く」


「店ん中を掻き回されたらたまんないからね、先手を打ったのさ。勿論、代金取るからね」


 注文には無かったスパイスとチーズ、何かの小瓶と灰皿を見たラシェルが笑うも、店主が手慣れた様子で受け流した。


 そのまま、何気無い動きで放った大きな鍵をラシェルが片手で受け取る。


 閉店後を任せる様な発言から察するに、この店の鍵だろうか。


 じゃあ頼んだよ、と言い残して上着を羽織り直した店主は本当にそのままドアベルを鳴らしながら、出ていってしまった。


 俺の料金はラシェルに付くのだろうか。


 そうなると些か面倒だな、なんて考えていると目の前にグラスが雑に押し出された。


 中には、いつの間にかシングルほどの量のテキーラが注がれている。


 向こうを見ると、ラシェルはラシェルでダブル程のラムを自分のグラスに注いでいた。


「さっきも言ったが、俺は」


「便所に来て、便器眺めただけで帰る奴なんて居る?酒場に来た癖に、飲みもせず座ってるバカと何話せってのよ。あんたの返事は聞いてないっての、黙って飲みな」


 話はそれからだ、と言わんばかりにラシェルが手元のグラスを大きく煽る。


 少し息を吐いて、灰皿から紫煙が漂う中で手元のグラスを揺らした。


 どのみち、向こうが応じなければ話にもならない。


 ここまで来たのに変な女に絡まれ、別の女には唾を吐かれた、で終わるのも気に入らなかった。


 ラシェルが灰皿に置いていた煙草を指に挟み直すのを眺めながら、グラスの中のテキーラを幾らか煽る。


 舌を転がるテキーラの風味に、グラスを見つめた。


 この銘柄は前にも飲んだ事があるが、明らかに風味が違う。


 少し考えた辺りで、テキーラに何が入っているのか気付いた。


 柑橘類の果汁か。


 テキーラと柑橘類の組み合わせは、個人的には嫌いでは無かった。


 もう1度テキーラを煽ると、シングル程度の量だった事もあり、グラスは容易に空となった。


「一応、あんたが何にも分かってないバカの可能性もあるから、改めて聞くわ」


 そう言ったラシェルが悠々と煙草を吸い、堪能する様に長く丁寧に煙を吐いてから、此方の眼を射止める様に睨む。


 ウィスキーを飲んだばかりとは思えない程に、その眼光は鋭かった。


「私に何が聞きたいの?」


 静かに肩を回す。


 俺が今考えている答えを言えば最悪殴り合い、何なら殺し合いになるかも知れない。


 そんな思いが脳裏を掠めるが、躊躇する理由にはならなかった。


 そうなったらなったで、叩き殺すまでだ。


 どのみち、信用出来ないまま付き合いを続けるつもりは無い。


「ラクサギア地区、メネルフル修道院の事だ」


 此方を睨み付けたままのラシェルの手に、僅かに力が入った。


 紫煙の漂う空気が、張り詰めていく。


「あの任務でメネルフル修道院から脱出する時、お前は改装中の第3資材倉庫を爆破する際に、迷い無くディロジウム燃料が通っている配管を爆破したよな」


 俺の言葉に、ラシェルからの返事は無い。


 ただ、目線と仕草だけで先を促した。


 間違いない。


 こいつは俺がいずれその事に気付くと、分かっていたのだ。


「あの後、どうにも気になって任務の資料を再度取り寄せて読み直した。何度もな」


 姿からそうは見えなかったが、ラシェルの椅子から僅かに軋む音がした。


 重心を移動させたのだろう。


 そして、奴がこの状況で密かに重心を移動させる理由などそう多くは無い。


「資料の何処を読んでも、第3倉庫については配管の記載だけで“ディロジウム燃料の通う配管”は書いていなかったよ。少なくとも、俺も幹部も間違いなく知らなかった筈だ」


 返事は無かった。


 先程の様に紫煙を燻らせる事も、グラスを揺らす事も無い。


 そう。ラシェルが俺のディロジウム手榴弾を借りてまで、配管を爆破したあの時。


 改装工事により壁が剥がされて基礎材と配管が剥き出しになっていたとは言え、あの緊迫した状況下でラシェルは迷い無く壁の爆破を決断し、資材倉庫へと走っていった。


 その後、ディロジウム燃料の通った配管を俺の手榴弾をわざわざ貰い受けてまで、誘爆させる形で爆破している。


 そしてその理由を聞かれ、奴は俺に資料の図面を詳しく読む様に言い、暗に俺がディロジウム燃料が通っていた配管を覚えていなかったかの様に発言していた。


 だが、あの後わざわざ他の団員に言い付けてまで取り寄せた任務の資料には、何処にも第3資材倉庫の壁の配管に、ディロジウム燃料が通っているとは書かれていなかったのだ。


 そうなると、当然ながら疑問が生じる事になる。


「何故、お前はあの配管にディロジウム燃料が通っていると知っていたんだ?」


 俺のそんな言葉を機に、染み込む様な静寂が広がっていった。


 内心で身構える。


 いきなりラシェルが机を蹴り上げても対応出来る様に、静かに重心を移動させると此方の椅子も軋んだ。


 相手に悟られずに、備えるのは無理だな。


 張り詰めた空気の中で、ラシェルが不意に動いた。


 手に持っていた煙草を咥え、何をするでもなくゆっくりと吸う。


 俺の想定していた、どの動きとも違う動きだった。


 そしてそのまま時間をかけて長く丁寧に紫煙を吐くと、ラシェルが灰皿に灰を落とす。


「…………あんたってほんと、こういう事には嫌味なぐらい鼻が利くのね」


 否定は、無かった。


 少なくともそれだけで、俺の懸念は的中していた事になる。


 ラシェルが諦めた様な口調と仕草で、グラスの中のラムを煽った。


「まぁ、だからこそあの任務でわざわざあんたを使ったんだけど。分かっていた事とは言え、頭の回る奴を使うのも考えものだわ」


 あのメネルフル修道院の事を、ラシェルは知っていたのだ。


 あの配管にディロジウム燃料が通っている事を、恐らくは前から知っていた。


 その事実が本人により確定するなら、もう1つの予想も当たる筈だ。


「あの時、談話室から迷う事無くディロジウム式ランタンを取り出したのも、同じ理由か?」


 そんな言葉に此方を向いたラシェルが、またもや諦めた様に笑う。


 同じく、否定は無かった。つまり。


「そこも気付いたの?流石に、ランタンの件まで気付くとは思わなかったわ」


 自嘲にも聞こえる笑いと共に、ラシェルが自分のグラスにラムを注いでいく。


 ダブルどころではない、溢れんばかりの量を注いだグラスにスパイスを散らしたラシェルが、此方に手招きをした。


 諦めた、と言うよりは荷が降りた様な表情のラシェルに、テーブルを滑らせる形でグラスを渡す。


「例え敵に向けるつもりでも、頭が回る奴や鼻が利く奴を利用すると、後始末が面倒ね。まぁ、あんたをレガリスからこの団に誘い込んだ幹部達も、きっと同じ意見だろうけど」


 此方のグラスにもテキーラを幾らか注ぎ、手慣れた様子で小瓶から果汁を散らす。


 その表情は、この店に入ってきた時に比べて随分と淡くなってきていた。


 不意に灰皿から煙草を取り、悠々と紫煙を吹かすラシェルを眺める。


 少なくとも俺の歯をへし折って後始末、口封じをしようと言う気配は感じられなかった。


 表情と雰囲気で分かる。


 こいつは今日、全てを話すつもりだ。


 話す言葉が嘘にしろ嘘じゃないにしろ、今夜でケリが付く。


「ダブルで。長くなりそうだ」


 そんな俺の言葉にラシェルが意外そうな顔で此方を見た後、「生意気抜かすんじゃないわよ」と苦笑しながらも、セミダブル程の量のテキーラをグラスに注いだ。


「私がトルセドールだった、って話はもう聞いてるんでしょ?」


「あぁ」


 波打って、少しテキーラを溢しながらもテーブルを滑ってきたグラスを受け取り、揺れるテキーラを眺める。


 任務中の様子や反応の違和感など、幾つか訊ねたい疑問はあったし、敢えて言うならこいつがその事に答える確証は無かった。


 元々、“血塗れのカワセミ”とまで呼ばれる様な奴だ。俺が追及仕切れない点を別の適当な理由で塗り固める可能性も、事情を話した後で俺を“黙らせる”事も充分に考えられる。


 それでも、こいつの話を聞いておくべきだ。こいつが自分から話す言葉を、真摯に聞くべきだ。そんな気がした。


「確かに私はトルセドールに居たし、実際にラクサギア地区であの聖母サマのケツと靴を舐める事に生涯を捧げてる様な、どうしようもない連中と戦ってきたわ」


「お前の事だ、さぞ頼りになっただろうな」


 テーブルに組んだ脚を上げ、またもラムを少し煽るラシェルに、此方も果汁入りのテキーラを一口飲んでから返す。


 ラムとは別の理由、何かに思いを馳せる様にラシェルが天を仰いだ。


 そのまま少し煙草を吸うラシェルに、此方も何も言わずテキーラを少し煽る。


 テキーラを舌で転がしながらも静かに待った。


 紫煙を長く吐くラシェルに視線を投げていると、体制は何一つ変わらないまま意味ありげな視線が返ってくる。


 1つの予想が、殆ど確信へと変わった。


 それなら任務の際のラシェルが匂わせていた、微かな違和感にも説明が付く。


「言えよ。それで終わりじゃないんだろ?」


 相手が言葉を待っているのは分かっていた。


 そして、向こうも“それ”を話そうとしている事も。


「やっぱりあんた、気付いてたのね」


 ゆっくりと紫煙を吹かし、そう呟くラシェルに言葉を返す。


「可能性の1つとして考えていたがこうして向き合った結果、間違いなさそうだな」


 灰皿に、灰が落とされた。


 天井を見上げた体勢のまま、此方に向いていた視線が再び天井へと戻る。


「何処で気付いたの?」


「その言葉で全て説明が付くなら、トルセドールの件で“確かに”なんて前置詞は付けないだろ」


 そんなのは後付けだ、と胸中で溢した。


 その言葉を聞く前から察していたのは、向こうも分かっている。


 それもそうね、なんて言いながらラシェルが天井を見上げる体勢から此方に向き直った。


 あくまでも、テーブルに足は上げたまま。


「私、ラクサギア地区の出身じゃないの」


 別の予測がまた1つ、確信へと変わる。


 トルセドールはラクサギア地区を故郷として愛する人々が、自らの故郷を“愛せる様に”取り戻すべく戦っている側面も強かった。


 ラシェルがラクサギア地区出身で無いのなら。それでいて、ラクサギアについてそれだけの事を知っているのなら。そして、それを俺に言ったという事は。


 つまり、こいつは。


 僅かにグラスを揺らし、目線だけで先を促す。


 煙草を灰皿に置いたラシェルが、もう一口ラムを煽ってから口を開いた。


「えぇ、そうよ」 






「私、修道女だったの」

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