237
「ちょっと、ターラは?何処に行ったの?」
「クルラホーンに行っちゃったよ。聞かれる前に言うけど、私は止めたからね」
「はぁ!?あの子本当にクルラホーンに行ったの!?」
「うるさいなぁ、もうほっときなよ。あれはもうどうしようも無いって」
「どうしようも無いって言っても、だからって無茶苦茶過ぎるよ」
「あの子も焦ってるんでしょ。先月の件で完全に勢力争いには負けてる、愛しのショーンとはあのザマ。去年の秋頃ならまだしも、はっきり言って今は落ち目だし」
「そりゃ落ち目かも知れないけど、別に仲間だって多いし、勢力のリーダーには変わりないのに」
「それじゃ本人は納得行かないんでしょ。“この辺りは私が仕切ってる”って思わないとやっていけないのよ、ああいう類いは」
「だからって、明らかに悪手よあんなの。本当にグロングスを味方に付けるつもりなの?」
「本人も前に言ってたじゃない、“私は悪魔だろうと乗りこなして見せる”って。酒入ってたとは言え、本気だったんでしょうねアレ。んで、手下のグロングスに面倒な連中を半殺しにさせて自分は一発逆転、とか考えてるんじゃない?あの調子だと」
「グロングスを味方に付けようなんて、どれだけ追い込まれても普通考えないわよ!!あぁもう、ちゃんと引き止めておけば良かった………」
「一応、あれでもアテはあるみたいよ。流石のあの子も、いつもの愛嬌だの色気だのがグロングスに通じるとは思ってないみたいだし。私もそうだけど、わざわざ色んな連中に声掛けてた辺り大体何をする気かは想像付くけど」
「そりゃ声こそ掛けられてたけど本気にすると思わないじゃない!あの子は本当に………待って、アテって?何か言ってたの?」
「具体的に言ってた訳じゃないけど、グロングスの処刑がどうこう言ってたから、恐らくあの子の性格上、処刑に関して私達が署名しない事、とかを条件に言う事を聞かせるつもりなんじゃない?」
「署名ってあの、グロングス処刑に関する署名?あのバケモノに対して処刑の署名を集めて、幹部達に報告するとかいう………」
「そうそう。その、処刑及び追放に関する署名。私はまだ書いてないけどね」
「あれって本当に効果あるの?」
「あるらしいわよ。相当数集まれば、それだけの団員が反対してる事になるから幹部達も士気や忠誠に問題が起きない様、対応せざるを得なくなるって理由で」
「でも前に言ってたじゃない、私達が署名した所であの人喰いカラスを本当に殺せるのか、って。だって既にかなりの人数が署名してるのに、まだ平気であのバケモノは島を彷徨いてるじゃない」
「多数集まった署名には効果があるらしいけど、本当にそうなら私達が署名しない程度でグロングスを延命出来るとは、到底思えないけどね。ちょっと聞いただけでも署名する人数はどんどん増えてるらしいし」
「え?じゃあ無理じゃない。どう足掻こうが、あのバケモノが始末されるならどう交渉するつもりなのよ?」
「多分、ターラや私達が出来る事はグロングスの延命じゃなくて、更に処刑を後押しする事だけ。あの子の事だから、それを分かった上で“私達なら処刑に歯止めを掛けられる”、みたいな売り文句で誘うんでしょうけど」
「……………ねぇ、そりゃ私だってあのグロングスは気に食わないわ。処刑されるってんなら喜んで見に行くし、浄化戦争で殺された人々にどんな言い訳をしながら処刑台の上でクソと小便を漏らすのか、是非とも見たいわ」
「奇遇ね、私もよ」
「でもあの子が相手にしようとしてるのは、あのグロングスなのよ?あの帝国軍が躍起になって殺そうとしても、黒魔術で切り抜けては血塗れで敵の首を引き抜いて逃げ延びる様な、本物の怪物なのよ?」
「しかも、そもそもは帝国軍が始末しようとしたのを返り討ちにした所を勧誘されたらしいしね。黒魔術云々を抜きにして、そもそもが怪物なのよ」
「そんな怪物を、処刑云々の署名程度で本当に手懐けられるの?本当に、私達の交渉が通じる様な奴なの?」
「賭けても良いけど、あの子グロングスを説得出来なかったら私達に署名する様に言ってくるわよ。“私達がグロングスを追放してやった”って、自信満々に言い張る為にね」
「あぁ、容易に想像出来るわ。そんな事しても、誰もターラの手柄だなんて思わないのに………」
「あの子昔から頭は良いのに、相手を見くびるクセがあるからねぇ。自分が想像する以上に相手が強かったら、ってのが想像出来ないのよ。正直、そういう所が災いして最近の勢力争いにも負けたんだろうし」
「はぁ、心配だわ。よりにもよってグロングスを手懐けようとするなんて」
「調子に乗って、バカな事してなけりゃ良いけど」




