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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 夜の冷え込みは、相変わらずだった。





 まぁ、芽吹きの月と言ってもまだ月の初めだ。


 冷え込まない夜を望むなら来月か、せめて月末まで待たねばならないだろう。


 それに加えて言うなら、きっとそれも込みで奴はこの時間帯に呼び出したと見て良い。


 風に吹かれる度に、帰路を急ぐ様な寒い夜空の下。


 この寒さの中を出歩く奴はそう居ない、大概が屋内に籠っているのは間違いなかった。


 逆に言えば、俺が今向かっている店に“飛び入りの客”が入ってくる可能性も、大きく下がる。


 奴が何を考えているかは分からないにしても今夜、“想定外”をあまり起こしたくないのは容易に想像が付いた。


 俺に酒を振る舞うにしろ、俺に酒を振る舞わせるにしろ、俺の歯と骨をへし折るにしろ。


 雪が降りしきる中、呼び出された店の前で足を止めた。


 酒場らしい店の看板には、『クルラホーン』と彫刻されている。


 ここか。


 思った程には重くない両開きの扉を潜るとドアベルが鳴り、それなりに居た客が俺へと振り返った。


 それまでは微かな煙草の匂いと共に明るい喧騒が店内から聞こえていたが、俺が入った途端にあからさまな視線と共に怪訝な空気が広がっていく。


 当然と言えば、当然の結果だ。


 誰だって悪名高いグロングスと深酒したい、等とは思わない。思うなら、そいつに酒はもう必要無い。


「分かんねぇみたいだから教えてやるが、ここはお前みたいなのが来る酒場じゃねぇぞ。用事があったら呼んでやるから、鳥籠に帰ってクソでもしてな」


 そんな声と共にキセリア人の男が、如何にも不機嫌そうな顔で一歩前に出た。


 肩にはあからさまに力が入っている、“何なら荒事も構わない”と言わんばかりの雰囲気だ。


 そんな言葉と姿に、笑ってやった。


「一緒に練習したママは“その顔じゃ何を言っても笑われる”って教えてくれなかったのか?過保護も考え物だな」


 俺の言葉に男が真顔になり、更に一歩前に出る。


 拳の骨を、片手で鳴らした。


 揉め事を起こすつもりは無かったが俺も用事がある以上、大人しく引き下がるつもりは無い。


 どうせ、奴も“アホの歯をへし折れば済む話”とでも言うだろうしな。


「ギャリー、その人喰いカラスを通しな。予約席の客だよ」


 店主であろう女性の声が、喧騒の中でもはっきりとバーカウンターの向こうから聞こえた。


 ドレッドへアのラグラス人女性。厚着した上にエプロンを掛け、その上で袖を捲っている。


 バーカウンターに置いた腕には、捲った袖から見える肘から手の甲まで、財宝のタトゥーが入っていた。


 ギャリーと呼ばれた青年が不機嫌そうに振り返り、嘲る様な笑いを交えつつ言葉を返す。


「こいつが予約席だと?笑えるぜ、飼い葉桶でも出すってのか?それなら“凍えても良いクズ”用のテラス席でも作れよ、屋内は人間サマ専用だろ」


 そんな声に周りが同意しながら持て囃し、ギャリーを中心に笑い声が広がった。


 その発言にどうやら周りも勇気が出たらしく、俺を店の入り口に追い詰める様に数人の客が集まる。


 犬を見掛ければ、考える前にまず蹴飛ばす様な顔をした男が前に出た。


 仕方ない、不可抗力だ。


「そんなバケモノを“予約席”に呼び出す奴が、どんな奴か想像付かないかい?あんたが予約した奴に説明するなら構わないよ」


 肩に力が入った辺りで、店主からそんな声が掛かる。


 途端に、目の前に居た男の顔が強張った。


 と言うよりも、他の連中も含めて顔が強張っている。


 “人喰いカラスを店に呼び出す奴”がどんな人間か、漸く想像が付いたらしい。


 俺を睨み付けていた男の肩に、隣の男が手を掛け何を言うでもなく目配せをすると、俺を囲んでいた連中が静かに離れていった。


 気を取り直した様な喧騒がまたもや店の中に広がりだした辺りで、客の合間を抜ける様にバーカウンターへと歩いていく。


 俺を見て、如何にも“面倒”という顔をしているドレッドへアの女店主に歩み寄ると、店主が露骨に眼を逸らした。


「面倒事は御免だよ」


 俺が口を開く前に、店主がうんざりした様な口調で呟く。


 随分と暖かい歓迎だ。まぁ、花束で歓迎されるとは思って居なかったが。


「予約した席は?」


「あの子が店に呼び出すなんて、あんた何やらかしたんだい?」


 此方に目を向ける事無く、店主がカウンターの奥でグラスを用意しながら呟いた。


 質問に答えろと言うべきか質問に答えるべきか一瞬だけ躊躇したが、口を開く。


「あいつが怪物を殺すのを手伝った。奴からしたら共食いだろうけどな」


 グラスを用意する手を止め、店主が俺の眼を見た。


 僅かな感心の色が混ざった眼を、真っ直ぐに見返す。


 店主は少しの間、俺の眼を見ていたが直ぐにグラスに視線を戻した。


「木札が置いてある奥の席に行きな。“予約席”って書いてある札だよ」






 酒場で何も頼まずにテーブルで待つと言うのは、随分と妙な感覚だった。


 それなりに金が掛かっていそうなテーブルは酒場の宿命とでも言うべきか、手入れこそされているものの随分と磨耗した跡がある。


 エールの一杯でも頼むべきか、と少しだけ考えたが少なくともこの状況で飲む気にはならなかった。


 テーブルに付いたまま、喧騒を遠目に見つつ銀の懐中時計を取り出して時間を確認する。


 もうじき、時間の筈なんだがな。


「噂には聞いていたけど、本当に味方が居ないのね」


 そんな事を考えているとそんな声が聞こえ、不意に顔を上げた。


 赤毛のキセリア人女性が、まるで知り合いの様に対面のテーブルに付いた。


 此方の怪訝な顔にも厭わず、上着を脱いで肩と首を回している。


「そんなに怯えなくても良いわ、私は其処らの連中と違ってあんたを嫌ってないから」


 もしや奴の使いか、とも思ったが目付きを見て違うと断定した。


 あいつに命令されて来たのなら、こんな眼はしない。 


 女が磨耗したテーブルにエールの瓶を置き、此方にグラスを滑らせるとグラスは俺から少し遠い位置で止まった。


 そのまま女は自分の前にもグラスを置くと、躊躇無く目の前のグラスにエールを注いでいく。


 グラス一杯に注いだ辺りで女が手を止めるも、そこから沸き上がった泡がグラスから溢れ、テーブルに零れた。


 零れたエールを大して気にしていない様子で、俺の前に置かれた半端に遠いグラスにも女がエールを注ぐ。


 量の問題で泡が溢れはしなかったものの、またも幾らかエールが零れた。


「悪いが、飲みに来たんじゃないんだ」


 目の前のグラスから零れたエールに眉を潜めながら、そう言うと女はまるで気にしていない様子で自分のエールを味わい、此方を上機嫌そうに見つめる。


「皆そう言うわよ、盛り上がる前はね」


 そう言ってグラス片手に脚を組み替える相手に、眉を潜めた。


 先程の一件も踏まえれば、このテーブルに付けば周りから良く思われないのはこの女も分かっている筈なのだが、まるで気にしていないらしい。


「おいターラ、お前もジン飲むか?」


 この女を俺から引き離したいが、俺に近寄りたくないのだろう。


 先程まで騒いでいた男の一人がやや遠くから呼び掛けるも、ターラと呼ばれた目の前の女は席に腰掛けて脚を組んだまま振り向きもせず、呼び掛けてきた男を片手の侮辱的なハンドサインで追い払った。


 男から“性器”と“安物”を意味するスラングを吐かれるも、殆ど聞こえていないかの様にターラがテーブルに幾らか身を乗り出す。


「何も分かってない連中ばっかりね。一人前の男を気取ってるけど、路地裏の安いチンピラと大差無いわ。帝国から目を付けられる程の“人喰いカラス”に、真正面から勝てるとでも思ってるのかしら」


 そんな言葉に眉を潜めた。


 “面倒事”に足が生えて喋りだしたら、きっとこんな見た目になるのだろう。


 少なくとも、俺の経験上こういう時は良い結果に終わる事はかなり少ない。


 酒も入っているなら、尚更だ。


「店主の話を聞いてなかったのか?その“人喰いカラス”を呼び出した奴が、もうすぐこの席に来る」


「別に構いやしないわ、貴方ならどうとでも出来るでしょうし。貴方がまた明日、そいつをこの店に呼び出せば済む話だわ」


 そんな言葉と共に挑発的な笑いを浮かべるターラを前にして、辟易した。


 自分が“飼い主”だと思っている眼。


 こういう眼をする奴には、良い思い出が無い。


「さてと」


 あくまでも自分のペースを渡さない、という調子でターラが口を開いた。


「いつまでそんな生き方を続けるつもり?言っておくけど、貴方の串焼きを掲げて島中を行進したい奴等は今もどんどん集まってるわよ」


 あぁ、その類いか。


 そんな呆れにも似た想いが、ぼんやりと胸中を巡る。


 この類いが何を考えているのかは、粗方予想が付いた。


「驚いた方が良いか?」


「せめて自分の現状を省みた方が良いわね。そんな大手を振って外を歩いて、酒場に顔を出せる立場かどうか。頭は悪くないって聞いてるけど、その辺りはどう?」


 言い方はどうあれ、ターラの言いたい事は分かる。


 控え目に言っても俺はこの島において、島の人々つまり団員全員が帝国軍に見つかる危険に晒した、大罪人だ。


 小さく肩を竦めた。


「外を歩くなとは言われてないんでね。それに先程も言ったが、今夜に限っては俺は呼び出された側なんでな」


「気にしてないフリをしても、其処らのバカしか引っ掛からないわよ。まさかとは思うけど毎回、さっきみたいに威嚇して回るつもり?」


 嘲る様な口調を別にしても随分と機嫌が良さそうだ。


 恐らくだがこいつは予め話の流れを考えていて、今の所は話の流れが思い通りに進んでいるのだろう。


 まぁ少なくとも、俺ならこんな分かりやすく感情を見せたりはしないが。


 エールの勢いもあってか、ターラが益々饒舌に語る。


「“面と向かって勝てない奴等”は、今も貴方の処刑に賛成する署名を集めてる。自分は幹部のお気に入りなんだと呑気に構えてるなら、考え直した方が良いわ。この島で、平穏無事に過ごしたいならね」


「呑気に構えている、ね」


 胸中で自嘲に近い笑みが溢れた。


 俺が幹部のお気に入りだから呑気に構えているだと?幹部連中が去年の夏前から夏にかけて、俺を“処分”するか危うい所で迷っていた事を是非ともこの女に教えてやりたい所だ。


 そんな俺の様子に思う所があったのか、少しだけ首を傾げてからターラが小馬鹿にする様な笑みを溢した。


「あぁ、考えている事なら分かるわよ」


 これは分かっていないな、と胸中で呟く。


「貴方の処刑、及び追放に反対する署名だって集まっているんだから、おいそれと幹部連中も自分を処刑出来ない筈だ。そう思っているんでしょう?」


「反対の署名が有り難い話なのは否定しないが、思い込みは良くないな」


 やっぱり分かっていない。


 全く減っていない俺のグラスを一瞥した後に、ターラが自分のグラスを干した。


 もう待ち合わせの時間の筈だ、奴がいつこの席に現れてもおかしくない。


 加えて言うなら、奴の予定を邪魔した連中がどうなるかは言うまでも無かった。


「男探しなら余所でやりなターラ、大体ショーンはどうしたんだい」 


 知り合いらしく、ドレッドへアの店主がそう呼び掛けると目の前の女が不機嫌そうに吠えた。


「すっこんでなリージャ、子供も居ない癖に母親みたいな口利くんじゃないよ」


 そうして再び自分のグラスにエールを注ぐターラを尻目に、長い息を吐く。


 リージャと呼ばれたドレッドへアの店主と一瞬目が合ったが、共食いでも見ている様な顔で視線を切られ、店主が壁に掛かった時計を見上げた。


「よーし、あんたら分かってるだろうけど、今日は早じまいだよ!下らない話も立派な話も、続きは余所でやんな!!それか明日も来て、私らに金落としな!!」


 思わず顔を上げる。早じまいだと?


 当然ながらそんな話は一切聞いていなかった。


 大体この時間、この場所に居ろと指定したのは奴だと言うのに。


 そこまで考えた辺りで一つの仮説が頭に浮かぶ。


 奴は、閉店後の店を使うつもりなのか?


 そうして見てみれば、あの店主も他の客には店から出る様に促しているが此方の方には促す素振りが無かった。


 此方を一瞥した上で、だ。


 となると、先程の店主の口振りからしても奴は予めこの店主に話を通している可能性が高い。


 店主が店じまいの後も残るか、それとも奴に店じまいを任せるつもりなのか。


 何にせよ、俺は店を閉めた後も残る事を前提に、今回の話は予定された様だった。


 前もって言っておけよと言う感情と、奴からしたら言う必要は無いんだろうなという感情が同時に生まれて混ざり合い、縺れて消える。


「一応、誤解されない様に言っておくけど最初にも言った通り、私に限っては貴方をそれ程嫌っている訳じゃないわ。現に、貴方が団に貢献しているのは事実だしね。私は実質主義者(プラグマティスト)なの」


 エールのせいか話が予定通り進んでいるせいか、上機嫌を隠しきれない様子のままターラが言葉を続ける。


 他の実質主義者とは少し違う気がするが、指摘するのも面倒だった。


「ただこのままだと、貴方はどれだけの事を成そうと感謝すらされずに背中を刺されて消える。それも、貴方が仲間だと思っている連中にね」


「仲間だと思っている連中に刺される、か。胸が痛いね」


 よく例えに使われる、“周りのヤギを見下しているヤギ”という言葉はこんな時に使う表現なんだろうな。


 そんな考えが脳裏を過った。


 まぁ、こいつの理屈も一応は筋が通っている。


 正確な規模は知らないが、あの一件以来“この団からブロウズを放り出せ”クラブは随分と根強く残っているらしく、こうしている今も署名活動が行われているのは事実として知っていた。


 事実、このカラマック島の署名が“充分な人数”集まれば、否応なしに俺は島の中心に引きずり出され、どんな方法にしろ処刑される。


 個人的に言わせてもらうなら歴史上、怪物や異形の疑いを掛けられた末に処刑されてきた連中は、もれなくおぞましい方法で処刑されてきた事は知っているので、どんな目に合うのかまでは想像が付かないが。


 ターラが、エールを注いだばかりのグラスを優雅に揺らす。


「貴方が処刑されずに生き残る道は、ただ一つ」


 ターラの、自信に満ち溢れた眼が煌めいた。


「自分自身が噂される様な害鳥でも狂犬でもなく、“従順な猟犬”だと証明する事。幹部連中や上層部ではなく、“真の民衆”たる私達にね」


 店主以外の殆どの客が店を出た後、扉が閉まる音と共にターラが足を組み換える。


 私達の署名と投票によって処刑されたく無ければ、その決定権を握っている私達の言う事を聞け、か。


 分かってこそいたが、随分な話だ。


「貴方を絶望させる様で申し訳ないけど、貴方の味方はどれだけ大袈裟に言っても多くは無いわ。技術班の連中が、ロナルド……ロバート……」


「ロニー・グリーナウェイか?」


 此方がそう言うと、ターラが微笑を溢しながら呟いた。


「あぁ、そうそう。そのロニー・グリーナウェイを筆頭に、そこそこの人数が貴方の処刑に反対する署名を集めたお陰で、貴方は処刑を免れたみたいだけど」


「ロニーの話じゃ、反対の署名は技術班に限った話じゃないらしいがな」


「技術班だけだろうと技術班以外にも署名した奴が居ようと、処刑と追放を中止した実際の理由は、署名した人数よりも“反対の署名をする連中が居る”事が大きかったのよ。まさか人喰いカラスの味方をする奴が居るなんて、普通思わないもの」


 団体の規模ではなく、団体自体が存在する事が理由だった、という訳か。


 まぁここまでの理屈は筋が通っている。


 反対意見が存在する事自体が想定外だった為に、前回の処刑及び追放騒ぎは幸運にも立ち消えになった訳だ。


 しかし、となれば次に起こる事は予想が付く。


「でも前回と違って、今回は“反対意見がある事を踏まえて”処刑及び追放を求める署名を集めているんだから、次はグリーナウェイやら技術班の作業着連中やらが騒いだ程度じゃ、中止は難しいわ」


「突発的な事態で保留になった前回と違って、今回は純粋な票の勝負になるって言いたいんだろ」


 俺がそう呟くと、ターラが幾らか頭を傾けて微笑を溢した。


 犬でも撫でている様な顔で、そのままターラが言葉を続ける。


「頭は悪くないみたいね。聞いていたよりは、だけど。技術班はどうだか知らないけど、少なくとも居住区や生産施設の連中は貴方の処刑に賛成してる。きっと、今以上に署名も増えるでしょうね」


 ロニーやクルーガーとの間で何度も話題には出ていたし勿論自分も分かってはいたが、俺は随分とこの団で相当危うい立場らしい。


 幹部連中は革命が成された後、もしくは成される辺りで俺を始末するつもりだろう、と考えた事は何度かあるが、団の連中に至っては「手を噛まれて疫病にかかる前に、一刻も早く始末しろ」と言う考えなのだろう。


 幹部連中と団員は、必ずしも意見が一致しないと。素晴らしい立場だ、全く。


「この団で貴方が処刑されずに生き残るには、飼い主か飼い犬になるしかない。そして、貴方も分かっている通り貴方は前者にはなれない」


「飼い犬、ね」


 只でさえ俺はレガリスで指名手配され、このカラマック島以外に居場所が無い。


 そんな、狩り以外では鳥籠の外に出られない猟用鳥の様な状況で、更に首輪を嵌めなければならないとは。


 グラスのエールを幾らか傾けて味わった後に、丁寧にグラスを置いてからターラが真っ直ぐに此方を見据えつつ、口を開いた。


「率直に言うわ、私の下に付きなさい」


 眼には、酒以上の熱が灯っている。


 幾らか椅子を軋ませ、此方が眉を潜めていると言葉が更に続いた。


「充分に説明はしたつもりだし、もう分かっているだろうけど私としては貴方が私に従うなら、団内でも色んな方面に取り持ってあげるつもりよ。これでも、この団には顔が広いの。貴方が頼りにしてる、技術班にもね」


「それが見返り、って言いたいのか?」


 確かに居住区や生産施設の方面には、俺は知り合いが居ない。


 勿論クルーガーやロニー、ユーリの様な連中も心当たりが無かった。


 去年、俺がこのカラマック島に来た辺りの頃にざっと見て回った時に幾らか見ただけで、何か関わりがある訳でも無い。


 技術班以外にも俺の処刑に賛同しない連中が増えてくれるなら、それは有難い事ではあるが。


「私の親しい仲間達は勿論、居住区の連中や生産施設の連中にも、貴方の処刑や追放について署名せず協力もしない様、呼び掛けてあげるわ。そのロニーだかロナルドだかと同じ事を、もっと広範囲にしてあげるって事。望むなら、それ以上もね」


「逆を言えば、協力しないなら追放を求める活動に仲間全員で署名して、俺を殺す。そう言いたいんだな」


 そんな俺の言葉に、ターラが楽しそうに笑った。


 そしてグラスからまた一口、エールを飲む。


「殺すと言うよりは、“殺されるのを止めない”って言い方が正しいかしらね。居住区連中も生産の連中も、貴方が泣き叫びながら串焼きにされる様、“追放ではなく処刑”に署名しようとしている所を、私が引き留めてあるの」


「この島にも慈善事業があるとはな」


 俺の排除ではなく、俺が惨たらしく死ぬ所が見たい連中も数多く居ると言う事か。


 俺が用済みになったら始末したい連中、俺を一刻も早く排除したい連中に加えて、俺を爪先から擂り潰されていく現場をかぶり付きで見たい連中まで居る、と言う事か。


 笑うしかない。


「こうして貴方に直接会って、貴方が私達の役に立てるかどうかを判断してからでも、署名を集めて処刑するのは遅くないと思ってね。私達の役に立つなら生憎、私としては飼うのも吝かじゃないもの」


「それで、外に出る時はお前の首輪を付けて外に出ろと?それとも幹部会でお前の名前でも出せってか?」


 まぁ、出した所でどんな反応が返ってくるかは大体想像が付くがな。


 そんな俺の言葉が、文字通り鼻で笑われた。


「貴方がしたいなら構わないけど、そんな必要は無いわ。居住区と生産施設、それと技術班に面倒な奴、面倒なグループが居るの。貴方が最近付きまとわれてる、“血塗れのカワセミ”みたいな奴がね。そいつらを説得するのを手伝ってもらうだけよ」


 幾らか目を細める。


 色々と理屈を捏ねてはいるが要するに、自分の気に入らない連中を叩きのめす猟犬、いや狂犬として私の役に立て。


 そういう事だろう。


 お互い無言のまま、少し時間が過ぎると自分の考えが上手く行ったと確信したらしく、ターラが笑みを浮かべた。


「断る理由は、無さそうね」


 テーブルの上に置かれていたターラの腕、手がゆっくりと此方に伸びる。


 そして必要以上に丁寧な仕草で、俺のグラスをゆっくりと此方に押した。


 目線は此方の眼を見据えつつも、指先で丁寧に押し出されたグラスにターラの意識が集中する。





「乾杯と行きましょう。貴方の“仲間入り”を、歓迎するわ」

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