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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 不機嫌な顔に、“不機嫌な顔”を上塗りしたらこんな顔になるのだろうか。







 本を開くでもなく、コーヒーを飲むでもなく。


 真正面から睨み付けるが如く、不機嫌を煮詰めた様な顔のゼレーニナが椅子に座っていた。


 呼び出された時点で嫌な予感がしていた事は認めるが、それにしたって今回は殊更に気が重い。無論、空気も。


 いつもの如くシャッターを開けて潜るも、今回ばかりはいつもの様に呼び掛ける気にはならなかった。


 ゼレーニナから返事が返って来ない事は分かっていたし、万が一にも俺の呼び掛けで機嫌が良くなるとは思えない。逆なら、充分に自信があるが。


 そして、いざ部屋に入ってみるとゼレーニナはよりにもよって部屋の中心に座っていた。


 わざわざ椅子を持ってきた上で、だ。


「グリムから、話は聞いていますね?」


 不機嫌さを隠そうともしない語気のまま、椅子に座ったゼレーニナが静かに言う。


 勘弁してくれよ。


 何でこんな、隠していた不始末がバレた事を謝りに行く子供みたいな、慎重な気分にならないといけないんだ。


 息を吸った。


「………あぁ、お前がスパンデュールを直してくれるって話だろ?」


「スパンデュールの修理ではなく、正確にはスパンデュール及びラスティ展開・格納機構の改良型開発です」


 露骨に不機嫌な語気のまま、ゼレーニナが言葉を紡ぐ。


 グリムの奴が「もうすぐで、凄く怒る」と言っていたのは、誇張した表現では無かったらしい。


「その件についても話はありますが、私が言っているのは別の件についてです」


 “不機嫌”を上塗りした表情のまま、ゼレーニナが言葉を続ける。


 此方を睨み付けているゼレーニナの眼に、錆びた切っ先の様な重さと鋭さが宿った。


 相変わらず、返事が億劫になる様な眼だ。何をどうやったら、その歳でそんな老獪かつ厄介な眼が出来るのやら。


「クルーガーや技術班の連中に、私のスパンデュールを修理させるつもりだった件についてです」


 少し息を吐いた。


 何で、返事をするのにも勇気が要るのやら。


 つい最近、血塗れになりながら怪物の首を引き千切ったばかりだと言うのに、今では線の細い5フィート余りの小柄な女に、椅子に座ったまま説教されているのだから。


「弁明しても良いか?」


「どうぞ」


 我ながら笑い話の様な光景だ。


 此方を見ていたゼレーニナが俺の言葉を聞き、眉を潜めながら腕を組んだ。


「まず1つ言うが、修理の件に関してはクルーガーが快く提案してくれただけで、俺から提案した訳じゃない」


「弁明になりませんね」


 俺の言葉に、ゼレーニナが冷たく切り返す。


 細い溜め息が出るのを、意識的に堪えた。


 面倒なのは、分かりきっていた事だ。


「2つ目。俺はスパンデュールやラスティが故障した際の、注意事項や禁止事項について何一つお前から聞いていない。クルーガーや技術班を頼るな、なんて忠告も勿論言われてないぞ」


「………故障したのはラスティ本体ではなく、ラスティ展開・格納機構でしょう。ラスティ本体は破損していない筈です」


 如何にも不服、と言った表情のゼレーニナがそんな声を返す。


 だが、内容について反論が無いのは良い兆候だった。


 こいつは頭が良い。それこそ、俺みたいな奴が脳味噌と頸椎がねじ切れるまで考えても思い付かない様な事を、コーヒーを飲んでる合間に思い付く様な女だ。


「ラスティ展開・格納機構か、悪かったよ。だが、注意事項があるなら先に言っておいてくれないか?俺はお前みたいに頭が回る訳じゃないんだ、俺にも“分かる”説明を予めしてくれよ」


 だからこそ、理屈や筋が通っている話をすれば、こいつの頭はそれを理解せざるを得ない。


 こいつがどんな性格だろうと、信じられない程に頭が切れる事だけは間違いないのだから。


 此方の溜め息を代弁するかの様に、眼を閉じたゼレーニナが長い溜め息を吐いた。


「………スパンデュール及びラスティ展開・格納機構は独自規格の特別武装なのですから、問題が生じた時に製造及び開発を担当した私の所に来るのは、言うまでもない道理だと思いますが。しかし私がそれを明言していないのも、また事実と言えば事実ですね」


 不機嫌に不機嫌を上塗りした顔、その顔に更に不服を塗りつけた様な顔で、ゼレーニナが言葉を続ける。


 相変わらずの調子ではあるが流石にゼレーニナも、俺にこの状況で言ってもいない事を求めるのは些か理不尽だと言う考えに至ったらしい。


 他にも至ってほしい部分はあるが、今は下手に刺激しないのが賢明だろう。


「真意が伝わった様で何よりだよ」


 呆れの感情が顔に出ない様に努めながら、そんな言葉を投げる。


 部屋中心の椅子に座ったままゼレーニナが、理由を探す様な顔で椅子を軋ませた。


 そして、不意に口を開く。


「まぁその点については多少なりは理解出来る点があった、と考慮しても良いでしょう」


 点は辛いが、何にせよ全てが俺の責では無い、と納得してくれたらしい。


 冷静に考えれば何もかも俺の責では無いと思うのだが、更に抗議なんてする気力は起きなかった。


 ゼレーニナが不機嫌な様子のまま椅子を軋ませる。


「では、別の件についてです。グリムにそちらを呼び出させた筈ですが、その割にはこの塔に来るまで随分と時間が掛かりましたね」


 自分が疲れた顔になったのがはっきりと感じ取れた。


 何を言われるか、大体の予想が付いたからだ。まぁ、何と言うか。


 その件に関しては先程の件よりも、責められる謂れはある。


 それでも、普通は責められる様な事では無いと思うが。


「グリムを伝達にやった時間を考えれば、もう少し早くこの塔に到着する筈では?」


 寄り道でもしていたのか、と言いたげな表情と、どうせ寄り道していたんだろう、という表情がゼレーニナの顔の上で混ざり合っていた。


 その混ざり合った表情に、不機嫌というキャンバスの下地が滲んでいるせいで、随分と分かりにくい事になっていたが。


 まぁ、何も責められずに終わると思う程、俺も楽天家では無い。


「技術班に立ち寄ったついでに、茶会に参加させてもらったんだ。生憎と急いで来い、とは言われてないんでな」


 そんな俺の言葉に、ゼレーニナが分かりやすく溜め息を吐いた。


「とても、叱責される立場の人間とは思えませんね」


 俺は叱責される立場らしい。


 色々と初耳だが、まぁ俺もこいつと話すのは初めてじゃない。


 “怒っているらしい”こいつに呼び出された時点で、何かしら理不尽な目に合うのは予め分かっていた。


 ゼレーニナが怪訝な目付きのまま俺に目を向け、再び口を開く。


「クルーガーや技術班の提案に惑わされていた件や、すぐに私の所に来なかった件については明言していなかった私にも幾ばくかの責任があるかも知れませんので、不問または酌量の余地はあるでしょう」


 そう言いながら、ゼレーニナが椅子を軋ませた。


 嗚呼、全く。


 不思議な事に、こいつが次に何を言うのかが分かる。


「ですが弁明する立場の人間が、立ち寄る途中に他所で茶会に参加していた、なんて話はとても酌量の余地があるとは思えませんね」


 まぁ、そういう流れになるよな。


 反論するか、少しの間迷ったが特に反論はせずにゼレーニナの様子を見る。


 これでもそれなりに付き合いはある。こいつがどんな頭をしているのか、どんな考え方をするのかは分かっていた。


「大体、元はと言えば貴方が任務において」


「改良型の開発とやらは、日を改めた方が良いか?」


 相手の言葉を遮る様に俺がそんな言葉を発すると、途端にゼレーニナが口を噤む。


 そして、またもや此方を睨み付けた。


 相手が何を考えているのかは分かっている。奴も、その件で俺をいつまでも叱責するには内容が薄いと分かっている筈だ。


 自分が本来叱責したかった、デイヴィッド・ブロウズが自分ではなく技術班を頼ろうとした、と言う件についてはゼレーニナ自身も納得の行く形で否定されている。


 今は塔に来るのが遅れた件で俺を叱責しようとしているが、ゼレーニナ自身も自分が本来とは違う、付け焼き刃の様な内容で俺を責めようとしている事は自覚している筈。


 ゼレーニナが、渋い顔のまま腕を組んだ。


 そして俺が開発の話を出したせいで、話の流れからこのまま叱責を続けたいなら開発については日を改めて、後日また話し合う事になってしまう。


 それは、今回に限らず装備開発に目が無いゼレーニナにとって、本意ではない筈だ。


 付け焼き刃の様な叱責の話と、自身が開発した改良型の話、どちらかの話しか出来ないとなればこの偏屈が取る答えは、想像が付く。


 色んな物を飲み込む、堪える様な表情と共に、ゼレーニナが腕だけでなく脚まで組みつつ、ゆっくりと口を開いた。


「………まぁ、その話は後日にまたするとしましょう」


 想定していた点で思った程怒れなかった奴に対する落とし所としては、もう充分だろう。


 あの流れのまま、俺を責め続けても大して望む方向性にはならなかった筈だ。


 それどころか話を切り替えるタイミングを逃す可能性だって、充分にあった。


 その点も全て踏まえた上での、結論だった筈だ。


 此方も長く息を吐く。


「じゃあ、お前の開発した装備の話を聞いても良いか?」








 革製のガントレット、及びワイヤーが仕込まれたグローブは予め俺用に調整した物が用意されていたらしく、改良型のスパンデュール及びラスティ展開・格納機構は既に試作型が完成していた。


「一時期は頑強性を高める方向性で考えていましたが、今回は逆に頑強性を落とさないまま軽量化及び小型化を念頭に置き、設計しました」


 細い腰に手を当て、何処となく満足そうなゼレーニナの声を聞きながら、左腕に装着したガントレットを眺める。


 全自動クロスボウ“スパンデュール”と特殊フルタングダガー“ラスティ”、及びその展開・格納機構は今回の設計において、重なりあう様にして一体化していた。


「現時点でこの2つの装備を任務で使用するのは貴方1人ですので、試験的に一体化させてもらいました」


 ガントレットこと前腕の内側に備えられた小型クロスボウ、及びクロスボウと一体化したラスティ格納機構から、グローブ操作によってフルタングダガー“ラスティ”を逆手に掴み取る。


 この一体化した装備1つで両装備を補える事を考えると、別々に設計されていた頃よりもかなり小型されているが、ゼレーニナ曰く機能に問題は無いそうだ。


「スパンデュールも前の型よりも幾分小型化しましたが、出力は以前の型より落ちていませんので射出するボルトの威力は変わりません」


 淡々とした言葉の中にも、どこか上機嫌なものが滲み出ているゼレーニナの説明を聞きながら、ラスティを再び機構の中に格納する。


「試作型なのでボルトは従来の物を流用していますが、最終的には新規格の更に小型にした特殊ボルトを使用する予定です」


「成る程、このボルト装填部のせいで些かバランスが悪いと思っていたが、この部分も小型化する予定なんだな」


 ゼレーニナの説明にそんな言葉を返しながら、ボルトの装填されていないスパンデュールを小型のディロジウム原動機で稼働させてみる。


 弦が空を切る音でもするかと思ったが、ボルトを装填していないと空撃ち出来ない構造になっているらしく、小さな稼働音がするだけだった。


 今までとは少し操作が違うが、まぁ問題は無いだろう。


「流石だな」


 ふとそんな言葉を溢すも、上機嫌が隠しきれないゼレーニナがあくまでも呆れた口調で返事を返してくる。


「誰が設計したと思ってるんです?」


 取り敢えずは問題ないだろう、それにこのまま軽量化されたスパンデュールとラスティが使えるなら、それはそれとして助かるのも事実だ。


 そんな事を考えながらスパンデュールで空想の敵に狙いを定めていると、また右目から見える風景に違和感が溢れ、スパンデュールを下げた。


 右の目元に触れる。


「視力は問題ないのでしょう?」


 何もかもを見透かした様なゼレーニナの言葉に、不意に振り向いた。


 ゼレーニナの眼は相変わらず無愛想ではあったものの、確かにその眼には僅かな配慮の色が混ざっている。


 何故それを、と聞くつもりは無かった。


 こいつが“何故か知っている”事など、今更珍しい話でも無い。


 グリムにでも探らせたか、別の情報ルートでも持っているのだろう。


「視力は戻ったがあれ以来、右目の調子が妙でな」


 此方も事前の説明は全て省いた上で口を開いた。


 修道院云々の事は、こいつには説明する必要は無いだろう。


 此方が左腕のガントレットとグローブを外していると、ゼレーニナが視線と仕草だけで先を促す。


「その、上手く説明出来ないが………右目で見た時だけ何か………世界の色んな物が、偽物の様な気がするんだ。見える物全てに、気付けていない様な違和感があるというか」


「偽物………違和感、ですか」


 ゼレーニナが唇に指を当てて少しばかり考えた後、不意に此方へと歩いてきた。


 先程までの無愛想に今度は興味の色が混ざった大きな眼が、此方を見据える。


「説明しづらいんだが、どうにも視力の問題ではないと思う。十中八九、これは」


「ブロウズ」


 俺の言葉など意に介さない様子のゼレーニナが俺の目の前まで歩み寄った後、細い指が俺の顎と頬に触れた。


 頁でも捲る様に躊躇の無い動きに思わず身動ぎするが、「此方を見てください」とゼレーニナはまるで動じない。


 ゼレーニナの観察する様な目が、俺の右目を真っ直ぐに見据えた。


 俺の右目の変化を見定めるつもりらしい。


 医者でも無いだろうに、と思っているとどうにも俺の頭が遠い事に眉を潜めた様子のゼレーニナが、子供にでも呼び掛けている様な語気で「屈んでください」と呟く。


 手元のガントレットを手近な机に置き、素直に屈んで目の高さを相手に合わせると、細い指が無遠慮とも言える躊躇の無さと共に、頬と眉に触れて俺の右目を見開かせてきた。


 飼われてるヤギかシカにでもなった様な気分だ。むしろ、相手はそう思っているのかも知れない。


 俺が屈んで目線を合わせていると、遠慮無しに目蓋を指で広げつつ眼を覗き込んで来るので、少し手で制しようとすると鬱陶しそうに手を叩かれた。


「黒い血涙が眼窩から出た、と聞きましたが」


「……あぁ」


 眼、と言うより眼球を覗き込まれながらゼレーニナのそんな言葉に答える。


 正直に言って、見る人によっては随分と間抜けな光景に見えるだろうがこいつの相手をしているなら、そこまで珍しい光景でも無かった。


「一応聞きますが、瓶に残したりはしていますか?」


「流石に残していないな。聞きたいだろうから答えるが、あの黒い蜜みたいな血涙が右目から流れたのは最初だけだ」


 俺がそう答えるとゼレーニナが漸く俺の顔から手を離し、考え込む様に唇に指を当てる。


 屈んだ体勢から腰を伸ばし、一息つく俺から視線を外して考え込んでる所を見ると、恐らくは俺の想像の付かない程の速度で頭を回転させているのだろう。


「事前に知っていた情報と重複するかも知れませんが、幾つか確認します」


「あぁ」


 俺から視線を外したまま、唇に指を当てたまま、静かにゼレーニナが口を開く。


 意見と考察が多いに越した事は無い、それが頭の良い奴の意見なら尚更だ。


「黒い蜜、と表現する辺り、その血涙は通常の血涙よりも粘性が高かった、と言う認識で構いませんか?」


「あぁ、確かに単なる血とは粘性が違ったな。幾らか乾いた後ではあったが、あれだけ乾いた状態であの粘性は有り得ない」


「断言出来ますか?」


「出来るさ。言い方は悪いが、血液に触った経験はかなり多いからな。少なくとも血涙の粘性では絶対に無かった」


 ふむ、とまたもゼレーニナが頭を回転させている仕草と共に考え込む。


 血を直接、大量に絞り出したならまだしも単なる血涙ならあの量であれだけの粘性、言ってしまえば純度を持っているのは絶対におかしかった。


「視力が減衰したと聞きましたが、視野の狭窄はありましたか?また自覚出来る程度で構わないので、色覚の異常は?」


 視野と色覚、か。


 確かに言語化こそしてこなかったが、“視覚の異常”と表現していた異常の中には、そう言った異常もあるにはあったな。


「視野の狭窄は、意識する程の………自覚出来る程の症状は無かったが、色覚の異常は自覚できるものがあった」


「具体的には?」


「何と言うか………目の前の風景の色が、滲んだ様に変わるんだ。表現は難しいが、少なくとも以前からは考えもしなかった色が滲む様に変わっていた。一時的にだが」


 少しの間が開いた。


 問診染みた会話ではあったが、少なくとも俺1人の頭で考えるよりは有意義な共有の筈だろう。


「貴方なりの表現で構いませんので、その色覚異常を表現出来ませんか?」


「表現、か」


 俺なりの表現で良いとは言うが、どうしたものか。


 いつの間にか此方を真っ直ぐ見据えていたゼレーニナの大きな眼に、此方も視線を返す。


「……風景画の塗料が劣化して溶けていく、別の塗料で修復する、を延々と繰り返している様な歪み方だった」


 随分と抽象的な表現になってしまったが、正直に言って俺の頭じゃこの表現が限界だった。


 ゼレーニナの話し振りを聞く限り、俺の右目がこうなった経緯、メネルフル修道院地下で俺がクロスボウのボルトを切り払った事も知っているのだろう。


 ならば、この右目の症状がおそらく左手の痣に関係している事も、グロングスの力に関係している事も分かっている筈だ。


「………一応言っておきますが貴方、以前より瞳、虹彩の色が右目だけ薄くなっています。その事には気付いていますか?」


 そんなゼレーニナの言葉に、反射的に右の目元へと手をやった。


 何だって?


 ゼレーニナが呆れるでもなく無愛想になるでもなく、神妙な声色で言った。


「断言こそ出来ませんが、個人的な現時点での意見を述べさせてもらうなら」


 神妙、かつ真剣な声色と眼差しに、気温と室温以外の理由で背中に冷たい物が走る。


 こいつがこういう眼で話す時は、真剣に話している時だ。


「修道院の件において貴方の精神や肉体に対する変化、変質が痣の力の行使により…………不可逆的な形で大きく進行した、と捉える事も出来ます」


 俺の肉体と精神に関する、不可逆的な変質。


 それがどんな意味を示すのか、言うまでもない。


 覚悟していた事が、いよいよ起こり始めていた。


 以前より覚悟こそしていたものの、起きて欲しくなかった変化が。


「現に貴方はこの変質において、一時的な色覚異常や長期に渡っての認知上での違和感が、症状として現れています。仮に、今回の変異及び変質が修道院地下での一件、“強く”痣の力を行使した事が原因なのだとしたら………」


 ゼレーニナの言葉に呼応するかの様に、左手の痣が微かに蒼白く光と熱を帯びる。


「貴方は怪物として、私はそれを支える従者として」






「私達はいよいよ、戻れない道を歩み始めた事になります」

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