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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 寒空ではあったが、良い天気だった。





 我等が悪名高き親愛なる怪物、“グロングス”がメネルフル修道院を忍び込んで修道女どもを八つ裂きにし、地下を血と臓物の詰まったバスタブにしたあの一件以来、“トルセドール”の士気は随分と高い。


 最近は後手後手だった戦況も修道院の一件以降、東の通りを取り返したのを機に随分と士気が上がっていた。


 帝国の奴等は認めないだろうが日に日に俺達の縄張りは広がっているし、ラクサギア地区を二分していて久しい、何なら我々が暫く越えられなかった“境界線”を遂に越える話が出ている。


 拮抗していた、言ってしまえば少し押され気味だった我々トルセドールがここまで来れたのも、ひとえに黒羽の団の我等がレイヴンひいては“グロングス”のおかげであり、そして我等がリーダーことロドリグ・ユングランのおかげでもあった。


 確かにロドリグは、この血腥いラクサギア地区でストリートギャングを率いる立場にまでなっただけあって、其処らのゴロツキじゃ心底縮み上がる様な真似も眉一つ動かさずにこなせる様な男だ。


 現に最近、修道女の生首が塩漬けで届いた時などは新しいマグの品定めでもしているかの様な顔で、塩漬けの首を直に手に取って眺めていた。


 そのまま平気な顔で新しい塩漬けの瓶に移し替えていたのが、未だに忘れられない。


 残酷な逸話には事欠かない男ではあったが、それでもロドリグが自分達を統率するのに用いるのは恐怖ではなく、信頼と敬意だった。


 リーダーとなった今でこそ戦場に出る事は少なくなったが、以前は下級構成員にも負けない程に前線に出ては様々な敵を切り捨てていたのだとか。


 現に、古株の構成員の中には戦場で倒れた所をロドリグに救われたと言う者も少なくない。


 そして最近では、胸を貫かれながらも奴等の小便漬けの売女こと“恩寵者”の一人の頭を、脳の色が見えるまで叩き割って殺した。


 これは帝国の新聞記事や、ウィスキーを飲み過ぎた自分の親友が語る与太話ではなく、事実でもある。


 そのロドリグの傷の具合を見た部下の1人が、涙ながらに看取る準備を考えていた傍で咳き込みながら起き上がり、“首を切り落とさないと俺は殺せない”とまで言い切ったのは一部では有名な話だ。


 正直に言ってその話を聞いた当初は半信半疑だったが、その話をしてくれたトルセドール構成員は冗談を言っている様には見えなかった。


 それに加えて何人もが同じ話をしているし、何より“恩寵者”は冗談で死ぬ様な相手では無い。


 そして、ロドリグは誰を相手にしても自分からその話をしなかった。


 恩寵者を倒せる程の実力者、労働階級出身、血と内臓を恐れず度胸があり、分別もある。


 その上、聡明で頭が回るとなれば、ストリートギャングのリーダーに必要な要素は揃っていた。


 騎士から成り上がった王以上に、騎士の気持ちが分かる王など居ないのだから。


 それでもまぁ、帝国からすれば清廉と伝統のテネジア教、その中でも最近絶賛したばかりの聖レンゼル修道会が、“不敬で薄汚い”地元のギャングなんぞに破れたのは随分と気に入らない展開らしく、新聞では連日トルセドールの悪評ばかりが書かれていた。


 いつもの事とは言うものの、よくもまぁここまで俺達を悪く書けるものだ。


 俺達が邪神崇拝の末に狂暴性が発露しただの、攻撃性がどうの、俺達は黒羽の団と裏で繋がっていて市民から搾取しているだの、また随分な内容が書いてある。


 黒羽の団がディロジウム燃料庫を爆破した事により、俺達はラクサギアの人々に低質なディロジウム燃料を売り付けて儲けている、との事。


 実際には、ラクサギア地区の帝国と修道会が市民に売るディロジウム燃料が、高騰を理由に定価の数倍近くの額になっており“民衆の代表者”たる我々が、定価どころか割安価格でディロジウム燃料を市民に行き渡らせているに過ぎない。


 勿論、言うまでもなく自分達が売っているディロジウム燃料は、不純物や添加物でかさ増ししていない純正のディロジウム燃料だ。


 市民の話によると実際には帝国側が売り付けようとしている燃料の方が、むしろ微量ながらも純度が低いらしく効率が悪いとか何とか。


 と言った調子で、紙面にはさぞ市民がトルセドールに苦しめられているが如く、我々を非難する声が相次いで掲載されてはいるが、こうして今も実際にラクサギア地区で生きている市民達は、明らかに前より景気も顔色も良くなっている。


 修道会とトルセドールで完全に二分され、拮抗していた筈の市民達も此方を支持する側が随分と増えた。


 “真にこの街を導くべきはどちらなのか”と決めあぐねていた無辜の民も、遂にトルセドール側に着く事を決意し始める程度には、自分達の景気は良い。


 正直、俺達の飯は言う程豪華になった訳では無いが毎日楽しみにする程度には旨い飯を食えているし、歯が立たない程に固いパンが出る事も無かった。


 上流階級さながらの料理が毎回、とは言えないが少なくとも食卓では大体の奴が笑っている。


 それが答えだった。


 ラクサギア地区の所々で見掛けていたカラスの落書きも、この数日で明らかに見覚えの無い物が増えている。


 子供の引っ掻き傷の様な粗末な物から、額に入れようかと思う程に立派で壮大な物まで、様々なカラスのシンボルが街の所々で描かれていた。


 その周りに書かれている言葉も、罵倒のスラングや一文字違いで下品な単語にした文句もあれば、演説の様な立派な文や聖書の引用かと思う程の文言もある。


 誰もが理解していた。


 この街は、転換期を迎えている。


 去年からレガリスに燃え広がっていた変革の炎が、遂にこのラクサギア地区にも灯ったのだ。


 どれだけ追い込まれても諦めなかった黒羽の団、変革の為に命を捧げた誇り高いレイヴン達、カラスの怪物“グロングス”によって。


 だがこれからこの街がどうなるのか、修道会を追い払った後のラクサギア地区をトルセドールが統括しなければならないという事実を、考えない訳には行かなかった。


 これからこの地区が荒廃するか、市民が搾取されるかどうかはトルセドール、ひいてはロドリグ・ユングランの手腕と器に掛かっている。


 このラクサギア地区の抗争で勝利する事、俺達が使命を果たせる事、街を修道会の連中から取り戻せる事とこの街の人々が真に安寧を得られるかは、当然ながら別問題だった。


 皆が分かっている。





 この街がどうなるかは、ロドリグ次第だ。

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