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帝国軍の独房に入れられてから、随分経った様な気がする。
日付を聞く限りまだ数日しか経っていない筈だが、もう随分と老け込んだ様な気分だった。
暫く目隠しを付けて生活していたせいか、以前より瞼が薄くなった様に感じる。
罪状は敵前逃亡との事だが、実際には修道院の地下で失禁した上に失神した後、目が覚めた時には全てが終わっていた。
他の者の様に、逃亡すら出来なかった私がこうして無事に生きているのは、はっきり言って僥倖が重なっただけに過ぎない。
あれだけ日頃信仰を謳い、聖なる使命に身を尽くす事を誓っていたにも関わらず、悪魔に敗れるどころか戦う事すら出来なかった。
そんな私は最早、聖女レンゼルや聖母テネジアに感謝する資格すら無いのだろう。
あんなにも恩寵者様に憧れ、目指し、修道院の地下で“見えぬものを見る為に”鍛練をしていた私は、あれ以来目隠しを外していた。
目隠しに耐えられなくなった、と言い換えても良い。
眼では無い、純然たる信仰によって世界を見ていた私はあの日、何よりも恐ろしいものを見た。
聖書の文字でしか見た事の無い様な、本物の悪魔。本物の、赦されざる怪物。
魂の濁りきった、あのおぞましい悪魔と地下で対峙した瞬間。
あの怪物が修道女の腕と首を切り落とし、返り血を浴びながら私に向き直った瞬間。
私は今まで信じてきた私の強さと、私を支えだったものが粉々に砕け散ったのを感じた。
そうして人生で初めて、純粋な恐怖のみで失神してから目が覚めた時、何よりも殺されなかった事に安堵したのを覚えている。
そして安堵した後、すぐに思った。
私はもう、元の信心深い自分には戻れない。
信仰の為に躊躇無く全てを捧げていた、あの頃の自分には。
真の恐怖は人の心や魂、信仰や信念を紙細工の如く、容易く捻り潰す。
私はあの修道院の出来事以来、信仰のもたらす“眼では見えないもの”に耐えられなくなっていた私は、例え真っ暗な独房にただ独りで居る今でさえ、眠る寸前まで瞬き以外で瞼を閉じられなくなっていた。
例え暗闇であろうと、“眼で見えるもの”で視界を塞いでいないと耐えられないのだ。
理性では抑えきれない恐怖が、私の瞼の裏と眼では見えない光景に、あのおぞましい怪物の姿を描こうとするのだ。
聞こえてきた話によると帝国は今、私や私と同じく独房に入れられた修道女達に死刑、もしくは一生の監獄暮らしに追い込むつもりらしい。
どんな罪が被せられ、どんな刑が執行されるのかは分からないが、これだけは胸を張って言える。
あの悪魔と再び対峙するぐらいなら、私は喜んで死刑を望むだろう。




