表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
229/294

221

 帝国軍の独房に入れられてから、随分経った様な気がする。




 日付を聞く限りまだ数日しか経っていない筈だが、もう随分と老け込んだ様な気分だった。


 暫く目隠しを付けて生活していたせいか、以前より瞼が薄くなった様に感じる。


 罪状は敵前逃亡との事だが、実際には修道院の地下で失禁した上に失神した後、目が覚めた時には全てが終わっていた。


 他の者の様に、逃亡すら出来なかった私がこうして無事に生きているのは、はっきり言って僥倖が重なっただけに過ぎない。


 あれだけ日頃信仰を謳い、聖なる使命に身を尽くす事を誓っていたにも関わらず、悪魔に敗れるどころか戦う事すら出来なかった。


 そんな私は最早、聖女レンゼルや聖母テネジアに感謝する資格すら無いのだろう。


 あんなにも恩寵者様に憧れ、目指し、修道院の地下で“見えぬものを見る為に”鍛練をしていた私は、あれ以来目隠しを外していた。


 目隠しに耐えられなくなった、と言い換えても良い。


 眼では無い、純然たる信仰によって世界を見ていた私はあの日、何よりも恐ろしいものを見た。


 聖書の文字でしか見た事の無い様な、本物の悪魔。本物の、赦されざる怪物。


 魂の濁りきった、あのおぞましい悪魔と地下で対峙した瞬間。


 あの怪物が修道女の腕と首を切り落とし、返り血を浴びながら私に向き直った瞬間。


 私は今まで信じてきた私の強さと、私を支えだったものが粉々に砕け散ったのを感じた。


 そうして人生で初めて、純粋な恐怖のみで失神してから目が覚めた時、何よりも殺されなかった事に安堵したのを覚えている。


 そして安堵した後、すぐに思った。


 私はもう、元の信心深い自分には戻れない。


 信仰の為に躊躇無く全てを捧げていた、あの頃の自分には。


 真の恐怖は人の心や魂、信仰や信念を紙細工の如く、容易く捻り潰す。


 私はあの修道院の出来事以来、信仰のもたらす“眼では見えないもの”に耐えられなくなっていた私は、例え真っ暗な独房にただ独りで居る今でさえ、眠る寸前まで瞬き以外で瞼を閉じられなくなっていた。


 例え暗闇であろうと、“眼で見えるもの”で視界を塞いでいないと耐えられないのだ。


 理性では抑えきれない恐怖が、私の瞼の裏と眼では見えない光景に、あのおぞましい怪物の姿を描こうとするのだ。


 聞こえてきた話によると帝国は今、私や私と同じく独房に入れられた修道女達に死刑、もしくは一生の監獄暮らしに追い込むつもりらしい。


 どんな罪が被せられ、どんな刑が執行されるのかは分からないが、これだけは胸を張って言える。





 あの悪魔と再び対峙するぐらいなら、私は喜んで死刑を望むだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ