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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 バラクシア都市連邦において南方に位置する、南方国ニーデクラ。





 そのニーデクラ内の寂れた港に、深夜にも関わらず小型の航空機が最低限の灯りと共に入港する。


 入港したのは少人数用の遊覧船だったが整備状況を見るに、とても客を乗せる様な船では無かった。


 遊覧船は見るからに型が古く、塗装も所々剥がれているか粗雑に塗り直されており、その船が長い間本来の用途を果たしていない事を物語っている。


 船は入港した後、意外にも丁寧に接岸すると少し疲れた眼をした船員が船内から現れ、ホーサーと呼ばれる係留索を港に投げて係留柱に手慣れた様子で巻き留めた。


 そして、煙草を吸いながら港に立っていた男に手を振って合図すると、男が煙草を咥えたまま手を上げて合図を返し、近くにあった扉を開けて扉の中に呼び掛ける。


 すると少しして、扉の中から鼻の赤くなった大柄な男達が数人、退屈そうに現れた。


 作業所から出てきた男達は港湾労働者の様にも見えたが、中には堅木に鞣し革を巻いた棍棒を持っている者もおり、どう見ても“親切”からは程遠い雰囲気を漂わせている。


 そんな連中が係留した船の近くで待っていると、船員の呼び掛ける声と共に何人ものキセリア人が、船員に連れられる形で船の中から現れた。


 船内から現れたキセリア人は太い鎖で一列に繋がれ、首輪は後者の手錠に、自身の手錠は前者の首輪に繋がれている。引かれる鎖に逆らえば、前後の人間や自分の首に負荷が掛かる仕組みだ。


 船員に鎖を引かれ船から連れ出されていくキセリア人達は、全員女性だった。


 予め用意されていた物を着せられたのだろうか、皆簡素なデザインの同じ服を着せられており、その顔は1人残らず血の気が引いている。


 女性達の伏せられた顔と目線に、何も疑問を抱かない周りの反応がその光景がどれだけ日常的な光景かと言う事を、如実に物語っていた。


 船内から、片言のマグダラ語と共に船員が鎖で繋がれた女性達の最後尾を、ヤギでも追い立てる様な所作で前進を促す。


 キセリア人の奴隷が、ニーデクラに“入荷”される瞬間だった。


「今回は何処から仕入れたんだ?」


 港湾労働者達の1人が退屈そうにニーデクラの公用語、ノルダム語で隣の男に語り掛けた。


 すると隣の男が、同じく退屈そうにノルダム語で答える。


「今回のは修道院からだ。修道院内で爪弾きにあっていた修道女を、また連れてきたんだろ」


「修道女か。また“神様のお導き”か?」


 片方の男がそんな言葉を返しつつポケットを探り、紙巻き煙草を取り出した。


 ヤギでも眺めている様な顔で、もう片方の男も言葉を続ける。


「償いの為に別の地で、聖母の有難い教えを説いてくれとでも言われたんだろうな。そう言えば、奴等はどんな辺境にも笛につられる犬みたいに付いてきやがる」


 そんな言葉を聞いて、男が鼻で笑った。


「暗い顔してるって事はもう、あいつらは自分の立場を説明されたみたいだな」


 あぁ、と返した男も同じく鼻で笑う。


「信じていた“神様”に見捨てられたって事さ」


 “元”修道女達に片言のマグダラ語で命令していた男が、不意にノルダム語で労働者へと呼び掛けた。


 そんな声と共に、今まで一言も喋らなかった港湾労働者の1人が、棍棒を片手に意気揚々と肩を回しながら歩き出す。


「キセリア人奴隷は亜人奴隷より、書類や手続きが面倒なんだろ?話は通してあるのか?」


「正式に手続きなんぞする訳無いだろ。面倒が倍に、儲けが半分以下になっちまう」


 規制緩和が囁かれているとは言え、このバラクシアでキセリア人が奴隷として認められるには亜人、ラグラス人奴隷に比べて遥かに多くの認可と査定が必要になるのだが、実際としてこのキセリア人達は何一つ査定も認可も受けては居なかった。


 罪状調査もされていないし、キセリア人にも関わらず品質査定も奴隷認可も受けていない。


 彼女達は、実質的には奴隷ではなく非合法かつ強制的に連れて来られた、行方不明かつ消息不明のキセリア人であった。


 ノルダム語で呼び掛けられた、棍棒を持った作業員が近くの床を棍棒で叩き、大きな音を立てる。


 犬でも追い立てる様な動きだがレガリスから来た修道女にしてみれば、非合法な仕事をしているであろう知らない男が、知らない外国語で怒鳴りつつ棍棒を片手に音を立てながら脅してくるのだから、恐怖でしかなかった。


「メネルフル修道院が回してくる商品はいつも高値が付く。身体が丈夫な女奴隷なんて、幾らでも使い道があるからな」


 散々な威嚇を受けた元修道女が、泣く泣くと言った様子で男に従う。実際に、涙も出ていた。


 きっと、修道院に居た頃の修道女ならもっと抵抗出来ていただろう。それこそ、男に怪我ぐらいは負わせられたかも知れないし、上手くやればこの場くらいは逃走出来たかも知れない。


 だが修道院から見捨てられた事、自身の寄る辺としていた修道院が非合法の奴隷売買に手を染めている事、自分はもう何処にも行き場が無い事が修道女の心を粉々に砕いてしまっていた。


「しかし、あの修道院も随分なやり手だな。話によると、爪弾きにされてた修道女を他の修道院からも引き受けてるんだろ?それも事情を知らねぇ修道院から。その結果がこれだ、レガリスの修道院は下手すりゃ俺達より稼いでるんじゃねぇのか?」


 取り出したままだった紙巻き煙草に、改めて火が灯される。


 少しして、完全に船から連れ出された元修道女達が別の男に受け渡され、仕事が船員の手から作業員達の手に移った。


 それを見ていた男達が煙草片手に歩き出す。元修道女達を、“然るべき場所”に案内する為だ。


 作業員の1人が手振りだけで挨拶し、船員が挨拶を返した後に船の撤収へと取り掛かった。


「聖母様は俺達にお恵み下さってるんだよ、ありがてぇ事じゃねぇか」


 男が幾らか笑いながら答える。


 隣の男の疑問を先読みしたかの様に、男が言葉を続けた。


「考えても見ろよ、これが許されざる事だってんなら聖母様がとっくに俺達を咎めてる筈だろ。ところが、我等が聖母様は沈黙していると来た」


 隣の男は、その言葉の先が分かるらしく返事の前から笑みを溢す。


 紫煙を燻らせながら、ノルダム語で男が言葉を続けた。


「聖母、テネジア様が直々に言ってんのさ。俺達に“バカな修道女を売り飛ばして金を稼げ”ってな。これも聖母様の御意志ってやつだよ」





「奴隷商が咎められない事こそ、神様が味方についてる証拠って訳だ」

今年も宜しく御願いします。

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