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同じ材料を使っている筈だ。
なのに、おかしい。ジャガイモとタマネギで合っている筈なのに。
まるでポタージュにならない、何か別の行程があるのだろうか。
トマトのシチューもそうだ。何度試しても、トマトの匂いがするバケツに豆やジャガイモが沈んでいる様な事にしかならなかった。
無駄と分かっていても、もう一度スプーンで口に運ぶ。
胸中で顔をしかめた。
やっぱり、不味い。あれから何度やっても、ブロウズが作った様なポタージュやシチューにならない。
材料も何もかも同じ筈だ、大した調味料も使っていない筈。
なのにブロウズに作らせた時と違って、ジャガイモは固く潰しきれないし、タマネギはまるで溶けないし、タマネギが随分と辛い。
ブロウズは本当にタマネギを使ったのだろうか?と考えた辺りで、自身を否定した。
全ての光景を見ていた訳では無いが、状況から考えてもタマネギを料理に投入していたのは間違いない。
ならば、どうやったのだろう?
唇に指を当てながら考えていたが、どうにも浮かばない。
目の前のポタージュを見やり、処分を考えたが取り敢えずは食べる事にした。
幸い、そこまで大した量では無い。
「デイヴィッドニ、オシエテモラオーヨー」
後ろからグリムの声が聞こえ、振り向いて睨み付ける。
そんな私の目線に少し身動ぎしたが、それでもグリムがもう一度発言した。
「モウイッカイ、デイヴィッドヨボーヨー。ヤサシーカラ、オシエテクレルッテ」
薄々思ってはいたが、やはり最近グリムの発言は発音が雑な箇所が幾つか見受けられる。
機会が増えた為か発言及び感情表現こそ多く見られる様になったが、発音が未成熟なまま発言してる時が増えてきた。
勿論、良い傾向では無い。
「必要ありません。野菜を煮る為に呼び出すなど、笑い話にしかなりません」
「デモゴシュジン、ポタージュ……ダッケ?デキテナイヨ」
「試行錯誤など当たり前です。料理など元々、私には不必要な分野ですから。失敗は不可能を意味しません、むしろ逆です」
「ヨボーヨー、デイヴィッドヨボーヨー」
スプーンでポタージュを口に運びながら、味覚以外の理由で眉を潜めた。
やはり、グリムの発音をもう一度練習させるべきか。
時間を取られるのは気が進まないが、このまま放置しておけば確実に発音の悪さは悪化すると見て良い。
「ジャアサ、ジャアサ!!デイヴィッドヨンデ、ポタージュオシエテモラッテ、オレイニ“アレ”アゲヨーヨ。アノカッコイイヤツ」
スプーンを掬う手を止め、グリムの方に向き直ってはっきりと睨み付けた。
「グリム」
「ゴメンナサイ」
流石に表情からも私の意志が伝わったのか、グリムが目に見えて身を縮こまらせる。
反抗的、と言い切るのが早計な事は分かっていた。
業腹だがブロウズとグリムの関係性は、グリムに良い影響を及ぼしている部分も少なくない。
コインの裏だけ見るのは、愚者の推察だ。
そこまで考えた辺りでふとグリムの言っていた、“アレ”に想いを馳せる。
…………あれは、私個人が誰に依頼されるでもなく勝手に作ったものだ。
確かにブロウズなら上手く使いこなせるかも知れないが、それとこれとは言うまでもなく別の話なのは間違いない。
それにもうブロウズにはログザルという、フカクジラの骨で製作したヴァネル刀がある。
今更あんな物を渡されても、怪訝な顔をするだけだろう。
もう一度、タマネギが辛いポタージュを口に運ぶ。
まぁ、彼が求めるなら譲渡する事は吝かでは無いが、何も無しに渡すのはそれはそれで業腹だ。
だが依頼されていない物を作っておいて、向こうに対価を求めるのも話が噛み合わない様な気もする。
そこまで考えた辺りで、自分があれをブロウズに譲渡する事を前提に考えていた事に気が付いた。
スプーンを見つめる。
下らない、彼がまずあれを求めるか、あれを手にして喜ぶかどうかも分かっていないと言うのに。
胸中で自身を少し嘲笑しながら、ポタージュの最後の一口を掬い、口に運ぶ。
少しして、傍らに置いていた瓶から水を飲んだ。
それはそれとして、タマネギにどんな工程があったのかぐらいは、聞いても良いかも知れない。




