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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 これでも、ラクサギア地区は寒波が大分マシな方らしい。





 小型のディロジウム式暖房器具に手を翳しつつ、手を擦った。


 これで寒波がマシだと言うのだから、とんでもない話だ。今回の寒波はバラクシア全土に影響を及ぼし大雪を降らせたそうだが、ラクサギア地区でこの調子ならリドゴニアやペラセロトツカは、国民の半分以上が氷漬けになっているのではないか?


 自分の様にギャング“トルセドール”のメンバーなら目立った不自由無く暖房器具を用意出来るが、市民には充分に行き渡らないかも知れない。後で、無辜のラクサギア市民に凍えて居る者や凍えて居る家庭が無いか、確かめておかなければならないな。


 我等ストリートギャング“トルセドール”は、その名の通りストリート、街あってこその存在だ。


 幾ら拳と刃が物を言うギャングと言えど、無辜の市民が居なければ我々の存在する意味が無いのだから。


 最も、説明するまでも無い事ではあるが我々の言う“無辜の市民”とは、ラクサギア地区の自由の為にトルセドールに協力してくれる人々を指す言葉であり、まかり間違っても修道女や修道会の連中、及びそいつらにケツを差し出す連中では無い。


 しかし、このラクサギア地区でここまで除雪作業が長引いたのなんて、いつ以来だろうか?下手したら本当に初めてかも知れないな。


 そんな事を考えながら暖房に翳した手と指を丁寧に揉み解していると、塗料で壁に描いたカラスのシンボルが、ふと目に付いた。


 先月、自分の友人が意気揚々と描いた物だ。


 粗末なカラスのシンボル、そして下には“飛翔せよ、革命の翼”の文字。


 お世辞にも絵は達者では無かったが、友人はカラスを気に入っていた。


 知的で、狡猾で、何よりも反逆と革命のシンボルとして。


 その友人が修道院との大規模抗争で、不気味な仮面の“恩寵者”に叩き潰されたのが、つい先日の事だ。


 あの日、あの抗争で修道院の地下からあの恩寵者、聖なるクソッタレが外に出てくるなんて情報は無かった。


 後から知った情報に寄ると、わざわざ呼び出されるまでもなくあの恩寵者は自分から修道院の外に歩み出て、わざわざトルセドールと修道院の抗争に割り込んで来たそうだ。


 自分はその作戦には参加していなかったので聞いた話にはなるが、やはり相当強かったらしい。そいつの主観で言うなら、まるで歯が立たなかったとの事。


 どれだけ丁寧で聖なる表現をしようが、怪物には違いない。


 現にその時見掛けた恩寵者は、小柄な修道女の筈なのに6フィート200ポンドはあるギャングメンバーを、骨の節々を砕いて叩き殺した。


 その後も、話を聞いた自分が何度も聞き返す様な目覚ましい“戦果”を挙げていったそうだ。


 あの聖書中毒の聖なるクソッタレ、聖母と聖女の乳と小便を飲み過ぎた化け物を何とかしなければ、間違いなく我々に勝利は無いだろう。いや、敗北しか無いと言うべきか。


 暖房器具で暖まりつつ、懐から紙巻き煙草の箱を取り出す。


 実は壁に塗料で書かれている、この粗末な落書きは1文字だけの字の綴りを間違えているのだが、それが何だか妙に心に残っていた。


 マッチを取り出し、紙巻き煙草に火を付ける。


 何か、切っ掛けがあれば。


 あの修道院の地下で、聖書に刻まれている“聖母の有難い屁の音”を一言一句頭に刷り込み、聖母だか聖女だかの靴と尻を丹念に舐める事を人生の意義としている狂人ども、“恩寵者”どもが一時的にでも脆弱になれば。


 少しでも、力関係を押し戻す事が出来れば。


 此方が引き込むまでも無く、情勢を嗅ぎ取った街の人々は自然と修道会から此方側に流れ始め、奴等に対してトルセドールは優勢に立てる。


 例え優勢に立つ事が無理でも、少なくともこのラクサギア地区において我々と修道会が、対等に立つ事が出来るだろう。


 紫煙を、ゆっくり吹かした。


 その為にはやはり、恩寵者を何とかするしかない。


 あの聖なるクソッタレこと恩寵者を殺した記録は幾つか聞いていたが、どれもこれも多大な犠牲の末に、何とか仕留めた様な話ばかりだ。


 加えて言うなら、それも恩寵者が1人かつ此方が相当有利な時に限る話でしかない。


 クソッタレな奴等の本拠地、メネルフル修道院及びその地下に何かしらの大きな損害を与えない限り、力関係を傾ける事は出来ないだろう。


 煙草の先から灰を落とす。


 恩寵者がウツボやサメの様に巣くっていると噂の、メネルフル修道院地下。


 修道院の地下自体、図面が無い事は少しずつ分かってきていたが、それにしても情報が無さすぎた。


 奴等の地下に関しては、どれだけ手練れの連中を忍び込ませても巨大な胃袋の様に飲み込まれてしまう。


 恩寵者が何人も潜み危険な事は分かっているが、それにしたって1人も帰ってこれないと言うのは随分な話だ。


 あるギャングメンバーが言っていた様に、何かある筈だ。地下の暗闇以上に恐ろしい、聖職者の名を持ってしても表に出せない何かが。


 それとも地下のおぞましい暗闇こそ、奴等の領域なのか?


 闇夜に、瘴気の底から音も無く現れ獲物を屠るサメの様に奴等、恩寵者は暗闇こそ縄張りであり、狩り場とする怪物なのか? 


 もしそうなら、幾ら我々の手練れを送っても、相手にならないだろう。聖職者ならまだしも聖職者の皮を被ったおぞましい怪物など、とても我々の手には負えない。


 怪物、か。


 かつてより人々は憎悪や復讐、野望に狂気と様々な理由と方法により人から外れた怪物と成り果て、人によって打ち倒されてきた。


 人が常軌を逸した怪物を倒す言葉と言い伝えは数え切れぬ程あるが、個人的に信じている方法と言えば今は亡き祖父が教えてくれた3つだけだ。


 人が人から外れた怪物を倒したいなら、怪物の巣を焼き払え。


 それか、怪物の毛皮を引き剥がして人に戻してしまえ。





 もしくは、自身が怪物になって喰い殺せ。

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