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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 もう少し人と近い所に住めば良いものを。





 より激しくなってきた様な気がする降雪を見上げながら、膝上まで埋まる程の積雪を掻き分ける様にしながら進んでいく。


 “万が一”に備えてゼレーニナに渡す様々な物資や食料を背負い、その上で重い荷物をソリで引き摺り、そして大型のスノーシャベルを手に歩いていた。


 ゼレーニナの様子を見る為、物資を渡す為にこうして重い貨物を背負ってソリを引き、苦労しながら積雪の中を歩いていると貨物運搬用のシカにでもなった様な気分だ。


 少なくとも、“様子を見る”なんて易しい表現の仕事でない事だけは確かだろう。


 クルーガーから渡された装備や貨物から多少は分かっていたが、こうして見ると俺が思っていた以上にこの仕事は、面倒かつ重要な任務らしい。


 あの時は何とも気軽な空気で提案されたが、俺が引き受けなければ他に引き受ける奴が居らず、ゼレーニナに相当睨まれて面倒な事になる事や関係性に悪影響が起きる事を承知の上で、他の人員を送るしか無かったであろう事を考えるとあの時のクルーガーは、此方が思っている以上に悩んでいたのだろう。


 率直に言って雪が降る中、積雪を掻き分けながら少なくない物資を1人で運ぶ仕事は楽では無かったが、クルーガーとの関係性や技術開発班との関係を思えば吝かでは無い。


 ………ゼレーニナに強く出られる人員、といった見方をされている点については、思う所が無い訳では無いが。


 今に始まった話では無いが、また何とも妙な事になってしまったものだ。


 あの時、ゼレーニナの元に向かう為に貨物とシャベルを背負い、ソリを引きつつ雪を掻き分ける様にして技術開発班から“魔女の塔”に歩いていく俺に、防寒着を着込んだ作業員達が感心する様な、同情する様な顔で見ていたのを覚えている。


 最初は、あの偏屈にわざわざ荷物を届けなければならない事を同情されているのかと思っていたが、実際にはそれだけでは無かった。


 こうして膝上、腰近くまでの積雪を掻き分けながら進んでいるとあの時、何故あんな眼で見られていたのかが良く分かる。


 ゼレーニナが住んでる塔に辿り着くだけでも、相当苦労する仕事だからだ。


 大袈裟な言い方だとは分かってはいるがこの積雪と降雪では、下手すると“辿り着けない”奴も少なからず居るんじゃないのか、と思ってしまう。


 未だに降雪の止まない、空を見上げた。


 そもそもクルーガーに頼まれて“様子を見る”と言う名目で塔に向かっているが、ゼレーニナがどれだけの物資を保有しているのか、除雪を本当に必要としているかどうかも分からない。


 重い荷物を背負ってこれだけ積雪を掻き分けて進んでおいて何だが、あいつの性格から考えて塔に辿り着いた俺に「良く来ましたね、特に用はありませんので早くお引き取りください」と呆れ顔で言う可能性も充分にあった。


 まぁ、技術開発班が苦労する様な降雪と積雪だ。幾らゼレーニナでも、何一つ気に掛ける様な事は無い、とは行かないだろう。


 クルーガーもわざわざ除雪作業員を派遣している事からも分かる様に、ゼレーニナには部下が居ない。


 あの“魔女の塔”の内部は幾つもの部屋や工房が組み合わさって構成されているが、グリムを除き、ゼレーニナ以外の痕跡を一度たりとも見た事、確認した事は無かった。


 幾つか見られる家具にしても、ゼレーニナが使用する事を前提に配置されていた事を覚えている。


 簡潔に言うと、あの塔にはゼレーニナ自身以外の“労働力”が存在しないのだ。


 あいつの事だから奇妙で理解し難い機械の発明、稼働によって作業の相当な自動化や効率化、簡略化している事を前提としても、やはりゼレーニナ以外に“作業員”が居ない事は覆し様の無い事実だろう。


 積雪の中を歩いている内に、ゼレーニナは“自動除雪装置”だか何だかを組み立てて稼働させ、当人はサイフォンでコーヒーでも淹れている間に除雪されているのではないか、と考えた事もあった。


 だが、それなら普段クルーガーの所から除雪作業員をわざわざ派遣させている点が噛み合わない。


 あの性格だ。仲良くも無い人員を派遣させるか、自分が組み立てた機械を稼働させるかの二択なら、迷わず後者を取るだろう。


 そんなゼレーニナが前者、生身の作業員を派遣させる選択肢を選んでいる事からも、多少なりの“労働力”が必要なのは間違いない。


 重い荷物を背負い直した。


 そう思うとこの積雪と降雪で、思った以上にゼレーニナが困窮している可能性も有り得るわけか。


 ゼレーニナが缶詰を食べながらこの寒さを凌いでいるにしろ、除雪機械だか何だかで塔の雪を払っているにしろ、背中に背負った物資とソリに載せられた物資はきっと必要だろう。


 漸くゼレーニナの住まう“魔女の塔”が見えてきた頃、降雪の中で目を凝らした。


 そのまま、眉も潜める。


 凝らした目線の先、塔の入り口に大小様々な雪の山が盛り上がっていた。


 それが手作業の除雪作業による雪の山だと気付いた途端、感心した様な息が漏れる。


 まぁ頭が良い事は分かっていたが、流石にこの状況でクルーガーに文句を言いながら除雪作業員が派遣されるのを待つ程、楽天的では無いらしい。


 技術開発班から作業員を派遣するのは難しい事や、派遣の目処が立っていない事はゼレーニナには伝わっていない筈だが、恐らくは状況から察したのだろう。


 そのまま作業員が来ずに自分が塔の中で氷漬けになる、悲観的な結果を予測してあの段階から唯一の“労働力”たる自分が動き出したと言う訳か。


 伝令を飛ばすのは訳にも行かなかったのだろうか、と考えた所で否定した。


 今までの空気からしてグリムが喋れるのを知っているのは、ゼレーニナと俺ぐらいだ。


 他にも居るのかは知らないが、少なくとも余り周知はされていない。もしくは、意図的に周知させていない。


 喋るヨミガラスを飼ってるなんて広まれば、どれだけの面倒事が起きるかなど奴程の頭脳が無くとも明白だ。


 本人が伝令を伝えるとしても、この降雪と積雪では不用意に動けないだろう。下手すると、ゼレーニナ自身が雪の中で見付かる事になってしまう。


 長く息を吐いてから、再び歩み出した。


 小さな雪山が盛り上がっている場所を見ると入り口よりも物資搬入口、及び搬入に関するレールを除雪するつもりらしい。


 ……………見た所、相当掛かりそうだ。少なくとも数日、それ以上かかる可能性も大いにあるだろう。


 こうして見るとクルーガーが俺に様子を見に行かせたのは、正解だったな。


 そんな事を考えながら、積雪を掻き分けつつ塔に近付いていくと塔から少し離れた所で正に今、雪が跳ねている事に気付いた。


 手にしていたスノーシャベルを握り直し、搬入レールの方に進み始める。


 積雪を掻き分けながら何とか搬入レールの入り口まで来た辺りで、漸く後ろ姿が見えた。


 丈の長い、分厚そうな外套を羽織っている中にジャケットでも着込んでいるのか、随分と膨らんで見える。元が小柄と言えばそれまでだが。


 あの特徴的な銀髪と巻き角も外套のフードに覆われてしまい、まるで見えない。


 そう言えば以前訪れた際も、屋内でジャケットを着ていたな。


 元々、寒いのは苦手なのだろう。そんな事を考えているとゼレーニナが手にしていたスノーシャベルを積雪に突き刺しては苦労して持ち上げようとしていた。


 思った以上に大量の雪が重かったらしく、ゼレーニナが途中で積雪からシャベルを引き抜き、杖の様に地面に突いて支えにしながら肩で息をする。


 大変そうだ。


 最初に浮かんだ意見は、そんな率直な意見だった。


 辺りの雪、そして幾つかの雪の山を眺める。


「芳しくないな」


 背中からそんな声を掛けるとゼレーニナは、随分と驚いた様子で振り返った。


 跳ね上がった、と表現しても良かったかも知れない。


 ゼレーニナは息を荒げつつも、眼を大きく見開いたまま随分と驚いた様子で口を開いた。


「ブロウズ?」


「クルーガーに言われて来た。人手が何もかも足りない今、お前みたいな偏屈に対応出来るのは俺だけだとよ」


 肩で息をしつつも、何とか息を整えながらゼレーニナが俺や俺の運んできた物資、スノーシャベルに目をやる。


 そして辺りを見回した後に、怪訝な顔を見せつつ口を開いた。


「作業員は貴方だけですか?こんな状況で?」


 この状況で、こんなにも“いつも通り”だと逆に感服してしまう。


 俺が来てこれなら、ゼレーニナに強く出れない作業員が一人で来たらどうなっていた事か。


 ゼレーニナが怪訝な顔のまま、俺の後ろを覗き込む。


 後ろ、と言うよりは背負った荷物とソリで引き摺っている物資か。


「食料品とディロジウム燃料はどれぐらいありますか?この際、精錬していないディロジウムでも構いません」


 そんなゼレーニナの言葉に降雪の中、荷物も背負ったまま長い息を吐く。





 俺が持ってきた物資の中からディロジウム燃料を地上階の工房に一旦据えた後、重厚な稼働音と共に昇降機で上層階へと物資を運ぶ。


「1人で全部除雪するつもりだったのか?」


「他に誰が居るんです?」


 昇降機が上がる轟音の中、そんな話を振ってみるも相変わらず呆れた様な、疲れた様な返事が返ってくる。


 …………何故こいつは喋るだけでこんなにも、生徒を窘める教師の様な雰囲気を醸せるのだろうか。


「人手は私しかありません。クルーガーの派遣する筈だった除雪作業員も、この豪雪で此方に回せない様ですしこの時点から動き始めないと、手遅れになりますから」


 頭を掻いた。


 “状況判断”と言うやつか。確かに誰も作業員に来なかった場合、そのまま物資が尽きればゼレーニナは塔の中で氷漬けになるしかない。


 搬入レールに集中して除雪していた辺りから考えても、物資搬入に必要な部分へ“労働力”を集中させた結果なのだろう。


 物資を搬入し、この厳冬を持ちこたえる事が最優先目標なのは客観的に見ても疑いようが無い。


「しかし仕方無いとは言え、お前があんな雪の中で除雪作業を続けられる程、体力があるとは思わなかったな」


「他に方法が無ければ私がやるしかありません。食事を摂ったらすぐに作業に戻らないと」


 子供に手を焼く母親の様な声色で、ゼレーニナが力無く呟く。


 どうやら、物資を上層階に積み込んで飯を食ったら直ぐにでも再開するつもりらしい。


 あの除雪の様子を見る限り、確かに作業は進んでいるとは言い難いがそれにしても、その作業計画はゼレーニナ1人には随分と酷では無いだろうか。


 幾らか不本意なのは認めるがクルーガーの頼みで、俺も大型のスノーシャベルを持って此処まで来たのだ。


 何なら小型だがスノーシャベルの予備も持ってきた程だ、充分に“労働力”にはなるだろう。


 手伝うよ。


 そう言おうとして、ゼレーニナに顔を向けたその時になって漸く、相手の顔色が悪い事に気が付いた。


「おい、大丈夫か?」


「はい?」


 良く聞けば分かる程度だが、声に覇気が無い。


 呆れた様にも疲れた様にも聞こえていたが、本当にゼレーニナが“疲れている”のは想定外だった。


「随分と顔色が酷いぞ、除雪より休んだ方が良い」


 そんな俺の言葉に、ゼレーニナが鼻で笑う。


 顔色は、相変わらず。


「休めると思いますか?予定した除雪量まで進めないと、後々間に合わなくなります」


 酷い顔色のまま、それでも皮肉気にそんな事を言うゼレーニナに流石に眉を潜めた。


 勿論言いたい事は分かるが、そうも言っていられないだろう。


 色々言おうと思ったが少し考えて、質問した。


「何時から作業してたんだ?」


「………はい?」


 想定外の事を聞かれた為か、ゼレーニナが随分と不思議そうな顔をする。


 変に反発されない様、丁寧な口調を心掛けながら再度質問した。


「今日、除雪作業を始めたのは何時だ?」


「作業を始めたのは、朝方です。少しでも除雪しないとならないので」


 何故そんな当たり前の事を、と言わんばかりに話すゼレーニナに幾ばくか苦い顔をする。


 朝方から、この豪雪の中で除雪作業をしていたと。


「休憩は何回取った?」


「…………何度か小休止は取りましたよ。一回、いえ二回程。それが?」


 俺の質問にゼレーニナが疲れた顔のまま、それでも呆れた様な口調で答える。


 この豪雪の中で、朝から除雪作業をしていて休憩は多くて二回、と。


「食事は摂ったか?」


「先程も言いましたが、今から摂りますよ」


「違う、この作業の前だ。この除雪作業の前か、間に食事は摂ったか?」


 そんな俺の言葉に少し思い出す様な顔の後に、ゼレーニナが口を開いた。


「………特には何も。元々、食欲が余りある方では無いので」


「今日はまだ何も食べていないんだな?」


 そんな風に返すとゼレーニナが酷い顔色に重ねる様にして、怪訝な顔をする。


 朝方からこの豪雪の中で只一人、除雪作業に励んで休憩は今まで一回か二回、起きてから食事は摂っていないと来た。


 その上、注意深く見て分かる程にではあるが、ゼレーニナの身体は微かに震えている。


「………あのディロジウム式の暖房機械は、上層階にあるのか?」


 そんな俺の言葉に一瞬間を置いてから、ゼレーニナが怪訝な顔のまま口を開いた。


「ありますが………」


 僅かだが、先程から幾度か此方の質問に、間延びする事がある。


 帝国軍に在籍していた頃、冬季の厳冬訓練で雪山の中を行軍していた頃、似た症状の奴を見た事があった。


 そいつも自覚の無いまま間延びした返事をして、身体が震えていたのを覚えている。


 轟音と共に、昇降機が上層階に着いた。


「何か別の、暖かい服に着替えた方が良い。食事も摂れ、俺が準備するから」


「食事ですか?」


 怪訝な顔をしていたゼレーニナが、血の気が引いた唇に触れながら考え込む様な表情になった後、酷い顔色のまま此方に振り向く。





「…………私今、低体温症に罹ってますか?」

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