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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 息が白く染まる。





 固い積雪に、スノーシャベルを蹴り込む様に突き刺して余所に放った。


 再びスノーシャベルを固い積雪に、蹴り込む様に突き刺す。


 黒羽の団に入り、レイヴンになったばかりでなく悪名高きグロングスにまでなったのだから、命じられたならどんな事だってやるつもりでは居た。


 シャベルから積雪を放り、長く息を吐く。


 だがまさか、技術開発班で除雪作業を手伝う事になろうとは思わなかった。


 元々、別件で技術開発班には確かに向かうつもりでは居たし、技術開発班に向かう理由の何割かは退屈だった事も確かだ。


 だがそれにしても、例年を大きく上回る降雪により除雪作業が長引いている事、雪害で機能停止した設備の復旧に大きく人員を割かれている事、それに伴いクルーガー達が紅茶や談笑どころではない、とは流石に予想外だった。


 加えて、素人目に見ても除雪作業は直ぐに終わるとは思えない。


 クルーガーも実際に外で除雪作業を指揮しているし、何故かロニーまで作業員に混じって白い息を上げながら作業している始末だ。聞いた話では、只でさえ人手不足の所にこの厳冬で体調を崩した者が少なくない、というか無視出来ない人数居るとか。


 除雪作業が終わるまで待っていても仕方無いし、かと言って除雪作業がある程度進まなければ俺の用件は片付きそうにない。


 その上、俺の用事は別に急を要する訳でも何でも無い。


 結果、レガリスから畏れられている“悪名高きグロングス”はスノーシャベル片手に、白い息を上げながら技術開発班の除雪作業を手伝う事となったのだ。


 降雪の中での除雪作業は控え目に言っても楽な仕事とは言えなかったが、正直に言って気分は悪くなかった。


 労働は尊いだの言うつもりは無いが、部屋で1人で暖房に手を翳しているよりは余程、生産的な時間である事は間違いない。


 自分から除雪作業の手伝いをクルーガーに申し出た時は少し過剰に思える程にクルーガーは驚いていたが、断らなかった辺り人手が欲しかったのも事実なのだろう。


 ………最初に俺が除雪作業を始めた時、隣で除雪作業をしていた作業員はクルーガーの何倍も驚いた顔をしていたが。


 何か言いたそうな顔をしていたが、俺が積雪にスノーシャベルを蹴り込んでいるのを見ると、本当に不思議そうな顔をした後に何も言わなくなった。


 まぁ、あれだけ恐ろしかった邪神グロングスがシャベル片手に除雪作業を手伝い始めたら、普通は笑い話だよな。


 再び白い息を吐いて、余所に積雪を放る。


 大部分が片付いたとは言わないが、少なくとも体裁は良くなっただろう。


 シャベルを握り直す。積雪を片付ける前に比べれば、主要な道は随分と通りやすくなった。少なくとも積雪で作業も出来ない、とはならない筈だ。


 取り敢えずは、一段落か。


 そんな事を考えた辺りで作業中断の呼び掛けが聞こえ、辺りを見回した後に空を見上げる。


 少し日が高くなっていた。


 除雪作業に集中している内に、それなりの時間が経っていたらしい。


 肩を回す。何というか、意外と悪くない気分だ。


 いつも頭を使う任務ばかりだったからか、たまにはこういう分かりやすい仕事も良いものだな。


 防寒帽子を脱いで頭を掻きながら、スノーシャベルを片手にクルーガーの元へと向かう。


 小休止かとも思ったが、他に作業が予定されていない事や今も尚降り続ける雪の事を考えると大休止か、下手すると今日中の作業再開は無いかも知れないな。


 促されるままに取り敢えず屋内には入ったが、そこで防寒着を脱いでいたクルーガーと疲れた様子で伸びをしているロニーの様子を見る限り、取り敢えずは今日中の作業再開は無さそうだ。


 厚い防寒着を再び着ようとする様子も無い辺り、質問するまでも無いだろう。


 少し考えたがクルーガーとロニー以外の作業員の所に行っても、他の作業員も困るだけだろうし此処で休憩した方が良いか。


 何を言うでも無く、クルーガーが紅茶の準備を始め、それをロニーが手伝った。


 自分も手伝おうとしたものの、「彼の練習もありますので」とクルーガーに制された。


 俺も不得意なりに手伝おうかと思ったのだが、まぁロニーが練習したいと言うのなら俺が手伝う事も無いか。


 横から小さく口を出されながら、それでも何とかロニーが淹れた紅茶がカップに注がれる。


 そのままクルーガーに味見を薦められ、取り敢えず手を付けた。


 まぁ、採点方法次第では及第点と言えるだろう。


 そう伝えると、ロニーは悩ましい顔をしていた。






「それでミスターブロウズは、ザルファ教の本を返しに?」


「あんたカラモス語読めるのか?やっぱすげぇな」


 少しばかり、3人で紅茶が進んだ頃。


 談笑の話題は何故か俺の用事になっていた。


 今日、俺が技術開発班に来た理由は元々、ザルファ教の本をゼレーニナに返す事だと伝えると思った以上に、“カラモス語で書かれたザルファ教の本”が2人の興味を惹いたらしい。


 ロニーに促されるまま、荷物からカラモス語の本を数冊取り出すと2人とも興味を抑えきれない様に、表紙を見つめ始めた。


 ロニーが何かを言おうとしている事に気付き、「別に読んでも構わないぞ」と促すとロニーが直ぐ様本を手に取って、読み始める。


 そんなロニーに呆れる様な眼を向けるクルーガーも、俺に「気にせず読んで大丈夫だ、でも汚さないでくれよ」と言われると一言断ってから、読み始めた。


 予想通り、ロニーは挿し絵を幾つか眺めた後は飽きてきた様な顔をしていたが。


 それに引き換え、カラモス語の単語の意味を聞いてくるクルーガーに、単語の意味とこの文体ではどういう表現になるかを伝える。


「クルーガーさんはカラモス語読めるんです?」


「本当に少し、ですけどね。流石に不自由なく本が読める程ではありません」


 本を見つめながらそう呟くクルーガーに、ロニーが尊敬する様な目を向けていた。


 読めないカラモス語の本に飽きたのだろう、此方に本を戻しつつ椅子に体重を掛ける。


「クルーガーさん、この後も作業はやるんですか?」


「直ぐではありませんが、何れ再開しますよ。休んでいてください」


 ロニーが意外そうな顔をしたが、降雪の具合を思い出したのか直ぐに顔を戻して「分かりました」と呟いた。


 まぁ、あの降雪じゃ除雪した部分に再び降り積もる可能性も充分にある。


 これからも作業なら、俺も手伝った方が良いだろうな。人手は要るに越した事は無いだろう。


「再開したら俺にも言ってくれ。手伝うよ」


 一旦本を閉じた様子のクルーガーが、そんな俺の言葉に微笑む。


 が、少し何かを思い出す様な顔になった後に、此方に向き直った。


「…………ミスターブロウズ。言いにくいのですがこの後も手伝ってくれるのなら、此方の除雪を手伝うのではなく彼女、ミスゼレーニナがどんな様子か見てくれませんか?」


「様子?」


 少し意外な言葉だった。


 確かにゼレーニナの所には行く予定ではあったが、技術開発班の様子を見て本を返すのは日を改めようかと思っていたのだが。


「はい。彼女の塔及び塔近くは彼女が敷設した融雪装置が備えられては居ますが、それでも人による除雪作業は絶対に欠かせないんです」


 確かに考えてみれば、あの偏屈はまるで塔から出てこないが人から離れた場所で、開けた場所に建てた塔で雪に埋もれたまま、とは幾ら何でも行かない筈だ。


 確かにこれだけの降雪と積雪の中じゃ、人による除雪が必要だろう。


「普段は、我々から除雪作業員を彼女の元に派遣する取り決めになっているのですが………」


「あいつ、除雪まで人任せかよ」


 何というか、分かっては居るのだが未だにあいつの優遇ぶりに驚く事がある。


 何も言わずとも除雪作業員がやってきて、家の周りを四苦八苦して除雪して、本人は塔から出てくる事も無い。


 何というか、らしいと言うか。


 クルーガーが、窓の外を見やる。


「ですが今年の降雪は例年を大きく上回っている為、我々は技術開発班だけで手一杯なのが現状です。その積雪対処に人を割くのは避けられませんから」


 そこまでクルーガーに説明されて、漸く意味が呑み込めた。


 文字通り作業員が足りない訳か。だがそれにしても、俺が適任とは思えないが………


「元々、ゼレーニナの元に派遣される筈の作業員は?」


「彼女の元に派遣する作業員達は今、雪害で機能停止した設備の復旧に当てられています」


「……他の連中は、割り当てられないのか?」


「只でさえ、今の技術開発班はこの厳冬で作業に参加出来ない者、今もベッドで看病されている者が多数居ます。加えて設備の復旧には専門知識が要る上に、今復旧している設備は優先度の高い設備でして…………後、もう一つ問題が」


 そんな言葉と共に、気まずそうな顔でクルーガーが頬を掻く。


 言葉を濁すクルーガーに対して、眉を潜めた。


「問題?」


「…………ミスゼレーニナの性格は、ご存知でしょう?」


 顔が苦くなるのが、自分でも分かる。


 大体、想像は付いた。


「……以前、除雪作業員を派遣した所、知識の無い作業員が誤って除雪の際に設備と敷設レールを損傷し、復旧作業が追加された事がありまして。ミスゼレーニナが、随分と立腹だったんです………それ以来、一定以上の整備資格を持った者しか、除雪作業員としての派遣を認めないと明言されたんです」


「随分な言い様だな、ゼレーニナは相変わらずらしい」


「…………立場上、此方も強くは出れない上にその、本人の人柄もありますから。作業員も渋い顔をするばかり、というのが現状なんです。きっと、人員の少ない現状で無理に作業員を派遣しても、ミスゼレーニナは当日にしろ後日にしろ、確実に抗議するでしょう。それも激烈に」


 除雪作業員を呼びつけておいて、その人員にも条件を付けるとは、相も変わらず高慢と言うか何というか。


 まぁ何にせよ、クルーガーの話が本当なら俺が選ばれる理由も、粗方説明が付く。


「………俺ならあいつにも強く出られる上に、手が空いている“派遣可能人員”て訳か」


 そんな俺の言葉に対して、苦笑いを返すクルーガー。


 適材適所、か。よりにもよってこの俺がゼレーニナに対して“解決策”になるとは。


 それに此方としても、ゼレーニナに問題が起きては困るのは事実だ。


 あいつの塔やあいつ自身に、この積雪によって何かあれば俺とて他人事ではない。


 数少ない知り合いだしな、なんて考えていた所で全く会話に入って来なかったロニーが、随分と怪訝な顔で口を開いた。


「……なぁ、そのゼレーニナって誰なんだ?ミスって付いてるからには、女なんだろうけど」


 そんなロニーの言葉に、俺とクルーガーが渋い顔をした、その瞬間。


 俺達が居る部屋の扉が勢い良く開かれた。




「あぁ、居た居た」




 微かな紫煙の香りと共に、ブロンドの束が揺れる。


 火の付いていない紙巻き煙草を咥えた、ラシェル・フロランス・スペルヴィエルが悠々と部屋に踏み込んできた。


「ミス・スペルヴィエル?」


 クルーガーが不思議そうな声を上げるのにもまるで取り合わず、此方に歩み寄ってくる。


 歩いてくるラシェルと真っ直ぐに眼が合っている事に気付き、内心苦い顔になった。


 嗚呼、聞くまでも無く分かる。これは、面倒な用事だ。


 戸惑っているクルーガーにも、今日一番と言って良い程に緊張しているロニーにも目をくれず、真っ直ぐ此方に歩いてきたラシェルが咥え煙草のまま、話し掛けてきた。


「この後、付き合いなさい」


 …………改めて目を向けるまでもなく、ロニーが大口を開けて此方を見ているのが分かる。


 少し、息を吸った。


「悪いが、この後は用事がある」


 ゆっくりとそう呟くと、それに賛同する様にクルーガーが「えぇ、外せない大事な用件です」と此方に続く。


 そんな俺とクルーガーの言葉に、ラシェルが険しい表情を見せながら机に手を突いて、身を乗り出した。


 咥えた煙草には、火種無しでも火が付きそうに思える。


「それで?このクソ寒い中歩いてきた私に、日を改めろって?」


 ここで、引いてはダメだ。


 目に見えて気圧されているクルーガーを尻目に、此方も顔を前に出しつつ強い口調で言う。


「あぁ、日を改めろ。このクソ寒い中を歩いて帰って、暖炉の前で凍ったケツのローストでも作るんだな」


 数秒間、剣を交差させているかの様な沈黙が続いた。


 クルーガーが息を飲んだのを皮切りに、ラシェルが舌打ちする。


「明日は?」


 張り詰めていた空気が抜けるのを表すかの如く、ロニーが静かに長い息を吐いた。


 首を動かさず、クルーガーに視線を投げる。


 クルーガーが頷いた。


「明日なら、問題ないな」


 俺のそんな言葉に、ラシェルが俺を噛み付かんばかりに睨み付ける。


 勿論、俺も睨み返した。


「明日同じ事を抜かしたら、去勢してやるから良く覚えておく事ね」


「何だ、それだけか?期待外れだな」


 不機嫌そうに鼻を鳴らし、ラシェルが踵を返して去っていく。


 予想通り、面倒な事になったな。明日の“用事”とやらも大した用事じゃないと良いんだが。


 そんな思いと共に長い息を吐いていると、不意にロニーが口を開いた。


 少し落とした声で、隣のクルーガーに話し掛けている。


「そんなに、ゼレーニナってのはヤバい人なんですか?」


 クルーガーが焦った表情を見せるのと、険しい顔のラシェルが振り向くのは殆ど同時だった。


 ロニーの表情が、途端に驚きに変わる。


 最も、それは俺も同じだったが。


「冗談でしょ、ゼレーニナ?あんた、あのペッタンコのちんちくりんの為に、私に日を改めろなんて抜かした訳?」


 またもテーブルに手を付き、身を乗り出したラシェルが歯を剥かんばかりに此方に唸る。


 目に見えて気圧されているクルーガーやロニーを尻目に、此方は内心驚きつつも努めて冷静に返した。


「文句あるか?」


 ゼレーニナとラシェルは、過去に何かあったのだろうか。


 そんな事を考えたが、直ぐに無駄な考えだと頭を切り替えた。


 2人とも、あの性格だ。衝突しない方が無理と言うものだ、おそらくクルーガーを間に挟んだ言い合いでもしたのが容易に想像出来る。


 そうしてラシェルと暫く睨みあっていたが、先程より大きな舌打ちと共にラシェルが目線を切った。


「……言っておくけど、今日あんたがあの気味の悪いチビに塔の中でカラス入りのグラタンにされようと、明日には来て貰うわよ」


「あぁ。グラタンにされようがテリーヌにされようが、顔を出すさ」


 噛み付かんばかりのラシェルに対して静かにそう返すと、不必要に強気だった自覚が沸いてきたのか、ラシェルがやや息を吐いてテーブルから手を離す。


「明日も昼前に此処に来るわ、午後は空けておきなさい」


「あ、あの」


 そんな言葉と共に離れようとするラシェルに、ロニーが不意に言葉を溢した。


 その顔は、何とか平静を装っているものの明らかに緊張している。


「あの時のカプリット(若ヤギ)じゃないの。何よ?」


「あ、あの節はどうも。署名してくれて助かりました」


 緊張しきったロニーのそんな言葉に、ラシェルが此方に呆れた様な目線を向けてくる。


 このガキどうしたのよ?


 言うまでも無く、目線がそう告げていた。


 此方も口に出して返事はせず、僅かに肩を竦める。


 その仕草だけで色々察したのか、ラシェルが面倒だと言わんばかりに目を細めた。


「もし人手が必要だったり、何か困った事があったらいつでも言って下さい」


 緊張しながらも何とかそう言い切ったロニーに向き合う事無く、ラシェルが俺からクルーガーに目線を移す。


 子供のしつこい自慢話を聞いている様な顔だった。


「あ、でもこの後と明日はまだ除雪がありますので、ちょっと難しいかも知れません」


 緊張した顔のまま、何とか絞り出す様な声で言うロニーにラシェルが向き直る。


 ロニーが殊更に背筋を正し、何故か空の紅茶のカップを手に取ったのを見たラシェルが、吐き捨てる様に言った。


「それで?カプリットでポトフでも作れっての?クソして寝てな」


 その言葉を聞いたロニーが、石を噛んだ様に固まる。


 そのまま固まっているロニーに取り合わず、もう一度俺に「明日、頼んだわよ」と言い残しラシェルは部屋を出ていった。


 ラシェルが出ていって数秒後に、ゆっくりと長い息を吐く。


 疲れた。これからの用事もあるってのに、随分な仕打ちだ。


 今日はこれからゼレーニナの元に行って、明日は明日でラシェルとの用事か。


 疲れたのはどうやら俺だけじゃなかったらしく、クルーガーも抑える様にして目元を揉んでいた。


 そんな俺達とは対称的に、ロニーが考え込む様な顔で腕を組む。


「何であんたは、あんなに話して貰えるんだ?あのカワセミから、直々に頼まれ事まで………」


「さぁな。俺も何であいつに目を付けられたのか、まるで分からん」


 真剣に悩んでいるのだろうが、取り合う気にならないのが本音だった。


 俺とクルーガーが息を呑んでいる中、1人だけあのラシェルと仲良くなって関係を進展させられないか、と考えているのだから正直に言って、無理の無い話だと思うが。


 腕組みをしたままのロニーが、俺の顔を見つめる。


「何だ?」


「………俺も、もうちょっと強気に喋った方が良いかな」


 そんな言葉にクルーガーが、片手で顔を抑えた。


 溜め息が漏れる。





「お前の場合は、余計な事を言わない方が先だな」

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