190
ラクサギア地区は、聞いていたよりは辛気臭い場所では無かった。
口元を粗雑に拭う。
帝国から支援を受けた修道士どもに支配されている地区と聞いて、さぞ殺風景でつまらない街かと思っていたのだが、そこまで悲観する事は無さそうだ。
少なくともこんな風にバーでビールを飲めるなんて、先週まで思いもしなかった。
半分とは行かずとも、地区の幾らかは“現代化”が進み、洒落た店やバーが開かれているし、中央区画程じゃ無いものの“物乞いとは見なされない”服も売られている。
街一つが丸ごと修道院の様になっている、と噂で聞いた事があったが流石に過度な表現だったらしい。
だが、他の“テネジアなんぞ知るか”地区に比べれば、窮屈な街には違いない。
俺達はまだ、カラマック島から派遣された“黒羽の団”の物資調達員として、マシな生活が出来る。
帝国に抗うギャング達や組織がブラックマーケットから仕入れた武器や医薬品、ディロジウム燃料等の物資運搬員としてギャング達に歓迎され、洒落た作りのバーでこうしてビールが飲める。
その気になればナッツとチーズでもつまめるし、芳醇な味わいの葉巻だって吸えるが其処らの連中はそうも行かない。
修道士にならなかった者、また修道会の機嫌を取らない者は、どんな仕事をしていてもこの地区では冷たい目を向けられる事が日常茶飯事だ。
ただ、普通に働いて普通に暮らしているだけでも、修道会に従わないと聞くだけで修道士やその協力者達、助修士または労務修士と呼ばれる連中から罪人の如く冷遇される。
もっとも、修道会に従わない時点で奴等からしたら罪人も同然なのかも知れないが。
ギャングの構成員になるか、またギャングの“側”に付いて協力者にでもならない限り、この街ではどれだけ額に汗を流して働いても何とか食べていく程度の稼ぎにしかならない。
この街では、修道院かギャングのどちらかに属さない限り人並み以上の生活は出来ないのだ。
ラクサギア地区が二分されてから、随分と経つ。
帝国から支援されている聖レンゼル修道会ことメネルフル修道院、その修道女。また、それを支援するテネジア教徒及び聖職者。
民衆の代表者たるストリートギャングや、その構成員。また、それを支援する住人達。
修道院とギャング。ラクサギア地区はその2つの勢力によって二分され、抗争と呼んで差し支えない争いを長らく続けてきた。
“抗争”と呼ぶからには、勿論看板を掲げあって口論する様な争いではない。
今週だけでも、ラクサギア地区では既に5人の死傷者が出ている。
ギャング“トルセドール”の構成員が3人、
2人は修道女。
どちらも、遺体を“境界線”近くの警告に使っている。
向こうは祈る姿勢にした遺体を道に並べ、テネジア教に背いた者がどうなるかを近辺に知らしめた後、撤収した。
ギャング“トルセドール”はそれより長く、“境界線”近くに遺体を吊るしてから撤収している。
この地区だけ未だに戦争を続けている様な有り様だが、これでも一部の住民曰く“以前のラクサギア地区より大分マシになった”らしい。
かつてラクサギア地区は修道女及びその関係者、そして聖職者を志さなかった民衆で構成されていたそうだ。
バーなんて数える程しか無く、バーで出る酒の種類は更に少なかった。
その上、修道院の権力及び武力は憲兵に負けずとも劣らず、実質ラクサギア地区を取り仕切っているのだから人々は従うしかない。
当時の記録では、“ラクサギア地区のメネルフル修道院は、他地区の上流階級が住まう宮殿と同義である”とまで表現された程だ。
しかし抑圧され強制された人々の例に漏れず、一部の民衆は真の“自由”を得るべく立ち上がった。
立ち上がった者達への呼び名は、様々なものがある。それこそ“鎖を離れた者達”だの“解放者達”だの、幾らでも耳当たりの良い呼び名はあるだろう。
だが、民衆の殆どが彼等を“ストリートギャング”と呼んだ。
修道女“以下”としか扱われなかった人々。パンも空魚もワインも、まず修道院への納品が済んでから仕入れと交渉が始まる街の店。
意見の食い違いがあれば圧倒的な権力と武力によって、叩き伏せられる者達。
次第に、その何割かが修道院に対抗し始めた。
修道院に納品した後ではなく、納品する前に品物を仕分けて民衆に卸す者。
修道院の目が届かない場所を探し、必要なら場所を作り出し、他の地区に遜色無いバーを開く者。
武器を仕入れ身体を鍛え上げ、修道士達の権力や武力行使、所謂“強引な説得”に対抗し始める者。
それらの利益と自由を元手に、ストリートギャングはこのラクサギア地区で、他の地区のギャングとは違う意味合いと色合いで徐々に勢力を伸ばし始めた。
次第にギャングの味方をする民衆や、利益と自由を享受して華やかな日々を送る者が現れ始める。
高価な上、陳腐な味の紙巻き煙草しか無かったラクサギア地区に、芳醇な風味の葉巻を持ち込んだ事で一際支持者と構成員が増えたそのギャング達は、“トルセドール”(葉巻を巻く人)とよばれた。
ラクサギア地区の人々が、皮肉にも信仰ではなくトルセドール達に希望を見いだし始めた頃。
勿論、修道会がそんな“不作法”を野放しにしておく道理は無く、遂に修道会は警告ではなく“実力行使”に移った。
ある1人のトルセドールを捕らえ、“罪深い背教者”として骨を粉々に砕いたのだ。
その憐れなギャングは手足と顎の骨を砕かれたまま、直ぐには息絶えぬ様に時折水を飲まされながら、腐るまで修道院の近くで張り付けにされていた。
首から、“罪人”と記された掛札を掛けられたまま。
憲兵に勝るとも劣らない権力と武力を持った修道士達に、改めて民衆は震え上がる。
だが、数日もすればギャングと同じく手足を砕かれ、目と口を縫われた修道女が1人、呻き声を上げながら逆さに吊るされていた。
“狂信者”と掛かれた札を、首に繋がれたまま。
こうしてラクサギア地区における、修道院とギャングの長きに渡る抗争が始まったのだ。
芳醇な味わいの葉巻を、ゆっくりと燻らせる。
我が団の財源の一つ、ブラックマーケットを通して我が団が製造した物資の売買は、想像以上の利益となっていた。
勿論かつての全盛期程では無かったが、それにしても随分な利益には違いない。
我が団の生産性が大きく向上したのもそうだが、何よりも我々の関与出来る市場が広がったのが大きかった。
何とか利益を出してこそいたが、去年の夏頃まで狭く衰退していた市場がここまで広く潤沢に持ち直したなんて、あの頃の誰に言っても信じなかっただろう。
まさか自分も鹿車で運ぶ程の大口取引をまた出来るとは思わなかったし、こんなにも帝国に反する連中が勢い付くとは思わなかった。
葉巻の灰を落とし、もう一杯ビールを注文するとナッツも要るか、と薦められたのでそれもついでに注文しておく。
我々は“黒羽の団”から派遣された運搬員、調達員ではあるが、一応身分と所属は偽っている。
念の為、と言う訳では無いが“予防は治療に勝る”という意味でもブラックマーケットでは別名義で仕事をしているのだが、それを見透かしているかの様にここのギャング、“トルセドール”は黒羽の団を肯定的に捉えてくれている様だった。
我が団の象徴たるシマワタリガラス、ひいてはカラスに縁起が良いと言い、聖レンゼル修道会に対抗する反逆の象徴だと、まぁ随分と褒めてくれる。
言うまでもなく自分は他人の体で話を聞いていたが、想像以上に我が団は反政権組織や帝国に抗う者達にとって希望を与える存在らしい。
それに加え有数の宗教地区でもあるこのラクサギア地区では、帝国軍ひいてはテネジア教徒、そして聖レンゼル修道会を震え上がらせているあの、邪神“グロングス”をかなり歓迎している様だ。
バーの壁に掛けられたカラスの群れの絵画や、トルセドールの縄張り各所の壁に塗料で描かれた、粗末なカラスのマーク。
その上、この地区に来てギャングの構成員と少し話をしただけでも、彼等が黒羽の団やレイヴン、ひいては団が味方に付けている例の“グロングス”を応援している事が伝わってくる。
グロングス“本人”を知っている身としては複雑だが、カラスが反逆や革命の象徴として広く認知され始めているのは、素直に気分が良かった。
ナッツを添えて出されたビールを、トルセドール達の会話を聞きながら飲む。
このラクサギア地区にもレイヴンが来て、修道女と憲兵どもを叩き潰してくれねぇかな。
いや、いっそカラスを引き連れた“グロングス”があの不気味な修道院長を八つ裂きにして、それこそカラスの餌にしちまえば良いんだ。
そうすればこのラクサギア地区だって、辛気臭い修道院だけじゃなく人々が心出来る地区になるのによ。
ビールに添えられていたナッツを口に放り込みながら、内心で苦笑する。
有数の宗教地区ラクサギアで、よりにもよって邪神グロングスが頼りにされるとはな。
いつかカラマック島で見掛けた、あの不気味な男の顔が脳裏を過る。
今の所、あの悪名高きグロングスをラクサギア地区に差し向けるなんて話は聞いていないが、もしそうなれば。
修道会と修道女には、悪夢の様な日になるだろうな。




