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羽根を模した、蒼白い紋様がゆっくりと消えていく。
気味悪く思う者も幾らか居たが、自分はこの紋様を気に入っていた。
あの“力”を発揮している時だけ妙な熱と共に、この超常的な蒼白い紋様が浮かぶ。
黒魔術だの何だのを恐れる者や忌避する者は多いが、自分はまるで恐れた事が無かった。
超常的な代償も力も結局は、“大きなハサミ”の様な物だ。
使い方と掴み方を間違えれば自分の手を裂くが、間違えなければ役に立つ。
大きい分、誤れば指を切るどころか腕を切り落とされるが、刃が大きい分普通なら切れない物を裁ち切る事が出来る。
それだけの話でしかない。
だからこそ、隊長からこの羽根の紋様が浮かび上がる“印”を授けられた時も、周りと違いその重さを噛み締めるだの、自分が一線とやらを踏み越えただのは、まるで意識した事は無かった。
後にその事を仲間に話すと、呆れた様な顔をしたり驚いた様な顔をしたり、様々な反応が返ってきた事を覚えている。
そしてこの組織に入り隊長と共に様々な仕事をこなす内に、自分が思っている数倍、いや数十倍もこの空は広い事を知った。
童話でも寓話でもなく、この世界には黒魔術が存在する事。子供騙しのおまじないの類いから、大の大人が真っ青になって震え上がるものまで、幅広い魔術があるという事を。
勿論言うまでも無く大の大人、それもテネジアの彫像に唾棄する様な厳ついギャングが臓物を撒き散らして死ぬ様な“本物”の黒魔術は、子供のまじないや金貨目当ての紛い物に比べれば遥かに希少ではあるが、その希少性の高さは問題では無い。
誇張ではなく実際に、人を八つ裂きにする様な魔術が“実用的な手段として存在する”という事が重要だった。
もう紋様の消えた左手の甲を、思い出す様に擦る。
主観で言わせて貰うならその“本物”達の中でも、我々という組織は頂点近くに位置していた。
袋から溢れそうな金貨と引き換えに、帝王やそれに準ずる者達と取引して“目障りな連中”を片付ける。
それも、人智の及ばない様な超常的な魔術と共に。
時折、顔すら知らぬ輩から帝王の部下かの様に噂された事もあるが、我々は帝王の部下でも配下でも無かった。
ただ“大口の取引先”として帝王からの依頼があるだけで、我々と帝王は対等の位置にある。
その気になれば、幾らでも他の取引先は存在するし現に他の仕事を請け負う事も少なくなかった。
実際、レガリスの裏社会には国の歴史に刻まれる程に名を馳せた暗殺集団が幾つかあったが、その半分以上が別名義を使った我々の事を指している。
我々に関与しないまま名を馳せている集団もあるにはあるが、我々に準ずるか我々には及ばない程度、と言うのが個人的な感想だった。
バラクシア都市連邦の“首都”、中央国レガリス。
そのレガリスの帝王と対等な立場で取引出来る暗殺組織など、我々を置いて他には存在しない。
近年の話をするならば、かつてレガリスを震え上がらせた武装組織、“黒羽の団”でさえ我々を手こずらせこそしたが、結局は敵わなかった。
東方国ペラセロトツカを裏で支え、一国の戦力に匹敵する程の実力を持つ武装組織。
そしてその戦力こと謎多き工作員、“レイヴン”の排除でさえ、我々からすれば“他より手のかかる仕事”でしかない。
浄化戦争中は勿論の事、浄化戦争後も数え切れない程のレイヴンを我々は排除してきた。
あの帝国軍の隠密部隊でさえ苦労していた様な、あの悪名高きレイヴンを。
隠密部隊でさえ探知出来ぬ形で戦争中の帝国軍の背中を押し、その手柄にさえ気付かれる事無く闇に消える。
結果、帝王と一部の人間以外は全く我々の後押しを知らぬまま、浄化戦争の勝利を喜ぶ事となった。
我々に支えられているとも知らずに。
勿論その後も、害虫の様なしぶとい残党を残さず排除し、またも闇に消える。
隊長はまるでそんな素振りを見せなかったが、個人的にはこの稼業と組織を大いに誇っていた。
バラクシア都市連邦が誇る奴隷貿易、そして都市連邦の首都レガリスを勝利に導いたのは、我々なのだ。
あの帝国を、長らく影で支えてきた上に対等たる取引までしている組織。超常的な黒魔術を手に、この空を自由に駆けている独立組織。
そんな組織が、一体この空の何処に居ようか。
この組織に居る事が其処らの自信過剰な有象無象とは、一線を画す存在である事の証明でもあった。
しかし、万事が万事予定通り、という訳でも無い。
我々が徹底的に叩き潰した甲斐あって黒羽の団は近年まで、後一押しで息絶える所まで来ていたのだが……………
何やら相当に稀有な事が起きたか、それとも主導者が博打の様な方向に舵を切って成功させたか。
もしくは、その両方か。
何が起きたのかは知らないが、驚くべき事に黒羽の団はあれだけの死に体だったにも関わらず息を吹き返し、この数年の衰退ぶりが嘘かの様に再び勢い付き始めた。
黒羽の団は今、再び抵抗軍の頃の、浄化戦争前や浄化戦争直後の勢いを見せ始めている。
帝王から再びレイヴン連中の駆除を依頼された時も、正直に言って自分は“手が掛かる代わりに、またも金になる仕事が入ってきた”と言う感想しか無かった。
黒魔術を使うと言う噂を聞いても、実際に報告を読んでも、まるで気にならない。
我々とて、黒魔術を扱う連中を相手取った事は少なくない。
我々から見れば切れ端程度の“虚無”を纏った、狂信者の遺物。
その遺物を要や足掛かりにして、中々の黒魔術を使う者も居るには居る。
もしくは、実際に黒魔術を“実用に足る”程度まで学んだ連中も居た。
だが、それだけだ。
そんな連中だって我々は丁寧に片付けてきたし、先述の通り我々は黒魔術においても“頂点”近くに位置している。
だからこそ、そう言った連中も他の目標と同じく、丁寧に片付けてきた。
暗殺や戦においても、超常的な黒魔術においても、我々は滞り無く任務を遂行し、依頼された目標を排除する。
例えレイヴンが黒魔術を振りかざしたとしても、それはこれからも変わらない。
件のレイヴンがあのウルグスから、“印”を授けられていたとしても。
手こずるだろうが、それだけだ。
そう思っていた。
“超常的な黒魔術を扱う、手こずるレイヴン”に過ぎないと。
だが、隊長は違った。
隊長だけは今回のレイヴン達の“復活劇”に関して、随分と深刻に考えているらしい。
近年はどんな依頼を遂行しても何一つ感情を表に出さず、大した関心すら見せなかった隊長が今回ばかりは随分と関心を見せていた。
提供される以上の情報を金を払ってでもかき集め、レイヴンの駆除に関しても普段以上に念入りに叩き潰す。
特に“印”に対する関心はかなり強く、もしもレイヴンに“印”が確認出来たら最悪切り落としてでも持ってこい、とまで言い出す程だ。
正直に言って、幾ら我々と同じ“印”が絡んでいるとしてもあの隊長が“執着”とも言える程に関心を見せるのは、正直意外だった。
あのウルグスについても別に信仰している訳でも無く、それどころか“クソフクロウ”とまで呼んでいる始末だ。
それが、どうにも噛み合わなかった。
普段からラグラス人こと亜人を“獣人”と呼び、必要とあらば眉一つ動かさずに相手の内臓だってその手で抉り出す。
その上、隊長は感情を強く表に出す事は殆ど無く、我々が隊長の感情や関心を知るには微かな表情や語気の変化から読み取るしかなかった。
隊長の心は、何事にも揺れ動かない。いつも書類を捲る様な、冷えきった眼で世界を見ている。
だからこそ。
幾ら“印”絡みだとは言え、隊長があんなにも強い関心や執着を見せる事に、自分のみならず一部の仲間達も戸惑っていた。
そして、あのレガリス中央新聞。
あの新聞を読んで以来、隊長は今回のレイヴン駆除やウルグスの“印”に一層執着する様になった。
何れ程の大金にも、何れ程の美酒や美女にも、何なら黒魔術にも大して心動かなかった隊長が、まるで新しい趣味でも見付けたかの様な顔を見せている。
勿論その新聞記事は自分達も読んだが、隊長程の方が盛り上がる様な記事には到底見えず、皆で首を捻っていた。
新聞の記事も、行方不明だった元英雄がよりにもよって黒羽の団に取り込まれていた事が分かっただけの、下らない記事だ。
取り立てて騒ぐ程の事も無い。
だが、隊長がその記事を読んだ時の、不敵な笑みと共に記事を見つめていた、あの隊長の顔だけは忘れられなかった。
「お前だったか、デイヴ」と呟いたあの顔が。
次回更新日は4月5日です。
来年も、宜しくお願いいたします。




