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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 窓の外で、吹雪が唸っている。





 唸り続ける吹雪に対して、此方は言葉が出なかった。


 出会って以来、ユーリが何気無く淹れていたハーブティーや振る舞われたばかりの様々な料理、ザルファ教へ対する信仰。


 その全てに、そこまでの物が掛かっていたとは。


「…………今までの全てを失い、世界中が自分の敵になっていく辛さは良く分かるつもりだ。此方を人とも思わず、踏みにじる連中によって家族や愛する人、過去の温もりまで引き剥がされる事もな」


 過去に想いを馳せているのか自身のカップを見つめながら、ゆっくりと椅子を軋ませるユーリ。


 身内は居なくなり、周りから人生も人格も否定され、愛する人さえ奪われていく。


 過去故に団内であれほど嫌われていた自分に、何故ユーリがあんなにも親身になってくれたのか、今なら少しだけ分かる気がした。


「こう言うと、“俺とお前じゃ境遇が違う”と言われるかも知れない。だが、お前なら分かるだろう」


 ユーリが見つめていたカップから視線を上げ、此方を真っ直ぐに見る。


 射抜くとさえ言えるその真っ直ぐな眼に、此方も真正面から目線で応えた。


「俺達は仲間だ、デイヴィッド。例えレイヴンで無かったとしてもな」


 そんな、ユーリの言葉に胸へ重い物が染み込んでいく。


 言わんとしている事が、手に取る様に分かった。


 俺達は2人とも、周りからどう見えようと“全てを失った”事がある。


 ユーリはリドゴニアで、俺はレガリスで。


 戦争の為に全てを奪われ、戦争が故に全てを失って。


「俺はその………全てを失いリドゴニアで指名手配こそされたが、お前の様に悪評や非難に苛まれた事は無い。だから、お前が何れ程辛いのか、真に分かっていない所があるのかも知れない」


 きっとユーリも、と言うより確実にユーリも今回の事で俺がどんな風にアマンダと別れ、と言うかアマンダにどう決別“されたか”を知っているのだろう。


 ライサの話を聞いた後では、アマンダが生きてる時点で遥かにマシなのかも知れないが。


 少なくとも、表情からしてユーリは真剣に俺の事を心配してくれているらしい。


 ユーリが決意を示す様に自らの手を握り締めながら、訛りと共に通る声で言葉を紡ぐ。


「だが、諦めないでくれ」


 あれほどの境遇に居ながらも、それでも諦めずに立ち上がったユーリが放つ言葉には、信じられない程の芯と強さが見えた。


 窘めるのではなく、叱咤するのでもなく、まるで願う様な声。


「無責任な言葉に聞こえるかも知れないが、どれだけ過酷に思えても、どれだけ心無い連中に非難されたとしても、決して今の道を諦めないでくれ」


 窓の外で、吹雪が再び唸る。


 ユーリの訛り混じりの強い語気へ重なる様に、窓が揺れた。


「どれだけ気に入らない奴が居ようとも、この団でお前が成した事によって救われた者は、必ず居る。現にこの団は、お前が来るまで先を悲観している者が多かった。帝国や現政権、帝王を倒したりするなんて夢のまた夢、今の自分達は帝国を倒すどころか奴等に滅ぼされないのが精一杯だと、思っている者が数多く居たんだ」


 約、半年前。


 俺がカラマック島を、初めて訪れたあの頃。まだ、ドゥプラを仕留める前。


 あの時、黒羽の団が再びレガリス及び帝国を脅かす様になるなど、誰が予測出来ただろうか。


 浄化戦争の残り火の様な、薪の欠片から細く伸びる煙の様な抵抗軍が、レガリス奴隷貿易組合に緊急総会を開かせる程の大火になるなど、誰が予測出来ただろうか。


「お前が来てから、それが少しずつ変わっていった」


 そんなユーリの言葉は諭す様にも、祈る様にも聞こえた。


 そうだ、考えてみれば。


 最初にこの山小屋で出会った時から、ユーリは以前“噂で悪いが、お前が此処に来た経歴も知っている”と言っていた。


 黒魔術だの元帝国軍だの俺の前評判を知っていた事からも、ドゥプラを暗殺した頃から既に噂は聞いていたのだろう。


「あの浄化戦争に敗北して以来、今まで踏みにじられるしか無いと諦めていた者が、再び立ち上がり始めているんだ。自分達にも否定されない道があるんじゃないかと、再び足掻き始めているんだ」


 再び足掻き始めている、か。


 クルーガーや団員に少し都合してもらい、この団でレガリス中央新聞を読んだ事もあった。


 勿論、奴隷制度の代表たるレガリスの帝国は良い様に書かなかったが、記事を読み“人々も、まだ諦めていない”と思った事もある。


 まさか、団ではなく“自分が切っ掛けで変わり始めた”と言って貰えるとは、夢にも思わなかったが。


「ザルファ教だって、そうだ」


 ユーリの語気は一切弱まる事を知らず、次々に言葉を紡いでいく。


 時折意識し直すのか、ニヴェリム訛りに強弱を付けながら。


「ザルファ教を信仰する事、宗教、文化を否定されない事に救われている人達は必ず居る。テネジア教が否定される事じゃなく、ザルファ教が否定されない事に未来を見出だしている人が、必ず居るんだ」


 俺も含めてな、とまたもや訛りが強くなったマグダラ語でユーリが付け足す。


 テネジア教が否定される未来ではなく、ザルファ教が否定されない未来、か。


「デイヴィッド。お前が立ち上がり戦う事は、奴隷制度廃止だけでなくザルファ教を絶やさない事にも繋がる。ペラセロトツカや、リドゴニアの文化もな。繰り返しになるが文化や宗教、色んな物を失ったお前がこの戦いで更に失っている事は分かっている。壊れた天秤の様な、余りにも不条理な仕打ちに思えるかも知れない」


 そう言い切ったユーリが、骨の音が聞こえそうな程に拳を握りしめた。


 俺達2人は、この世界がどれだけ“不条理”かを良く分かっている。


「だが、お前が戦い続けている事によって…………目に見える以上の、お前が思っている以上の人々が救われているんだ。自分を否定されずに生きていけるかも知れない、人々が居るんだ。お前が名声や名誉を省みず、帝国に立ち向かったおかげで空を見上げて生きていける人達が必ず居るんだ」


 そう言い切り、想いを出し切った様にユーリが目線をカップ、いや机に落とす。


 目に見える以上の人々、か。


 確かに俺はこの団では歓迎されていない。ラグラス人を浄化戦争で殺して回っていた事は間違いないし、団員の皆が知っている。


 レガリスの帝王にはそのラグラス人殺しの末に、気に入られていた事も。


 今更になって、戦争までして保守した奴隷制度に反対する“側”に付いた事も。


 そして、不気味な黒魔術に魅入られ“カラスの怪物”となった事も。


 今では“一刻も早く団から追い出すべきだ”と睨まれるか、“下手に触るとカラスに耳か眼を啄まれる”と畏れられるか、その2種類の人種が団の大半を占めている始末だ。


 それに加えて最近は、とうとう元恋人のおかげでレガリスに抵抗軍に居る事が割れてしまい、疎遠だったとは言え家族までもがレガリスで理不尽な目に合っている。


 敗北と損失しか無い戦いだ。大半の人間には、そう見えるだろう。


 だがそうして俺が戦った結果、俺の目に見えない無辜の人々、理不尽に虐げられてきた者が空を見上げて、未来を信じて立ち上がれるなら。


 歩き出せる人々が居るのなら。


 名誉を失い弟を失い、四方八方から化け物呼ばわりされ処刑しろと叫ばれ、遂には元恋人との想い出まで失った、半年近く続いている俺の戦いと決意は、決して虚しい勝利でも慰めの茶番でも無かった、という事だ。


 全てを削り取られた俺の戦いは、無駄では無かった。


 言葉にしてみれば、それだけの言葉ではあるが今の自分には随分と響く言葉である事も、否定しない。


 鼻を鳴らしながら椅子に体重を掛けると、思った程椅子は軋まなかった。


「なぁ、ユーリ」


「何だ?」


 口を開いたは良いものの、言葉に詰まる。


 感謝の言葉を述べるつもりだったが、思い付く言葉の全てが不適切に思えて言葉が出ない。


 椅子に体重を預けたまま少し考えたが、それでも言葉は出ない。


「……………その、何だ」


 ユーリが、不思議そうな顔をする。


 任務の連中と話す時は幾らでも言葉が出るのに、こんな時にはどうして出ないのか。


 色々と考えた末に、頭を掻いた。


「仲間が居るってのは、良いものだな」


 俺の言葉にユーリが呆然としたが、少しして微笑む。


 間を取って考えたにしては捻りの無い言葉だったが、ユーリには伝わったらしい。


「来年も、狩りに行かないか」


 俺と同じく少し考える様な仕草の後に、言葉を選んだ様にユーリが呟く。


 僅かに、口角が上がった。


「また色々な料理を振る舞ってやろう。これでも料理には自信があるんだ」


 これでも、か。


 つい先程ユーリから金が取れる程の豪勢な料理を振る舞われたばかりなのに、まだ控え目だったかの様な言い方に笑ってしまう。


 良い奴だな、全く。


「なら尚更狩りを手伝わないとな。肉が必要だろう」


「あぁ、手伝ってくれ。カラスの眼で獲物を探してくれるなら、心強いしな」


 そう言えばそんな事もあったな。寓話の様だとユーリには評されたが、実用的に考えてみても意図的にカラスを使って空から獲物を探せるのなら、狩猟の際にも助かるのは間違いない。


 もしユーリにカラスの眼が付いたなら、シカやニワトリ、何ならタカやワシまで畏れる程の狩人になる事だろう。


「しかし俺が言うのも何だが、カラスに狩りを手伝わせるのは不気味じゃないか?」


 カラスに不吉な、不気味な印象を抱く者は多い。


 俺の様な戦場を経験した者は特に、その傾向が強かった。


 戦争で、その第一線で、血腥い殺し合いを経験している兵士なら皆、示し合わせた様に一度は見ている。


 放置された兵士の遺体から肉を食い千切っては啄む、不気味なカラスの姿を。


 先に言っておくが、屍肉漁りとして有名な大型鳥類、ヤギクイワシが自然の中で腐肉こと動物の死骸を喰らうのは有名な話だ。


 利権に直ぐ様食い付く奴を、ヤギクイワシに例えて非難する事もある程に。


 だが自然界において、当然ながら腐肉の全てをヤギクイワシが喰らう訳では無い。


 都市部を除いた世界、人間から離れた自然において様々な要因で死骸こと腐肉は生まれる。


 そうした死骸は一般的に長距離、広範囲を素早く移動出来る鳥類によって、殆どが処理されると考えられがちだ。


 だが西方国キロレンの調査によると実際、自然界で発生する腐肉は鳥類以外の四足獣、コヨーテ等によって半数近くが処理されているらしい。


 まぁ、納得の行く話ではある。


 前述したコヨーテもそうだが、ウナギやシデエビ、ウジ虫やハエと言った腐肉食の生物が世界には数多く居るのだから。


 だからこそ、必ずしも死骸を漁るのが鳥類とは限らない。


 だが、戦場においてはどうか。


 勿論全てにおいて当てはまる訳では無いが、不思議と戦場の遺体には腐肉食の鳥類、何よりカラスが集まる事が多い。


 血腥い戦場になる様な土地や場所、気候において戦死した兵士の遺体は、奇妙に見える程にカラスを惹き付けるのだ。


 ヤギクイワシよりもコヨーテよりも、カラスを。


 俺自身、かつて戦場で遠目にカラスが集まっている土地を見て、“大規模な戦闘があった”と判断して進行した所、概ねその通りだった事が幾度もあった。


 不思議な事に同じ様な場所、気候や土地において戦争や抗争“以外で”死骸や遺体が出た場合、カラスはそれほど出てこない。


 前述したヤギクイワシやコヨーテが大半であり、場所によってはウジやハエ。シデエビや、ウナギも出るだろう。


 カラスはそれなりに顔を出して残りの屍肉を幾らか漁り、辺りの連中を少し気味悪がらせる程度でしかない。


 勿論、改めて説明されるまでもなくカラスは本来、雑食だ。


 その雑食の一つに、兵士の遺体こと腐肉が含まれているに過ぎない。


 しかし、いやだからこそ。


 俺の様な血腥い戦場や殺し合いを経験している者は、カラスから不吉な物を感じるのだ。


 最も、ただ屍肉を漁っているだけで殺した訳でも無いカラスに対して“不気味”など、実際に数えきれない程戦争で殺してきた俺が言えた口では無いが。


 むしろ皮肉を交えて見るならば、あれだけの大罪を犯した俺がカラスから懇意にされ、あまつさえカラスに“狩り”を手伝わせているなど、お似合いとしか言い様が無いだろう。


「そうでもないさ。ザルファ教において、カラスは叡智の象徴だ」


 少しのめり込んでいた思考がそんなユーリの言葉に引き戻され、少し呆気に取られる。


 叡智?


「テネジア教徒にはカラスは不吉な物、良くない物をもたらす印象が強いが………ザルファ教、氷骨神話においてはカラスは叡智の象徴でもあり、戦神フラヴゴロルから戦場へと送られた遣いでもある」


 フラヴゴロル………ザルファ教の主要神の一柱、狡猾で貪欲な戦神だったか。


 確かに思い出して見れば、カラスは戦神フラヴゴロルの神獣でもあったな。


「ザルファ教徒にとって、カラスは本来不吉な物でも何でもない。むしろ戦場においては、戦神を表す意味も持つ。カラスを見かけると縁起が良い、戦神が我に付いてると言う者も居るぐらいだ」


 まぁ屍肉を漁るカラスを不吉に思う者が居るのも、仕方無い事ではあるが。と締め括るユーリを眺めつつ、再び考えを巡らせる。


 ユーリは確か、軍神メグジュールを信仰しているんだったか。


 それにしては随分と、フラヴゴロルを肯定的に捉えている様だ。勇猛なメグジュールと、狡猾なフラヴゴロルでは対立しそうなものだがな。


「………お前が信仰しているのは確か、メグジュールだったよな。メグジュールを信仰する様な教徒は、フラヴゴロルを嫌いそうなものだが」


 そう返されるとは思っていなかったのか、俺のそんな言葉に少しユーリが意外そうな顔をした後に微笑む。


 その表情は、楽しそうだ。


「勿論、メグジュールを信仰する者にはフラヴゴロルを嫌う者も居るが、まぁ少数だ。俺も戦神は嫌いでは無いんだが、生憎と軍神メグジュールの方を信仰しているんだ。やはり、性に合っているからな」


 楽しそうに語るユーリに、此方も少し笑みが溢れた。


 別に疑っていた訳では無いが、本当に気に入っているんだろうな。


 普段話す機会が無いのかそれともザルファ教の話題になるとこうなるのかは知らないが、先程までの熱弁とは違った形でユーリの言葉に熱が入る。


「神獣として巨大なタカを従え、雷を司る鎚を持ち、数多の敵を叩き潰し雷で焼き払う。勇猛で豪放、剛直な気質、正しく“軍神”だ」


 勇猛で豪放に剛直、か。


 ユーリが信仰している理由は十二分に伝わってくる、十人に聞いても十人が納得する理由だろう。


 少なくとも、俺がメグジュールを信仰するよりは余程納得の行く話だ。


「………俺には勇猛なメグジュールより、狡猾なフラヴゴロルの方が性に合ってそうだな。生憎とカラスも従えてる事だし」


 自嘲混じりにそんな言葉を溢すと、メグジュールについて語っていたユーリが、明るい眼のままに此方を見つめた。


 少し意外にも思えたがユーリが明るい眼、明るい表情のまま言葉を続ける。


「別に良いんじゃないか?むしろ、他のザルファ教徒よりフラヴゴロルを信仰するのに向いていると思うぞ」


「信仰するのに向いているって、俺がか?」


 そうさ、と上機嫌そうにユーリが続ける。


 ………この俺がザルファ教の戦神を信仰するとは、考えても見なかった。


「メグジュールの様な剛直で豪放な戦士とはまた違う、カラスを従えた、眼の鋭い獰猛かつ狡猾な戦士だ。お前は実際に戦場で魔術だって扱う、そうだろう?」


 カラスを従えた獰猛かつ狡猾な戦士、か。勿論そんな意味で言った訳ではないと分かっているが、皮肉込みで考えても俺みたいな奴が信仰するには、随分と向いている気がする。


 日陰から狡猾に獲物を狙い、背中を刺して喉を裂いて仕留める様な自分には。


 その上、何の因果か実際にカラスを従えて黒魔術まで備えてしまっている。


 考えれば考える程に、自分の様な奴にはうってつけの神様じゃないか。


 窓から伝わる吹雪の音を聞きながら、椅子を軋ませて天井を見上げた。






「フラヴゴロル、か」

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