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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 薪の弾ける音がする。






 リドゴニアで“ペチカ”と呼ばれている大型の暖炉は、随分と暖かかった。


 ユーリ曰く、暖炉の大きさと火力故に暖炉だけでなく炉としても使われており、オーブンとしても使えるのだとか。


 部屋と一体化している様な大型の暖炉だ、まぁ納得の行く話ではある。


 しかし正直な所、腹を空かせておいて良かった。


 何というか、まさかこんなにもユーリが豪勢な料理を振る舞ってくれるとは。


 空魚の燻製を使ったスープのオードブルから始まり、キシュカと呼ばれる肉のプディングの様な料理や、カブを使ったジャガイモとシカ肉のシチューと、様々な料理が食卓に出てくるものだから、思わず“他にも誰か来るのか”と聞いてしまいそうになった程だ。


 しかし、何とも楽しそうに作るので此方も何も言えない。


 その上困った事にやたらと旨い。其処らのレガリスの店で食えば、幾ら取られるか分からない様な豪勢かつ、味の良い料理だった。


 正直少し多い様な気もしたが旨いのも幸いし、少し時間をかけつつ料理の全てを腹に収める。


 ユーリの嬉しそうとも満足そうとも言える顔を見る限り、取り敢えずはこれで良かったのだろう。


 その後、何を言うでも無く当たり前の様にハーブティーを淹れてくれるユーリに、内心暖かい物を感じていた。


 相変わらず7フィートはある褐色の巨漢が小さなティーポットを扱う姿は、何とも言えない光景だ。


 少し多い豪勢な料理を食べ終えて満足している所にハーブティーの良い香りがしてくるのだから、ユーリの山小屋に居る時は余りの厚待遇につい自分がどんな人間なのかを忘れそうになる。


 つい最近まで、自身の不始末故に団から俺を追放する為、団員が署名まで集めていたと言うのに。


 こんな状況になれば、俺を憎むなり毛嫌いするなりしても何も不思議では無いのだろうに、それでもロニーが呼び掛ける前から俺の処分反対に署名しに来たのだから、ペチカより余程暖かい気持ちになる。


 ハーブティーの良い香りが、鼻腔を擽った。


「思った以上に、酷い吹雪だ」


 ハーブティーのカップとソーサーを差し出しながら、ユーリが心配した声音で呟く。


 確かに言われて見れば、菱形格子で補強された窓から見える外の様子は随分な事になっていた。


 強風で窓ガラスが幾らか揺れ、唸る様な風の音が外から警告する様に吹き付けている。


「デイヴィッド。無理にとは言わないが、泊まっていった方が良い。上等な毛布もあるし、部屋もある。生憎、酒と煙草は置いてないが」


 そんなユーリの申し出は、正直に言って助かる話だった。


 ユーリの山小屋だって団の居住区から近い訳じゃない、元々ユーリから今日は宿泊する話も出ていたので準備こそしていたとは言え、当然ながらこの吹雪の中を歩いて自分の部屋まで歩いて帰る事を思えば旨い料理とハーブティーを手に、暖かい暖炉の傍で夜を越す方が遥かにマシだ。


 その上、ユーリにはまるでそれを気にした様子も鼻に付く様な空気も無く、恐らくは何の裏も無しに俺の帰路を心配している。


 思わず苦笑にも似た笑みが漏れた。


 署名の件と言い、泊まりの件と言い、本当に“良い奴”だな、全く。


 そうだ、署名と言えば。


「そう言えば署名活動の件、聞いたよ」


 吹雪の音の中、ハーブティーに手を付けようとしていたユーリが手を止め、此方を真っ直ぐに見つめる。


 本人は感謝などまるで考えずに署名したのだろうが、それなら尚更感謝は述べるべきだろう。


「ロニーが呼び掛ける前から、俺の処分反対に署名してくれたんだろ?感謝するよ」


 そんな俺の言葉に、ティーカップを持ったままユーリが微笑を見せる。


 その顔は、余りにも優しく見えた。


「別に気にする事は無い、仲間を助けただけだ」


 そんな言葉と共に、微笑を溢しつつハーブティーに手を付けるユーリ。


 脳裏に、ロニーの言葉が甦る。


 “そのユーリって言えば“テネジア教徒の帝国軍”がこの空の何よりも憎いって有名だろ?”


 目線を落とし、息を吸った。


 胸中から、“聞く必要は無い”と声がする。


 こんなにも自分を歓迎してくれている奴に、わざわざ石を裏返す様な真似をする必要など無いと。


 その方が楽なのは言うまでもなかった。ロニーの勘違いか、“大した問題”ではないと切り捨ててこのままユーリの山小屋に泊まらせてもらうのが、一番平穏な選択肢だろう。


 …………それでも、聞かない訳には行かない。今、ユーリに対して誠実に向き合わない事は礼を失する事になる。


 例え、その結果ユーリと俺の関係が破断する事になろうとも、この唸る猛吹雪の中に“凍え死ね”と投げ出されたとしても。


 包み隠さず、向き合うだけの義理も恩義も充分にあるだろう。


「なぁ、ユーリ」


「どうした?」


 ユーリの顔は、穏やかだ。


「気に障るかも知れない事を、聞くぞ」


 単刀直入に聞いたが故の、一瞬の間。


 どうしてそんな事を、と言う表情をしたユーリが直ぐに顔を引き締めた。


「あぁ、分かった」


 目の前のティーカップに触れようかと思ったが、やめておいた。


 きっと、優雅な話にはならないだろう。


「お前がこの団であれだけ嫌われていた俺に良くしてくれたのは知っているし、今回の署名の件も感謝している」


 ユーリの表情は変わらない。


 ただ、目線だけで先を促した。


「だが今回の件で、ある事を聞いたんだ。お前が………“テネジア教徒の帝国軍”を反吐が出る程に憎んでいると。嫌われるのには慣れてるが、とてもお前はそんな様子に見えなかった」


 ユーリの表情は、変わらない。


 少なくとも、俺には変化が分からなかった。


 そして表情を変えないと言う事は。


「この団に来て半年だが、お前が損得だけで人を見て腹の底で憎みながら、親切を続けられる様な奴にはとても思えない」


 心当たりがある、という事だ。


 つまり、あの言葉も単なるロニーの戯れ言では無いと言う事になる。単なる誤解でもない、と言う事にも。


「言うまでも無いが、俺は元帝国軍で元テネジア教徒だ。帝国軍は不名誉除隊されているし、信心深いとは言えなかったが実際テネジア教徒だった事は間違いない」


 あの言葉が真実なら、俺を嫌うなと言う方が無理な話だろう。


 内心がどうにしろ俺は聖母テネジアの名の元に戦ったし、帝国軍として数多の命を奪ってきた。


 今更言うまでも無いが、自分は元々嫌われて然るべき存在なのだ。


 だからこそ。


「ならば何故、こんなにも俺を助ける?単にお前が礼儀正しい人格者というだけなら例え任務に出た仲だとしても、ここまで親切にする事も、それこそ署名する事も無かった筈だ」


 善意に理由を求めるべきでは無い。加えて言うならユーリは以前、“帝国を相手に戦うなら、誰であろうと同志だ。改心した野盗は誰よりも誠実だ”と言い切ってくれている。


 だが、そこまで言い切る男でも、いや言い切る男だからこそ。


 友人としてユーリと誠実に向き合う為にも、聞かない訳には行かなかった。


「…………俺が、“テネジア教徒の帝国軍”を良く思っていないのは本当だ」


 俺が更に口を開く前から、そう言い切るユーリに幾らか顎を引く。


 椅子に座ったままのユーリがテーブルに腕を置き、過去に想いを馳せる様にテーブルへ視線を落とした。


 その表情は、重い。


「正直に言えば、少し問題を起こした事もある。ラニー、ロニー・グリーナウェイが指揮していたデイヴィッド追放反対に署名した時、テネジア教徒のその………“熱心”な団員と意見の食い違いがあったんだ」


 熱心、か。ユーリは少し言葉を選んでいるのだろうが、指している意味は明らかだ。


 余程の口論でもあったのだろう、それも殴り合いが始まってもおかしくない程の口論が。


「まぁその時は上手く収められたが、そういう事が良くあるんだ。だから誤解されやすいんだが…………別に俺はテネジア教徒が気に入らない訳では無い。だから、テネジア教徒を理由に他の団員へ攻撃的になる様な事も無いんだ」


 ゆっくり息を吐いた。


 こう言っては失礼かも知れないが、容易に想像は付く。


 恐らくは、万物を二極論で考えている“有りがちな”連中に「テネジア教徒たる俺にに味方するのか、それとも敵対するのか」と絡まれ、問題になった経験があるのだろう。


 それも一度や二度でなく、何度も。


 思う所があるのか、僅かに身を乗り出してユーリが続ける。


「他人の宗教や文化を否定したいんじゃない、自分の文化や宗教を否定されない為に争うんだ。よく混同されがちな上に加害の言い訳に使われがちだが、この二つは明確に異なるものなんだ」


 顎に手を触れた。


 テネジア教徒を否定するのではなく、自らのザルファ教を否定されない為に、か。


 浄化戦争の前線で、戦っていた身としては身に染みる話だ。


「だが、どうやっても受け入れてくれない人、理解してくれない人は居る。そう言った人間が勝手な形………自分が考えた形で、俺や俺の味方を悪く言う様になる」


 ユーリの椅子が微かに軋み、感情故か言葉の訛りが強くなった。


 きっと、色々と思い出しているのだろう。


 そんなユーリを眺めつつ、口を開いた。


「テネジア教を目の敵にしてる訳じゃない、と言うのは分かった。なら帝国軍が、と言うのも何か理由が?」


 そんな俺の質問に、ユーリが苦笑にも似た表情を見せる。


「まぁ、テネジア教と違って帝国軍がどうしても気に入らないのを隠すつもりは無い。だがデイヴィッド、考えて見てくれ。この団に“帝国軍を気に入っている”奴なんて殆ど居ないだろ?」


 それもそうだ、と納得しない訳には行かなかった。物は言い様、か。


 当たり前の事を欠点の様に言って、相手を責めるのはよくある話だ。


 しかし、“テネジア教徒の帝国軍”を嫌うユーリがこの俺をここまで信じてくれるのか、の理由とは少し話が離れている様な気がするが。


「安心してくれ、話を逸らしている訳じゃない。順序があるんだ。お前に限ってそんな事は無いと思うが、“敵か味方か”だけで考える人達には俺が今から話す事はきっと、分かって貰えないだろうから」


 と、そんな事を考えていると俺の考えを見越してか、ユーリからそんな言葉が出た。


 ユーリとて回りくどい話になっている自覚はあるらしい、まぁ今更になって話を誤魔化す様な奴でも無いか。


「…………デイヴィッド、お前は確かに元テネジア教徒だ。今は信じていないにしろ、元から信じていなかったにしてもな」


 言葉を一旦切り、ユーリがティーカップからハーブティーを飲む。


 勿論ながら否定出来る訳も無い。俺は確かにテネジア教徒だったし、事実として浄化戦争で数え切れない程のザルファ教徒を殺した。


「だがお前は他の宗教……ザルファ教の存在を知っても、決して否定しなかった。其処らの気取った連中みたいに、下に見る事も無かった。我々の宗教、文化に敬意を払っていた。そして何より、ペラセロトツカで結果的に文化、宗教を迫害した事を本当に悔やんでいただろう」


 ユーリのそんな言葉に、崩落地区での会話を思い出す。


 任務後に崩落地区でザルファ教の事を教えて貰った時に自分が壊した物、奪った物の重さを噛み締めたものだ。


 ………俺は、数えきれない程の人々の命と未来を奪っただけでなく、無辜の人々の安寧と拠り所まで奪ってしまった。


「お前は人々の生き方や信条、文化を一方的に否定する事がどれほど罪深い事か、そして非道な事かを分かっている。だからこそ、あれだけ英雄として持て囃されている中、たった独りで帝国へ立ち向かえたんだろう」


 訛りが益々強くなり、ユーリが気持ちを落ち着ける為か改めてハーブティーを飲み干した。


 此方も、それに付き添う様にティーカップを空にする。


「余り人に話した事は無いが、かつて………俺もお前と同じく、何もかも失った事がある。リドゴニアでな」


「何もかも失った?」


 そう言えば、仲こそ良いがユーリの事は詳しく無い。ユーリに関して断言出来る事はリドゴニア出身である事、誠実な事、信じられない程に屈強である事ぐらいか。


 こうして見れば、何も知らないと言われても仕方無い程の関係でしかなかった。


 不意に唸る様な吹雪の音が強くなり、二人して窓に目を向ける。


 先程よりも、風は強くなっている様だ。


 こう言っては何だが、益々帰る訳には行かないだろうな。


 ユーリが窓の外を見つめつつ、長い息を吐いた。


「…………そうだな、時間はある」


 暗い窓から伝わる風の音を聞きながら、そう呟いたユーリが席を立つ。


 ペチカに薪を足し、そのついでなのか新たに湯も沸かし始めた。またハーブティーを淹れてくれるらしい。


「話し慣れてないが、少し昔の話をしようか」


 吹雪が、唸る。






「俺が、無宗教だった頃の話だ」

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