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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 紅茶の良い匂いがする。






 そんなに経っていない筈だが、こうして茶会に参加させてもらうのは半年振りの様な気がした。


 数日前まで神経が張り詰めていた事もあって、紅茶の香りが随分と安らいで感じる。


 深く、長い息を吐いた。


 まさかこうしてまた、当たり前の様に外を歩けるとは。


 前回の不始末とその結果から考えれば今後、文字通り鎖に繋がれるか鉄格子の中で寝起きする日々になっていても、不思議では無かったのだから。


 それどころか、吊るされたハトの様に捌かれ処刑されてもおかしくなかった。


 ウィンウッドの任務に出る前と同じく、こうして過ごせるのは僥倖と言わざるを得ない。


「灯火管制と厳戒態勢も漸く、解除されましたね」


 そんなクルーガーの言葉を聞きながら、紅茶に手を付ける。


 技術開発班の連中の表情が心なしか柔らかいのは、それが理由か。


「…………随分頑張ってくれたんだな」


 胸に暖かい物を感じながら、そんな言葉を溢した。


 先日、部屋にロニーが来た時にも感じた事だが自分が処刑、追放されない為にわざわざ団を巡って味方をかき集めてくれる仲間が居るなんて、正直驚いたものだ。


 紅茶片手に、椅子に少し体重を掛ける。世の中何があるか、分からないものだな。


 微笑を溢すクルーガーに対し、まるでカップを手に取ったりソーサーに戻したりしていたロニーが、自慢げに鼻を鳴らした。


「カラマック島を走り回って説得したんだぜ?後もう少し足が遅かったら、間に合わない所だったよ」


「グリーナウェイ」


 教師の様なクルーガーの窘める様な声に、自慢げだったロニーが途端にバツの悪そうな顔に変わる。


 どうやら、知らない間に師弟関係かそれに準ずる関係が出来ているらしい。


 そんな空気を誤魔化す様に、ソーサーから取ったり戻したりと落ち着かなかったカップの紅茶を、ロニーが急に飲み出す。


 あぁ、成る程。茶会、と言うより紅茶云々のマナーに慣れていないのか。


 “徐々に慣れさせていくしか無いですね”


 微かに苦笑いが見えるクルーガーの表情からも、どうやら予想は当たっている様だ。


「………それでもよ、頑張ったのは事実だ。だろ?クルーガーさん」


「まぁ、それは確かにそうですね。恩着せがましい事を言うつもりはありませんが、確かに容易かったと言えば嘘になります」


 一気に紅茶を飲んでは、飲み干さない様に慌てて残したロニーがそんな言葉と共にクルーガーへと向き直り、当のクルーガーは思い出す様な表情でそんな評価を返していた。


 少し、微笑ましい様な気持ちと共にまたもカップをソーサーに置く。


「処分の中止に伴い、ミスターブロウズのその…………現場の判断も、貴方の全面的な過失ではないと表明されました。少しずつ、今回に関する間違った悪評も訂正されていくでしょう」


 頭を掻いた。そう言えば、最近になって知ったとは言え随分な噂を広められていたものだ。


 俺の悪評について説明されている途中に、果たして何度聞き返した事か。


 “あれだけラグラス人を殺した癖に女一人を殺せなかった”と言うのはまだ分かる。だが、惚れた女だから見逃しただの、言い負かされて逃げ出しただの、カラマック島に広まる風評はまぁ何とも酷かった。


 まぁ元々、自分がどの様に悪く伝えられているかをわざわざ自分から聞いて回る様な真似はしなかったが、想像以上だったのは間違いない。


 気に入らないだけで道すがらの団員を殴り飛ばしただの、食堂で調理師と言い合いになって半殺しにしてからは食堂に行かないだの、他のレイヴンやレイヴン志願者、訓練生を見下しながら道を歩いているだの、聞こえてくる噂はどれも無茶苦茶だ。


「………でも、クルーガーさん」


 相変わらずカップをソーサーから取ったり戻したりしていたロニーが、小さく呟いた。


 その表情は、苦い。


「ブロウズの追放に署名してた奴等は、野放しですよ。あいつらがこのまま引き下がるとは思えません」


 そんなロニーの言葉に、クルーガーが小さく息を吐いた。


 話を聞いた時から分かってはいたが、何もかも元通りとは行かないか。


「前向きな話ではありませんがもしも次、今回の様な事が起きれば“彼ら”はもっと念入りな準備と共に、ミスターブロウズの追放へと動き出すかも知れません」


 ロニーとクルーガーの言う通り、不本意ながらこの手の連中が簡単に引き下がらない事は“経験上”良く知っている。


 むしろ今回の件で明確に団結した分、より面倒になったと言わざるを得ないだろう。


 この黒羽の団において自分、デイヴィッド・ブロウズの敵が形を持ってしまったのは今後を考えると、痛手なのは言うまでも無い。


 そんな事を考えているとどうやら表情に出ていたらしく、俺の表情を読み取ったであろうクルーガーが、提案する様な口振りで言葉を続ける。


「予防は治療に勝ります。今回、署名して頂いた味方の結束を強め、ミスターブロウズに属する本格的なグループを発足する必要がありますね」


 息を吐いた。


 何とも妙な事になったものだ、この自分がまさか“自分の味方グループを発足する”事になるとは。


 そんな事を考えながら再び紅茶に手を付けているとロニーが唐突に「そうだ、署名で思い出した」と口を開く。


「あんた、“カワセミ”と友人だったのか?」


 そんな事を聞いてくるロニーに少しばかり妙な顔をしたが、“カワセミ”が血塗れのカワセミ、つまりラシェル・フロランス・スペルヴィエルを指している事に気付き、眉を潜めた。


 俺がラシェルと友人?


 …………少しばかり頭を捻ったが、奴とはどう考えても“友人”なんて間柄ではない。


「いや。一度任務で一緒になったが、それきりだ。個人的に交流した事も殆ど無い筈だが」


 任務直前の飛行船やウィスパーの事はまだしも、団では任務以来まるで顔も見ていなかった。


 俺のそんな答えに、ロニーが皮肉な笑みを見せる。


「そうか?それにしてはわざわざ俺を探してまで話を聞いてきたぜ。暫く煙草吸いながら俺の話聞いてから、あんたの処分反対に署名してくれたよ。てっきり親友か何かだと思ったんだが違うのか?」


「ラシェルが?」


 思わずクルーガーの方を見るが、何とも言えない表情が返ってくる。


 “私も冗談だと言えたら良かったのですが”という表情からも、どうやら本当に俺を処分させない為に署名したらしい。


 あのラシェルが。


 何とも、不思議な事もあるものだ。


 あいつなら俺が処刑だの追放だのと聞いた所で、笑いながら紫煙を吹かす様な奴だと思っていたのだが。


 まぁ最初に出会った時の事を考えると、予想が付かない事など今更か。


「何だよ、あんたがカワセミの親友なら取り持って貰おうと思ったのによ」


 そんな拍子抜けの様な言葉と共に、伸びをしつつロニーが椅子を軋ませる。


 取り持つ?


 怪訝な顔をした俺の言いたい事を察したのか、ロニーが鼻を鳴らして口を開いた。


「カワセミの事だよ。ラシェル・フロランス………スパルヴァール」


「スペルヴィエルだろ」


「あーそう、スペルヴィエル。ほら、分かるだろ?ツテがあるなら、と思ってよ」


 クルーガーと顔を見合わせる。


 少しの間が開いて、再びロニーに向き直った。


 向き直った俺の表情を見て、今度はロニーが怪訝な顔をする。


「何だよ、良いだろ?最高の女じゃねぇか、美人で他も全部最高だしよ。あんな美人と付き合えたら言う事無しだろ」


 “カワセミ”が頬に返り血が飛んだまま睨んでくる姿や、マリーと抱き合っている姿が脳裏を過った。


 意気揚々とラシェルの魅力について語ろうとしているロニーを遮る形で、話し始める。


「良いか、悪い事は言わない」


 指で、少し顎に触れた。


 任務での光景や、任務前の張り詰めた空気を思い出す。


「ハネワシの嘴をブラシで磨く様な真似はやめろ、あいつはそんな気軽に関われる女じゃない」


 予想はしていたがやはり伝わらなかったらしく、ロニーが分かりやすく口を尖らせた。


「何だよ、付き合うなら美人に越した事ねぇだろ。まさか、あんたも狙ってるって訳じゃないよな?」


 ………もしこんな調子のロニーが、ラシェルに言い寄ったら大変だ。


 何というか、痣で済めば御の字な事になるのは間違いないだろう。


 こうして話している俺だってあの時、シマワタリガラスが来なかったらどうなっていた事か。


 少なくとも、握手出来る間柄にならなかった事は確かだ。


「それにしてもあんた、流石だな。“カワセミ”もそうだし、何だったか………ラグラス人の有名な、ほら偏屈な、山小屋の。屋根で頭掻いてそうな、とんでもない大男まで署名に来たぜ。そいつは俺が説得する前から署名に来たぐらいだ、名前は確か………」


「ユーリ?」


「あぁそうだ、ユーリだ。やっぱり友人なのか?あんた、とんでもねぇ知り合いばっかり居るんだな」


 間違える訳も無い。逆にその言い分で、ユーリ以外が当てはまる方が珍しいだろう。


 しかし、ユーリも署名してくれたのか。此方はラシェルと違い、一応納得の行く話ではある。


 俺に味方してくれた優しいあいつの事だ。きっと、話を聞いて一も二もなく署名する為にロニーを探し回ったのだろう。


 そう言えばあいつとはスヴャトラフが戦死した際の、ザルファ教の礼拝以来か。


「しかしあんた、よく仲良くなれたな。俺も詳しい訳じゃねぇけど、そのユーリって言えば“テネジア教徒の帝国軍”がこの空の何よりも憎いって有名だろ?どうやって味方に付けたんだ?」


「何だって?ユーリが?」


 ユーリが“テネジア教徒の帝国軍”をそんなに嫌っているなんて、言うまでもなく初耳だ。


 ユーリと出会って以来、山小屋に任務、葬式まで一緒に過ごしたが勿論そんな様子は無かった。


 しかし何があったかは知らないが、“テネジア教徒の帝国軍”をそんなに憎んでいるなら、俺など格好の的の筈だ。


 一応、俺はもうテネジア教徒では無いし帝国軍も不名誉除隊されている。だがそれでもヴィタリーの様に、俺に牙を剥いてもおかしくないだろう。


 それとも、元帝国軍たる俺を嫌うヴィタリーに負けず劣らずの憎悪を抱えたまま、穏やかな顔でハーブティーを淹れたり俺の味方についたりしていたのか?


 訳が分からない。それなら何故、ユーリはそこまで俺の味方をしてくれる?


 顎に触れながらそんな事を考えていると、紅茶に手を付けていたクルーガーが思い出した様な表情でカップを置き、口を開いた。


「ミスターブロウズ、そう言えばそのミスター………コラバリサコフが」


「コラベリシコフだ」


「失礼、ミスターコラベリシコフが署名の際、貴方に伝えて欲しい事があると言っていました」


「俺に?」


 ユーリが俺に伝えて欲しい事、か。いや待て、確か前にザルファ教の礼拝に行った時に……………







「“落ち着いたら、約束していた狩りにでも行こう”、だそうです」

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