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信じられない程に憤っていた。
道を踏み締める一歩一歩にさえ、熱が籠っている様な気がする。
帝国軍の“英雄サマ”なんて前々から気に入らない奴だとは思っていたが、とうとうやらかしやがった。
浄化戦争でレガリス側についていたキセリア人、しかも散々ラグラス人を殺し回ったクズを平然と雇っていた事がそもそもおかしかったんだ。
幾ら窮地だったとは言え、上層部もあんな奴をレイヴンにするなんて自分に言わせれば余りに早計な上、浅薄だと言わざるを得ない。
今まで“目を瞑ってやっていた”が、今回ばかりは我慢の限界だった。
“浄化戦争の大罪人”こと、デイヴィッド・ブロウズに裁きを受けさせる。
元々仲間を集め、同志達と話し合い、呼び掛けていただけあってブロウズの処分、処刑に関しては想像以上の人数、及び署名が集まっていた。
団の大半が署名とは流石に行かないが、やはり噂通り、いや噂以上にブロウズは人々に嫌われていたという事だ。
そしてこれだけの署名が揃っているなら幾ら幹部連中と言えど、無視は出来ない。
何らかの処分をブロウズに下さなければ、体裁の意味でも収まりが付かないだろう。
もうじき幹部達に提出出来る程の署名が集まる、そうなれば散々逃げ延びてきたあのクズもとうとう“結末”を迎える事となる。
ノックも無しに扉を潜り、予め待ち合わせていた部屋に入ると既に仲間達はテーブルに着いていた。
目の前のテーブルに着いている数人は、今回の顛末を引き起こしたブロウズを処刑、もしくは団から追放する事を目的としてグループで共に活動している我々の仲間達だ。
彼等はレイヴンでこそ無いが其処らの戦闘員を殴り倒す程の実力者だって居る、何なら今も紙巻き煙草を咥えているラグラス人、イラリオンに至ってはレイヴン選抜の最終試験にまで残った事さえある。
机の灰皿に詰まれた吸い殻の量とこの篭った匂いからするに、既に結構な量を吸っているらしい。
「奴の様子はどうだ?」
部屋に入ってきた自分に挨拶も無く、紙巻きタバコを咥えたままのイラリオンが聞く。
周りの仲間も、言葉は無くとも眼で先を促した。
「謹慎を命じられたか自主的な物かは分からないが、ここ暫くは動きを見せていない。団内を彷徨いていた様な報告も無かった、変化無しだ」
そんな自分の返事に、テーブルに着いていた一人が悪態を吐いた。地方的なスラングだった。
イラリオンの椅子が大きく軋む。
「これだけ大事になった後で今更反省しても、惨めなだけだな。浄化戦争や今までの事は、反省する必要無かったって事か?」
紫煙混じりに言うイラリオンの言葉に同じテーブルの仲間が同意し、またも悪態を吐いた。
口にこそ出さなかったが、自分も大いに同感だった。事が起きて今更大人しくなっても、何の償いにもならない。
「灯火管制や厳戒態勢は結局どれぐらい続くんだ?ずっとこのままか?だとすれば………」
言葉が、口から突き出た。
ブロウズのせいで現在、カラマック島こと黒羽の団本部は近年見ない程の厳戒態勢となっている。
仮にこの状況が今後も永続的に続くとすれば団員にかかる負担、及びブロウズの負うべき責は計り知れない。
慣れない灯火管制、油断ならない厳戒態勢に多大な心労を負っている団員も数多く居るだろう。
自分でも分かる程に、顔が渋くなった。やはり、奴は大罪人だ。
「厳戒態勢と灯火管制については心配しなくて良い」
しかし、テーブルから聞こえたそんな声に顔を向ける。
仲間の一人が、煙草を灰皿で揉み消しながら言葉を続けた。
「この辺りの空域に心当たりがあるならまだしも、帝国軍はペラセロトツカやリドゴニアの関与を疑っているらしいからな。東方や北方の、見当違いの空域を暫く捜索して大した成果が無ければ、近い内に空域捜索も打ち切るだろう」
イラリオンが出身地ことペラセロトツカの言語、カラモス語で悪態を吐く。
意味こそ知らないが、今までの付き合いからそれが良くない意味である事は分かっていた。
「帝国側からすれば、あくまでレガリス近辺の空域に本拠地があるかも知れない、程度の話だからな…………団としてはそれまで一時的に厳戒体制や灯火管制を行うだけだが、だからって勿論ブロウズの不始末が許される訳じゃない」
そんな言葉に自分を含めたテーブル数人が頷き、目元が険しくなる。
全くだ。常に厳戒態勢や灯火管制が強いられる様な状況こそ回避出来たが、だからと言ってブロウズの罪が軽くなる訳でも無いし、勿論俺達が容赦する理由にもならなかった。
「…………なぁ、噂にしか聞いていないが、ブロウズが昔の女を殺せずに身元が漏洩したって話は本当なのか?」
そんな自分の言葉にテーブルに付いていた一人が自分に振り返り、再びイラリオンに向き直る。
皆の視線を集めたイラリオンが、険しい目付きと顔つきのまま椅子を軋ませ、口を開いた。
「本当らしい。昔の女に身元が漏洩したにも関わらず、惚れてたから殺せなかったんだと」
仲間が、またもや悪態を吐く。
意図していた訳でなくとも、それに伴う様に自分の口からも悪態が飛び出した。
皮膚が白くなる程に拳を握り締める。
惚れた女を殺せなかっただと?あれだけの事をしておいて、あれだけの未来や将来を奪っておいて、自分の惚れた女は殺したくないとでも言うのか?
「ふざけた野郎だ、クズに生まれた奴はどう着飾ってもクズだな」
仲間の一人がそんな言葉と共に紙巻き煙草を取り出し、新しい一本を咥えて火を灯す。
浄化戦争でラグラス人を散々殺し回って、理不尽に苦しんでいる人々や立ち上がった人々を踏みにじっておいて、自分の身内には人格者を気取ると言うのか?
怒りが自身を突き破りそうになるのを何とか堪えつつ、自身も紙巻き煙草を吸おうかと思ったが取り敢えずは椅子に座るのが先決か、と思い直した。
そうだ、そう言えば。
「前に溢していた“問題”と言うのは?」
デイヴィッド・ブロウズを追放する為の今回の集会だが、確か前にイラリオン自身が溢していた筈だ。
仲間の同意こそ得られているが、何やら妙な連中が現れ始めたと。
そんな俺の言葉にイラリオンが意外にも、はっきりと苦い顔を見せつつ「あぁ、その件か」と呟く。
お前がそんな顔するなんて、と聞こうとした瞬間にイラリオンが紫煙を吐き、吸い殻を灰皿に押し付けながら答えた。
「何故かは分からんが、あんなクズを庇う連中が出てきやがった。ブロウズこそ今の黒羽の団に必要だと騒ぐ連中がな」
「何だと?」
あのブロウズに味方?それも、これだけの事をしでかした今になって?
あれだけの大罪人が、引き取られた黒羽の団にさえ悪影響を及ぼしているのに、奴の味方が現れたのか?
それも、惚れた女を殺せなかったなんて情けない理由だと言うのに。
「おいイラリオン、一応噂話程度には聞いていたが…………確かなのか?あのブロウズに味方が?」
仲間の一人が紙巻き煙草を灰皿で揉み消しながらそう返すも、当のイラリオンは淡々と「あぁ」と返していた。
「何がどう拗れてそんな事になったのか分からんが…………クルーガーさんが率先して、ブロウズの味方をする様に周りに呼び掛けているらしい。もう技術班の連中、それも大半はブロウズの味方だと思って良いだろう」
「技術班の連中ったって日がな機械いじるしか取り柄が無い偏屈だろ?所詮は喧嘩で負けた晩に自室で、金切り声上げながら枕を振り回すのが精々の連中さ。大した事無いだろ」
スラング混じりの、お世辞に上品とは言えない話し方だったが、勿論抗議する者は居ない。
上流階級の茶会でも無いのだから、そんな品性はお門違いだ。
しかしそれに対して、イラリオンは渋い顔のままだった。
「仮にそうだとしても、その偏屈どもの“知り合い”はそうも行かねぇ。クルーガーさんが相手側に居るのもそうだが、敵に回すと面倒な奴も段々とブロウズの味方側に付き始めてる、下手すれば署名活動も始まるかも知れん」
同じテーブルに着く為、片手で椅子を引っ張っている最中だったが、思わず顔を上げる。
ブロウズの為の署名だと?
「署名?」
「あぁ。俺達だけが署名を提出するのと、俺達と真逆の勢力も署名を提出するのとじゃ、まるで訳が違ってくる。人数次第では今回の件が頓挫する可能性もある」
椅子を軋ませるイラリオンに続く様に、此方も椅子を軋ませながらテーブルに着いた。
上着から紙巻き煙草を取り出し、火を探していると仲間がライターを差し出してきたので借りつつ、咥えた煙草に火を灯す。
紫煙の風味で自らを落ち着かせつつ、冷静を心掛けながら口を開いた。
「どのぐらい集まってるんだ?」
「技術開発班の連中は言わずもがなだが、最近はまずい事にレイヴン連中にも幾らかブロウズの味方が出始めてる」
そんなイラリオンの返事に、思わず煙草を落としそうになる。
レイヴンだって?
「待ってくれ、あれだけ浄化戦争で同志を殺して回ったクソ野郎のブロウズを、よりによってレイヴンが支持してるのか?あいつはかつて、黒羽の団のレイヴンだって殺したんだぞ?」
少し、間があった。
脳裏に幾ばくか反省にも似た物が掠め、乗り出していた身を引く。
俺に聞かれた所で事実は動かしようが無い。イラリオン、引いては周りの仲間達の表情がそれを物語っていた。
「すまない、続けてくれ」
そんな俺の声に、一呼吸置いてからイラリオンが再び口を開く。
「勿論ブロウズを支持しているレイヴンは少数だ、今の所はな…………だが少数と言うのは、あくまで現状の話だ。此処から増えていく可能性だって充分にある。十中八九、これから増えていくだろう」
まるで疫病だな、と仲間の一人が吐き捨てた。
大いに、同感だ。
「レイヴン達の間に、積極的に呼び掛けてる奴が居る。恐らくは賢明な奴から指示を貰って動いているんだろう、意見の広め方や賛同者の増やし方が素人じゃない」
「ブロウズ本人の指示じゃないのか?奴の指示が増えて一番得をするのは言うまでもなく奴だ」
思わずイラリオンに向けてそんな言葉が飛び出るが、別の仲間が「いや」と即座に否定する。
咄嗟に出てしまった言葉だったが、確かに考えてみれば改めて否定するまでもなかった。
クルーガーさんと面識があるとは言え、ブロウズ自身にそこまでの忠実な手駒が居るとは思えない。それに、よりにもよってその手駒がレイヴン達の間に居ると考えるのは、突飛過ぎる。
そこまで考えて一つ、当たり前の事に気が付いた。
そうか。今回の支持者の問題にブロウズ自身は何一つ、能動的に関わってはいないのだ。
このグループ活動やその対抗勢力の事を知っているにしろ知らないにしろ、今回の騒ぎが起きてから何もブロウズは行動を起こしていない。
気に入らない言い方をするなら、ブロウズが立場的に窮地へと陥った事を知った“仲間達”が、ブロウズの立場が悪くならぬ様に自分から動いた事となる。
非常に、気に入らない言い方だが。
煙草を灰皿で揉み消し、改めてイラリオンに目を向けた。
「念の為聞くが、その“呼び掛けている奴”ってのは?素性は分かっているのか?」
俺のそんな言葉にイラリオンが改めて紙巻き煙草を取り出し、ディロジウム式のオイルライターで火を灯す。
そして長く煙を吐き、紫煙に混ぜ込む様に口を開いた。
「ある程度は探ってみた。奴の元には何故か、“塔の魔女”や山小屋に住んでる“偏屈なノスリ”ことユーリ、“血塗れのカワセミ”ラシェルと、“癖のある連中”ばかり集まるからな。そいつらが変な気を起こしたのかと探ったが、外れだったよ。ユーリは確かにブロウズとつるんではいるが、わざわざ扇動する様なタイプじゃなかった。“カワセミ”の奴は、今回の事態を鼻で笑う始末だ。少なくとも、自分からブロウズの為に動く様には見えなかった。塔の魔女に至っては聞き込むまでもない、論外だ」
「………じゃあ一体誰が?」
そんな俺の言葉に、イラリオンが改めて煙草を咥える。
そして、面倒そうに呟いた。
「素性はまだ分からん。だが、間違いなくレイヴンだ。“お前がそこまで言うなら”と味方が増える様な、人気者のレイヴンだろう」
「何故そんな人気者が、あんなクズを庇うのかは分からんがな」




