表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
158/294

155

「嘘、スティービーナック?私、あのスティービーナック通りに行けるの?」





 私の言葉にアマンダが口を覆い、信じられないという顔をする。


 期待通りの、いや期待以上の反応と言えた。喜んでくれるとは思っていたが、アマンダの眼は潤み、今にも泣き出しそうだ。


 無理も無い。スティービーナック通りと言えば、中流階級どころか上流階級でさえ一部の者以外は気後れする様な、超高級店が立ち並ぶ場所に他ならないのだから。


「せっかく中心区画、アニガノ地区まで赴くんだ。スティービーナック通りに寄らずに帰るなんて、それこそ笑い者さ」


 議事堂からとなると、少しばかり距離はあるが大した問題ではない。


 確かに緊急総会までの数日間、警戒体制の一環としてアニガノ地区の定期列車やクラウドライン、公共交通機関は完全に運行停止となる。


 自分としては亜人どもの為に、交通規制までやるのは大袈裟過ぎると思うのだが、“上”の連中がどうしても譲らなかったのだ。


 まぁ我々は公共交通機関しか乗れない労働階級でも無いのだから、堂々と私有列車を使えば良いだろう。


 幸い、私有列車等の個人車両はそれほど規制されていない。個人車両を所有出来る時点で、かなり数が限られるからだ。


 身分確認ぐらいは、されるだろうが。


「でもニコラウス、貴方も忙しいんじゃないの?私だって行けるのは嬉しいけれど、貴方の重荷にはなりたくないわ」


 心配そうな表情を見せるアマンダに頬が緩む。


 俺の心配とは、可愛い奴め。


「どうせ昼過ぎには終わるさ。どれだけ偉そうな名前を付けた所で所詮は、腹が分厚い代わりに頭の薄い連中が責任の押し付け合いをするだけだ」


 そう。近頃は亜人どもが話題に上がり、汚い抵抗軍のレイヴンがどうのと噂こそされているが、奴等が今回の緊急総会に現れるなどまず有り得ないのだ。


 最近の情勢のおかげで、今回の緊急総会は警護責任者の私でさえ溜め息が出る程の警護が付く。


 緊急総会の会場付近、地区の端に何か不審な物影がちらついただけでも数えきれない程の兵士が、我先にと押し掛けてくるのだから。


 仮に、屋根と路地を這い回ってレイヴンが緊急総会の会場まで実際に忍び込んだとして、それまでだ。


 レイヴン達の手が我々に届く事は無い。“地区の端にまで押し掛ける筈”の、筋骨隆々の兵士達が屯しているのがその会場なのだから。


 きっと、レイヴン達はパスタの具に負けない程に細かく引き裂かれて終わりだろう。


「でも本当に大丈夫なの?もし亜人の襲撃でもあったら………」


「心配しなくていい、“目を開けて”椅子に座っていればそれだけで片付く、退屈な仕事だよ。自分としては、腰抜けの亜人達があれだけの警備に踏み込む度胸があると言うのなら、むしろ見てみたいぐらいだがね」


 そんな風に茶化して言うと、アマンダが可憐な声で笑った。


 万が一、亜人ことレイヴンが目の前に現れたりすれば、それこそサーベルで切り捨ててやる。


「貴方なら、きっとレイヴンでも敵わないでしょうね。それこそ“ベアナックル”でも、歯が立たないわ」


「ベアナックルと違い、相手のレイヴンが降参しても私は容赦しないがな」


 アマンダの笑い声を聞きながら、此方も優しく笑った。


 そして、手を取る。


「アニガノ地区に行こう。退屈な仕事が終わり次第、君を迎えに行くよ。それからスティービーナック通りに行って、桁違いの料理を食べて、桁違いの服を買おう。私は、君にそれだけの事が出来る夫になりたいんだ」


 アマンダが何かを言おうとした。その言葉は声にならず、堪えきれない様に抱き付いてくる。


 嗚呼、私は何と幸せなのだろう。


「ねぇ、どうせなら私が迎えに行くわ。昼過ぎよね?」


「君が?」


 少し変わった提案に面食らったが、それでも耳を傾ける。


「貴方を待つのも楽しみだけどやっぱり私、少しでも貴方と長い間スティービーナック通りを歩いていたいわ。それに、貴方もその時間なら昼食を共に出来るんじゃない?駄目?」


 そんなアマンダの言葉に、少しばかり思考を巡らせる。


 緊急総会の会場に妻を踏み込ませる、なんて突拍子も無い事に思えたが、少し前に言った事があった。


 此度の緊急総会において、警護責任者を任命された自分の権力を使えば、警護の者に話を通しておいて君を中に入れさせる事も容易い事さ、と。


 あの時は、勿論そんな事をしても君は退屈だろうがね、と冗談めかして終わっていたが考えてみれば総会の終わり間際、妻を別室辺りに通しておくのはとても夢のある話でもある。


 緊急総会が終わり次第、美しい妻がすぐ近くで待っている。わざわざ日を改めるまでもなく、彼女との待ち合わせ場所へ列車で行くまでもなく、直ぐ様彼女に会えるのだ。


 考えてみればみるほど、魅力的な提案だった。それも、私だけが許される提案でもある。


 我が儘を権力で通す事に対する悦楽、という物は確かにある。お世辞にも上品な悦楽とは言えないが。


「……やっぱり、難しいかしら?」


 内心、答えは決まりきっていたが、それでも少し考慮する様な間を意図的に取った。


 容易い事だが、容易いとは思われたくなかったからだ。


「よし、話を付けよう。君が昼前か、昼頃には総会の会場に入れる様に話を付けておくよ。アマンダ・オイレンブルクと名乗れば通してくれる筈だ」


 元々、送迎の護衛に付く連中も此方が管理している。そのまま妻と帰る程度なら、幾らでも融通を効かせられるだろう。


 分かりやすく喜ぶアマンダを見ながら、少しばかりスティービーナック通りに想いを馳せる。


 通りを歩く当日になって行き場所に迷わない様、食事処を含めて幾つかの店に目星を付けていた。


 緊急総会の警護責任者という重責を立派に務めた事で、只でさえ良い評判が益々良くなるのは間違いない。


 それに緊急総会が終われば、暫くは日程にも余裕がある。


 どうせなら、高級ホテル“クラウンチェア”のスイートを取っても良いな。





 高級品で飾り付けられた宝石の様な妻を、スイートで可愛がってやるのも悪くない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ