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ヨミガラスとフカクジラ  作者: ジャバウォック
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 葉巻の灰を落とす。





 南方国ニーデクラ産の葉巻も良いが案外、西方国キロレンから取り寄せた葉巻も悪くなかった。


 暖炉の傍で高級な椅子に腰掛けたまま、リチャード・ウィンウッドが優雅に紫煙を燻らせる。


 とうとう今年46歳になるが、健康に悪いだの喉が痛むだの周りから言われても、まるで気にした事は無い。


 ウィンウッドは、葉巻を20年以上愛していた。


 それだけ葉巻を愛している上で、46歳にしては医者が感心する程の健康を保っている。運動は欠かしていないし、未だに脂ぎった肉もかぶり付く様にして食べる健啖家でもある。


 実の所、医者は健康だと感心するもののウィンウッドが運動と健康を欠かさない理由は、余り誉められたものではなかった。


 レガリスの奴隷貿易において、眼の血走った奴隷商人どもが衝突しない様に統制し、纏めあげる。


 言って聞けばそれに越した事は無いが、奴隷を売り飛ばしてでも稼ぎたい連中は“手を噛まれてでも金貨を拾いたい”奴等ばかりだ。


 ウィンウッド本人としては拳を振るう事も吝かでは無いし、現に血糊を落とすのに苦労する程、両手を赤く染めた事もある。


 だが一人一人に侮られ、その度に殴っていては当然ながら埒が明かない。


 結果、出した答えが“誇示”だった。


 監獄の獣どもがグループの王には決して逆らわぬ様、威厳を“示す”事にしたのだ。


 数人や数グループを残虐な見せしめにした上、自分に従う者には相場より少し多めの分け前をやる。


 他にもそう伝えろ、場合によっては同様に教育しろ。


 正しく、ギャング顔負けの実力主義によってウィンウッドはこの地位まで登り詰めたのだった。


 そして当然ながら、ここまで作り上げた組織を優秀な部下に乗っ取られぬ様、常に威厳を“示し続ける”必要がある。


 もし自分が組織の右腕だとして、組織のリーダーが肥満体で咳き込んでばかりの緩慢な老人ならば、次第に乗っ取りを考える様になるだろう。


 結果として、自分はいつでも部下を殴り倒し駆け回れる逞しい健康体を維持する事となった。


 医者に「この年齢の男性としては、非常に健康的で素晴らしい」と感心された時は、思わず笑いを堪えたものだ。


 力こそ全て、となると血腥いギャング連中を見習う様で少々癪だが、考えてみれば奴等の暴力と脅迫で構成されたヒエラルキーの完成度、純粋さは疑う余地が無い。


 長く、堪能する様にウィンウッドが紫煙を吐いた。


 余り胸の弾む話ではないが、いい加減考えなければならない。


 今度開かれる、レガリス奴隷貿易の緊急総会について、リチャード・ウィンウッドは重大な懸念を抱えていた。


 今回の緊急総会において、間違いなく自分は襲撃される。


 ウィンウッドは、自分の四肢を一つ賭けても後悔しない程に、総会への襲撃を確信していた。


 業腹ながら今回の緊急総会はレガリスが亜人どもに見せた、致命的な“隙”に他ならない。


 そして、浄化戦争後の痛手からここまで這い上がってきた連中が、この“隙”を逃す事は無い。


 おそらくはレガリス中央新聞で最近話題になっている、あの曰く付きのレイヴンが自分に差し向けられるだろう。


 黒魔術だか何だか知らないが、実際問題としてあれだけのカラスを従えてレガリスの要人を襲撃するレイヴンは脅威だ。


 ウィンウッドは実質主義であり、爪先程もテネジアを信仰した事は無かったが、実際に被害が出て人が死んでいるとなればその脅威と威力を計算し、事実として捉える柔軟な思想を持ち合わせていた。


 高級な椅子を軋ませ、ウィンウッドが再び思案に耽る。


 手練れを集めておく必要があるだろう。


 勿論、帝国軍からも相当の兵士が集まるだろうが、どれだけ兵士を集めた所で“必ずしも防げる訳では無い”事は、今までの歴史が雄弁に物語っている。


 勿論正面切って闘わせた事は無いが、其処らに居る横柄なだけの憲兵など噛み砕いて吐き捨てる程に狂暴な、“非公式な”部下にウィンウッドは心当たりがあった。


 それに前述の理由で、帝国軍にも負けず劣らずの忠誠心も期待出来る。


 金は掛かるだろうが自身の誇示してきた“日陰の権力”を使えば、責任者や関係者を抱き込んで警護の質を上げる事が出来るだろう。


 記憶を辿り、ウィンウッドは幾らか眉を寄せた。


 警護総責任者は確か、ニコラウス・オイレンブルクだったか。


 凡庸な貴族に有りがちな、“優秀で勤勉で、誇り高い自分は周りと違う”と思い込んで大股で歩く様な、小物だ。


 間違いなく、オイレンブルクは今回の警護も今までの平穏な警護と大差無いと思っているだろう。


 襲撃なんぞ有り得ない、奴等だって無為に死にたくは無いのだから、と。


 口では万全の警護をお約束します、と言うだろうが本心は危惧などしておらず、あの不釣り合いに美しい妻の事でも考えているのは間違いない。


 まぁ妻の事と言っても、唇と乳房と尻の事が大半だろうが。


 少しの間の後、ウィンウッドが再び葉巻を手に取り、余裕を取り戻すかの様に優雅に紫煙を吹かす。


 オイレンブルクが警護に身が入らない事は、ウィンウッド自身も仕方無い事だと理解していた。


 何も襲撃など来ないだろう、と楽観しているのはオイレンブルクに限った話では無いのだ。


 他の関係者、それも無視できない数の関係者が「流石に奴等も命は惜しいだろう」と今回の警護を軽視している。


 警護責任者ではなく別の関係者から抱き込んでおくか。


 ウィンウッドが灰を落とす。


 今回は仕方無いにしても自身の経歴と年齢、役割を考えるといい加減、“次”を考えなければな。


 跡継ぎで揉めても面倒だ。今回の緊急総会が終わり次第、自身の“後継者”育成に着手するとしよう。






 ウィンウッドがそんな懸念を肯定する様に暖炉の薪が弾け、暖かい音を奏でた。

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