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良い香りが漂っていた。
ゼレーニナが予め暖めていたカップから、湯を捨てる。
紅茶でも同様だが、湯で事前にカップを暖めておけばカップに熱を取られず、風味や味を損なわれる事が防げるのだそうだ。
無学な俺には「カップを暖めた方が美味い」程度の感覚しかないが。
見るからに高級なサイフォンを自分で所有しているだけあって、ゼレーニナが淹れるコーヒーは何とも良い香りがする。
少なくとも、見栄で買ったは良いが埃を被ったままサイフォンを放置している様な、そこらの俗物より高級サイフォンを有意義に使えている事は間違いないだろう。
丁寧に淹れたコーヒー、その香りを楽しむ様な表情を幾らか見せた後にゼレーニナがカップを片手に離れる。
当然ながら、自分の分は無いのでその直後に再びサイフォンを操作する。
断りを入れるまでもなく、分かりきっていた事だ。
むしろこれで彼女が俺の分までコーヒーを淹れていたら、それこそ顎が外れる程驚いただろう。
椅子に腰掛けたゼレーニナが、少しコーヒーの味を楽しんだ後、机に置いていたままの本を手に取る。
此方も淹れたばかりのコーヒーを一口飲み、頭を掻いた。さて、少しばかり面倒だぞ。
「なぁ、本当にマグダラ語で書かれた本は無いのか?」
口から漏れる諦め混じりの俺の言葉に対し、開いた本の頁から眼を離さないまま退屈そうにゼレーニナが答える。
「同じ質問を繰り返しても答えは変わりませんよ」
聞き分けの無い子供に呆れる様な口調だった。
下らない事を聞いている自覚はあるが、それにしても随分な答えだ。
ゼレーニナからザルファ教に関する書物を尋ねた所、「それなら」と澄ました顔で大掛かりな書斎………というより、殆ど書庫の様な場所に案内された。
東方国ペラセロトツカの言語、カラモス語で“ザルファ教”について記された書物が所狭しと詰め込まれた、見るだけで頭が痛くなる様な書庫へ。
考えてみれば、ここ一世紀程の徹底的な宗教改革に巻き込まれ、テネジア教が徹底された今のレガリスで“ザルファ教”の本など印刷、出版出来る訳が無い。
現に自分は物心付いてから黒羽の団に来るまで、テネジア教以外の宗教を邪教グロングスしか聞いた事無かった。
その邪教グロングスも、元々はプロパガンダを目的に広く流布されたのだから、レガリスがどれだけ徹底的に“異教”を排除してきたのかが分かると言うものだ。
そう考えれば、バラクシア連邦においてレガリス以外の国、具体的には東方国ペラセロトツカや北方国リドゴニアで出版された書物等からしか、“異教”たるザルファ教の情報は仕入れる事は出来ない。
そして俺は共通語のマグダラ語以外に隠密部隊で学んだ言語、ペラセロトツカで一般的とされているカラモス語しか分からない。
リドゴニアのニヴェリム語は言うまでもなく、専門外だ。
結論としてカラモス語の本を読むしかない。
消去法の単純な理屈だ、それは分かっている。
溜め息が漏れた。
分かっては、居るのだが。
カラモス語で装丁された高価そうな本が所狭しと並んでいる中から、自分で必要な本を手に取って学べと言われても、直ぐ様行動に移れる者はそう居ないだろう。
椅子に腰掛けたまま、頁を捲っているこいつなら直ぐ様手に取るのかも知れないが。
勿論ながら、こいつに口頭で説明してもらうのは絶対に無しだ。
説明に応じるかどうかを抜きにして、あの耳にこびりつく様な魔女の呪文を延々と投げ掛けられるのは幾ら俺でも気が重い。
今回はウィスパーの時と違い、要約ではなく全体像や細部を知る事が目的なのだから、前回の様な要点に絞って質問、応答する形式は使えなかった。
となれば、一つ一つ手に取って自分で学ぶしかない。
黒羽の団や自身を取り囲む環境等の事情を鑑みても、やはりザルファ教に精通しておくに越した事は無いと思ったのだが、早くも自身の判断を後悔しそうだ。
こうして立ち尽くしても仕方無い、一歩一歩行くか。
目が疲れそうな本棚に視線と意識を向け、手を添える様にしてカラモス語で書かれている背表紙を一つ一つ読んでいく。
どれも必要に見えるし、どれも他で代用出来る様な気もする。
あぁ、煙草が欲しい。
探り探りになってでもやっていくしかない、不必要そうなら見切りを付けて他に行こう。
一応鞄は持ってきているのだから、場合によってはゼレーニナに了解を取った上で目星を付けた幾つかを借用し、自室で読み込むしかない。
ふと振り返る。予想通り、ゼレーニナは見向きもしない。
無い物ねだりをしても始まらないか。
ザルファ教の基礎が説明されていそうな幾つかの本を手に取り、取り敢えず机に幾つか並べ、椅子を持ってきて座る。
カラモス語を読むのは久し振りだが、取り敢えずは問題無さそうだ。
少しずつ行くしかない。
どうやらこの本は、ザルファ教をありふれた表現で説明してくれる本の様だった。
正直に言って知っている部分と重複する所がかなりあったが、復習を兼ねて読み進めていく。
ザルファ教の大まかな所は分かっていたものの、こうして改めて見ると全く別系統の宗教という物は、幾つもの新しい発見に溢れていた。
聖書一つ取っても、まずテネジア教は聖母テネジアの出生から死去までの軌跡を聖典、聖書としているのに対し、ザルファ神話を根幹とするザルファ教には聖書、及び聖典とされる書物は無い。
ザルファ教、及び氷骨神話と呼ばれるザルファ神話は古来から北方で共有されていた土着の宗教や信仰、伝説が集約された物だそうだ。
集約された神話は口承により伝えられ、テネジア教が広まっていく中で対抗する様に書物として編纂され書き起こされた、神話を語る書物は確かに存在する。
だがこれに聖典としての役割はなく、宗教的な書物としての意味合いも、テネジア教徒の聖書とは全く別物となる。
そう。ザルファ教には伝承されてきた書物や物語はあれど聖書、及び“聖典”に当たる書物は存在しないのだ。
あるのは神々の遺した数々の物語。軌跡と言い換えても良い。いや、それこそ“神話”か。
自分なりにかなり砕いた言い方をすれば、テネジア教の聖書は聖母テネジアを中心とした物語なのに対し、ザルファ教は一個人を物語の中心とし続ける事は無く、異なる神々の物語を集め、一つに纏め上げた物語だ。
おそらく、テネジア教徒にとっての聖書に位置する物語が、ザルファ教徒にはその氷骨神話と呼ばれる神話なのだろう。
頭を掻いた。
やはりレガリスに普及しているテネジア教徒とは、考え方が根底から違う。
唯一神こと、聖母テネジアのみを神聖視するテネジア教では出来事に対し、テネジアならどう答えを出してくれるか。テネジアならどう裁きを下すか。
テネジアなら、どんな救いを与えてくれるか。そういった思想、発想が根底にある。
言い方や見方を変えれば、答えが一人、一つに定まっていると見る事も出来る。
信条の如く、一息に答えを出す事が出来るだろう。
まぁ、あくまで肯定的に見れば、の話だが。
それに対し、氷骨神話及びザルファ教では動物や植物のみならず、天気や愛憎に至るまで様々な神が存在する。
例え同じ出来事でもどちらの視点、どちらの神を信仰するかによって、見方も善悪も変わってくるだろう。
だからこそ、どの神を信仰するかによって意見の相違が生まれ、“多様性”に繋がっていく。
自然や生命の神からすれば、敵に捕らえられた病気のアメジカが倒れ、亡くなったとなれば悲しむべきだろう。
だが、軍神や戦神からすればアメジカが倒れた場所が敵軍であれば、その死骸で敵を病に罹患させ弱らせる事が出来る。敵の労働力になる前に死んだ、と見る事も出来る。場合によっては喜びさえするだろう。
こうして見ると、ザルファ教は様々な視点を持つ事を助長してくれる宗教、とも言えるな。
勿論あくまで、肯定的に見ればの話だが。
少しばかり冷めたコーヒーに手を付け、中途半端に読んだ幾つかの本を眺める。
ザルファ教の事がすぐ理解出来るに越した事は無いが、今考えてみれば別に短期集中で覚えなければならない事は無い。
カラスのトライバルが刻印された、銀の懐中時計を取り出す。
もっと長期的な視点で、物事を見るべきか。どうせ焦った所で素早く頭に入るとは思えない、むしろ付け焼き刃で満足してしまう方が危ない可能性だってある。
別にこの一回に拘る必要は無い、気負い過ぎているのかも知れない。
その前に、一応了解は取っておくか。
「なぁ」
椅子に座ったままゼレーニナにそう呼び掛けるも、返事は無い。
想定内ではあった。返事が無くとも、聞こえているのは間違いない。
「良ければ幾つか書物を借りようと思ってるんだが、構わないか?」
俺の言葉にゼレーニナが意見を検討する様に、視線を本ではなく傍の机に這わせる。
少しの間の後、ゼレーニナが僅かに肩を竦めて頁に視線を戻す。
返事は無い。
「肯定と受け取って良いか?」
「汚さないでくださいね。稀少な書物もあるので」
開いていた本の頁から目を離す事なく、ゼレーニナが答える。
相変わらず分かりにくいが、どうやら了承したと見て問題ないらしい。
取り敢えず、時間の問題は解決だな。
新しい知識を本格的に頭へ入れるのは後日にするとして、少し復習したら取り敢えずこの幾つかの本を鞄で持ち帰るとしよう。
半分程カップに残っていたコーヒーを、一息に飲み干し改めて本の頁を見直す。
様々な神が存在するザルファ教、及びザルファ神話。
そして、その中でも主要な神とされる三柱。
…………取り敢えず彫像にもされている主要な三柱だけでも基礎知識として、しっかり復習しておくべきか。
頭を掻いた。
ザルファ教の主要神、その一柱。雷を司る雷神でありながら、勇猛な軍神でもあるメグジュール。
勝利を願う為か、はたまた勝利を祈る為かは生憎と分からないが、ザルファ教を信仰するユーリが深く崇拝している神だ。
かつて古代の戦士達は口々にメグジュールの名を叫び、名を背負って戦ったらしい。
神獣として巨大なタカを従え、雷を司る鎚を持っており、数多の敵を叩き潰し雷で焼き払ったのだとか。
勇猛で豪放な性格に、剛直とも言える気性を併せ持つ軍神。
何と言うか、ユーリが信仰するのも頷ける。神話に語られている数々の逸話も、正しく神の所業と言えるものばかりだ。
本に挿し絵は無かったが、前に彫像へ献花した時の記憶と擦り合わせ、知識を重ねていく。
カラモス語の意味を履き違えない様に注意しつつ、頁を捲った。
メグジュールと同じ三柱の一人、豊穣と愛を司る奔放な女神、ゲヴンヴェイグ。
生と死、豊穣と愛情を司り、非常に美しく力があるとされる女神。
収穫の時期に豊作や豊潤を願われ、また伴侶の長寿や変わらぬ愛を願われる女神でもあるらしい。
神獣として巨大なシカを従え、車を牽かせては世界を駆け回り、恵みと愛をもたらすそうだ。
戦士にとって余り興味が無い神かも知れないが、豊作や豊潤がどれだけの意味を持つかぐらいは自分だって分かる。
言ってしまえば、それこそ戦士ではない民衆にとって、軍神より身近かつ崇拝するべき神だろう。
抵抗軍、革命軍たる黒羽の団だからこそ軍神メグジュールが信仰されやすいのであって、戦や争いに縁の無い民衆にはゲヴンヴェイグの方が身近かつ、大事な神なのかも知れないな。
コーヒーカップを手に取るも先程飲み干して空だった事に気付き、カップをソーサーに戻す。
少し息を吐いた。
次が主要な三柱、最後の一人か。
この神を復習し直したら今日は一旦引き上げるとしよう。
何の気なしに頁を捲り、カラモス語の文章に目を通して、少し眉を潜めた。
単語の意味と解釈を確かめてもう一度目を通し、顎を掻く。
三柱の最後の一神。貪欲な戦神であり、魔術と狡知の神でもある、フラヴゴロル。
何と言うか、文献を読む限り偉大な神なのは間違いないのだが、御世辞にも褒められたものではない呼び名や逸話が集まっている。
狡猾な策略の末に他の神を蹴落としただの、知識と魔術の為に自身や知人を捧げた後に取り返しただの、随分な話ばかりだ。
貪欲さ故、魔術を極める為に片目を捧げたとも、叡知を得た代償として隻眼になったとも言われているらしい。
幾ばくか顔をしかめた。
更に読み進めると、神の美しい娘を変身した姿で籠絡し契約を結んだの、神獣としている狡猾なカラスも元々は計略の末に服従させただの、貪欲な逸話ばかり出てくる。
破滅の杖を持ち、狂気と憤怒を司る神でもある、と説明が出てきた辺りで頁から目を離し椅子に体重を掛けた。
深く息を吸う。
………少し迷ったが、変に悩むよりは聞いておくべきだろうな。
「なぁ」
そんな声と共にゼレーニナへ呼び掛ける。
返事は、無い。
「ゼレーニナ、顔を上げろ」
そう呼び掛けて漸く、子供の不始末を見る様な呆れた顔でゼレーニナが此方を見る。
「何です?」
読書に集中している所を邪魔してしまったのか、それとも無関係にそんな顔をしているのか、こいつの場合は判断が難しい。
随分と不機嫌そうな顔に構わず、率直な質問をぶつけた。
「何でフラヴゴロルはこんなに悪辣な逸話ばかりなのに、主要な三柱にまで取り上げられてるんだ?主要神どころか、裁かれても良いぐらいだろ」
そんな俺の言葉にゼレーニナが些か眉を潜めたが、直ぐに何を言いたいのか理解出来たらしく小さく溜め息を吐く。
「嗜める事や批判する事はあれど、誰もフラヴゴロルを裁ける立場に無いからです。主要神のメグジュールも、ゲヴンヴェイグも無理でしょうね」
此方の表情から察したのか、俺が言葉を発する前にゼレーニナが遮る様にして、言葉を続ける。
「フラヴゴロルは狡知と策略の末にゲヴンヴェイグを一方的に娶っている上、メグジュールの父でもあるのですよ。そのお陰で“万物の父”という呼び名がある程です」
そんなゼレーニナの言葉に、文章を目で追いながら少し頁を捲ってみると、それらしき項目が確かにあった。
しかも逸話を幾らか読み進めただけでも、婚姻の際も相当に荒れていた事がありありと伝わってくる。
顎に手をやった。
何と言うか、神様と言うよりは狡猾の末に主要神にまで登り詰めた男、と言う方が正しいのかも知れない。
「……テネジア教徒がこんな神を見たら、“こんな狡猾で非情な神は許されない”と騒いで回るだろうな」
そんな言葉と共に、皮肉な笑みが漏れた。そんな自分の笑みに、ゼレーニナが同じく皮肉な笑みと共に言葉を返す。
「神話の神なんてそんなものですよ。神話だろうと結局は賢く、狡猾な者が勝つのです」
開いた本の頁に目線を戻しながら、意外にも少し楽しそうな調子でゼレーニナが呟く。
「生憎と、私は嫌いではありませんがね」




