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技術開発班に配属されて2年程になり、随分と仕事も円滑にこなせる様になってきた。
今年の春頃まで続いた大打撃により、黒羽の団も先細りかと悲観した事も正直あったが、ここ半年程の“快進撃”で随分と士気も向上しているし、何より職場の空気も良い。
ブラックマーケットでの武器の売れ行きも順調らしく、団全体が少しずつ全盛期と言われていた頃の勢いを取り戻しつつある。
一時は完全に作戦への投入が取り止めになっていたウィスパーも、遂に本格的に稼働及び作戦投入が再開。
再開したばかりという事もあり、最近まではウィスパーを運用した航空偵察等の小規模作戦だけだったが、もうじき飛行船を襲撃して対象を暗殺する任務が実行される予定だ。
元々、このクールな最先端の航空機が大好きな自分に取っては非常に嬉しい雲行きではある。
駆動機関の整備もそうだし、独創的なオーニソプター機構もそうだが、最先端の工学技術や機械要素をいじくり回すのは昔から大好きだった。
この団に来て技術開発班に配属され、工業都市レガリスでも中々目にかかれない様な機械や機構に触れ、心踊ったのを覚えている。
最先端技術を詰め込んだ様なウィスパーを楽しく整備する日々を送っているのだが最近、どうにも腑に落ちない事がある。
あの“魔女の塔”についてだ。
技術開発班に配属されて以来、決して深く関わらぬ様、皆から口酸っぱく言われてきた“魔女の塔”。
あの塔の話になると途端に皆が言葉を濁すあの魔女の塔には、何が潜んでいるのか前から不思議だった。
しかし魔女の塔に関しては、あのミスタークルーガーでさえ関わる事を推奨しない。
しかし月に数度、その魔女の塔の傍へと大量の缶詰と瓶詰めの蒸留水、大量の資材が搬入されているのも事実だった。
搬入した所で受取人が出てくる様な様子も無く、当然ながら塔の傍、資材置き場に放置する事になるのだが、不思議な事に数日もすると塔の傍から消えているのだ。
そう。間違いなく、中に人が住んでいる筈なのだ。
友人曰く、あんな量の搬入を受けておいて署名どころか顔も出さない等、幹部でも無いと考えられないんだとか。
しかしあんな不気味な塔に住み着く幹部など、聞いた事が無い。
誰が住んでいるのか、と聞いても皆肩を竦めるか、苦い顔をするだけだ。
周りに止められるのを振り切って、ミスタークルーガーに聞いてみた事がある。
あの塔には誰が住んでいるのか、そいつには何故そんな強権が許されているのかと。
ミスタークルーガーはただ、「私がどうあっても敵わない方が住んでいます」とだけ言った。
それ以上は、聞けなかった。
塔は近辺の建物を寄せ付けないが如く開けた敷地に建てられている為、近寄る者は搬入係ぐらいのものだが話によると、昼夜問わず日に数度、あの塔は不気味な駆動音で唸る事があるらしい。
「恐らくあの資材置き場と塔を繋いでいる線路で、資材置き場ごと稼働させて塔の中に運び込んでいるんだ」とも友人は呟いていたが、流石に考え過ぎじゃないかと個人的には思っている。
ミスタークルーガーならまだしも、塔に引きこもる様な奴がそんな設備を運用出来る訳が無い。
それを話すと、「お前はあの塔に何が住んでいるか分かってない」と苦い顔をされたのは、今でも少し納得が行かない。
そんなある日、ウィスパーの新型装備として空中係留機構の稼働試験をしていた時、聞き捨てならない話を聞いた。
駆動を停止したウィスパーの機体を空中で係留出来る新発想の機構として、技術開発班が開発したこの最新鋭の搭載機構が、何とその“魔女の塔”から提案された機構だというのだ。
流石に、呆気に取られた。
その話も明らかに口を滑らせたものらしく、その話を溢した整備員はそれ以来口をつぐんでしまい、それ以上の話を聞く事は出来なかったが信じられない話には変わり無い。
口を滑らせた時の表情が、単なる冗談ではない事を物語っていた。
塔に引きこもったまま、技術開発班が感心する様な装備を発案してくる様な“魔女”とは何者なのか?
博士号を山程持った、老練な技術者でも住み着いているのだろうか?
ミスタークルーガーの兄弟か親でも住んでいるのでは、と考えた事もあったがそれにしてはあの人格者たるミスタークルーガーが、日頃から何一つ関わろうとしないのは腑に落ちない。
ある敬虔なテネジア教徒の整備員は、“あの塔には、角の生えた悪魔が住んでいる”と真剣な眼で言っていた。
テネジア教の悪魔は、度々ヤギの姿をして現れると言われている。よって、恐ろしい悪魔にはよく“角が生えている”と表現されるのが定説だ。
“魔女の塔”に“角の生えた悪魔”は流石に出来すぎだ、宗教的過ぎるだろう、と最初は笑っていたが最近はそうも言えなくなってきている。
これだけ畏れられている件の魔女の塔に、何と真正面から踏み込む男が現れたのだ。
それも何と言うか、これまた示し合わせたかの様に“魔女”に負けず劣らずの、曰く付きの男が。
4ヶ月程前に黒羽の団へと現れ、帝国軍を恐怖に陥れている、“黒魔術を使う”と噂されている怪物の様な男。
話した事こそ無いものの、実際に幾度か技術開発班で顔を見掛けた時は身震いがした。
人の心などまるで持ち合わせていない様な、上等な剥製の様な眼。
一目見るだけでその男が噂通りの、女性薬剤師の膝を蹴り砕いて鼻を潰し、耳を削ぎ落とす事も厭わない狂暴な男だという事が充分に感じられた。
ミスタークルーガーに言わせれば決して我々の敵では無い、彼も過酷な経歴から此方に来てくれたのだから同志として厚遇すべきだとの事だが、自分としてはあの男こそ悪魔として畏れられるべきだと思う。
カラスを従えて歩き、帝国軍の兵士をカラスに襲わせ、つい最近は最新鋭の自律駆動兵までカラスの群れを引き連れて破壊した。
そんな悪夢の化身、カラスの怪物とも言える様な男が、よりにもよって“魔女の塔”に真正面から踏み込んでは長らく過ごして出てくるのだと言う。
自分は余り宗教的なタイプではないが、今回ばかりは流石に肌寒い物を感じずには居られなかった。
周りの連中も、粗方自分と同じ様な反応を返している。いや、自分以上か。
引きこもったまま顔も見せず、それでもウィスパーの最新鋭装備を発案する様な謎の“魔女”に、町一つがそのまま消える程の人数を殺し、カラスの群れを従える“怪物”。
どれだけ控え目な表現をしようとも、決して縁起の良い展開とは思えない。
それこそ今日、その件の“怪物”は魔女の塔へと真正面から踏み込んでいき、少しして塔からは唸る様な駆動音が聞こえたという。
つまり、こうしている今この時も“魔女”と“怪物”は塔の中で対面しているという事だ。
角の生えた悪魔とカラスの怪物、か。
いざと言う時の為に、自分も聖書を読み込んでおくべきかも知れない。
そんな下らない考えが、隙間風の様に頭を抜けていった。




