25 スノウ大活躍
川の水は勢いがあり、ときおり雪の塊も流れてきている。
その川沿いに上った先にドングリの木があった。
「おぉ、これが!」
『わああぁ、美味しそうきゅぅ~』
太一とハルルが目を輝かせながら眺めていると、大将が木の説明をしてくれた。
『この木は、食べかけて捨てたドングリから芽が出て大きくなったんだきゅ。まだそこまで大きくないけど、ほんのちょっとだけ魔力が含まれてるからたくさんドングリがなるきゅ』
「へぇ、それはすごい!」
まさに異世界の木、という感じだ。
「でも、そんなすごい木をもらっちゃっていいの?」
ほかのコログリスだって、この木のドングリを食べるだろう。現に今だって、ほかのコログリスがドングリを食べている。
しかし大将は、『大丈夫きゅ!』と胸を張る。
『ドングリの木は、まだたくさんあるんだきゅ。でも、タイチのところには一本もないきゅ。だから、この木を持って行ってほしいんだきゅ』
「大将……ありがとう、大切に育てるよ!」
『ありがとうきゅぅ』
ハルルもお礼を言って、ぺこりと頭を下げる。
そんなハルルを見て、大将はびしっと指をさした。
『別に、いいってことよ。お前は弱虫なんだから、いっぱいドングリを食べて大きくなれきゅ!』
『わ、わかったきゅぅ!』
ハルルが一生懸命に頷くと、大将は満足そうにわらった。
「……ということで、このドングリの木を持って帰って庭に植えます!」
「わー」
パチパチと、ヒメリが拍手をしてくれる。
「根っこから抜いて持って行かなきゃいけないんだけど、どうしたもんか……」
スキルの【創造(物理)】を使って、何か道具でも……と思ったが、スノウが『任せて!』と気合を入れている。
『ボクの体と、ドングリの木にロープを結んでほしいんだ。そうしたら、引っ張って引っこ抜くから』
「ロープで引っ張るのか、わかった!」
太一は魔法の鞄からロープを取り出して、スノウの体と木に巻きつける。これで、全員でスノウ側のロープを引っ張ればいけるかもしれない。
「よーし、俺も頑張るぞ!」
『うん!』
スノウがゆっくり歩き出したので、太一も一緒にロープを引っ張る。……が、さすがに根がしっかりしているので、ほとんど動かない。
(これはかなり大変だ……!)
「ルーク、手伝ってくれ!」
『至高のフェンリルであるオレ様に、不可能はない!』
ルークはドヤ顔でロープをくわえ、思いっきり引っ張った。
すると、力があまりにも強すぎたようで、ドングリの木がすぽんとあっけなく抜けて――太一たちはその反動で、宙に投げ出された。
「えっ!?」
予想していなかった展開に、太一は焦る。このままでは、冷たい川の中にまっさかさまだ……!!
「風よ、タイチたちを助けて! 【ウィンド】!!」
川に落ちる――と言う寸前で、ヒメリの力強い声とともに、太一の体が宙に浮いた。ヒメリがスキルで助けてくれたようだ。
「ふお、びっくりしたあぁぁ……! ヒメリのスキルってすごいんだな、助かったよありがとう!」
「驚いたのはこっちだよ! ルークってば、あんなに力があったんだね……」
ヒメリは冷や汗をかいたようで、手の甲で額を拭った。
無事にドングリの木を引っこ抜くことができたので、あとは担いで山を下りればもふもふカフェに帰るだけだ。
(とはいっても、それが一番大変そうだ……)
うーんと考えつつ、まずはいったん休憩かな……と、太一は苦笑する。さすがに、ここまで歩いてきたのでランチタイムが必要だ。
早起きしてサンドイッチを作ってきたので、それを取り出してヒメリに渡す。
「ありがとう!」
「簡単なものだけどね。それから、これ」
「ドングリ?」
太一はドングリをもいで、スキルを使う。
「このドングリを使って、【ご飯調理】っと!」
調味料や材料などは、ある程度は魔法の鞄に入っている。そのため、何かしらを作ることができるのは? と、考えた。
猫の神様が授けてくれたテイマーのスキル、【ご飯調理】。
材料を揃えた状態でスキルを使うと、魔物のご飯を作ることができる。
《調理するには、材料が足りません。『小麦粉』『グリマス』『ドングリの葉』があれば『コログリーフ包みパイ』が作れます》
ドングリから作れるメニューの詳細が、スキルによって判明する。
小麦粉は魔法の鞄に入っているし、ドングリの葉はすぐそこにあるものを採取すれば問題ないだろう。
しかしわからない材料が一つ。
「グリマスって、なんだ?」
聞いたことのない名前に、太一は首を傾げる。この山で採取できる何かならばいいのだけれど……と。
すると、スノウが一歩前へ出た、
『それなら、ボクに任せて。得意なんだ!』
「お、それならスノウに任せようかな?」
どうやらスノウがグリマスの正体を知っているようで、役目を買って出てくれた。
『いいところ見せなきゃ!』
そう言って気合を入れたスノウは、冷たい川の中へと飛び込んだ。
「えっ!?」
突然の行動に太一が慌てると、ヒメリが「大丈夫だよ」と告げた。
「グリマスっていうのは、ここの山にいる魚! とっても美味しいんだけど、すばしっこくて獲るのが大変なんだよ」
「へえぇぇ、魚だったのか」
そういえばニジマスと語感が似ているなとなんとなく思う。塩焼きにして食べるのもいいかもしれない。
太一がそんなことを考えていると、『うおおぉ~!』というスノウの声が聞こえてきた。
『ボク、グリマスを獲るのは得意なんだ! えいっ!!』
スノウの掛け声とともに、艶やかな鈍色の魚が岩の上へ打ち上げられた。ビチビチ跳ねていて威勢がいい。
「おぉ、すごい!」
さすがはクマの魔物だと、太一は拍手する。
太一も小さいころに、川に入って素手でニジマス獲りをしたことがあるが……結果はまあ、散々だった。一応名誉のために言っておくと、時間はかかったが獲ることはできた。
「スノウが上がってきたときのために、火の用意をしておくね」
ヒメリが風魔法で落ち葉と枯れ枝を集め、火魔法で焚火を起こす。
「おお、ありがとうヒメリ。魔法が使えるって、いいよな~憧れる!」
「そう? 私からしたら、それだけいろんな魔物をテイムできるタイチの方がすごいと思うし憧れるけどなぁ……。私ももふもふの従魔がほしい!」
「ヒメリもすっかりもふもふの虜だな」
太一が笑うと、ヒメリが「そうだよ~!」と頬を膨らめる。
「ベリーラビットも可愛いし、フォレストキャットの気まぐれに甘えてくるところなんてたまらないし、もちろんルークの艶やかな毛並みもぜひもふもふしてみたい……!」
ヒメリが手をわきわき動かしながらルークににじり寄ると、ルークはさっと太一の後ろへ移動した。
『小娘ごときに触らせるわけがないだろう』
「ガーン、振られた!」
「あはは」
やはりルークをもふもふするというのは、遠い道のりのようだ。
数匹のグリマスが獲れたところで、太一はもう一度スキルを使ってみる。
「よーし、【ご飯調理】!」
すると、紙に包まれたコログリーフ包みパイが現れた。どうやら、ドングリ五個、ドングリの葉三枚、グリマス一匹で二つ作れるようだ。
ホカホカで温かく、すぐにでも食べたい衝動に駆られる。
『いい匂いだ!!』
すぐにルークがやってきたので、太一は『マテ!』と声をあげる。
「まずはグリマスを獲ってくれたスノウだよ」
『何、それならオレだって魚くらい獲れたぞ!?』
そんなこと言ってなかったではないかと、ルークが頬を膨らませる。それを見たヒメリが笑って、「スノウとルークにあげたら?」と言った。
「ルークに運んでもらったんだから、それくらいはサービスしなきゃ」
「それもそうか……」
『なんだ、たまにはいいことを言うじゃないか!』
ルークは尻尾をぶんぶん振って、太一の周りをくるくる回る。早くコログリーフ包みパイという意思表示だろう。
「マテマテ。スノウが焚火にあたってからだって」
『ふ~頑張ったよ!』
「お疲れ、スノウ」
太一は鞄からタオルを出して、スノウの体を拭いていく。このまま放っておくと、寒さで凍ってしまうかもしれない。
(ドライヤーがあればよかったんだけど……あ)
以前、ヒメリが魔法でお風呂からあがった従魔たちを乾かしてくれたことを思い出す。電気のいらないドライヤーだ。
「ヒメリ、魔法で乾かしてもらってもいい?」
「もちろんだよ! 温かい風だね、【ウィンド】!」
ヒメリが魔法を使うと、勢いよく温風が濡れたスノウを乾かしていく。あっという間に、ほかほかになってしまった。
「や~やっぱりいいなぁ、魔法」
「ふふ、魔法使いもいいものですよ?」
「いやいやいや、でもやっぱりテイマーが最高だよ」
魔法使いになったら、もふもふカフェを続けられなくなってしまう。それなら、魔法を使えないほうがいい。
「まだまだ多くのもふもふと出会う予定だしね……!」
「これ以上増やすっていうのがもう、なんていうか……規格外だよね、ホント。でも、私ももふもふカフェの一員として楽しみにしてる!」
「うん。誰もが楽しめる、そんなカフェにしたいな」
目標は大きく、異世界一のもふもふカフェだ。
そしてあわよくば、もっと猫を増やしたい――とも、思っている太一だった。




