23 どんぐり事情
「ん~~、困った」
新・もふもふカフェの建設が進んでいるなか、一つの問題に直面していた。
唸る太一を、ヒメリが不思議そうな顔で見る。
「どうしたの? タイチ」
「実はハルルが元気なくてさ。でも、頑なに理由を教えてくれないんだ」
「ハルルが?」
ヒメリは窓辺でうとうとしているハルルを見て、首を傾げる。
「ご飯はちゃんと食べてたし、運動もしてた……かな? 今はお昼寝してるみたいだけど、病気って感じではなさそうだね」
「そうなんだよ」
念のため【ヒーリング】もしたので、怪我ということもない。
「もしかして、コログリ山が恋しいのかな」
「そっか、ずっと山で生活してきたんだもんね」
確かにもふもふカフェは快適で過ごしやすいけれど、ここには山っぽさや自然はほとんどない。
(植物を買ってきて飾るくらいならできるけど……)
やっつけ仕事のようで、それも微妙だ。
というか、それは自然というにはほど遠いわけで。
『あちしが聞いてきてあげましょうか?』
「ウメ! いいのか?」
『それくらい、お安いごようよ』
ウメは『にゃっ』と鳴くと、ハルルが昼寝している窓辺へ跳んだ。
『んぅ……ウメちゃん?』
『ごめんなさいね、寝てたのに』
ウメはハルルの頬を舐めて、毛づくろいをしてあげる。ハルルは山で暮らしていたときより、ずいぶんと毛艶がよくなった。
『ありがとうきゅぅ』
『女の子だから、綺麗にしないとね』
『綺麗になったきゅぅ~』
ハルルが嬉しそうに笑ったのを見て、ウメは本題を切り出す。
『最近、元気ないわね?』
『きゅぅ……』
ウメのストレートな言葉に、ハルルは困ったように眉を下げる。別に、何か不満があるわけではないのだ。
だから、太一やほかの従魔に心配をかけたくなかったのだけれど……。
『わたし、そんなに元気がなさそうに見えるきゅぅ?』
『ちょっとだけね。何かあったの?』
『……ここはいつでもあったかくて、美味しいご飯もあって、魔物に襲われることもなくて……嫌なことなんて、何一つないきゅぅ』
でも、望みがあるとすれば――
『コログリ山の、ドングリが食べたいきゅぅ』
『ドングリ?』
『きゅぅ。わたしたちは、コログリ山のドングリを食べて、それを少しだけ土に還すんだきゅぅ』
『へぇ……習慣とか、そういうの?』
『きゅぅ』
ハルルは頷き、だからドングリが恋しいのだと言う。
『あ! でも、別に食べないといけないとか、そういうのじゃないきゅぅ』
だから気にしないでとも言う。
しかし、そんなことを聞いたらコログリ山のドングリを用意したくなるというものだ。
ウメはちらりと太一に視線を送ると、太一が高速で頷いていた。どうやら、ちゃっかり話を聞いていたようだ。
「習慣は大事だ! よーし、ドングリを拾いに……いや、木を移植した方がいいか?」
『タイチさん、そこまでしなくても大丈夫できゅぅ!』
太一を止めようとするハルルの下に、今度はスノウがやってきた。
『タイチさん、ドングリの木、ボクに運ばせてほしいんだ!』
『スノウちゃん!?』
「おお、もちろん。スノウが一緒に行ってくれるなら、百人力だ」
どうにかしてルークに運んでもらわなければと思っていたが、スノウが運んでくれるならその手間が省ける。
スノウ自身も、食べ物を持ってきて一緒にいてくれたハルルの力になってあげたいのだろう。
ハルルはスノウの頭の上によじ登り、『ありがとうきゅぅ』とお礼を伝えている。仲睦まじい姿が、とても可愛らしい。
「それじゃあ、次の定休日あたりに行こうか」
『『『はーい!』』』
『きゅぅ~』
***
そして次の定休日。
コログリ山にドングリの木を取りに行くため、太一たちは店の前で準備をしていた。
「おっはよー! タイチ、馬車を借りてきたよ~!」
「ヒメリ! おはよう、助かるよ」
いつもであればルークに乗ってひとっ走り! というところなのだが、今日はスノウやハルルも一緒に行くので、ヒメリに頼んで馬車を借りてきてもらった。
ちなみに、ヒメリも一緒だ。
御者をするヒメリを見ながら、太一は感心する。
「ヒメリはなんでもできるんだな、すごいなぁ冒険者って」
「え? さすがにここからコログリ山までは無理だよ」
街からもふもふカフェまでの短距離を、ゆっくり進むくらいが限界だと笑う。
「え……」
「えって……もしかしてタイチ、御者は――」
「できない……」
「あー……」
なんということでしょう。
馬車があるのに、コログリ山まで行くことができないとは。
どうしようか悩んでいると、スノウが『ボクに任せて』と馬役を買って出てくれた。
『ボクだったら山までの道もわかるし、タイチの言う通りに走ることができるよ。持久力も力もあるからね!』
「おおぉぉ、すごいぞスノウ! 助かるよ、ありがとう」
「え? スノウが馬車を引いてくれるの? すごい、さすがテイマーだね! 馬は近くの木に結んでおく?」
ヒメリが馬車から馬を外し、どうしようと周囲を見回す。
さすがに一日がかりになってしまうので、馬を繋ぎっぱなしでは可哀相だ。
「うーん……」
太一が悩んでいると、ケルベロスが『遊ぼう~』とボールを持って馬のところへ行ってしまった。
(馬ってボールで遊ぶのか……?)
どうするのだろうと思って見ていたら、馬は前脚を使ってちょいちょいっとボールを蹴った。どうやら、ケルベロスと遊んでくれているようだ。
「おお、賢い……」
感心してみていると、ヒメリが「違うよ」と言って笑う。
「あれは、馬がピノたちに敵わないと思って服従してるんだよ」
「あっ、そういう……」
ケルベロスVSただの馬
どちらが勝つかなんて、明白だ。
「でも、それなら裏庭で待っててって伝えておけば、待っててくれるかな」
幸い、裏庭には柵がある。
全力でジャンプをされたら超えられてしまうだろうけど、一度話をしてみるのはありかもしれない。
太一はケルベロスと馬のところへ行き、今日のことを説明した。
『だったら、あっしたちはここで待ってますよ』
『ご飯と水があれば、のんびりしてます』
「馬が喋った……!」
『『いやいやいやいや』』
そっちが馬の言葉を理解しているのだと、言われてしまった。
(動物とも話せるとは思わなかった……)
どうやら、自分は思っていた以上にやばいスキルを持っているようだ。
(ヒメリにも内緒にしておこう……)
ひとまず野菜や果物、水を用意して馬には待っててもらうことにした。




